10 秋の女王
「ライラ様、今日はお部屋の方で食事をいたしましょうか?」
城のサービスで部屋まで食事を運んでくれるのである。
後で自分のお抱えの使用人に頼んで厨房へ食器類を片付けてくれるという条件であるが。
「ええ、お願いできる? 今日はブランシュたちと食事をしたい気分なの」
「お任せください」
ライラは自分に言い聞かせた。
大丈夫だ。ここは帝都ではないし、自分にはライも、リリーもいる。
部屋を食事をとろうとするとアビゲイル公女が訪問してきて、一緒に夕食をとりたいと言った。
やはり食堂へ行った方がいいのだろうかとライラは立ち上がったが、すでにアビゲイル公女の分の食事はライラの分とともに運び込まれるようになっていた。
ブランシュとライが参加してもアビゲイル公女は特に気にしない様子だった。
彼らと一緒に食事をするのも興味があるといってくれた。
「はぁ、肩がこったわー」
久しぶりにのんびりと食事がとれるとアビゲイル公女はお肉を頬張っていた。
客人の相手をさせられて息がつまる思いだったようだ。
お昼は若い令嬢たちを連れて遊びまわっていたが、食事時はホスト側なので何かと疲れているようだ。
「んー、桃のジュースも美味しい。お酒はちょっと苦手なので、ライラのところへ遊びに来て正解だったわ」
母から許可をもぎとり、アビゲイル公女はライラの部屋へと突進してきたのである。
「お疲れ様です。では、せっかくなのでデザートも一緒にいたしましょう」
「やったぁ」
お茶を飲みながら、去年の狩猟祭の様子をアビゲイル公女は語ってくれた。
それを聞きながらライラは彼女の心中はどうなのかと心配になった。
しばらくしてアビゲイル公女はようやく第三皇子のことへ話を移した。
第三皇子カイルとは軽く挨拶を交わした程度らしい。彼と会話をしてアビゲイル公女は、彼の心が別の方へ向かっているのをありありと感じ取っていた。
「それでね、婚約は解消する話を進めることになったわ。狩猟祭の後だけど」
なるべく穏便に話を済ませる予定であるという。
アビゲイル公女としてはひとつの荷が下りたような心地であるという。それでも表情は浮かばない。まだ気になることがあるようだ。
「どちらにせよ私は帝都の学校へ行くことが決まっているの」
「帝都の学校へ行くのは嫌なのでしょうか」
貴族子息・令嬢が通う学校である。
ライラは通っていないが、トラヴィスが通っていたので少しだけわかるつもりだ。
きっと多くを学べるだろう。帝都で優秀な美術の教師もいるし、アビゲイル公女の為になると思う。
「そうなんだけど、私。別のところへ行ってみたいの」
「別のところ?」
どこであろうか。帝国より南側にあるジェノヴァ聖国のことであろうか。あそこは宗教画も多いし、多くの美術家が集う芸術の街があったと思う。
「私、北のハン族の村へ行ってみたいの」
想像外のことにライラは困惑した。アビゲイル公女はライラの反応を予想できたのでくすりと笑った。
「ハン族のね、ベンチェルって人のスケッチをみておもしろいなと思ったの。私の知らない、本でもわからなかった世界が北にはある」
「北は異民族の領域で危険ですよ」
「わかっているわ。それでも、知りたいの。北のこと。ハン族の元になったというアルティナ帝国についても知りたいわ」
ここまでアビゲイル公女が興味を持つとは思わなかった。たしかにベンチェルの研究内容は魔物の観察で、幻想的な絵を描いているアビゲイル公女によい刺激をもたらすことだろう。
北が安全な場所であればアビゲイル公女の願いを応援したい。だが、今のライラでは難しい。
「大丈夫よ。ライラが心配したり、抱え込む心配はない。私の問題だから、私で何とかするわ」
父親に伝えてみたい。それでだめだったら諦める。
「もちろん帝国の学校も私にとって良い学びの場所だと思うわ。聖国の美術にも触れやすいし……だから大丈夫よ」
でも、誰かに言いたかった。その一番の相手がライラだった。
アビゲイル公女はほほ笑んだ。
◆◆◆
3日目の朝のことである。
狩猟期間は終わる。
