2 オズワルドの館
オズワルドの館へ到着し、ライラはカール卿の手に身を委ね、反対の手にはブランシュを抱えて馬車を降りた。
放置された庭で、それでも人が通り道は確保されていた。
城の庭と違う雰囲気を珍しく感じあたりを見渡した。
玄関近くまでたどり着くと同時に扉が開かれ、妙齢の貴婦人が迎えてくれた。
リーゼロッテ女史と同じ年ごろと思われる。
所作は城の使用人たちのものに通じていた。
「アルベル夫人、よくお越しいただきました。オズワルド様のお部屋へご案内いたします」
オズワルドは以前自分の館には使用人はいない、館の管理も最低限でありとてもライラをお迎えできる状態ではないと言っていたと思う。彼女という使用人がいるのは少し驚いた。
「ありがとう、えーっと……」
「私は、オズワルド様の3番目の弟子、ノーラ・マイラと申します」
自己紹介を受けたライラはさらに驚いた。使用人ではなく、弟子であったか。
すぐに彼女の立場を知れて良かった。
確か館には弟子と助手が棲んでおり、管理はほとんど彼らに委ねていたそうだ。
「ありがとう。ノーラ女史」
「私のことはノーラとお呼びください」
自分は大した者でないので敬称は不用であるという。それでもオズワルドの元で魔法の研究をしている為、ライラからすると大した存在である。
「カール卿、しばらくオズワルド様と大事な話をするので席を外していただけるかしら」
「では外でお待ちいたしましょう」
ノーラ女史が別の部屋にお茶を準備すると言うが、カール卿は丁重に断った。
ブランシュはと確認するとライラの傍を離れる様子はない。大人しくしておいてねとライラは声をかけて、ブランシュは理解しているのかわからないが頷いている様子であった。
ライラは部屋にノックして、奥からオズワルドの声がした。
「申し訳ありません。突然の訪問で……」
ライラはまず無理なお願いを聞き届けてくれたオズワルドに詫び、お礼を述べた。
「とんでもない。こんなむさくるしい館へ来させて悪かったね」
「いいえ、とても趣ある館です」
庭が無造作に雑草が生えているのは逆に新鮮であった。
オズワルドに言われるままソファへ腰かけしばらくしてノーラ女史がお茶とお菓子を運んできてくれた。
テーブルの前にお茶が置かれるのを確認してライラは「ありがとう」と声をかけた。
ノーラ女史は一礼して部屋を出ていく。
「おいしいです」
お茶を一口飲み、ライラは自然と感想を述べた。
ノーラはブランシュの分のお菓子も用意してくれており、ブランシュはむしゃむしゃと焼き菓子を頬張っていた。
ライラとブランシュの様子を眺めてオズワルドは目を細める。
「そうだろう。あの子は、元城の侍女だったからね。不愛想で人気がないけど、お茶を淹れることは上手だし気遣いができて助かっている」
滅多に客人が来るわけではないが、このように誰か訪問したときはいつも彼女がよく動いてくれていた。
「実は少し後悔したんだ。君がジーヴル城で慣れるまで彼女を君の傍に置いておけば良かった」
「いいえ、お気遣いなく」
ライラは苦笑いした。ジーヴル城に来た時は慣れない日々に戸惑っていたが、今となっては過去のことである。
今は周りの人たちのおかげで快適に過ごさせてもらっていた。
それを聞きオズワルドは安心した。
「それで今日僕に用なのは何だい?」
オズワルドの笑顔にライラは一口お茶を飲み込み、かちゃりと茶器をソーサーの上に置いた。
「オズワルド様も聞いたでしょう。私の雪結晶病のことを」
「ああ、大変だったね」
「もしかしてオズワルド様は私が雪結晶病になることを予想していましたか?」
聞いた途端、オズワルドはしばらく黙った。ぶしつけな質問だったとライラは内心不安になる。もう少し段階を踏んで聞くべきかと思ったが、オズワルドであれば一番聞きたいことを聞いた方が早い。
「どうしてそう思ったんだい?」
「私がシャフラへ行く時北天狐に会えたらいいねと声をかけてくださったし……シャフラへ行くきっかけになったリーゼロッテ女史は私が雪結晶病にかかる可能性を考えておりました。それは、彼女があらかじめシャフラへ視察していたからですが、そう誘導していたのはオズワルド様でしたし」
偶然だろうと思える。シャフラは戦の傷病者の療養地として有名であり、優先して視察すべきだとオズワルドが助言しても不思議はない場所だ。
それでもライラの一連の雪結晶病の騒動はできすぎたストーリーだなと思った。
都合よく彼女が発症するときに対症療法を提言できる医者がすぐに確保できた。病について知る北天狐にも接触することができた。
運が良いと言えば、それまでだがどうもできすぎているように思う。
「……オズワルド様は私の母の病が何か知っていましたよね」
