7 蝶の足跡
数日後に大公より公城へ訪問するように手配が下った。第三皇子の事件にかかわったすべての者をである。
ライラはリリーとライに伴われて公城へとあがった。
予想外のライラの登場に多くの人が驚き、ライラを悪女とののしった。大きな声でライラは一瞬ひるんだが、すぐに毅然とし会場へとあがる。
大公の前へ行くのは不安であったが、アビゲイル公女が目的を達成したというのを知らされていた。
勇気を振り絞り会場の真ん中へと立つ。
「ライラ・アルベルよ。よく来てくれた」
その言葉は以前のように優しい声であった。顔をみると右頬が少し赤くなっている。若干目がくぼんで隈ができあがっていた。
魅了が解けた後、彼はかなり悔やんでいたのがわかる。右頬の腫れはきっと自責によるものだろう。ライラはそう思ったが、実際はアビゲイル公女の一撃によるものだった。治癒魔法で腫れが引いたが、赤い色は残ってしまっていた。
「こたびの第三皇子殺害の容疑、そなたの意見を聞こう」
「殿下、私は第三皇子殺害をやっておりません」
ことの経緯を求められるまま説明する。その時の看護師も、医療スタッフも、騎士もこの会場にいたのを確認した。
アメリーは事件に関与していないから呼ばれていないのだろう。
人々はうそつきとなじるが、大公が一喝した。しぃんと会場は静かになる。
これはおかしい。
呼ばれた一人が感じた。
大公から事件の情報をもう一度確認しライラの処断をくだしたいと呼ばれたが、ライラの登場があるとは思わなかった。
大公の様子も以前の状態に戻っていた。
もしかすると魅了魔法が解けてしまったのか。
おそるおそる会場から出ようとしたが、入口を開けることができなかった。強い魔法で封をされている。
へたに開けようとすれば、注目をあびてしまう。
「こちらは『蝶の足跡』というそうだ。正真正銘の聖国の道具だ。ありがたいことに入手することができた」
会場の中央へ現れたノーラの持つ瓶を受け取り、大公は人々に示した。
ジェノヴァ聖国の道具であり、入手することは困難である。なぜそんなものがここで登場するのだ。
「できれば今回の被害者である第三皇子殿下にも出ていただきたいのですが」
被害者にも道具を使用することで特定目的の使用者を見つけることができる。
それはまだ厳しいと大公が応えて、それではとノーラは道具の説明をした。
凶器に使用された道具を液体をたらすと蝶の形に変形し、使用者の元へと飛ぶといわれている。
これは多くの冤罪が発生したときに聖国が反省し作り出したものだった。ただし希少性が高く、聖国でも滅多に使われることがない。
なぜそんなものをオズワルドが用意できたのか謎である。
凶器とされる短剣を侍女が運んできた。
「あ、まだしっかりと血がついていますね。これだけついていればいけるかもしれません」
犯人を詳しく特定するために被害者の血でも代用は可能だとノーラは説明書を確認しながら言った。
それならトラヴィスの元へ蝶は飛んでくる心配はない。ライラは安心した。
ノーラは解説書を読みながら、短剣の柄の部分と刃物の血の部分へと液体を垂らした。
しばらくすると二滴は光を放ち蝶の形へと変じた。ゆっくりとその2つは結びつき、美しい紫の蝶が光の鱗粉を落としながら会場内を飛んだ。
蝶はゆっくりと扉付近にいる看護師へ触れた。
「な、私はっ!」
ライラを皇子の部屋へ誘導した看護師であった。
「見つけましたね。犯人」
ノーラは無表情で看護師を指さす。大公が捕らえよと命じるが会場にいる者たちは腑抜けた表情で動く気配がない。
その間に逃げようと看護師は魔法を使い扉を破壊しようとした。
「とぅりゃ」
蝶が飛んだ先へと音を立てずに近づいていたリリーは看護師に飛びつき、彼女の身柄を拘束した。
「よくやりました。さすがリリーさん」
ノーラは拍手を送り、ゆっくりと看護師の方へ近づいた。そして彼女を間近でみてノーラは眉を潜めた。
「リリーさん、そのまま押さえつけたままにしておいてください」
ノーラは険しい表情で呪文を唱えた。手の平が輝き、彼女の額へと触れる。ばちばちっと看護師の体全体に電流が走ったような音であった。看護師は悲鳴とともにうずくまる。
