7-1 悪女の行方
第三皇子カイルが暗殺された。犯人はライラ・アルベル辺境伯夫人である。
その情報が公都中へと広まった。
先だって、アメリーが参加した夜のサロンで回った情報も拍車をかけ、悪女ライラのゴシック記事が公都中へと配られていく。
ライラが逮捕されたときのことをリリーは思い出す。病院前の喫茶店で待機していたが、ライラが騎士たちに捕縛された状態で出てきて慌てて飛び出した。
これは何かの間違いだと訴えたが、現行逮捕であるとライラの無実を信じてもらえなかった。
ライラはリリーが問題を起こさないように声をかける。大丈夫だからと笑って。
彼女が乗せられた馬車を追いかけていたが、途中から色んな場所に出入りして気づけばライラの行方を失ってしまった。
あれからリリーは公都別館へ戻ることせず、ひたすらライラの行方を捜した。満足に寝ることもせず、食事は軽食を最低限すました程度である。
「ライラ様の面会を求めます!」
リリーは罪人が幽閉されるであろう監獄塔へと足を運んだ。公都に存在する罪人が収容される監獄塔は4つである。
1つは地位の高い者が収容されるルヴィル監獄。
ライラの身分からここに収容されていると踏んだリリーは見張りに申しつけた。
すでに1回訪れていた場所だった。
ライラはいないと言われたリリーは一通りの監獄塔へと歩き回って、ふりだしとなり戻ってきたのだ。
「帰れ。帰れ。ここにはあの悪女はいない」
一瞬、ライラは悪女ではないと言いかけたがここで問答を繰り広げる暇などない。
「ではどこで収容されていますか?」
「さぁな。外に仲間がいて、逃亡計画を考えているかもしれないから、と極秘になっている。何しろ大事な賓客を殺害しようとしたんだ」
「まじでおっかないよなぁ」
二人の見張りはげらげらと笑っていた。
リリーは裾をぎゅぅっと裾をつかんだ。可能であれば見張り番のその顔を殴ってやりたい。
「リリー!」
銀髪の従僕見習いの少年はリリーへと声をかけた。
「やっと見つけた。こっち、こっち」
リリーを引っ張るライは路地裏まで連れ込んで、手に持っていた籠を開けた。
「ぴゅー」
ブランシュはあたりに人がいないのを確認して飛び出した。
「はぁ、ライラが捕まったと聞いてブランシュが飛び出そうとしたからあわてて籠に入れたんだ」
空飛ぶ護竜は一見白いトカゲのようにみえるが奇妙に思われるだろう。護竜と気づかなくとも、新種の魔物と思われ捕まえられるかもしれない。
「つかれたー。クロードは帰ってこないし、病院にいっても誰もいないし、トラヴィスもいなくなったとかでどこをどう探せばいいかわからなかった」
通りかかりにリリーのにおいに気づいてようやく見つけられたという。
「奥様、どこに捕らえられているのでしょう」
皇子殺害の容疑であり、いずれかの監獄塔に捕らえられていると考えていたが情報が乏しすぎる。
「とりあえず、ここにライラがいる可能性はある?」
「かと思いましたが中の様子を確認できず」
ライは手をあげた。
「よし、じゃあ、俺が中を確認してくる」
監獄の中へ入るなど苦労することだろう。
「俺にはこの変化魔法の道具を持っている」
ライは耳元の銀の髪をすいて耳をみせた。人間らしく化けた耳には木の葉の形をしたイヤリングがついてある。
ライ曰く、変化魔法の道具らしい。
「これで、監獄塔出入りしている奴に化ければいい」
「大人に、化けられるのですか?」
今まで少年の姿でしか見たことがなかった。てっきり人間の姿は自身の擬人化のみだと思い込んでいた。
「ふっふーん、ちょっと魔力を使いまくるけど天才的な魔力を持つ俺ならできる!」
ライは鼻高々に自慢した。とはいえ、可能なのは2,3時間程度である。
その間に確認できそうなエリアを回り、ライラのにおいがないか確認する。だいたいを把握するのは厳しいのであるが。
「でも、奥様を探す為ならそれしかないわ」
