9 夏の終わり
「クロ」
部屋のすぐ近くに待機していたオズワルドはクロードに声をかける。
「ヒルス卿が来たよ」
クロードは城の牢屋の方へと向かった。入口に騎士姿の青年が立っていた。
イアン・ヒルス。
農家の出であったが、クロードの従僕となりそのまま彼の騎士となった男である。
カレン・ヒルスの兄であった。
従僕になったとき言語学の才を持っていたことが判明し、北の異民族の習慣、言語を習得した。
魔剣使いにはなれなかったが、わずかに魔力を持ち、オズワルドから伝令魔術を学んでいる。
彼が得た情報はオズワルドを通してクロードに伝わる。
諜報の仕事が彼の主な仕事であった。
「閣下、お久しぶりです」
騎士は礼をとり挨拶をした。
クロードは牢獄の扉を開き、三人で奥の方へと向かった。
牢獄の一角に、大きな台がありその上に少女が眠っていた。
カレン・ヒルスである。
彼女は息をしていない。眠ったように死んでいた。
例の雪ムカデの騒動の時、クロードが去る頃にカレンは城から出ていこうとした。
オズワルドが彼女を見つけて捕らえてみたが、戻った時には彼女は致死の呪いを自身にかけ命を絶っていた。
ライラを保護したあと、クロードとオズワルドは話し合い、カレン・ヒルスは体調を崩してサマンサたちの断罪の場に出られなくなったということにした。既に断罪した後ということにもしておいた。
「どうだ。ヒルス卿」
「はい、これはカレンではありませんね」
ヒルス卿は死体の確認をした。元農民とは思えない程冷静に、妹の特徴がないことを確認した。
歯の形、ほくろの位置、幼い頃の足の指……ここまでは模写できていない。
「魔術でしょうか。よく顔を作っている」
この魔術を是非身に着けたいなとヒルス卿はぼやく。
「そうか。それで、そなたの妹は……」
「今探しているところです。申し訳ありませんが、有給とっていいですかね」
ヒルス卿は軽い口調で妹探しの為の有給を申し込んだ。
クロードとしては了承せざるを得ない。
顔には出さないが、妹の安否が気がかりだろう。
「それじゃあ、この女は誰か」
「変装魔術を解くのは私よりオズワルド様の方がいいでしょう」
それもそうかとクロードはオズワルドの方をみた。
「えー、ちょっとこれ面倒だからやりたくないんだけど」
「オズワルド様がそういうのであれば私には無理ですね」
ヒルス卿は両手をあげて言った。
「はぁ、やれやれ」
オズワルドは少女の体に触れて、魔術の痕を見つけた。全く言語の異なる国の魔術は厄介である。
帝国と公国は幸い隣国であり共通部分がいたるところに存在しているため問題ないが、異民族の言葉は全くの別物だ。
魔術を解きながら少女の体が別のものへと変わった。
「ああ、やっぱり北の」
「この刺青はジル族のですね」
ヒルス卿は腕にかぶさった網目様の紋様を見せた。
「1年、知らずのうちにジル族の魔術師を城に入れてしまったのか」
オズワルドでも気づけなかったとはいえ、残念なことだ。
城中に呪いの刻印がないかオズワルドに念入りにチェックさせておこう。
サマンサたちを早めに何とかすべきだった。
彼女らの行動で城内の隙を生じさせてしまった。そしてさらに悪化させてしまったようだ。
牢獄を出た後、クロードは自室へ戻らず外を歩いた。
城の構造は基本的には戦の為の城塞である。
しばらく歩き、城門塔へとあがる。一番見晴らしの良い場所だった。
ジーヴルの街並みがよくみえ、遠くから最寄りの砦もみえる。
自分が来た時のことを思い出す。
初めて来たときは殺風景な土地だと感じた。
冷害と魔物の被害に獣害、北の異民族の侵攻と人々は疲れ果てていた。
今はだいぶ住みやすい土地になったと自負しているが、果たして友人が求めていた姿だったかわからない。
力を得るためにクロードはアルベルへとやってきた。
どういう因果か友人が一緒に行こうと願った土地である。
リュカ。
クロードと同じ修道院に引き取られた同い年の少年。そしてクロードとは違う差別を受けていた孤児。
修道院の孤児には格差があった。
富裕層の出か、見目が司祭の好みかで大事に育てられる。
そうでない孤児は修道院の端の小屋に放り込まれ、労働を強いられる。
大事に育てられる側だったクロードがその孤児たちに気づいたのは13歳になった頃である。
司祭から受けた屈辱で修道院に対して反抗的な姿勢を示すようになった。
先輩から宥められても一向に変わることのない司祭はクロードを小屋へと放り込んだ。
その時に出会ったのがリュカであった。
小屋の孤児たちは毎日、繕い物や力仕事とへとへとになるまで働かされてようやく得られるのは固いパンと薄いスープのみであった。
