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【完結】ライラ~婚約破棄された令嬢は辺境へ嫁ぐ  作者: ariya


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5 狐たちの宴

 稲荷すしというものを食べてご満悦のライは足取りかろやかにクロードとチェチェを案内した。

 リリーも一緒に行くと聞かなかったが、あまり大勢で押し寄せると北天狐たちが警戒するかもしれない。

 彼女には宿屋でお留守番してもらうことになった。


 クロードたちから少し離れた距離に騎士たちが護衛の為についてきているが、隠れ里への通り道はあくまでクロードとチェチェのみであった。

 チェチェの肩には稲荷すしをいっぱい詰め込んだお弁当箱が抱えられていた。布で包んで、ぶらさげている。


 ぴたりとライは立ち止まり、呪文を唱える。すると森の様子が変わった。

 がさがさと何もなさそうな雑木林の一部が揺れ動き、今までなかったはずの石畳みの道が現れた。


「ちょっと、待っていて! 長に許可をとってくるから」

「ええ、お待ちしております」


 すぐに中へ通せとクロードはライに言いかけようとするが、どんとチェチェが体当たりして言うタイミングを逃した。

 ライはぴょんぴょんと石畳の道へと入り、呪文を唱えるとささっと道は消えて何もない雑木林へと一変した。


「何をするのだ」

「奥様のことで気持ちがはやるのはわかりますが、ここは北天狐の流儀に従いましょう。ここから先は私たち人間の常識が通じないのです」


 そんなこと知ったことではない。いざとなれば剣ひとつで北天狐が誘拐したライラを取り戻してやってもいい。

 そう表情に現れたのかチェチェは苦笑いした。


「閣下はずいぶんと血気盛んな方ですね。戦場での活躍を聞く限りでは、それで勝機を見いだせたでしょうが、ここからは閣下の常識外と考えてください」


 ひとつ選択を誤ればライラの命が危ういかもしれない。そういわれクロードは眉をひそめた。


「オズワルドがあなたをうまく制御されているからか。それとも奥様が愛されているからこそ冷静ではいられないのか」


 一介の商人風情がいうにはあまりに横柄な言葉であろう。異国の言葉ですらりと語る。


「ハン語で語っても何を言っているかだいたいはわかるぞ」


 クロードはハン語で語り掛け、じとっとチェチェを睨みつけた。

 チェチェが口にした言葉は正確にはクロードの知るハン語と異なる。だが、形式が似ていてなまりのように聞こえたであろう。

 今彼女が口にした言葉はアルティナ語である。アルティナ帝国はハン族と元々同じ祖を持つ国家である。

 ハン語さえ習得できれば、アルティナ帝国への留学も可能になる程同じ言語であった。アルティナ帝国からすればハン族の言語はなまりと癖が強い為、少し修正が必要になる。


 クロードがハン語を習得していたとは思わなかったチェチェは口を手で覆うが、特に悪びれる様子もない。

 その立ち居振る舞いはどうにも商人とは思いづらかった。権力者を気にするそぶりのない狩人だからとれる振る舞いか。

 いや、それよりも別の印象をクロードは感じ取れたがうまく言葉にできない。


 ちょうどいい岩を見つけてチェチェは雪を払い、厚手の布をかけその上に腰をかけた。岩も、厚手の布も大きく、二人分座れそうである。

 チェチェはぽんぽんと隣を叩き、どうぞとクロードへ腰をかけるように誘導した。


「ライが戻ってくるまで時間がかかります。先ほどのお詫びのしるしにどうぞおたべください」


 ライは荷物からひとつ稲荷すしを取り出した。そして別の入れ物から白い焼き物の入れ物を取り出した。小さなコップに注がれた中身は白く濁っていた。外の寒い外気の中、それは白い湯気を立てていた。

