4-1 2匹の北天狐
シャフラへ訪れて数日、ライラとクロードは穏やかな日々を送っていた。
クロードは頻繁に市長や役所、ギルドを行き来して情報を集めている。話を聞くと北天狐の密猟者の捜索をしているという。
それ以外にも近くの村付近に出没する害獣や魔物の問題についてもあたっている。
そして、ライラには秘密にしているが治療院へと通いつめ新しいデータが出ていないかの確認であった。
ライラの病名はほぼ間違いなく雪結晶病であると言われクロードはますます北天狐との接触を図ろうとしていた。
「忙しいでしょうに、大丈夫でしょうか」
朝の出発を見送るライラはクロードの体調を心配した。
折角の夫婦の旅行なのに、クロードの日常は城と変わりない様子であった。むしろ忙しそうにもみえる。
「私に手伝えることがあればいいのですが」
「俺は特に気にしなくてもいい。そなたはここでしっかりと英気を養ってアルベルの冬を耐えられるようにしてくれればいい」
クロードとしてはライラが見送りをしてくれるだけで十分であった。
「今日は遅くなる。もしかすると寝泊まりするかもしれないので、食事は一緒にできそうにない」
「わかりました。どうか、くれぐれも無理をなさらないように」
クロードを見送った後は、ライラの元に護竜のブランシュがべたっと彼女の背中に張り付いた。
「あらあら、甘えん坊ね」
ライラは笑いながらブランシュを抱きしめた。
「そうだ。久々にフルートの練習をしようと思うの。聞いてくれる?」
「ぴゅー」
ブランシュはこくこくと嬉しそうに笑った。
早速、リリーにお願いしてフルートの入った鞄をとってきてもらおう。
演奏する曲は適当に楽譜を広げて、ブランシュが好むものを選ばせてやる。ブランシュが果たしてその曲を理解しているか不明であるが、ブランシュが選んだ楽譜を受け取りライラはそれを広げた。
調整を終わらせて、音を軽く出してみる。それに合わせてブランシュは「ぴゅぴゅっ」と鳴いていて一緒に歌ってくれるようで微笑ましく感じた。
「じゃあ、ブランシュの為に演奏を開始します」
ライラの演奏する曲にブランシュはうっとりと聞き入っていた。途中からお茶を淹れてきたリリーも観客に混じりライラの演奏に耳を傾ける。
「お上手です」
ぱちぱちとリリーが拍手をして、ブランシュもそれに合わせて前足をぱたぱたとさせた。
「そういえば、先ほど宿屋の方で確認すると貸し切り露店風呂というのもやっていたようですよ」
小さな部屋を貸し切って露店風呂を楽しむというものである。湯舟は小さいものであるが、プライベートで他の客を気にせず楽しめる利点がある。そして、ペットも事前登録すれば入浴可能という。
「それじゃあ、ブランシュと一緒に露天風呂へ入れるわね」
「ぴゅー」
ライラはブランシュを抱き上げて早速貸し切り露店風呂のお願いをしてみた。お昼前に丁度空いていた部屋を借りて、ライラはブランシュと一緒にお風呂へと向かう。
「あは……気持ちいい」
初日以降熱が出なくなり、今ではなんだったかわからない。小さな湯舟につかりながらライラは空を仰いだ。
先ほど少し日の光がみえたように思うが、曇り空でちらちらと雪が降り始めていた。
「ブランシュ、気持ちいい?」
湯舟にぷかぷかと浮かぶ護竜に質問すると普段通りの返事が返ってくる。
リリーも一緒に入れば良かったのだが、リリーは遠慮した。
「折角温泉に来たのに」
リリーはライラが休んでいる間に温泉の湯を楽しんでいるから心配ないと言っていた。
「それにしても貸し切り温泉、なかなかいいわ」
他の客たちが利用する大浴場に比べると湯舟は狭いが、ライラ一人では広い湯舟である。
横に小さい休憩用の小部屋もあり、軽食と飲み物を置いておける。
「今度クロード様と一緒に……いえ、やめておきましょう」
ライラは顔を赤くして湯舟に肩までつかった。
もう夫婦の営みを何度かしているが、一緒にお風呂へ入るのは少し恥ずかしい気もする。
「ら、来年にはきっと……ええ、来年よ」
ライラはうんうんと頷いて今はよそうと考えた。
がさがさ。
木々の揺れる音がした。ふと周りをみる。高い塀に囲われている空間である。雰囲気を作る為に数本の木々や草花を植えている。
草花が揺れてライラは動揺した。
「まさか、覗き?」