用意された衣類も、毛布も古くすり減ったものでとても雪の降る冬は耐えられそうにない。
現に衰弱死した孤児もいたという。
クロードはますます修道院へ反発を抱いた。
神の愛を解くというのに小屋の孤児たちを冷遇し、クロードの罰の場として懲らしめようとする姿勢は許せなかった。
クロードはむきになり、元の部屋に戻ろうとせずリュカと共に過ごすことを選んだ。
リュカはクロードの知らない世界を教えてくれた。
さらに厳しい春も、夏もない冬の大地アルベル。
リュカは幼少期にそこで育ち、北の異民族の脅威にさらされていた。
親は戦争で亡くなり幼い弟の手をとりアルベルを転々とした。
顔に火傷の痕があり、それは戦争に巻き込まれた時のものだったという。
面倒をみてくれる修道院に余裕がなく、リュカは弟と離れ離れになってしまう。
その後アルベル以外の修道院を渡り、クロードのいるペテラス修道院へとやってきた。
顔の火傷ですぐに司祭らから見放されリュカは小屋へと放り込まれた。
それでもリュカはめげず聖職者になろうと勉強を続けた。
ゴミにも等しい程ぐちゃぐちゃになった教材を手に何度も暗記していた。
そのリュカが風邪で寝込んでしまった。冬の寒い季節で、小屋の孤児たちが冬を越せないと感じた。
クロードは自分自身ではどうすることもできず、司祭に頭を下げ小屋の孤児たちを助けてもらうことにした。
クロードが望まれるまま行えば、小屋の待遇は改善されていく。
使い古しでも綺麗な衣類や毛布を与えられ、ベッドも用意してもらった。
今まで雑魚寝であったため子供たちはベッドの寝心地を喜んだ。固いベッドであっても。
クロードは祈りと讃美歌と司祭の相手を毎日行いながらリュカの看病を続けた。
2週間経つのにリュカの体調はいっこうによくならない。
そうしているうちに彼は命を落とした。
アルベルに、一緒に行こうと誘った3日後のことだった。
リュカが死んだ日にクロードは修道院を飛び出し、近くを通りがかったオズワルドに出会った。
そして彼と意気投合しアルベルへと向かう。
今まで不満になっていた状況を変えたかった。
その為にクロードは英雄になって力を持つ必要があった。
そして願いは叶い、英雄になり、大公家に認められアルベルを治めるまでに至った。
果たしてリュカが願う通りに変えられたか。
未だにこの土地は魔物の被害に悩み、北の脅威に怯えている。
雪ムカデも見逃せば、また年中冬の土地に戻ってしまうかもしれない。
まだまだ理想とは程遠い。
物思いに耽った後、クロードは自室へと戻った。足音が聞こえたのかライラはがちゃりと扉を開けた。
「起きたのか」
「はい、随分休めました」
ライラはクロードの様子を窺い、彼の腕を掴んだ。
「冷えています」
「さっきまで外で散策していたからな」
それを聞きライラは扉を開けた。
彼を部屋の中へと連れ込み、ソファに腰かけさせたと思うとショールを着せた。
「もう今は夜冷えるのに何をしているのですか。そんな薄着で」
確かにインナー一枚は肌寒いかもしれない。
ライラは鈴を鳴らし、侍女にお茶を持ってくるように頼んだ。
温かいお茶を淹れてもらいようやく彼女はクロードの隣に座った。
「私のことを大事にしていないと怒るなら自分のことも大事にしてください」
風邪をひいても知りませんよとライラはクロードの肩に寄りかかった。
じんわりとライラの体温を感じ取れる。
彼女が用意させたお茶を口に入れてクロードは思わず頬を緩ませた。
まだまだ理想とは程遠いが、彼女が傍にいる。
それだけでも今のクロードは満たされた気分になり、悪くないと思った。
◇◇◇
サマンサたちの騒動が終わった数日後、ヒルス卿は本物のカレン・ヒルスを見つけ出した。
森の中の古びた修道院で保護されていたという。
発見されたときは昏睡状態で、起きても認知機能が落ちていて会話が成立していなかった。
修道士らはきっと酷い目に遭わされたのだろうと不憫になり世話を焼いていたそうだ。
彼女は治療院へと運ばれ、治療を受けている。
クロードはしばらくヒルス卿に命じて城下都市を調査させた。
城内に北の異民族が紛れ込んでいるということはすでに都市内にもいる可能性がある。
また、冬が来る。冬の間、戦争は起きないと思いたいが、目に見えないところで国境沿いの争いは行われている。
春になればまた動きが出るかもしれない。
ライラがアルベルを訪れて2か月、夏が終わり、一瞬の秋が過ぎ去り、あっという間に冬が到来した。
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まだ続きますので、もう少しお付き合いいただければ幸いです。