ライラは朝食を済ませて、クロードの帰りを待ちわびた。
籠にはいつものようにブランシュを入れてある。数回目となるとブランシュも慣れたもので大人しくしていた。
城へ戻る参加者たちは手に入れた獲物を登録していく。同時に女性へ捧げる者は名乗りをあげて宣言をしていく。
今のところ、捧げられた女性陣では公妃、モーガン子爵令嬢、アメリーが上位に食い込んでいる。
まだ登録終えていない分を考えるとクロードとクロヴィスが期待されている。
すでに優勝をあきらめている騎士たちはどちらが上か賭け事していた。
「た、たいへんですっ!」
傷だらけの騎士がふらつきながら城へと戻ってきた。確か、第三皇子の付き人であったはずだ。
「どうしたの。カイル皇子殿下はどうしたの?」
様子をうかがっていた公妃が第三皇子の付き人に声をかけた。
「殿下が第五区域で、魔物に襲われました。駆け付けたアルベル辺境伯、カディア小侯爵が接戦しております」
「なぜ第五区域へ……あそこは、カイル殿下には厳しい場所でしょう」
そこへ行かせないようにつけたはずなのに何をしていると公妃は叱咤した。もし、ここで第三皇子に何かあれば帝国との関係に問題が生じる。
「それが、何が何でも捧げたい淑女がいるからと得点の高い第五区域へ向うと我々から離れて……何とか追いかけたのですが、すでに殿下は魔物に襲われ……怪我を負って、レジラエ殿が庇って」
兄の名が出てライラはぞっとした。
遭遇したのは金虎と呼ばれる危険な魔物であった。石化術を使い、時間をかけて獲物を食する。
騎士団10人かかりでも難く、1人で何とかできるものではない。
どうして第三皇子はそんな無茶をしてしまったのだとライラは心の中で責めた。彼の傍にいた兄が危険になるではないか。
大公は余力が残っている騎士へ第三皇子保護隊の編成を急いだ。一番は第三皇子の保護を優先である。
ライラはふらふらしながら、馬の方へと近づいた。
「いけません。奥様」
リリーはライラを止めた。第五区域は危険地帯なのである。今は騎士たちに任せよう。
「でも、お兄様が」
「それなら私が行きます」
二人で押し合いをしている間に外の方から歓声と拍手が沸き上がった。つい先ほど発ったばかりの騎士たちが戻ってきていた。
荷台に運ばれているのは金色の毛並みを持つ虎であった。いくつもの矢を受けて、剣傷を負いこと切れていた。
命を失ったとはいえ美しい毛並みだと誰もが見とれる。
「アルベル辺境伯とカディア小侯爵が金虎を退治しました」
大公の騎士が、大声で報告すると城中明るい声で英雄たちを迎え入れた。乗馬した二人の英雄が城へと入ってくると一層称える声が大きくなった。
後ろの方で遅れて運ばれてくるけが人をみてライラは急いでそちらへと向かった。リリーとライも追いかける。
「お兄様っ!」
ライラは運ばれてきたトラヴィスへ声をかけた。首筋に獣のかみ痕がみられ、その上に布があてられる。身に着けているものは血ですっかり汚れていた。
「ドレスが汚れる」
かすれた声でトラヴィスはライラが勢いもって触れてくるのを止めた。そんなことはどうだっていい。
「お兄様、お兄様」
「大丈夫だ。見た目程、大したことはない。騎士たちが大げさなんだ」
トラヴィスはライラの手に触れた。ライラはそっと手を握り頬に触れた。まだぬくもりがあり生きていると感じられる。
「アルベル夫人、医療室へと連れていきたいのですが」
騎士が声をかけるとライラはふらっと後ろへ下がった。それをリリーが支える。
トラヴィスより先に運ばれた第三皇子カイルは右腕に石化を受けて急いで治癒魔法使いにかける必要があった。
彼は意識をもうろうとしながらも、恋人の姿を追いかけるが、彼の元へかけつける少女は存在しなかった。
第三皇子カイルが求めていた少女は、うっとりと英雄の姿を見つめていた。
人々から賞賛された勇ましい騎士の姿を。
大公が英雄二人へ声をかけた。
「二人とも、よく第三皇子を救いだしてくれた」
身体状態がどうなのか今は何ともいえない。だが、あやうく第三皇子の死体を迎え入れるところだった。
