閑話 ブランシュの奮闘
シャフラから戻った後、ライラは城内の帳簿の確認をした。ほとんどを執事長のエドワードがとりしきってくれているが、ライラもアルベルの女主人としてするべき仕事はすぐに執り行った。
病気のことを知らされていたエドワードは心配していた。休ませるべきだろうかと相談に来た為、クロードは笑って答えた。
「ライラも急なことで心を落ち着かせたいと思っているはずだ。彼女が負担にならない範囲で任せてやってほしい」
「そうですね。閣下の場合はこの程度負担にならないと信じています」
エドワードの後ろに控えていたクリス・ブライアン補佐官はどさっと書類を持参してきた。それにクロードは視線をずらすが、書類が消えることはない。しぶしぶクロードは書類を確認してサインを続けた。
仕事の合間クロードもライラの執務室を訪れて彼女の様子を観察していた。
彼女の執務室にリリーが出入りしており、新しい従僕になったという少年・ライも彼女の部屋を訪れる。
ライラの体調は思った以上に周りが注意を払っていた。
「ぴゅー」
ライラに懐く護竜のブランシュはライラの執務室のソファを占拠して時々ライラの傍にすり寄る。これによりライラは適宜休憩をとっていた。それに合わせてリリーがお茶を淹れる。
今の執務室にはライはいない。彼はリーゼロッテ女史の治療院へと足を運んでいるのだ。
ライ自身も治癒魔法を使うことができる。魔力もあり、偏りはあるものの薬草の知識もあり役に立てるかもしれない。
リーゼロッテ女史に願い、ライの治療院への手伝いを許可してもらった。
これによりライは週に3回、治療院への手伝いをしていた。
これに関してエドワードから不満がこぼれていたのを思い出す。
ライラの従僕として雇ったのだからそれに専念してほしいと。
クロードはライの治療院への手伝いは認めていることを改めて伝える。
「ライラの病のこともある。十分知識を身に着けた方がいいだろう」
主人の言葉にエドワードは納得した。
ライラの病を聞いて不安であったが、リーゼロッテ女史には定期的にライラの診察に訪れてもらい、リーゼロッテ女史が手ほどきした治癒魔法を使える少年をライラの従僕とするクロードの姿をみて感動した。
クロードのライラへの愛、思いやりは何と尊いものだと。
クロードとしては、ライラの傍を占拠する者をできれば減らしたいし、奴らの占拠時間を減らせれるのであれば願ってもいないというくだらない理由もあった。
エドワードはそのクロードの内面にそのような心があるなど知らない。
実際、ライに人間の治療を経験させるのはライラの為になるだろうとも考えているのでエドワードの感動は間違いではない。
リーゼロッテ女史が言うには情報の偏りがあるものの、即戦力になり助かっているということだ。
シャフラから戻った後の変化は他にもある。
ライラの侍女のリリーは人影に隠れて訓練をしていた。動きやすい服に着替えて剣の鍛錬をしている。
二度もライラ失踪を見逃したことを悔いているようだ。
二度目はライの不可解な奇術によるもので為す術はなかっただろう。
それでも罰を求めたが、不問にした。ライラが強く願い出たのである。
リリーは初心に帰る気持ちで休憩時間を見つけては鍛錬を続けていた。
オズワルドは城内の図書館と、館にひきこもることが増えた。
図書館にはベンチェルとチェチェが寄贈したアルティナ帝国の書物が置かれていた。置き場所に困っていたようで、押し付ける形の方が正しいか。
丁度アルティナ帝国について興味を持っていた為、すぐに置き場所を提供した。こちらも自由に閲覧してよいという許可の元で。
チェチェはノース・ギルドに出入りして害獣退治をしながら商売をしていた。
ベンチェルといえば、オズワルドの館に引きこもっている。オズワルドの研究内容に魔物を使ったものがあると聞きだし強引に押しかけて来たのである。
3日も食事を摂らずにオズワルドの館で保管している魔物の死体を観察中であるという。
全く理解のできない世界であるが、没頭するのはすごいことだなと感心する。
面倒をみているオズワルド(実際は弟子がであるが)はベンチェルの見解は珍しく彼の話は参考になっているという。
今まで滞っていた研究に再度手を付けられそうだとオズワルドの顔は明るい。
役立っているのであればそれでいい。
ライラ自身も周囲の者もやることがあってたいへん結構なことである。
ライラの部屋を訪れ、ライラはうとうとと眠りについた。クロードはブランケットをライラにかけてやる。
傍らで眠る護竜をちらりとみる。
少しばかり大きくなったようにみえる。いや、肥えたようにも思える。
