9 帝都潜入
帝都へ到着したあと、トラヴィスは家の様子をみにいっていた。表立って帰宅はできないが、密かに妻と父に会ってくるという。ライラも一緒が望ましいが、家が安全な状態かも確認する必要があった。
トラヴィスが戻るまでの間ライラは宿屋へ入り、1階の料理店で食事をとっていた。
料理店でもアメリーの噂で盛り上がっていた。
「まさか、アメリー嬢と北の英雄が結婚するとはねぇ。確かライラ嬢が結婚したんじゃなかったっけ」
「ああ、ライラ嬢がアメリー嬢を陥れて自分の必要なくなった婚約者を押し付けて、奪ったんだって。ひどい話じゃないか」
公都のようにライラの風評は広がっていた。
今ではアメリーの浪費癖や遊び癖はライラから蹴落とされた反動だった言われている。
皇帝はクロードとアメリーの結婚を認めており、1週間後にライラとの離縁処理が終了したと同時に結婚式をあげるそうだ。
結婚式という言葉を聞きライラは飛び出した。
リリーの静止を聞かず、ライが連れ戻してくるといい代わりに追いかけてくれた。
宿泊部屋の窓から外を眺めていたブランシュはライラが建物から出ていくのをみて、慌てて窓を開けて飛び出した。ライラの肩へぴとっと引っ付く。
ライは思った以上の人の多さでライラの方へうまくたどり着けなかった。いっそ狐の姿の方が追い付けるかもしれないと思ったが、大通りでそれをすると騒ぎになるのですぐに首を横に振る。
ライラは必死に記憶を頼りにスワロウテイル公爵家へと訪れた。今アメリーはこの屋敷に滞在しており、クロードもいる。
ライラは門の方へと一直線で走った。
通りがかりの通行人がライラの腕をつかみ、路地裏の方へと連れ込む。
ライラの姿を見失ったライは慌てだした。
「いや、鼻でおいかければ……うぅ」
帝都は公都に比べると香水をつけた人が多く、混ざったにおいがきつく目をぎゅっと閉ざした。この中からライラのにおいをかぎ分けるのは苦しい。
「しぃ、ライラ。今公爵家へ行っても捕まるだけだろう」
男はライラに耳打ちした。
「離してください。あなたは誰ですかっ」
ライラは首を横に振ってじたばたと暴れた。
「え、俺のこと忘れている? いや、そうかぁ……お前と最後会ったのは5年前だったし。家門の集まりに来るときは俺不在だったし」
ショックといわんばかりの動揺をみせるもすぐに納得をみせる。
「あなたは」
「エドガー・スワロウテイル」
そういえば思い出すだろうと男は笑った。そして子供にするようにライラの頭をなでる。
名前を聞いてライラは絶句した。
「エドガー兄さま?」
懐かしい呼び方に男はにぃっと笑った。
「久しぶりだな。ライラ」
エドガー・スワロウテイル。
スワロウテイル公爵家の不在の嫡男である。
今はジェノヴァ聖国へ留学中であり、聖騎士になるまでは帝都へ足を踏み入れるなと父から言われていた。
ライラが彼と会話をしたのはイセナにいたときである。聖国への船を乗る前に5日間ライラの別荘に滞在していた。
母も甥の宿泊を喜んでいたのを思い出す。
「だから、俺が戻ったというのはまだ内緒な」
実家でも知らせていないのだとエドガーは笑った。ふらふらになりようやくライラをみつけたライはぺたりとライラの方へ近づいた。
「お、獣の騎士見習いなんて珍しい。公国ならありなんだな」
エドガーは珍し気にライを見つめる。一瞬でライが北天狐であることを見抜いていた。
ライは警戒してライラを守るように両手を広げた。
「大丈夫よ。ライ。この人は、私を助けてくれた……のよね?」
途中から心配になって質問する。
「まぁ、そういうことにしておこう。ここで話すのもなんだし俺の潜伏先でお話しよう」
潜伏先というのはどこになるだろうか。