「では登録を済ませてしっかりと休むように。カディア小侯爵は少し石化を受けているな。登録は後ででいいので治癒魔法使いのもとへ行きなさい」
大公のねぎらいの言葉を受けクロヴィスは礼をした。
クロヴィスが去った後、おずおずと登録係はクロードに声をかけた。
「金虎はどう登録しましょうか」
獲物の点数は一人に割り当てられる。分け合うということはできない。
「カディア小侯爵の点数にしてくれ」
「すごい点数になりますよ。良いのですか?」
登録係は何度も念を押してきてクロードはふっと笑みをこぼした。
「後で届くはずだ。俺の獲物が。あれで俺の分は十分だろう」
到着したころまた登録に来るとクロードは登録係から離れた。
クロードの傍近くまでやってきたライラを見つめる。彼女はぽろぽろと涙をこぼしクロードを見つめた。
「クロード様、ありがとうございますっ」
ライラは胸元をぎゅっと掴み、クロードに感謝を伝えた。
「兄を助けてくれてありがとうございます」
兄があの場で死んでしまっていたらどうなっていただろうか。想像しただけで怖い。
「間に合ってよかった」
クロードが本命を捕らえた後、しばらく適当に魔物や害獣を狩っていた。
応援要請の音が響き、あかりがみえてクロードは騎士を引き連れて要請があった場所へとたどり着くとクロヴィスが金虎と応戦していた。右足に石化を受けており、苦戦をしているようだった。
彼にしては珍しいことだとみてみると、石化を受けた第三皇子とそれをかばい負傷したトラヴィスの姿があった。あれらを守りながらの討伐で苦労していたのだと察した。
「部屋へ戻ろう」
クロードはライラの肩を抱き、建物内へと入る。その姿をみて貴族たちはほうっとため息をついた。
「アルベル夫妻はずいぶんと仲睦まじい様子、よくお似合いですね」
「先ほどの負傷した参加者の中にアルベル夫人の兄上様もおられたとか」
「お辛いでしょう。治療魔法使いが足りているか確認しておきましょう」
もし足りていなければ自分の家おかかえの魔法使いを呼び寄せようとまでいう声があった。
人々はアルベル辺境伯の武勇を賞賛し、ライラの心を思いやった。
その様子を眺めてアメリーはほほ笑んだ。ただし、目は笑っていない。薄気味の悪い表情であった。
1時間程してからクロードの騎士たちが獲物を運んできた。かなり重いもので馬4頭がゆっくりと引いてようやく到着した。
その巨大さに唖然とする。
ベヒモスと呼ばれる象とサイを混在したような魔物であった。巨大で獰猛な魔物である。彼が近づくと地面が揺れるという。地震がくればベヒモスが暴れているのだと故事がある。
山で時折みかけるという噂は聞いていたが、訓練をした騎士の誰もその姿をみたことがなかった。
クロードは狩猟祭へ参加する前にベヒモスの生態をある程度調べて、オズワルドに教えをこい効率よく彼を呼び寄せる方法を学んだ。
クロードはベヒモス1頭と、サラマンダー12匹、そのほかに小動物を登録して、すべてをライラへ捧げるといった。
そして治療が終わったクロヴィスも登録をしていく。金虎以外は自分の点数として登録したが、金虎のみは女性へと捧げることになった。
一体誰であろうかと令嬢たちは興味津々に注目していた。
「金虎はアルベル夫人へ捧げます」
朗らかな笑顔とともに出た名前に令嬢たちは小さく悲鳴をあげた。ここでライラへ捧げる騎士が別に現れるとは思わなかったからだ。
「お前は……」
クロードはじとっとクロヴィスを見つめた。クロヴィスは唇をとがらしてとぼけたように言う。
「クロードが俺に譲ってくれた獲物だろう。ならどうするかは俺の勝手だろう」
クロードの表情がおかしいのかクロヴィスは楽しく笑った。
「別に変な意味はないさ。例の指輪のお礼ということにしておいて」
クロヴィスは衣類で隠れているが首にかけられているチェーンをみせた。指輪は指につけずに首飾りのように身につけているようだ。
狩猟祭の点数はまだ計算途中であるが優勝者が誰か決まった。参加者の間ではクロードであるが、優勝はライラのものとなった。
令嬢たちは今年の秋の女王を賞賛し、羨望した。




