8 友人からの手紙
第三皇子の館に滞在していたアメリーは有意義な日々を過ごしていた。
彼女の身の回りを世話しているのは、アメリーが幼少の頃から仕えていた気心の知れる侍女・レルカであった。
彼女はアメリーの好みに合わせ、アメリーが望むドレスや装飾品を合わせてくれる。
今日もアメリーは優雅なドレスと美しい宝石に彩られ美しい姿を披露していた。
男の使用人たちはほうっとため息をつき、鼻の下を伸ばしている。
女の使用人たちはアメリーの美しさに憧れを抱いていた。一部噂であまり良い感情を抱いていない者もいたが、美しいのは認めざるをえない。見ているだけで幸せな心地にさせてもらえる。
今のところ館内でアメリーが不快になることはない。
アメリーへ少しでも否定的な意見を持つものが現れればカイルが解雇して追い出してしまうからだ。
それでも、アメリーの身の回りはレルカに一任しているのでアメリーの不便にはならない。
庭園で館の主とお茶を楽しんでいたアメリーは首を傾げた。
「狩猟祭?」
「リド=ベル大公主催の狩猟大会で、秋に行われる。皇帝家への招待状が届けられて私が行くことになった」
しっかりと第三皇子を指名された為、カイルが行かない訳にはいかない。
カイルは皇帝夫妻に呼び出されて、そのことをしっかりと強調された。
例年、代役を立てることも可能だったはずだが、今回そうはいかない。
カイルとアメリーの噂を聞きつけた可能性もある。
皇帝の言葉を思い出した。
「お前がアビゲイル公女との婚約に乗り気ではないこと、例の夫人のこともわかっている。今回の一番振り回されているのはそなたではない。公女だ。大公と公女をしかと見極めて皇子として自分のすべきことを考えて行動するように」
公国との友好を壊さないようにしてほしいと願われ、どう立ち回るか次第で今後のカイルの扱いを決める。
そこまでのことを言われ、カイルは渋々狩猟祭への参加を受け入れた。
皇帝は心配であったが、一応第三皇子の供としてトラヴィス・レジラエも行かせる予定である。
彼自身の働きはリド=ベル大公も認めており、大公弟の妻の兄である。
ライラをアルベルへ追いやった人間の一人でむしの良い話であるが、ライラ・トラヴィスに何とか帝国の為に立ち回り第三皇子のフォローへまわってほしいと願った。
さて、カイルとしては内心面倒だと思ったようであるが、大公家に全く話もせずアメリーと一緒になることは相手に気分を害することだということはわかっていた。アビゲイル公女には何の罪もないのだから、彼女にはせめて一言あるべきだろう。
婚約は公にされていないが、アビゲイル公女には婚約解消がスムーズにいくようお願いをする予定である。
「今回の公国訪問は私と君のこれからがかかっている。帰ったら君を正式な婚約者にするようにとりはかるつもりだよ」
カイルの言葉にアメリーはよくわかっていなかった。
大公家の顔色を何故窺う必要があるのだ。こちらは大国であり、公国など元は帝国の属国で滅んでも不思議がない国ではないか。
あんな蛮国に礼を尽くす必要なんてありませんわ。
そう口にしようと思ったが、今回はできなかった。
今まで何度も第三皇子に言っても数日後はすぐに修正される。
「しばらく殿下がいないのは寂しいですわ」
しおらしくアメリーはうつむく。彼女の耳のイヤリングは髪の隙間から姿を現し春の光を浴びてきらっと光っていた。
「皇子としての仕事でもあるんだ。そうだ、冬に向けて君の防寒具の材料を集めよう」
丁度、狩猟祭であり色んな動物や魔物を狩ることができる。
北天狐の毛皮を求めていたが密猟事件の件で手に入れられなくなったことを思い出す。
アメリーが随分と残念そうに嘆いていた。