彼女の容貌がみるみる変わっていった。まったくの別人になったことをライラたちは驚く。
ノーラは看護師の衣装を乱暴に脱がせた。肩の部分のみみえるようにして、そこから見たことのない文様が描かれていた。
ちょうど同時期に会場へクロヴィスの率いた騎士団が駆け込んできた。
「彼女、スパイですね。ジル族の術者です」
捕縛しておいてくださいというノーラの言葉にクロヴィスは頷き部下に拘束を命じた。
「クロヴィス! 何を勝手なことをしているのだ」
聴衆席にいたカディア侯爵は顔を赤くしてクロヴィスを責めた。
「いえ、これは大公の命令ですよ」
そんなはずはないとカディア侯爵は大公の方へみる。魅了さえなければ、優秀な臣下なんだけどなぁとクロヴィスは残念がった。
すでに魅了から解放されていた大公はクロヴィスへ命じる。
この件でなおも不満を持つ者は前へでるように。そしてライラを陥れた者たちは拘束するように。
「すまなかった」
ライラの身の潔白が証明された後、大公は頭を下げた。
「魅了にかかっていたとはいえ、そなたにつらい思いをさせた」
ライラの痩せた姿をみて大公は胸を痛めた。まさか、自分が罪ない女性を直接追い詰めることをしてしまうとは。
「殿下、私よりもクロード様は今どこへ」
彼は困ったようにうつむきすまないとだけつぶやいた。
「2日前にノース夫人とともに帝都へと向かった。そなたとの離縁、ノース夫人との婚約を皇帝に認められる目的で」
帝都と公都で、同時に祝福を受けたいからと秘密裏に動いたという。
その言葉にライラは足をふらつかせる。後ろへ倒れそうになったところをトラヴィスが支えてくれた。
アメリーの言葉を思い出す。
クロードはライラと離縁して、アメリーと結婚すると。
信じたくないことが実現することに絶望を感じた。
「ライラ、今から私は帝都へいく。クロードのことは私に任せてお前は休みなさい」
トラヴィスがそう声をかけてくるがライラは首を横に振った。
「私を帝都へ連れて行ってください」
「お前の体力はまだ回復していないんだ。私が必ず連れて戻すから休むんだ」
「いやです。いや……今行かないと私、後悔しそうなんです」
苦しくてどうにかなってしまいそうだ。
クロードがアメリーと結ばれる場面をみるのは苦しいしできれば見たくない。
だけど、今ここで逃げてしまえばライラは一生後悔する。
「どうにかなりそうです。お願いです。私を帝都へ、連れて行ってください」
ライラは必死に兄に頼み込んだ。今の自分では自力でクロードの元へいけない。誰かの助けが必要で、こんな状態でどうにかできるとは思わない。
ただどうしても彼に会いたかった。
◆◆◆
アメリーが乗っている馬車はすでに公国を抜けて帝国へと入った。数日すれば帝都へ入れるだろう。
「クロード様は帝都へ行ったことありますか? 公都も思った以上に都会でしたが、帝都の方がずっと綺麗で素敵なのですよ。気に入ってくださるとうれしいです」
うっとりとクロードの美貌をみあげて、彼の腕にとからまる。
彼はあまり反応を示さなかった。長い監禁と、レルカの魔法にかけられて、それでもアメリーになびくことがなくそのたびに魔法を強化させていった。それを繰り返すうちに彼はついに人形のように反応しなくなった。
アメリーが言えば希望通りに動いてくれるが、まるで操られた人形のようであった。
残念なことであるが、それでもかまわなかった。
こんなに綺麗な男性を自分の好きにできるのだもの。
ただしまだ問題は残っている。
クロードと寝台で一緒に過ごそうとしたが、強い拒否反応を示す。
まだまだ薬も、魔法も足りないのだろう。それは帝都へ帰ってからでも十分だ。
「帝都でいっぱい楽しいことをして過ごしましょう。辺境伯の仕事なんて優秀な人を雇えばいいのよ。レルカがいっぱい用意してくれるって」
アメリーが目配せするとレルカはこくりと頷いた。
残っている。
クロードと寝台で一緒に過ごそうとしたが、強い拒否反応を示す。
まだまだ薬も、魔法も足りないのだろう。それは帝都へ帰ってからでも十分だ。
「帝都でいっぱい楽しいことをして過ごしましょう。辺境伯の仕事なんて優秀な人を雇えばいいのよ。レルカがいっぱい用意してくれるって」
アメリーが目配せするとレルカはこくりと頷いた。