ふとブランシュの今までの様子を振り返った。
「ブランシュ、お前……食っちゃ寝してばかりだな」
ぼそっと呟いたクロードの言葉にブランシュは聞こえていたようでしっぽをぴーんと伸ばしクロードを凝視した。
「ぴゅ……」
「しぃ、ライラが起きるだろう」
クロードは人差し指をたてて「しー」と言った。ブランシュはぺたんとソファから降りて尻を床につける。とてててと足を動かし、扉前まで歩いて行った。
部屋を出るのか。
少し遊びにでかけるのであれば別にいい。ライラの昼寝の邪魔にならないのだし。
クロードはやれやれとライラの隣に座り彼女の体を支えた。
扉が器用に開けられ、部屋を出たブランシュは器用に扉を閉じる。
◆◆◆
場面はブランシュの方、部屋の外へと移る。
「ぴゅー--!!」
ブランシュは悲し気に鳴き、走り出した。そして先ほどのクロードの言葉を思い出す。
「お前、食っちゃ寝してばかりだな」
彼は思い出した。最近リリーに夜中に読んでもらうお話を。
それは不遇な少女のシンデレラストーリーであった。
身よりのない少女の義理の母親は優しいのであるが、義理の父親はいじわるなのだ。
ある日、少女はいじわるな義理の父親に言われていた。
「お前のようなごく潰しなどいらん! 家から出ていけ!!」
ブランシュの頭の中に再度クロードの言葉が思い起こされる。
「お前、食っちゃ寝してばかりだな。ごく潰しめ。お前のようなのはいらん。出ていけ!」
そんなことまではクロードは言っていない。
ブランシュもいつまでも赤子のままではない。
この大きな城の主がクロードであることも、ライラのつがいがクロードであることも知っている。
何か役に立つことをしなければ。
ブランシュはあわあわとしながら廊下を走っていた。
「きゃー、あんなところに蜘蛛の巣が」
侍女たちの叫び声が聞こえる。
近づいてみてみれば、廊下の端の角の方に大きな蜘蛛の巣がかかっていた。
「もう、あんな高いところにいつの間に!」
「脚立持ってくるわね」
掃除道具を持っていた侍女たちの話を聞きブランシュはぴーんと閃いた。
自分は羽がある。高く飛べる。
つまり蜘蛛の巣を排除できるのである。
ほわほわとライラとクロードの姿を思い浮かべる。
「まぁ、ブランシュったら蜘蛛の巣を片付けたのね。偉いわ」
嬉しそうに称賛するライラ。
「こんな偉いのであれば仕方ないな。出ていけなど言って悪かった」
悔し気にブランシュを認めるクロード。
繰り返し言うが、クロードは「出ていけ」など言っていない。
「ぴゅっ!」
場面は現実に戻し、ブランシュは目をきらんとさせた。
ブランシュは侍女たちに声をかけた。
「あら、奥様のペットの白トカゲちゃんじゃない」
「ハタキを貸せって。え、蜘蛛の巣を片付けてくれるの? 白トカゲちゃん」
任せるがいいとブランシュは胸に手をあてた。掃除道具を咥えてブランシュは羽を動かし飛び上がる。
「あとちょっとよ」
「がんばれ。白トカゲちゃん!」
侍女たちの応援にブランシュは奮起する。蜘蛛の巣を払って認めてもらうのである。
勢いあまって近づいてブランシュは頭から蜘蛛の巣にかかってしまった。
「ぴゅー!」
何とも言えない感触にブランシュは慌てて、飛び跳ね暴れ回る。傍のカーテンにかかり、カーテンをひっぱりカーテンが破られ落ちていく。ブランシュはカーテンにくるまり下へ落ち、花瓶にぶつかってしまった。
花瓶は割れてがしゃーんと大きな音が出てしまう。
「何事?」
心配した従僕の青年が近づくと廊下の一角が酷い有様だった。
「あ、えーっと……」
侍女はちらりとカーテンに隠れて怯えているブランシュをみた。
「私たちで蜘蛛の巣を片付けようとしたら顔にかかって慌てて振り払ったら落ちてしまって」
この有様になってしまいましたと侍女は申し開いた。
「えー、あんな高いところ……危ないですよ。せめて脚立を持ってくるか、声をかけてくれれば手伝いましたよ」
「ごめんなさーい」
「怪我はありませんか?」
従僕に手伝ってもらいながら廊下を片付け、侍女二人は困りながらも侍女長に報告へと向かった。
その使用人たちの姿をみてブランシュは耳を垂らし落ち込んだ。
彼の頭の中はこうである。
涙を流す侍女二人。二人をみてぷんぷんと怒るクロードの姿。
「出ていけ」
冷たいクロードの言葉で、ブランシュは走りだした。
何度も言おう。
クロードはそんなこと言っていない。
「ぴゅー--!」
ブランシュは涙を流し、このままではいけないと考えた。何とか汚名返上しなければならない。
その後、ブランシュは頑張った。