「北天狐程の美しいものが手に入るかわからないが、君の為に良いものを手に入れよう。それと優勝者にはリド=ベル公国でしか採れない星の石を与えられる」
ムーンストーンのことである。通常は透明感のある白い石をよくみるが、星の石は黒い石である。その中でちらちらと光がちりばめられており真冬の空に輝く星空のようだということから、公国では星の石と呼ばれるようになった。
希少性の高い美しい石だという。
「優勝したら君にプレゼントしよう」
気持ちはありがたいが、アメリーはただ微笑み返す。手に入らないだろうと予想していた。
カイルは一応剣や弓、馬術にも優れているが、北の公国の貴族たちの間で優勝できるかは怪しい。
星の石の美しさを噂で聞いたことがあるから、興味はある。
どうせなら公国の参加者を味方につけて捧げてもらった方が現実的であろう。
「そういえば、社交パーティーはありますの?」
「うん? ああ。開始前のパーティーと閉幕後のパーティーがあるよ」
それだけではない。公国の淑女は参加者に刺繍を入れたハンカチをプレゼントする。それを受け取った参加者は狩った獲物の点数を淑女に捧げる。捧げられた点数によっては参加していない淑女が優勝者になることがある。優勝した淑女は「秋の女王」と呼ばれ、淑女たちから憧れられる。
「それなら私も狩猟祭に行きたいですわ」
「え、でも。君は公国に良い感情を抱いていなかったじゃないか」
突然のアメリーの言葉にカイルは首を傾げた。
彼女が公国を蛮国と呼び、あの国へ嫁がずにすんで良かったと言っていたことを思い出した。
「公都で行われるのでしょう。あのあたりは帝国流が流行っておりますし、最近は観光スポットとしてひそかな人気があるそうです」
帝国貴族の淑女でも問題なく滞在できたという。少し値段は張るが、帝国の有名店の支店が並ぶ通りもある。
帝国流のレストランもあるというし、旅行先として困ることはないだろう。
「私も殿下と一緒に旅行したいのです」
「うーん、旅行じゃなくて外交目的なんだけど」
「わかっておりますわ。必要あれば、私は殿下と一緒に公女様へお詫びいたします」
内心いつものように周りの殿方を味方につけて、公女を悪者にしたてらればいいと考えている。
それを知っていれば、カイルは一緒に連れていけないというだろう。同行するトラヴィスも強く拒否するだろう。
「おお、アメリー。君がそこまでする必要はないんだよ。だけど、私たちの為にそこまでしてくれるなんて。公女はきっと君の姿をみて婚約解消に協力してくれるに違いない」
アメリーの内面に気づかないカイルは都合のよい道筋を立てていった。
トラヴィスがアメリーの同行を拒否するように進言するが、カイルは一切聞く耳持たない。あまりにうるさいようであれば同行者を別の者に変更するとカイルが言うとトラヴィスは深くため息をついて起きる問題を予想して対策方法を模索していくしかなかった。
◆◆◆
2週間、リチャード大公はアルベルの視察を有意義に過ごした。
初日はジーヴル城内の案内。次はジーヴル城下町の様子をみてもらった。
リーゼロッテ女史のフローラ治療院、多くの傭兵・商人を会員に持つノース・ギルド、さまざまな施設。
城下町以外では最寄りの砦にも見学をさせていた。
リチャード大公は砦周辺の戦の跡を確認して、そこに手を触れ目をじっと閉じた。
ここも北の悪夢の頃は激戦地であり、兵士が命を落とした場所でもあった。
「アルベルの盾となり、感謝している。これからもどうか公国の為に力を貸してほしい」
砦に赴任している騎士・兵士、通りかかりの傭兵たちにリチャード大公は声をかけた。
天上の存在から願ってもいない言葉をかけられ兵士たちはより一層アルベル、リド=ベル公国の為に尽くしたいと意志を表明する。