幼い頃に利用した温泉でそういった騒動があったのを思い出した。イセナの逞しい女性たちによって犯人が取り押さえられて一見落着なのを思い出したが、今ここにいるのはライラだけである。リリーは貸し切り部屋の入口近くで待機している。
大声を出せばリリーは飛んでくるだろう。
警戒して、揺れる草花を見つめるとそこから現れたのは2匹の小さな白狐であった。両手足の先は靴下をはいているように真っ黒である。
額には少し変わった黒の紋様が描かれていた。2匹は首元に紐でくくりつけた小さいひょうたんをぶら下げていた。
一匹は金色の瞳、もう一匹は緋色の瞳である。
「か、わいい!」
ライラは思わずきゅんとして小さい白狐たちを見つめた。
「兄ちゃん、この人だよ。護竜を連れ歩いていたの」
「ああ、みりゃわかる」
ひそひそと喋る2匹にライラは首を傾げた。今、狐が喋ったように感じる。
「え、ええ……私のぼせちゃったかな」
ライラは両頬に手を当てて混乱していた。
「人間、大丈夫だ。我らは優秀な北天狐でありまだ子供でも人語を喋れる」
兄狐は説明してくれた。
「北天狐?」
確かクロードが探していた魔物だったはずだ。
「そうだ。まだ子供だが、魔力も知恵もあり将来有望なのだ」
えへんと弟狐は首を長くして自慢した。とても可愛らしい。
「ぴゅー」
嫉妬したブランシュがライラにしがみつく。
「あ、大丈夫よ。ブランシュも可愛いから」
よしよしと撫でると気をよくしていた。
「何と、そこまで意思疎通ができるようになっていたとは……もしかすると先ほど笛を吹いていたのはお前か?」
「ええ、そうよ」
2匹はひそひそと内緒話をしていた。内緒話といっても内容は丸聞こえである。
「サーニア様と似ている、というのは本当かな」
「わからん。だけど、長が懐かしがっていたんだ」
サーニアとは誰のことだろうか。後でクロードに質問してみようかな。
2匹はぴんと耳を立ててライラにお願いした。
「人間の娘よ。我はライ、こちらは弟のレイだ」
改めて自己紹介されてライラは少し嬉しくなった。
「まぁ、私と名前が似ているわね。私はライラというの」
これは奇遇と弟狐は嬉しそうにライ、ライラと繰り返した。やはりとっても可愛らしい。
「あなたを我らの隠れ里へと案内したい」
「長が是非にと言っている。そちらの護竜も一緒に是非にと」
突然の申し出にライラは首を傾げた。
「え、と。突然そう言われても……リリーに言わないと」
「いや、他の人間に言うのはダメだ。他の人間は信用ならん」
「最近は我ら同胞を狩ろうとする不届き者がいる。あれだけ不可侵条約を立てたというのに、人間は信用できない」
とはいえ、今部屋においてある着替えだけでは薄着になってしまう。そんな状態で黙ってでかけるとリリーもクロードも怒りだすであろう。
「ごめんなさい。夫に怒られてしまうから……ちょっと待って、上で着替えて事情を話してからでかけるから」
ライラは立ち上がり部屋の方へと入りタオルで身体を拭こうとする。ブランシュもライラに続いて湯舟からあがった。
「兄ちゃん、どうしよう」
「こうなっては仕方ない。これを使うしかない」
兄狐は器用に首にぶら下げていたひょうたんを手にもつ。封を開けて、名を呼ぶ。
「ライラ、ブランシュ。こっちを向け」
「え、何?」
「ぴゅー?」
兄狐のライの呼び声に反応したライラとブランシュは吸い寄せられるように消えてしまった。ライはひょうたんの中にちゃんとライラとブランシュがいることを確認して封を閉める。
これは北天狐の持つ魔法道具のひょうたんであり、名を呼ぶことで相手をひょうたんの中へ閉じ込めてしまうのである。
「兄ちゃん、ちょっと大丈夫?」
「ひょうたんの中は暖かいから大丈夫だろう」
「そっか、良かった!」
レイはほっと安心した。
「さぁ、いくぞ。弟よ。長がお待ちだ」
「あ、待ってよ。兄ちゃん!」
2匹の狐は入った出入り口(狐の手作業で空けた穴)を利用して宿屋を出ていく。人に見つからないように自分たちの隠れ里へと戻っていった。
ライラたちが消えた後、リリーは心配して中の様子をみた。
「奥様、そろそろあがらないとのぼせてしまいますよ」
部屋の中の様子をみてリリーは唖然とした。
貸し切り風呂はもぬけの殻であった。
捨て置かれているタオルをみて何か起きたのだと察して、リリーは宿屋に待機している騎士に声をかけた。
「急いでクロード様を呼び戻して! 奥様が攫われました!!」