 鼻に届く強いかおりを感じ取る。


「お詫びになりませんが、どうぞ東の酒をお飲みください。温まりますよ」


 器にふれてみると温かい。まさか先ほどこれらを用意していたのか。

 チェチェが手招きして遠くにいる騎士たちを呼び寄せる。彼らにも同様の酒をふるまった。


「あ、毒は入っていませんよ。なんでしたら毒見いたしましょうか?」


 クロードがなかなか口にしないため、チェチェは声をかけた。必要ないとクロードはぐいっと酒を一気に飲んだ。

 のどの奥が一気に熱くなる程強いアルコールだった。飲んだ瞬間、少し果実のかおりがした。


「りんご汁を混ぜたカクテルです。飲みやすくて子供にも人気なのです」

「子供、にも?」


 クロードは先ほどの酒の強さを思い出す。国によっては子供も酒を飲むだろうが、それにしても今のは子供には強すぎではないか。


「子供にはもう少しアルコールの度数を落としていますよ。さぁ、稲荷すしもほおばってください」


 クロードは手元に残った茶色い食べ物を眺めた。口へ頬り込むと思った以上に甘い。


「少し酸味があるが悪くないな。ライラが好みそうだ」


 思わず口にしてはっとクロードは口を閉ざした。チェチェは頬をゆるませてにやにやと笑っていた。


「いいじゃないですか。閣下は奥様を愛していらっしゃるのでしょう。結構なことです」


 チェチェは自分用に注いだ酒をぐいっと飲みほして宣言した。


「少し羨ましいです」


 空の方を仰ぎ彼女は寂し気に呟いた。アルティナ語であるが、クロードはだいたい把握できる。

 だからといって話を聞く気は起きない。

 何だかんだここまで一緒に行動しているがチェチェを信用していない。

 クロードにとって重要なのはライラが無事か、どうかである。


 ざざっと音がしてクロードは立ち上がった。

 雑木林の中に先ほどの石畳の道が現れ、奥からライが現れた。なぜかぼろぼろの様子であった。


「許可がおりたぞ。長が是非二人を招きたいと。行儀よくするんだぞ、クロード!」


 何故クロードだけに言うのかは置いておいて、これで北天狐の隠れ里へと行ける。

 クロードはちらりと騎士二人に目配せをした。


「どの程度で戻るかわからない。宿屋で待機しても構わないが」


 騎士たちはここに残ると言った。すでに野営用の道具は準備してあるという。

 アルベルの冬で何日も魔物退治の為の野営を経験していた猛者であり、心配はないだろう。


 クロードはチェチェとともにライの案内の元石畳の道へと足を運んだ。するっと入り口が閉ざされる音がした。

 こつこつと石畳の上を歩く。

 随分ときちんと整備された道である。

 北天狐には知能があり、魔力もある。そこまでの舗装能力があるということか。


 オズワルドの方が詳しいかもしれない。


 考えながら、前へと進むとあっと驚く程見事な石造りの神殿が広がった。まるで古代帝国の建築物がそのまま残っているかのようである。

 建物から白い毛並みの北天狐たちが現れた。

 彼らは恭しくクロードたちに挨拶をする。


「ようこそいらっしゃいました。アルベルの英雄よ」


 ララにそう呼ばれクロードは少し驚いた。


「俺を知っているのか?」

「はい。ライラ様の夫君であり、このアルベルを救った英雄です。我々北天狐が知らないはずありません」


 ララは奥へとクロードを案内した。

 重々しい雰囲気かと思えば中はすっきりとした静かな雰囲気であった。階、廊下にずらりと北天狐たちが並んでいる。