不安が強くなるが、確認したかった。
ライラがオズワルドの故郷イセナに滞在していたのは、母の療養目的であった。母の体調が思わしくない日々、彼はライラに一言言った。
「時間はかかるが、もう少ししたらよくなる」
彼が言った通り、母は1か月する頃には歩けるまで回復した。イセナの温暖な気候が合っているのだろうと医者は考え、長期療養を勧めライラの父はライラの母のイセナ滞在を認めた。
冬の寒い時期になると体調を崩し寝込むことがあったが、それでも帝都にいた時よりだいぶましになっていた。
「あの時あなたが言った言葉は私を安心させるものだと思ったけど……あなたは知っていたのよね。雪結晶病を」
オズワルドは困ったように笑った。
ライラ自身のことは置いておいてもずっと昔の母のことまで話を遡られて困惑しているようだ。
強引な話だったとライラは少し後ずさる。
「変な質問でした。今のは私の妄想です」
「いや、妄想じゃないさ」
オズワルドはお茶を飲みながら答えた。
「君の言う通り、君の母親は雪結晶病だった」
彼の言葉にライラはぎゅっとスカートの布を握った。
何と言えば良いだろうかと悩む。
だが、今口を開けばわかっていたなら何故あの時医者に言わなかったのだとオズワルドを責めそうになる。
それを察してオズワルドはライラが求める回答をした。
「あの時、僕は何の立場もない放蕩息子だった」
オズワルドはあの時10代後半の青年。父親からあきれ果てられ放置されている放蕩息子であった。
魔術について傾倒した変人であり、医療知識を持たない。
「あの時知っていたことは雪結晶病に根治治療は存在せず、症状を緩和し死ぬのをゆっくりと待つのみだという。あの時の君の母親は後期に入る寸前だった」
雪結晶病の病期ステージは大きく分けて前期、中期、後期に分けている。
中期になると血管の流れが悪くなっていく。中期後半、後期に至れば臓器障害にいたる。
温暖な地域で過ごして症状は軽くなっていくが、それでも長く蝕まれた血管も臓器も修復は難しい。
ふとしたはずみで一気に生存機能は落とされて行く。
冷気に曝されないことで熱病に苦しむ頻度は減るだろうが、日々過ごすことで寿命を減らしている。
病名を知ったからといって都合の良い希望など存在しない。
一時の気休めに病名を教えても、一瞬の希望の先に絶望へと振り落とされるのが目に見えていた。
イセナで療養をとる。帝都程の寒い冬を超えない。
それが当時のライラの母に可能なベストな治療だった。
ライラの家族には伝えられなかったが、オズワルドはそれとなくライラの母の主治医に北の方の奇病について伝えた。
北に縁のないライラの母親は違うだろうと一蹴された。それでも情報を教えてくれてありがとうと一言をもらえたが。
「私と母に言ってくれれば良かったのに! そうすれば、母はずっとイセナで療養をとっていたわ」
大声をあげた後にライラははっと我にかえり口を押えた。
傍にいたブランシュはいつもと様子が違うライラをみてどうすればいいかわからず硬直していた。
対して、オズワルドは落ち着いた様子でライラをじっと見つめていた。ライラの感情の変化を当たり前のように受け止めている。
彼の穏やかな瞳をみてライラは我をとりもどした。
「ごめんなさい。あなたのせいじゃないのに……酷いことを、言いました」
「いや、いいんだ。そうだね。せめて君の母親には教えても良かっただろう」
オズワルドは目を閉ざしてライラの訴えはもっともなことだと受け入れた。
「僕が去った後、……彼女は帝都に帰って冬を越えられなかったんだね」
イセナの温暖な環境のおかげで熱病がでなくなり、体がよくなったと思って帝都へ戻ったのだろう。
オズワルドはそう考えた。
「いいえ、帝都へ戻ったのは夏の間だけ……秋にはイセナに逆戻りする予定だったの」
ライラは手を震わせた。
その時のライラから普段のアルベル夫人としての姿は見当たらなかった。
あどけなさを感じられる。
イセナを訪れた少女の姿が、オズワルドの脳裏にちらついた。
母の容態を心配して時には涙を浮かべる彼女にオズワルドは無意識に声をかけてしまったなと思い出した。
「ライラ、無理に言わなくていいよ。辛いことだろう」
オズワルドの優しい声にライラは首を横に振った。
「私、庭の池でおぼれてしまったの。おぼれて……母が周りのおさえをきかずに私を助ける為に飛び込んで。夏でも、身体がすっかり冷えて、その日はひどい熱病にかかって……っ、そのまま」
眠りについて起きなくなった。
そういう前にオズワルドはライラの手を握った。
向かいのソファに腰をかけていたオズワルドは気づけばライラのすぐ隣に腰をかけていた。
「そうだったんだね。……その時傍にいなくてごめんね」