「ギルドとかだろうか?」
クロードも、ベンチェルもギルドで滞在場所を確保していたのを思い出した。
「まぁ、ギルドといえばギルドなのかな。商人の家になるし」
どこだろうかと首をかしげると、エドガーが連れてきたのはブラック=バルト伯爵家の仮邸宅であった。
「ちょっと! 私の家は宿屋じゃないのよ!」
見知らぬ人がやってきたと聞きジュリアは怒りながら2階から降りてきた。
オズワルドと同じ褐色の肌に赤の混じった茶髪の少女。
ライラの幼馴染のジュリアである。
「ジュリア、久しぶり。大丈夫。私……一応宿とっているから」
エドガーの影に隠れていたライラはジュリアに挨拶して安心させるように言った。
彼女はライラの言葉を聞き、じぃっとライラを見つめる。
「ライラ?」
「そう」
頷くとジュリアは階段から飛び降りて、ライラの方へ一直線であった。
「ああ、ライラ! あなたが指名手配されたと聞いてどれだけ心配だったか。ちゃんとご飯食べてる?」
おいおいとジュリアは友人との再会を喜んだ。
「大丈夫よ。兄さまも、みんな一緒だったから」
「はぁ、冷たいやつだな。幼馴染を泊めてやることもしないなんて」
エドガーはやれやれとひとりごちた。
「部屋ならあるわ。ちょっと掃除しなきゃいけないけど、そこいらの宿よりもうんと良い寝台だからよく休めるから」
「侍女も一緒なんだけど」
「使用人の部屋が余っているわ」
ジュリアは先ほどの言葉をひるがえしてライラの為の宿泊部屋を用意させるようにと指示を出した。
「ライ、リリーに伝えて。私はここにいるって伝えて」
「え、ここは安心できるとこなのか」
「ジュリアはオズワルドの妹で信用できるわ。ブランシュも一緒だし」
「わかった。えーと、ブラック=バルト伯爵のところていえばいいよな」
ライは頷いて飛び出した。
「元気な子ね。言葉遣いがちょっと心配だけど」
明らかに主人に対する言葉遣いではないとジュリアはこぼした。
「縁あって預かっている子なの。よくしてくれるからあまり言わないで」
「わかったわ」
リリーたちが来るまでお茶をしましょうとリリーは1階の応接室へ案内した。エドガーもついていくが、彼が入る前にばたんと扉が閉ざされる。
「おいおい、ジュリア嬢よ。紳士を外へ放り出すなんてもてないぞ」
扉をあけてエドガーはちくちくと小言を言う。
すでにソファに腰かけていたジュリアはつんと答えた。
「ふん、あなたなんて紳士っぽさのかけらもないじゃない。いい加減聖騎士になって堂々と帝都へ帰ってくるくらいしたらどうなのよ。そうすれば皇太子妃も安心するのに」
今のエドガーは聖騎士見習いであった。
聖騎士の競争率は高い。なりたいと志願してもなかなかなれるものではない。
聖国で認められる程の神聖魔力を持ち、あらゆる分野に優れる必要がある。
見習いになれただけでもかなりすごいのである。
「聖騎士になるまで帝都へ帰ってくるなというのも今思えば変ですね」
ライラは膝の上にのっているブランシュの頭を撫でた。
ブランシュはそろそろおねむの時間のようでうとうとと船をこいでいる。
「お小言いう俺を追い出したかった父の方便さ」
神聖魔力を持っていなければそもそも見習いにすらなれないが、意外にもエドガーには神聖魔力がありそのまま見習いになるための勉強コースへと入った。
ただライラとしてはなぜエドガーが聖騎士にならなければならないのか理解ができなかった。
聖騎士になれれば家門の箔につながるだろうが、どちらかというと経済学、財政の知識が重要視されやすい。
一応、エドガーはあそこでも貿易の勉強はできていた。仮にもジェノヴァ聖国は西の海で一番の貿易国家なのだ。
