2 公城の祠
公城への謁見には特別にブランシュの同伴を許してもらえた。
まだ護竜であることは公にされていないが、ブランシュの精神状態に合わせて対応を検討中のようである。
ブランシュはライラとクロードが可愛がっているトカゲということになっている。
そして、ライラの演奏を所望しているようでフルートの持参も要求されていた。
意外に城の人たちはライラの腕に抱かれているブランシュを警戒する様子はなかった。
ライラは少し安心した。
謁見にて二人は臣下として礼を尽くした。
「先日のアルベル視察の折は世話になった。狩猟祭ではクロード、そなたの活躍を期待しているぞ」
「はっ!」
兄弟とはいえ、主君と臣下の関係であり公の場では距離を適切にとってある。クロードはこれがクロードと大公がお互い身を守る行為であることも理解していた。
帝国にも、公国貴族らにもクロードに兄弟同士の政権争いを誘導する隙は与えられない。
「アルベル夫人も息災であるか」
「はい」
「アルベル程ではないが、公都の秋も夜は冷え込む。体を冷やさず大事にいたせ」
「ありがとうございます」
すでにクロードからライラの病気については大公は知らされていた。クロードが使う天幕は防寒機能のついたものを選んであるらしい。大公の配慮に感謝し、今後のリド=ベルの発展を願った。
「今日は特別に祠を開いてある。共に参ろう」
リチャード大公は玉座から立ち上がり、従僕に命令を下した。従僕は先導し、ライラたちをある場所へと案内した。
城の敷地内、奥の森の方である。手入れされてあり、美しい森の園であった。
「ぴゅー!」
ブランシュはのびのびと飛び立ち、ライラは慌てた。
「ブランシュ! 大人しくしましょう」
城に迷惑がかかれば大事である。
ライラの慌てようにリチャード大公は目を細めた。
「よい。ここはブランシュにとって心地よい空間のようだ。自由にさせてあげなさい」
従僕の案内を続けてもらい、ライラたちは奥の方の小さな祠へとたどり着いた。古い石の建物である。床の方は石畳が敷き詰められている。
雰囲気が北天狐の隠れ里の神殿に似ていた。
「ぴゅー」
のびのびとしていたブランシュはライラの方へ追いつき、ライラの腕の中におさまる。口にはどこからとってきたのか不明な白い花が加えられていた。
「おお、この年で淑女への礼がなっているな。受け取ってあげなさい」
リチャード大公は満足げに笑った。
「ブランシュ、ありがとう。でも、勝手によその家のお花を摘むのはよくないから次はダメよ」
ライラはぼそっと注意を促した。ブランシュは理解しているのか、ただ頷くばかりである。
「さて、ブランシュも合流したことだし、建物内へ入ろうか」
小さな祠であるが、扉を開くと中は小さな部屋のようであった。
真っ白な壁にはびっちりと絵が描かれていた。上の方をみると、ガラスの天窓がみえる。今は明るい時間帯であるが、夜になると星空がみえるつくりとなっていた。
部屋の中央には大きな碑石が安置されていた。
「こちらは」
「笛の少女と護竜の墓だと聞かされている」
伝承では笛の少女はこの土地で息を引き取り、邑の者たちは少女を偲び墓を作った。彼女と仲がよくいつも一緒にいた護竜は仲間の元へ戻らず、墓のそばから離れなかったという。
少女から教わった歌を奏で、少女が起きて出てくるのを待っていたのではないかと人々の涙を誘った。
月日が経ち、護竜も息を引き取り、彼の身も少女の傍に埋めた。そしてさらに大きな碑石を立て、人々は守り続けた。
この墓の守り手はいずれ邑の司祭者となり、指導者になり、王となった。リド=ベル大公家の祖である。
「この墓を守るのが私の役目である」
ブランシュはライラの手から離れ、碑石にすり寄った。ライラは慌てたが、リチャード大公は許した。
「ここに同胞がいるのとわかるようだな」
敏い子だと大公はブランシュの頭を撫でた。「ぴゅ?」とわかっているかわかっていないのかブランシュは首をかしげる。
「実はこの祠には時々変わったことが起きる。誰もいないのに、笛の声が聞こえてくるとか。それが少女の笛なのか、護竜の鳴き声なのかはわからない。ただ彼らはここで公国の土地を守り続けているようにも思える」
ブランシュの鳴き声が祠の中で何度も響き渡る。ライラはその声に耳を傾けていた。
確かに笛の音のようにも聞こえる。
しばらく聞き入っていると、整然とした鳴き声が聞こえた。まるで音楽を奏でているようだ。
ライラはブランシュを見つめたが、ブランシュは鳴くのをやめた。
ふわっと柔らかい風がライラを撫でる。扉の方からではなく、うちの方から。
祠には他に風が入り込む場所などはないというのに。
何かがライラの髪を撫でたような感触であった。驚いたライラは足を後ろへと下がらせて、バランスを崩しそうになる。倒れるところをクロードが支えてくれた。
「どうやら、君を笛の少女と勘違いして護竜がちょっかいをかけたようだな」
大公は嬉しそうに語った。
「護竜に愛された笛の少女……、ライラがリド=ベルへ、アルベルへ訪れたのは運命だったのかもしれない」
この運命に感謝すべきだろうとも大公は語った。
「私は、何かした方がいいのでしょうか」
ライラは落ち着かない様子で大公に質問した。
「特別何かをする必要はない。ただ、機会があれば笛を奏でて欲しい」