オズワルドは優しくライラの髪を撫でた。
オズワルドの責任ではない。その時、彼がいたとしても変わらなかっただろう。
ライラは首を横に振った。
「私のせい……、私が池におぼれなければ」
あの時から感じた感情、ずっと奥の方へ閉じ込めた感情が表にでてきてライラは大粒の涙をこぼした。
母が死んだとき、ライラは自分を責めた。だけど、父親も、兄もライラを責めたりしない。周りの使用人たちもライラを気遣っていた。
誰もライラを責めない。
かえってそれが辛く感じた。それでも周りに心配をかけないようにとライラは振る舞った。
執事に頼み、母が病気療養する前の仕事の内容を勉強し、兄嫁ができたときは彼女を必死で支えた。
アメリーの我儘に振り回される令嬢たちを庇うようにして、アメリーから悪く言われ、同調する者たちから評判を陥れられた。
それはライラが受ける罰の代わりだと考え、ライラは弱音を吐かず自分にできることをなるべく探すように必死であった。
崩れた時は元婚約者のクライドからの婚約破棄、ジーヴル城を訪れて間もなく体調を崩した時である。
「ライラ、今までよく頑張ってね」
オズワルドの言葉を聞きライラはほっとした。
彼は理解していた。ライラのせいではないという言葉が欲しいわけではないことを。
「ありがとう。心が乱れてしまったわ……もう大丈夫」
オズワルドが用意した冷やしたハンカチで目元をおおう。腫れなければいいのだけどと心配になっているとオズワルドがライラの目元を撫でて呪文を唱えた。すぅっと熱が引いて心地よかった。
「これで腫れずにすむよ」
気遣ってくれて治癒魔法をかけてくれたようだ。彼の得意分野ではないが、簡単なものは可能だという。
「ありがとう。質問をと思っていたのに、感情的になってしまったわ」
「いいんだよ。君は僕の娘のようなものだし」
「娘?」
年の差が親子にしては近いであろう。首を傾げるライラにオズワルドは笑った。
「ほら、僕はクロードの育ての親のようなものだ。ということならクロードの妻の君は、そういうことになる」
今思いついたような言葉にしか聞こえないが、ライラは思わず笑ってしまった。
「雪結晶病はまだわからない部分が多い。これが伝染病なのか、遺伝病なのか、それとも別のものなのか」
クロードは今知る雪結晶病について語った。それは北天狐の長のタキと同様の見解であった。
「それでも今まで無理だった北天狐の協力も得られた。北の異民族の罹患者の情報もベンチェルが送ってくれると約束してくれた」
「北にもいるのですか?」
「おそらく2人はいるだろうとベンチェルは言っていたね。ジル族、アラ族の情報もわかれば届けてくれるそうだ」
雪結晶病の治療方法の模索に関してはオズワルドも協力する。
「それに君はまだ前期の初期、北天狐の秘湯のおかげで熱の流れもだいぶいい。一緒に探していこう」
オズワルドの言葉にライラはにこりと笑った。
もっと早く、母の雪結晶病についてわかっていればよかったという気持ちが消えたわけではない。
それでも今の自分が少しでも良い方向へ進めるようにしていこう。新しく発症する病気の人の為にもなる。
「今日はありがとう。話せて良かったわ」
「僕も良かったよ。だいぶくだけた関係になれたようだし」
その時自分の言葉遣いにライラははっとした。気づけばオズワルドに対して、敬語を忘れていた。
「いいんだよ。僕は臣下だし、君の夫の師で養い親だ。今のような口調の方がありがたいな」
そういわれると今更元の口調に戻しづらくライラはこくりと頷いた。
ライラは椅子に座っているブランシュをみた。彼は困ったようにライラを見つめている。
「放ったらかしてごめんなさい。ブランシュ。もう大丈夫よ」
ライラは手を差し出しブランシュを抱き上げた。いつものライラの様子にブランシュはようやく安心してライラの胸元に顔をうずめた。
オズワルドの館を出た後、ライラは馬車の窓を見つめた。夕日であたりが赤くみえる。
城へたどり着いた頃には暗くなっているだろう。
ブランシュとお風呂に入って、お風呂にはライが作った入浴剤を使用する。
その後にクロードと食事をして、大公の視察について話をしよう。
「そうだったわ。もうすぐだった」
ライラの言葉にブランシュは首を傾げた。
すでに準備は進めて行っているが、大事な客人の訪問を目前にしていることをライラは思い出した。
義理の兄・リチャード・リド=ベル大公とその長姫・アビゲイル公女が来訪する予定であった。
アビゲイル公女からの手紙で彼女も同伴すると知り驚いたが、同時に楽しみにしていた。
きっとブランシュに会いたがっているだろう。彼女の護竜の絵の参考になるかもしれない。
そう思うと自然と笑顔になった。