 こんなに北天狐がいると素直にすごいと感じる。神々しい毛並みの美しい獣たちは神に愛された獣と呼ばれるだけある。


「クロード様!」


 奥の方、長の傍らにいた北の民族衣装を着たライラがクロードの名を呼んだ。肩にはブランシュがわが物顔で乗っている。

 ライラはちらりと長の方へ視線を向けると、長は優しそうに微笑む。ライラは玉座から降りてクロードの方へと向かった。

 クロードはライラの肩を掴み強く引き寄せる。触れると体温が温かいが熱いわけではないと感じほっとした。


「ライラ、無事だったか? 体調は崩していないか」

「はい、北天狐の方々によくしていただきました」


 秘湯にもつからせていただいたとのことで、よくみるとライラの頬も髪も今までにない程の艶やかさであった。

 そして、北の異民族の衣装を着ているライラは新鮮であった。普段の姿も、社交界でのドレス姿も好きであるがこれも悪くない。

 お土産に売買されている人形のように可愛らしい。

 敵方の民族の衣装でしゃくであるが、良いデザインであるのは否めない。


「あ! こんなところにいた!!」


 食卓の膳やお皿を運ぶ北天狐たちの行列に紛れて、一緒にお膳を運ぶ人間の男にチェチェは声をあらげた。


「おお、チェチェ。思ったよりも早く来たな。それで稲荷ずしは?」


 男は空のお皿をしめしてくる。稲荷すしを載せる予定の器なのだろう。


「用意しておりますが、あなたねぇ……ふらっと姿を消されたら私が困るでしょう!」


 アルティナ帝国語で言い合っている様子をみてライラは首を傾げた。


「あの女性はベンチェルさんの知り合いですか?」


 ベンチェルという名前が正しいのか。それとも通り名なのか。

 クロードにはわからないが、彼がチェチェの探していた弟のようである。

 ただ会話の内容から、姉と弟の会話には感じられない。妙にチェチェが一歩引いているような印象を受けた。

 まるで主従関係のような。


「クロード……」


 玉座から聞こえる長の声にクロードは再び奥の方へと視線を向ける。

 おそらくこの建物内で一番大きく立派な北天狐であろう。


「そなたがライラの夫か。私はここの長をしているタキという。突然妻を連れてきてしまい心配をかけたこと、お詫びしよう。どうか、我が隠れ里でささやかなもてなしを受けて欲しい」

「歓迎してくれて感謝する。妻のことは狐と人の行き違いだったと今回は考えよう。次からはどうか私に一言かけてほしい」


 本当であれば文句のひとつやふたつ言いたいところであった。

 しかし、ライラの顔色がだいぶ良くなっているのをみると北天狐が何かしら彼女の病が改善するものを与えてくれたのかもしれない。

 彼らの厚意には感謝を、ただしこれからは人の道義にもならってほしいと頼んだ。


「心得た。どうも、うちの若いものがせっかちで迷惑をかけた。これでも今までにない程の魔力を持ち、将来的に一族を引っ張る逸材なのだが……」


 タキはちらりとライをみやる。ライは褒められたと胸を張ったが、どすんと横から頭突きでぐらついた。姉のララの仕業で、ひどいや姉ちゃんと叫び声が神殿内に響く。

 今までの神々しい雰囲気が崩れ落ちた。


「それで長よ。私はそなた……あなたに聞きたいことがある」


 雪結晶病のことだが、タキの知っている内容は治療にめぼしい情報は得られなかった。

 古代の物語にすでに雪結晶病が関与していたというのははじめて知ったことであるが、伝承には雪結晶病の名は一切出ていない。


「何百年も語り継がれていくうちに忘れ去られてしまったのかもしれないのう」


 のんびりとした口調でタキは語った。

 