だからフルートの持参を要求したのか。従僕に預けられていたフルートの鞄からフルートを取り出した。
ライラはフルートに口をつけて演奏をする。
祠の中で響き渡る曲は去年演奏した「月と星の歌」である。
そういえば、以前ライラが演奏している途中にぴゅーっと別の方から鳴き声が聞こえたのを思い出した。
ライラは演奏を続けている間にブランシュは嬉しそうにライラの傍へ駆け寄った。足元にすり寄っている。
同時にライラの傍にブランシュより大きいものがすり寄っている気配がした。悪意はなく、甘えているように思える。
それはブランシュと同じ感情だとわかりライラは安心した。
「ぴゅー」
ブランシュとは別の方から心地よい鳴き声が響く。まるで墓で眠る護竜がライラの奏でる笛に呼応しているようであった。鳴き声を聞いたら何となく体が暖かく感じた。
演奏を終えた後、リチャード大公は満足げにほほ笑んだ。
「ありがとう。墓の主も喜んでいるようで感謝している。護竜の加護がきっとそなたを守るだろう」
「勿体ないお言葉です」
祠から出た後は城の建物に入ると待っていたといわんばかりにアビゲイル公女がライラを捕まえた。
「お母さまと一緒にお茶の準備をしていたのよ」
後はクロードとリチャード大公の兄弟水入らずの会話であろう。
その間、ライラは公妃・公女と一緒にお茶を楽しむこととなった。
アルベルで起きた件を公妃は頷きながら聞き入っていた。
「うーん、まだクロードには言いたいことがあるけどだいぶましになったわね」
及第点はようやく与えられそうだと公妃はため息をついていた。
「クロード様はよくしてくださっています。私の体調にも気遣っていて、私がアルベルでの生活に慣れないときも優しくしてくださっていました」
「それは当然よ。それもできないなら夫失格だわ」
公妃はふんと言いながらお茶を飲んだ。
「あなたが持ってきたお菓子、とっても硬いけどおいしいわね」
公妃はマファールと呼ばれる、小麦粉を揚げたお菓子に興味を示した。
「アルティナ帝国の商人より教えられたレシピを元に作らせたものです。シンプルなのですが、とてもおいしくて最近気に入っております」
ブランシュも気に入っているのか、テーブルの上でマファールをばりばりと食べた。
「あら、トカゲちゃんの歯と顎は丈夫そうでいいわね。うらやましいわ」
公妃もすっかりブランシュを気に入ったようである。目を細めてブランシュが好みそうなお菓子を聞いて、すぐに作れるものを用意してくれた。
「何とかうまくやれているあなたをみてほっとしたわ」
公妃はライラがこの公国へやってきたときに一番気を遣ってくれた人物である。
「公妃殿下のおかげです」
ライラは感謝の意を示した。
「アビーも、うまくやれるか心配だわ」
ふぅっと公妃は頬に手をあててため息をついた。例の第三皇子とアメリーのことを言っているのだ。
まさか、公都まで一緒にくるとは公妃も思わなかったようだ。恋人ではなく友人という形であるが、どういう関係かは誰が見ても察してしまう。
公妃は元帝国のウィステリア公爵家家門の出である。可能であればアビゲイル公女が第三皇子とうまく縁をつないでくれればと思っていた。
「第三皇子がここまで恥さらしとは思わなかったわ……もしくは公国を属領と勘違いしてのふるまいかもしれないわ」
困ったものだとつぶやく公妃に公女はそわそわとした。
「お母さま、私は大丈夫です。第三皇子の元でもうまくやっていけるわ」
そのために特訓の教育を受けているのだ。
アビゲイル公女の本意ではないとわかる。しかし、帝国出身の公妃である母の為であればとアビゲイル公女は第三皇子へ嫁ぐことを受け入れていた。
「あなたがそういっても、愛人がいる者に嫁ぐというのはつらいことよ」
公妃は幸いのことに大公は愛人というものを作らなかった。もしかすると密に作っているかもしれないが、公妃の立場が危うくならないように配慮はされてある。
だが、第三皇子の場合ははじめからアビゲイル公女の立場を軽んじる姿勢を続けていれば大公のいうように婚約解消もやむをえないだろう。
今回の狩猟祭で第三皇子を招待したのはその見極めである。
それが、まさかアメリーを同伴するとは。やはり婚約解消は仕方ないととるべきだろう。
公妃は深くため息をつきライラは困ったようにお茶へ視線を移した。そのアメリーが従妹であるため責任を感じてしまう。
一方、クロードはリチャード大公と話をしていた。リチャード大公からみた第三皇子の印象を聞き、婚約解消は前向きに検討されることが感じられる。
「第三皇子のふるまいには色々考えてしまうが、我が国へ招いた客人である。丁重にもてなし、穏便に話を進めようと考えている」
皇帝家へ文句の手紙を送りつけてもよさそうであるが、兄がそういうのであれば仕方ない。
「そういえば話は変わりますが」
クロードは思い出したように懐から箱を取り出した。リチャード大公へ渡したその中には琥珀石のカフスであった。
「オズワルドが制作した魔除けです。是非肌身離さず持ち歩いてほしいとのことでした」
「美しいな。アルベルの賢者が作成した魔法道具であれば喜んで受け取ろう」
気が重くなる話の反動なのか、リチャード大公の声が心ばかり明るく感じられる。その姿をみてクロードは少し安心した。