リリーはお願いとライに頼み込んだ。
「とりあえず適当な人間の持ち物があればそれをもとに変化できるんだけど……」
髪の毛でもいい。
ライの言葉を聞きリリーはこくりと頷いた。
当直を終えたらしい早く帰宅する役人の後を追いかける。
できることならとっ捕まえて、その服をひん剥いてしまった方が手っ取り早いと思うが、騒ぎになってはいけない。
もしあの監獄塔にライラがいなかった場合は他の監獄塔にも回る必要がある。その間にリリーたちの動きを察して対策を練られたら困る。
髪一本でもいいとライが言っていたので、比較的手段はいくつか考えられる。
彼の行き先を追いながら隙をみて、髪の毛を盗み出した。
「これで何とかなる?」
ライは髪の毛を確認して、こくりと頷いた。ぱんぱんと手を叩いて、念じると銀髪の少年は消えて先ほどのリリーが追いかけていた男へと変化した。
「すごいわね」
「2時間経過したら戻ってくる」
もしライラを連れだせそうだったらそうするわとライは言った。
「わかったわ。この2時間の間に、他の監獄塔の役人の持ち物を回収してみせるわ」
2時間後の合流地点を確認してリリーとライは分かれた。ブランシュはさすがにライが連れていけるわけないので、リリーが連れていくこととした。
変化したライは役人のようにふるまい堂々と入口へと入っていく。
「なんだ。お前、当直明けでもう帰ったはずだろう」
「忘れ物をしたんだ」
ライは簡潔に応える。怪しまれずにスムーズに中へと入れた。
◆◆◆
ライラは監獄塔ではなく古い修道院の地下へと捕らえられた。
この牢獄は昔の大公家の発狂した公女が幽閉されていた場所だという。
寝台や机は当時の時代を考えれば上質なものだっただろうが、手入れはされておらずかびくさい。
体重をかけるだけでぎしぎしときしんだ音がした。
周りは石が積み重なった壁で、外の空気は唯一の窓からみることができるが4メートルも上で、出入り口も狭い。子供でも出入りするのは厳しい狭さであろう。
血で汚れたドレスや靴などは証拠品として回収され、ライラはお古の囚人服を着せられていた。
手足には枷をつけられていて、動くとじゃらりと音が響く。
ぶるりと震え、ライラは寝台の上にあったぺらぺらの毛布にくるまった。これだけでも寒さを防ぐには不十分であるがないよりはましであろう。
「疲れたわ」
深くため息をついた。
先ほどまで公都の騎士団から取り調べを受けていた。皇子殺害を認めるようにと何度も言われ、ライラはかたくなに認めようとしなかった。
そうすると騎士たちから乱暴な言葉遣いで責められ、大きな音をたてて脅される。
それでもライラがやっていないのだから認めるわけにはいかない。
ライラはじっと騎士の瞳をみて、容疑を否定した。
彼女の視線が苦痛だったのか、騎士はライラの右頬をびんたした。
4時間にも及ぶ尋問を受けて、一度休憩とこの牢獄へと放り込まれた。
ライラは頬を触れるとかなり腫れているのがわかった。しばらくは引かないだろう。
かつかつと靴音がする。騎士が尋問の為にやってきたのだろう。
ライラは身構えたが、訪れたのは大公とアメリーであった。
「大公殿下」
ライラは慌てて、いすまいをただし礼をする。貧相な身なりで恥ずかしいが、それでも主君への礼儀は忘れてはならない。
「ライラ、とんでもないことをしてしまったな」
大公の言葉がひどく冷淡であった。いつもの穏やかな雰囲気から想像できない。
「私やクロード、皇帝を騙したのも残念なことだ。それでも一度は義理の妹としての情はあった。何とか罪を軽くしてやろうと思ったが、まさか皇子殺害まで手にかけるとは」
「なんのことでしょうか」
ライラには理解できなかった。大公たちを騙したとはどういうことだ。
「お姉さま、罪をお認めください」
アメリーは切なげに叫んだ。美しい令嬢が涙ぐむ姿は薄暗闇の中、わずかな光のもとでも可憐に映る。