「さぁ、立ち話もなんですからまずはこちらを」


 チェチェは風呂敷を広げて、何重にも載せられた弁当箱を開けた。中にはきらきらと輝く稲荷ずしがぎっしりとつまってあった。

 北天狐たちがざわめく。


「すごい! ライの言った通りだ。あんなにいっぱいの稲荷ずし初めてみた!」

「ライが嘘をついて、人間を招き入れようとしていたわけじゃなかったんだね。あれ、ということはララに噛まれ損?」

「ええ、食べていいの? 5匹で1個じゃなくて1匹1個?」


 本当に北天狐たちの好物のようである。滅多に食べられないご馳走を目の前にライの時と同じ反応をみせた。


「もちろん。たくさん作ってあります。もし足りなければ後日作って馳せ参じますわ」


 わぁっと北天狐たちは大喜びであった。北天狐たちは行儀よく神殿内を並び、稲荷ずしが配られるのを待った。


「あんなに驚かれるなんて。一体、どんな食べ物なのでしょうか?」


 ライラは首を傾げて稲荷ずしを頬張る北天狐たちをみやった。


「おい、チェチェ。こちらにも1つくれないか?」

「勿論です! ああ、奥様。とても似合っていますよ。可能であれば次は是非我が帝国のドレスも着ていただきたいです」


 チェチェは興奮ぎみにライラの北の民族衣装姿を褒めた。


「お前の帝国と同じじゃないのか?」

「違いますね。少し面影は残っていますが、ほぼ西側の文化のもとで作られた衣装です」


 刺繍も別物になっていますとチェチェはひとつひとつ細かく説明した。

 そして自分の帝国の民族衣装も良いものがあるので是非購入を検討してほしいと宣伝した。


「素敵ですが、着る場所があまりないような……」

「社交界でわざわざ着る必要はない。個人で楽しめばいいだろう。腰回りとか、ゆったりとして部屋でくつろぐにはいいぞ」


 稲荷すしの載った皿を手にしていたチェチェの弟がちょんとライラの腰に触れた。ライラはわっと驚いて跳ねた。

 ブランシュが同時に「ぴゅ!」と鳴いて怒った。

 クロードはライラの肩を掴み、ベンチェルの前に出た。


「リド=ベルもクリスサァムも、よくあんなドレス着られるなと思うぞ。コルセットとか……あれでは馬に乗るのも辛いだろう」


 クロードの睨みに怯む様子もなくベンチェルは淡々と語った。


「ベンチェル・ハァン。ここはアルベル閣下の前ですので、好き勝手に振る舞わないで。どうせ私が来るまで夫人をからかっていたのでしょう」


 窘めるように囁いたチェチェにベンチェルは特に気に留めている様子はない。


「もう、アルベル閣下と友好関係を築いた方がいいということをお忘れですか」


 はっと気づきベンチェルはライラに向けて謝罪した。


「俺と、友好関係?」


 クロードは眉間にしわを寄せ、ベンチェルをみやった。着ている衣装は公国のものであるが、彼の耳についている装飾はチェチェと同じく見たことのない細工が施されていた。


「それよりも先ほどから……そなたをどう呼べばいいのだ。チェチェからはナランと聞いたが、ベンチェルと名乗っていてわけがわからない」


 偽名を使っているのであれば警戒すべきだろう。商売人も時にはスパイになっていることがある。

 クロードの部下のイアン・ヒリス卿もその姿を扮し北の異民族の間を渡り歩いている。


「はじめまして。クロード・アルベル辺境伯」


 ベンチェルは先ほどのぼんやりとした表情を改めて真顔になった。振る舞いも先ほどよりもきちんとしてある。


「僕はベンチェル・ハァン。名前が名前の為、国外ではナラン・ブレダと、チェチェの弟として活動している」


 同時に彼は弁明した。決してスパイ行為で訪れた訳ではないと。


「ハァン……」


 ライラは困った表情でベンチェルを見つめた。先ほどまでのとぼけた青年はそこにはなく、すっときれのよい印象の青年であった。


「クロード様、この方はアルティナ帝国の皇族です」


 ハァンは東の騎馬民族の首長の称号であった。今、その称号を与えられるのはアルティナ帝国の皇帝と部族首長に選ばれた皇族の縁者である。