ライラ、まさかの二度目の失踪である。
自分が傍に控えていながらもこのありようにリリーは今度こそ覚悟を決めなければならないと身震いした。それよりもまずはライラの行方を調べることが先決である。貸し切り風呂の部屋はクロードが戻るまでの間はこのままの状態にしてもらうように店に頼み込んだ。
◆◆◆
ライとレイが走っている姿を見つめている不穏な雰囲気の男が2人いた。
「お、きたきた!」
雪と木々で作ったカモフラージュの小屋の中で2人は外の北天狐を眺めていた。同様の小屋は北天狐が通りそうな場所にいくつか作られていた。
男は例の密猟を行っている者たちである。
彼らは張り込み、北天狐が姿を現すのをひたすら待っていた。
北天狐は公国では人に益をもたらす魔物であり、退治する必要はなく狩ることを禁じられていた。
もし咎められれば鹿を狩っていたと適当な言い分で誤魔化してある。
ギルドとは別のルートを確保しており、帝国貴族相手に商売をしている。
北天狐の毛皮は上質で、帝国でかなり高額に購入してもらえるのである。
一匹捕らえただけで1年は遊んで暮らせるほどの値段がついてある。
今依頼があるのは毛皮のコートである。何匹もの北天狐を手に入れる必要がある。今のところ3匹は確保済である。
「何だ、ちび狐か。あれじゃ、手袋にしかならないわ」
「まぁ、コートの足しにはならないが、それでも上質な手袋にできるんだからいいじゃないか」
相方の男はにやりと笑い、狩猟用のボーガンを構えた。
ひゅんと矢を走らせると子狐たちは警戒しはじめた。ささっと逃げ出そうとするが、男はボーガンを射て巧みに誘導していく。
ボーガンで狐を狩れればいいが、できなかったときの為に罠をしかけてある。狐がその罠の元へと行くのをひたすら待っていた。
あともう少しと思ったところで、矢の動きが止まった。
「おい、どうしたんだ。あともうちょっと……ぎゃ!」
ボーガンを操っていた片割れをみると騎士らしき男たちに取り押さえられていた。男はボーガンを奪われて両手をあげて降参のポーズをとっていた。
「さて、お前も両手をあげてもらおう」
クロードが残りの男へ剣の切っ先をあてる。ひやりとした感触が首筋に走り、男は抵抗を断念した。
ギルドとの協力で、密猟者と思われる男のめぼしをいくつか立てることに成功した。
実際、北天狐を狩る場面に遭遇しなければ現場逮捕に結びつけられない。
しかし、ようやく張り込みに成功して二人を確保することに成功した。他にもグループがいることだろうが、この二人からまずは情報を洗いざらい吐いてもらってまた作戦を立てることとしよう。
クロードは捕らえた二人を部下の騎士にまかせて小屋から出た。外にはまだ北天狐の子供がいるはずだ。
人間の言葉を理解できるというし、普通に語り掛けてみれば通じるはずだ。
「おーい、密猟者は捕らえたぞ。安心してくれ……ぶぁほぅ!!」
小屋から顔を出して声をかけると冷たい雪だんごがクロードの顔面に直撃した。
ライとレイは器用に雪団子を作り投げつけたのである。
「ばーか! 人間め。その手に引っかかるか!」
「兄ちゃんらのかたき!」
ライとレイは作った6つの雪団子を連続でクロードへと投げつける。妙にコントロールがよくクロードの顔面によく直撃した。
「ばーかばーか!!」
北天狐の子供たちの子供っぽい煽り文句にクロードは対抗できないまま、北天狐らは姿を消した。
「大丈夫ですか。閣下」
小屋から心配そうに部下の騎士が声をかける。クロードは懐からひまわりの刺繍のついた手ぬぐいを取り出し顔を拭いた。
ぺっぺっと口に入った雪を吐き出す。
「はは、くそ狐」
クロードの表情は険悪なものであった。一瞬だけばれなければ狩っても良いのではないかという考えが出てしまうが、すぐに奥の方へとひっこめる。
自分の本来の目的を忘れてはならない。
ライラの病の為に北天狐の協力を仰がないといけない。
ここで北天狐の激情に触れるようなことをするのは得策ではない。
とりあえず、まだこの辺りには北天狐は生息していた。それがわかっただけでもよしとしよう。
クロードは密猟者を役所の方へと放り込み、後は市の連中に情報収集を任せることにした。
思ったよりも早く仕事の区切りがついたからライラと夕食でもしておこうと宿屋へ戻ろうとすれば、今度はライラが誘拐されたと聞きクロードはめまいを覚えた。