「お兄様は伯父様の言いつけを破ってなぜここに?」
「ああ、それはオズワルドから言われてさ」
噂をすれば白いふくろうが窓の外からこんこんとノックをしていた。
「あら、ホー。兄さんの手紙を届けてくれたのね。お菓子食べる」
ジュリアが白いふくろうを部屋へと招き入れる。
「それは後にしようか」
ふくろうからオズワルドの声が届きジュリアはぎゃっと叫んだ。
よほどおかしかったかくすくすとふくろうから声がもれる。
「やぁ、早速ライラとエドガーが合流できて安心したよ」
まだであったらライラを誘導させることを考えていた。
「オズ、そちらは大丈夫ですか?」
ライラの心配する声にふくろうは安心させるようにいった。
「ああ、魔物を無効化させてジル族とアラ族の兵士らを撃退できたところだよ。ジル族の魔術師を捕虜にできたしとりあえず安心かな」
アルベルが占領されるようなことにならずライラは安心した。
「あなたがいなくて心細いけど、アルベルを守ってくれてありがとう」
「ここから動けないが最善を尽くすつもりだよ」
ちょうどリリーがやってくるとオズワルドが言うと、遅れた形でノック音がした。
言われた通りリリーたちであった。
人がそろったことだし今後の予定について見直そう。
スワロウテイル公爵家の警備は厳重であり、今確認したところ変な魔法の方式が入口付近に組み込まれていた。
へたに近づけばアメリーに気づかれてしまうことだろう。
接触する機会のクロードとアメリーの結婚式は1週間後である。場所は帝都1番の教会である。テレイス教会だ。
この国の結婚式では新郎は少年従僕の案内で神の御前へと訪れる。しばらくしてから花嫁が新郎の元へと近づき、おのおの神の前で愛を誓うのである。
その少年従僕であればクロードに近づくことは可能だろう。
「エドガー、君はテレイス教会に出入りできるだろう」
見習いとはいえ、聖国の騎士見習いなのだ。それだけで各地方の教会は尊敬を抱く。
身分証明となる証をみせて教会内へもぐりこみ、少年従僕をライとすり替えてしまおう。
「そして君と合作して作った魔法道具でクロードの目を覚まさせよう」
オズワルドの言葉で知ったが、エドガーの神聖魔法は魅了を解く作用のものがあるという。
ライラたちが来るまでの間にアメリーの魅了にかかった貴族令息を捕まえて治療を施したところ彼は正気に戻っていた。
彼は婚約者を裏切りアメリーにうつつをぬかしていた自分にショックを受けていた。婚約者へ謝罪に行こうとしても、修道院へと入り面会謝絶となったという。かなりの絶望状態で自殺するのではないかと心配してしまった。
エドガーは治療してよかったのだろうかとちょっと悩んでしまった。
同時に妹の魅了魔法によって不幸になったので兄としての責任を感じるようになった。
「完成させたぞ」
オズワルドが用意した琥珀石の装飾品に彼は神聖魔力をこめた。これを身に着ければ時間はかかるが正気に戻れるかもしれない。
「うまくいかなかった場合は……」
「その時は俺が直接殴りこんで最優先で治療してやろう」
ライラの不安を払拭するようにエドガーは頼もしく言った。
「それじゃあ、任せた……ほー」
白いふくろうはぶつりと途切れて元のふくろうに戻った。ジュリアは警戒しながら使用人に用意させたおかしをおそるおそる差し出す。ふくろうはぱくぱくと口に放り込み始めて、普段可愛がっている白いふくろうだと安心した。
そういえばと思い出したようにライラは首を傾げた。
「ところでオズが言っていた南からの応援て結局来ませんでしたね」
「あ、それは俺」
エドガーは手をあげて言った。
確かに位置からすれば南から来ている男である。