「つまり皇族で、どこかの部族の首長ということか。ナラン・ブレダというのは偽名か」


 ライラはこくりと頷いた。名前をそのままにしてアルベルへ入るのは厳しいと、チェチェ・ブレダの姓を借り受けたのだという。

 こうなってはチェチェの名も本名か怪しい。


「閣下、ちょっとその剣に手をやるのはやめていただけませんかー」


 男の素性を明かした上でなおも要求する姿は呆れて逆に感心してしまう。


「今は楽しい宴ですよ。殺生なんて無粋なことをしないで。北天狐さまの領域を血で汚すのもよくないと思いますよ」


 確かに魔力を持ち知恵を持つ魔物の領域で、無作法なことをするのは避けたい。


「閣下、私たちは逃げも、隠れもしません。罰をお与えになるのは宿屋に戻った後私たちの話を聞いてからにしていただきたいです」

「それを、このアルベルの地でよく言えたものだな」

「私、奥様の元へ行くのを協力しました。それくらいのご褒美はあってもいいと思いますよ」


 確かにチェチェの餌付けによる交渉でライを隠れ里まで案内させることに成功した。

 思いのほか、北天狐たちは友好的だった。

 クロードが荒事を犯さずに済んだ為である。

 チェチェがいなければこの場所に来るのにさらに時間を有したことだろう。


「クロード様、ご心配かけた私が言えたことではありませんが、チェチェさんたちの話を聞いてみましょう」


 ライラとしては何故アルティナ帝国の、皇族の血筋がこのアルベルへやってきたことが気になる。彼らから敵意も害意も感じられない。

 不思議とブランシュもベンチェルに対して警戒心は持っていなかった。ライラに失礼なことをすれば険しい表情で「めっ」と窘めるように鳴いているが。


「わかった。話は戻ってから伺うことにしよう。どこかの部族の首長よ」

「どこかというより、すぐ北の部族のだけどね」


 呑気にベンチェルは自分の所属がどこか明かした。

 すぐ北の部族と聞き、クロードは再度険しい表情で男を見つめた。


「すぐ北の騎馬民族というとハン族だが」


 まさしくそれであるとベンチェルは頷いた。

 春に戦ったばかりの異民族ではないか。

 再び警戒心をむき出しにしたが、すぐに子狐の声に毒を抜かれる。


「ライラ! 長がライラの笛を聞きたいって!! おい、クロード。ライラに笛を渡せ!」


 ライとレイがすたすたっとライラの元へとやってきた。

 クロードはライラに鞄を手渡した。


「クロード様が持ってきてくれたのですね」


 先ほど、宿屋から出る時にクロードがリリーから預かって運んだものである。

 ライラは嬉しそうに笑い鞄を受け取り中からフルートを取り出した。


「どんな曲が良いでしょうか」

「そうだな。ライラが好きなものを選んでくれていい」


 今となっては曲名のことはよく覚えていないとタキはライラ任せにした。ライラはフルートの調整を終え、一曲吹いた。

 ご馳走を頬張っていた北天狐たちは食べるのを中断し、ライラの演奏に耳を傾けた。


「随分と達者だな」


 ベンチェルは感心したようにライラの演奏を注目した。今までわいわいと騒いでいた北天狐たちが静かになっている。


「故国でもこれほどの名手はいませんね」


 母国語でチェチェはベンチェルに声をかけるが、ベンチェルは一切反応しなくなった。彼自身もライラの演奏に魅入られている。

 一曲終わると北天狐がやんややんやと喜び、また一曲とねだりはじめた。

 ライラは困りながらも嬉しそうに笑い、彼らの要望に応える。

 続けて三曲、短い演奏を終えてライラはタキの方へ声をかけた。


「これで良かったでしょうか?」


 果たして長の満足のいくものであったかどうか気になる。

 タキがライラの演奏を求めたのはかつての友人・サーニアを想ってのことである。

 ライラはサーニアではない。全く同じ演奏ではなかったと思う。


「ああ、どれも素晴らしかった」


 確かに、ライラの演奏はサーニアと異なるものであった。