その姿をみてリチャード大公は一瞬だけ悲し気にしていたがすぐに満足げな微笑みをみせた。
ライラは彼の一瞬の表情をみて、彼自身戦場を苦々しく感じていると予想した。イザベル公妃が愛する人は、優しい性質の方のようだ。
リチャード大公が公都へ戻る日が訪れた。
滞在中の気配りに大公は感謝の意を示した。
何事も起きずに過ごせてライラはほっと一安心であった。
アビゲイル公女は名残惜し気に挨拶をした。もう少しここに滞在したかったとライラをじっと見つめる。
「ライラ、またしばらくさよならね。絶対秋の狩猟祭りに来てよね」
「はい。クロード様と一緒に参ります」
「クロ叔父様は別にいいわ。どうせ忙しいでしょう」
アビゲイル公女はノーと言うように右手のひらをクロードに向けた。
「ありがたいことに、大公殿下よりご招待いただいた。妻と一緒に参らせていただこう」
クロードは憎らし気なアビゲイル公女の期待を裏切るように答えた。
「オズワルド!」
アビゲイル公女は後ろに控えているオズワルドへ声をかけた。オズワルドは公女に礼を向ける。
「あの手紙、必ず送るのよ」
ひそひそと声をかけるアビゲイル公女の口から手紙という単語を拾いライラは首を傾げた。手紙とは何のことだろうか。
リチャード大公に知られたくないようなのであえて触れないでおくが。
「手紙て、何のこと?」
大公一行がジーヴル城を発った後にライラはオズワルドに声をかけた。
オズワルドは「ああ」と思い出したようにふところから手紙と木の箱を取り出した。
「君への手紙だよ。ライラ」
「私に手紙?」
差出人の名前をみてライラは目を見開いた。
ジュリア・ブラック=バルトと名が記されている。
「最近、彼女と情報交換していてね。ジュリアが君にどうしても手紙を渡したいからと一緒に届けてくれたんだ」
「嬉しい。ありがとう」
オズワルドの口から彼女という単語が出て、クロードは視線を別へずらした。
「おや、おや。まさかライラの同郷からの手紙にまで嫉妬しているのかい?」
オズワルドから意地悪気に耳打ちされてクロードは渋い顔をした。
本当によく顔に出るなぁとオズワルドはつくづく感心した。
「大公殿下も言うようにクロは表情を隠す練習をした方がいいなぁ」
今年の秋には狩猟祭りがおこなわれる。帝国からの客人も参加するが、今回は第三皇子も招待されている。
今までクロードは、リチャード大公を間に挟む形で皇帝から称賛されていた。皇帝家との直接的な交流はないが、そろそろ学んだ方がいいだろう。
トラヴィスからクロードの評価がはじめ低かったことをオズワルドは思い出した。
未だに評価は微妙であるが、ライラの手紙で少しだけ変わった印象である。少しだけであるが。
しかし、皇族に対して少しでも粗相してしまえばトラヴィスの評価はまた一気に落とされることだろう。
公国、帝国の関係についてを語るよりも小舅関係で揺さぶった方が少しは改善されるかもしれない。
オズワルドはどういう言い回しをしようかなぁと悩んでいた。
「お前の妹は今帝都にいるのか?」
「うん、去年からね。ちょうどいいと彼女と手紙の交換して情報とか、試作品の使用を依頼しているんだ」
「試作品?」
帝都の情報というのもわからなくない。
帝都は何だかんだ西の大陸、海全土に影響を与える大国である。帝都の動きひとつで公国の立場が変わる可能性はある。
北にも意識を向けて、帝国にも意識を向けるとはオズワルドも随分と忙しい男である。
目がいくつあっても足りなそうだが、彼は最近の帝都の様子を見て来たかのように語った。
妹視点であるが。
「ひとつ言えるのは、例のアメリー夫人。クロのはじめの婚約相手ね。彼女がアルベルに来なくて良かった」
オズワルドは心から思った。