彼女の胸元のルビーの首飾りがきらりと輝いた。
傍にいた見張りはほうっとため息をついていた。
「そなたがアメリーを脅し、アメリーに自分の婚約者をあてつけ、アルベル辺境伯夫人の地位につこうと画策したことはすでに聞いてある」
大公の説明にライラは絶句した。どうしたらそういう話になるのであろうか。
ライラは元婚約者だったクライドと一緒になる予定だった。それを壊し、奪ったのはアメリーである。
「殿下、何かの間違いでございます」
「何とまぁ……罪を認めるどころかしらばっくれるとはつくづく失望した」
ライラが何と言っても大公は聞く耳を持ってくれない。どうしたものかと困っていると、くすりと少女の笑い声が聞こえた。
アメリーは大公の後ろでライラを嘲笑っていた。
「アメリー、あなたは何を」
アメリーはぐすっとすぐに悲し気な表情に戻る。
「お姉さま、ごめんなさい。お姉さまの為に私……頑張ろうと思ったの。でも、お姉さまのしていることはみんなを騙すことになっているから私つらくなって、大公様に告げてしまったの。でも、お姉さまの罪が軽くなるように大公様に頼み込んでいたのに、なのに、お姉さまがカイル皇子殿下を殺そうとするなんて」
わぁっと泣き出したアメリーをみて大公は優しく慰めた。
「おお、アメリー嬢よ。何と優しい心だ。それなのにその心を裏切る真似をするとは」
大公は軽蔑のまなざしをライラへ向けた。
何か言わなければならないが、ライラの頭の中は混乱していた。
ただでさえ目の前で第三皇子が血だらけで倒れていたのを目撃して、殺害容疑をかけられたのだ。
その上で、アメリーを陥れて辺境伯夫人の地位についたと思われているなどめまいがした。
「殿下、私は何もしていません。まず、私が第三皇子様を殺す動機がございません」
「ええい、動機などどうでもよい。そなたが持っていた短剣も回収済だ。レジラエ家の家紋がついていたのが何よりもの証拠だ」
短剣の存在など知らない。そう言いたいのに胸がばくばくと動き苦しかった。息がしづらい。気づけば、体がひどくだるく熱かった。
ライラはその場に崩れ落ちた。
「ふん、ようやく罪を認める気になったか」
大公の言葉にライラは必死に声を出す。自己弁明をする気力はない。ただ、自分がやっていないというのを伝えた。
必死の言葉はむなしく、大公はあきれたと吐き捨て牢獄を後にした。
「ああ、お姉さま。早く罪を認めて楽になってください。そうすればクロード様も許してくださりますよ」
クロードの名を聞きライラは顔をあげた。
「クロード、様は今……」
「教えてあげます。クロード様はひどく怒っておられ、お姉さまと離縁される予定です。まぁ、罪人になってしまいましたし、詐欺結婚だし、この結婚は無効ですわよね」
アメリーはライラに説明した。とても楽しそうである。こんな歪んでいるというのに、見張りはアメリーの笑い声を不審がっていなかった。まるで聞こえていないかのようだ。
離婚、結婚無効という言葉にライラはますます動悸が強くなるのを感じた。
「そして、私はクロード様の妻になるの。元は私が辺境伯夫人になるはずだったのだから、本来あるべき形になるのよ」
アメリーの言葉は信じられない。だが、今の大公の態度をみると不安になってしまう。
「皇族殺しは死罪ですって、せめて苦しまない斬首刑になるように早く罪をお認めくださいな」
アメリーはそう言い捨てて、大公の後を追った。
ライラは高熱に耐えられなくなり、その場にうずくまる。ひんやりとした石畳の床でも熱は下げることができない。
「おい、食事だ」
見張りはライラに向かって硬いパンを投げつけた。同時に水の入ったコップを放り投げる。コップは傾き、ライラの頭の近くで水をこぼしていった。
ひどく熱く、ひどく寒い。
ライラはぶるぶると全身を震わせてただうずくまっていた。