 だが、彼女の演奏は強く惹きつけられ、ところどころサーニアの演奏に通じるものを感じ取った。

 こんなに曲に聞き入ったのはサーニアの演奏以来であった。

 演奏中にタキはすでに見ることができないサーニアの姿を思い出した。

 ライラと同じ黒髪、青い瞳の少女だが、肌の色は少し異なる。顔立ちもライラとは別のものであった。

 それでもライラのおかげでサーニアの姿を思い出すことができた。


「ありがとう。生きているうちにもう一度、間近で笛を聞きたかった。絶滅しているのではと心配だった護竜の雛もみることができ、思い残すことはない」


 タキとしては満足であった。

 がっかりさせずに済み、ライラは安心した。


「今回のお詫びとして、そなたの体についてよく診てくれる者を預けようと思う。そなたがシャフラ以外の場所でも過ごせられるように」


 タキの話しぶりからしてライラには雪結晶病のことを知らされたようである。そしてライラがその病に罹っているということも。

 クロードの表情が固まり、ライラは困ったように微笑みクロードの手を握った。


 タキから治療は対症療法のみと聞いていたが、詳しく知る北天狐を預けてくれるという。

 ジーヴルにいるリーゼロッテ女史と協力し合えれば何か新しいものを見つけられるかもしれない。

 北天狐の知恵を貸してくれるというのであれば願ってもいないことだった。


「ライ」


 呼ばれた声に幼い北天狐はささっと前へ出る。


「これからお前はライラの傍でライラの治療に協力するように。必要な秘薬や道具は好きなだけ持ち出して構わない」

「まじですか。ひゃっほぉ。あ、人間の世界にいくのは危険だから、変化の道具もいいですか?」


 滅多に貸し出されない道具をライがおねだりすると、タキは好きにしなさいと答えた。

 ライはさらに喜んだ。

 人間の世界でうまいもの食べ尽くしてやると無邪気な声が響いた。


「あの、長殿」


 話を聞いていたクロードは微妙な顔でタキに声をかける。遠慮はしなくてよいと言わんばかりに老狐は微笑んでいたが、クロードは決してありがたがっているわけではない。


「せめて、そちらの行儀よさそうな者が……」


 ララの方を指名するが、タキはふるふると首を横に振った。


「魔力と魔法、病の知恵を考えたらライが適任である。ちょっとやんちゃだが、きっと役に立つだろう。これもライの成長になる」


 お詫びとか、ライラの為と言っているが絶対に目的は一番最後の部分であろう。

 クロードとしては困ってしまう。

 ただでさえブランシュという厄介な居候がいるのである。このような騒がしい北天狐を寄越されても困る。


「まぁ、それでは稲荷ずしをまた作っておきましょう」

「頼むわ!」


 まだ稲荷すしを作れそうな雰囲気のチェチェに、当然のようにライは頷く。少しばかり周りの羨む視線を感じられた。


「もし可能なら後で僕とおしゃべりをしよう。後で血もとらせてくれないか? 僕の分の稲荷ずしをわけてあげるから」

「仕方ねぇな」


 ベンチェルとライの間に秘密の取引が交わされる。


「よろしくお願いします」

「おう! 任せな」


 ライラといえば歓迎した姿勢を示していた。ブランシュとしては新手のライバル登場に警戒態勢をとっている。


 すでにライを歓迎する気満々の雰囲気にクロードの拒否は通りそうにない。

 一応アルベルの主だし、ライラの周辺のことを決められると思うのだが、ライラの嬉しそうな姿をみていると強く言いづらかった。

 ライラも誘拐犯が相手だというのに随分とくだけた様子で心配になってしまう。


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主にアルファポリスの方で連載しております。もし宜しければリンク先へお越しください。 一部設定を変更しておりますが、流れはほぼ同じです。
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