厨房でお皿を運ぶのを手伝おうとしたらひっくり返り大惨事となった。
洗濯を手伝おうとしたら水と泡あそびに夢中になり洗濯婦たちの着ているものも水浸しにする。
どこへいってもうまくいかないブランシュは涙を流した。
結局自分はごくつぶしなのである。このままクロードに追い出されてライラとは離れ離れになってしまう。
本がいっぱいの部屋のすみでぐすんぐすんと泣きじゃくる。
「ブランシュじゃないか。どうしたの?」
声をかけてきたのはオズワルドであった。
「何か、色んなところで騒動を起こしたようだね。いたずらっこめ」
オズワルドはブランシュの額をこつんと小突いた。ほんのちょっと優しいと感じられてブランシュは大粒の涙を流し続ける。
「わわ、泣くならこの瓶に涙を溜めてくれると助かるな」
オズワルドは懐から空の瓶を取り出した。
助かるという言葉にブランシュは反応した。
「おや、何か理由があるようだね」
よければ話を聞くよとオズワルドは微笑んだ。
ブランシュは手足をばたつかせここまでに至った経緯を説明した。
オズワルドはふんふんと頷いていた。
「はは、クロが追い出す? その前にライラが怒っちゃうからないよ。ないない」
オズワルドは右手を左右に振り否定した。
「そんなに気になるなら、僕から二人に確認してあげるよ」
オズワルドはよいしょっとブランシュを抱き上げた。彼が先ほど座っていたであろう机には大量の書類が広がっていた。
「ぴゅ?」
ブランシュは仕事の途中ではとオズワルドに声をかけるとオズワルドは笑った。
「ああ、いいんだよ。後でまたするし。それに大事な護竜の心の平安が優先さ」
オズワルドは通りかかる途中に説明した。護竜が心から悲しむと気候に影響がでるという。
護竜が良い感情を持てば彼を取り囲む環境があたたかくなっていく。
「雪ムカデは寒さに影響し、護竜は暖かさに影響する。君の心が平安であれば、ライラの体調によいんだ」
言っていることがわからないが、ブランシュが悲しむより嬉しくなればよいということか。
ブランシュはそう解釈してみるとオズワルドは笑った。
「そういうこと。よくできました」
頭を撫でるオズワルド。そういえば、彼は先ほどからブランシュの言葉を理解しているようだった。
今まで周りのものはブランシュの動作と声で言っていることを予測しているようだったが、オズワルドはブランシュの言葉を理解している。
「あ、僕が君の言葉をわかるのは内緒にしておいてね。まだ説明するのが面倒だから」
オズワルドはしぃっと人差し指をたてて内緒の動作をした。
ライラの執務室にたどり着くとちょうどライラが目を覚ました頃であった。
「ブランシュ。遊びはほどほどにしろよ」
先ほどの騒動の報告を受けていたクロードは頭を抱えて説教しようとした。
「まぁまぁ、とりあえず聞いてくれよ」
オズワルドはブランシュを庇うようにここまでの経緯を話した。
「クロがブランシュを食っちゃ寝してばかりのごく潰しと言ったから、追い出されると思ったようだ」
「はぁ? 誰が追い出すとか言ったんだ」
ごく潰しと思っていないと言えば嘘になるが、追い出す気はない。
ライラが可愛がっているし、護竜だから一応悪用されないために保護しなければならない。せめて成獣になるまでは。
「ブランシュなりに頑張って役立てようと使用人たちに手伝いを申し出たようだけど、うまくいかなくて落ち込んだようだ」
「そうだったの」
ライラは両手を広げてブランシュにおいでと声をかけた。
ブランシュは自信なさげにライラをじっと見つめた。
「ブランシュ、あなたはまだ子供なのよ。役に立とうと気を遣わなくてもいいのよ」
ブランシュはなかなかライラの元へいこうとせず、クロードの方をチラッとみる。
食っちゃ寝という言葉が相当響いているようだ。
ライラはこつんとクロードの腕に肘をかるくあてた。
「クロ、ブランシュはまだ子供なんだから食って寝てが当たり前なんだよ」
オズワルドに言われて、クロードは「ああ」とばつが悪そうにつぶやきこほんと咳払いした。
「悪かったよ。ブランシュは今のままでいい……それでライラが喜ぶんだからそれでいいだろう。ここにいてもいいんだ」
そういわれブランシュはようやくオズワルドの腕の中からライラの方へと飛び移った。
ライラは優しくブランシュを抱きしめた。
「迷惑かけちゃった人たちには一緒に謝りましょうね」
ライラの言葉にブランシュは「ぴゅー」と嬉しそうに鳴いた。ほんの少し暖かくなったとライラは感じた。
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