「婚約の話が出た時は帝都から来るんだ程度しか思わなかったけど、1年の間であそこまでモンスター化するとはおそれいったよ」
彼にしては随分と毒を含めた評価だった。
もし、アメリーがアルベルへ嫁いで来たらどうなっていただろうか。
彼女はアルベルに特に関心は向けなかっただろうが、贅沢を好み公都の社交界を荒し回っていたかもしれない。
そうなれば折角アルベル辺境伯領へ支援してくれた貴族たちがそっぽ向いていた。
「僕の研究費が削られていたと思うと、他人事じゃないよ」
「お前の研究か」
オズワルドの研究は多岐にわたり、一部は弟子に委託して行わせている。彼の研究成果のほとんどはアルベルに役だっている。
毒を吐く魔物から身を護るマスク、精神に影響を与える不快な音を出す魔物を退治するときに使用する音をゆるやかにする道具、深く雪に閉ざされた道を整備するための道具。
彼の研究のおかげでアルベルでの生活はだいぶ楽になったといっていい。
「ここで試用すればよかったじゃないか」
「帝都が見舞われている惨事をみて対策した道具だから、効果は帝都で試したいのさ」
どういう意味だとクロードは首を傾げた。今のところ帝都は平和であろう。北の脅威にさらされやすいアルベルよりもずっと。
「くしゅん」
春とはいえ、まだ風が冷たくライラのくしゃみを聞きクロードは上着を脱ぎ彼女にかけた。暖かい部屋へと一緒に行き、ソファでくつろいだ。
ライラは先ほどオズワルドから渡された手紙の内容を読んでいた。
「オズの妹は何といっていた」
「元気にしているかという内容です。後は、せっかく帝都に来たのに私と入れ違いになったのが悔しいと」
オズワルドの妹とは思えない程の感情的な女性のようである。
オズワルドにそっくりな女性が言っていると思えば、クロードは無意識に笑みがこぼれた。
「彼女は将来的にいくつか事業をおこすことを考えているようです」
「どんな?」
「家具のコーディネーターです」
客の要望に応えて、必要な家具をとりそろえ居住空間を彩る仕事である。ジュリアの大叔母は個人的なつきあいを持つ貴族に対して請け負っていたようだ。
イセナは南と東の国との貿易が盛んである。国内でも人気のある格式高い聖国や、東のエキゾチックな雰囲気を持つ家具は人気が高かった。イセナのブラック=バルト伯爵家はそれで財を成していた。
いつ頃だったか、ライラの実家の本家との繋がりが強いのはこの貿易のおかげである。
一部の恩恵を受ける代わりにスワロウテイル公爵家はイセナの船上の護衛の仕事を請け負っていた。
長い間のビジネスパートナーといっていい。
ライラの父親はその仕事でイセナを訪れ、母に出会ったのである。
「いろいろあるんだな」
クロードはアルベルの生活と修道院時代の生活くらいしかわからない。公都は必要最低限の滞在のみであった。
「その木箱はなんだ?」
「結婚祝いのようです」
ライラは嬉しそうに木箱を開けた。中に入っていたのは美しい水晶の竜の像であった。
手のひらにのる小さいものであるが、光できらきらと輝いて綺麗である。
アルベルの護竜のことを知っていたようで、それに似たものを選んだようだ。
「嬉しい……」
ライラはぐずっと涙をこぼした。クロードはライラを見つめる。
「すみません。お母さまが死んでから、ジュリアとは疎遠になってしまって……こうして再び手紙のやり取りができて嬉しくて」
ライラは涙を拭いた。
ジュリアはどう手紙に書いてよかったかわからずそのままになっていたことを手紙で詫びていた。
それはライラも同じである。自分も彼女に手紙を書くのが辛かった。書こうと思えば、ジュリアの負担になることを吐き出してしまいそうだ。
「それなら返事を書けばいい。お礼の品は買いに行こう」
一緒にと付け加えるとライラはこくりと頷いた。