「久々の帝都までやってきて、さぁ、公国へと思えば、オズワルドがそのまま待機するようにと指示を送ってきたんだよ。で、待っていたらアメリーがクロードを連れてきて様子をうかがっていたのさ」
とりあえずとエドガーはふくろうに近づきずぼっと彼のお腹のもふもふに手をつっこんだ。どうやってしまい込んだのだろうと思う程の袋が現れた。
中は何が入っているかというと魅了対策魔法を込めた琥珀石であった。
「予防効果にしかならないと言っていたけど、もう魅了かかっている人には」
「効くようにするのが俺の仕事だよ」
宝石には魔力をこめるのに最適な媒介である。それにその目的で作られた特性琥珀石である。
神聖魔法が通りやすいように設計してくれている。
「すごいなぁ。オズワルドの弟子は」
琥珀石を作った人間がノーラの兄弟子というのはご存じのようであった。
オズワルドが構築した設計をそのまま具現化できるのは確かにすごいのかもしれない。
「さて、じゃあ。ライだったっけ。後で結婚式の少年従僕のマナーを教えて」
「私がします」
ライラが手をあげた。
「新郎を案内する少年従僕は私がします」
「……わかった」
拒否されると思ったがエドガーはあっさりと認めた。
「奥様、今の閣下は魅了を受けて危険かもしれません」
ライに任せておいた方がいいとリリーは説得するが、ライラは首を横に振った。
「私はどうしてもクロード様に会いたいの」
「ですが」
しぶられるとライラは果物ナイフを取り出した。リリーは悲鳴をあげる。
ライラは髪をひとつかみして髪をばっさりと切った。切り切れなかった部分があるが、それでも長く美しかった黒髪はライラの右手の中へおさめられている。
あまりのショックにリリーは放心した。
「ああ、だから彼女の希望を聞いとこうと思ったのに」
エドガーはよしよしとライラの頭を撫でた。
「ジュリア、理髪師を呼んでくれ」
このままぶかっこうのままでいさせるのは忍びない。エドガーはジュリアに声をかけた。リリーと同じく驚いていた彼女はようやく我に返り、使用人に理髪師を呼ばせた。
ライラは男のようにしてほしいと理髪師にお願いして、後ろの髪を短くした。
一応首と耳に被る程度のボブカットにしたてるが、ライラはもっと短く、前髪も短くと求める。
ジュリアがそれ以上はダメだとストップをかけた。
そのあとは目を覚ましたブランシュがライラの髪を見て毛が抜けてしまったのかと心配したり、トラヴィスがジュリアの家へやってきて頭を抱えた。
エドガーはここでライラの意志を曲げたら勝手な行動に出そうなので、あくまで監督しやすい場所で動いた方がいいとリリーとトラヴィスをなだめ説得した。
トラヴィスからレジラエ伯爵家の様子を確認した。
ライラ、トラヴィスが指名手配されたことで世間の批判を強く受けている。爵位返還の話も出ていた。
ライラの父コンラッドは自主的な謹慎をし、おかげでアメリーの魅了にかからなかった。
民衆の暴動をいつ受けるかわからないが、コンラッドは帝都を離れなかった。
トラヴィスが帰ってくるかもしれないと思ったから。
しかし、リザと子供だけは安全な場所へ向かわせたいとブラック=バルト伯爵領の別荘へ行かせていた。
リザと子供には会えなかったが、父コンラッドが無事であること元気にしている。
「お父様」
今ライラが伯爵家へ行っても役に立たないしかえって足を引っ張るだろう。
「ライラはできればジュリア嬢の家で待機してほしいが」
それはできないとライラは首を横に振った。髪が短くなって随分軽くなっていた。
「それならエドガーの指示に従って……危なかったら迷わずに逃げるんだ」
自分も従僕の中に紛れ込んでおくからといいトラヴィスはライラの頭を撫でた。




