8 アルベルの女主人
城に戻った後、広場には城の騎士と4人の令嬢が待機していた。
サマンサたちは先ほどまでの威勢はどこへやら、大人しくしていた。
少しだけ顔を青くしているようにみえる。
「カール卿」
クロードの前に現れたのは体格の良い壮年の騎士であった。
クロードの頭2つ程大きい。
ウォルト・カールである。先代辺境伯の頃より仕える騎士であり、サマンサの父親である。
「辺境伯閣下、お久しぶりでございます。そしてアルベル夫人にもご挨拶を申し上げます」
丁寧な物腰である。
「思ったより早く来てくれて嬉しいぞ」
「はい、オズワルド様のおかげで砦周辺の魔物の騒動は何とか落ち着いてきました」
彼が城に戻ったのは久々のようである。
アルベル辺境伯領の中で最も魔物の被害の大きい砦を任されていた。
そして、周辺の一度北の異民族に奪われた砦の整備にも尽力している。
「それでそなたは私を責めるか? 愛娘を嘘つき呼ばわりした私を」
クロードの言葉にカール卿は膝を突いた。
「ウォルト・カール、騎士の称号の剥奪を受け入れます」
その言葉に辺りがざわめいた。
「娘のことを妻と義父に任せていたとはいえ、城に迷惑をかけた責任はこの父にあります」
罰は自分にと騎士は言った。
「認めるということか」
「礼儀作法を学ぶ客の分を越えた城での散財、治療院・修道院での相応しくない言動、そしてアルベルの女主人への無礼、すべてを認めます」
既にサマンサを問い詰めて、この騒動の原因を確認した。
「散財も日ごろの言動も問題であるが、私が最も怒っているのはどこかわかるか?」
クロードの言葉にカール卿は頷いた。
「サマンサが他の令嬢や侍女を使い奥様の悪い噂を捏造して流布したこと、侮辱したこと、今回の騒動で陥れようとした行為です。本来であれば鞭打ちも生ぬるい行為です」
カール卿の言葉を聞き、クロードはサマンサを前に出させた。
彼女は震えて動こうとしなかったが、父の喝でクロードの前へと出た。
「露の花はサマンサが考えたのか?」
「いいえ、レディ・カレンです。それは私が考えたことではありませんっ!」
他の三人の令嬢らへサマンサは視線を求めた。嘘は言っていないと。
三人はこくこくと頷いた。そういえば、カレンの姿がない。
もしかすると怪我で倒れてしまったのかもしれない。
ライラの疑問を他所に、クロードはなお尋問を続けた。
「では認めるのだな。我が妻を陥れたことを」
誰の案であったとしてもサマンサの罪は変わらない。今回の騒動がカレンの考えによるものだったとしても、共に陥れようとしていた。
「そなたは何と言ったかな。我が妻が我儘を言ってレディ・カレンを無理に連れ出した。自分は止めたのに」
なおも私は……と逃げる言動を繰り返すサマンサにクロードは冷ややかに名を呼んだ。
カールの娘と。
この時、サマンサは騎士の娘ではない。ウォルター・カールというただの男の娘でしかないのだ。
これ以上自分の行動で父だけではなく母の実家にも迷惑をかけてしまう。
「はい、言いました」
「実際はどうだ?」
「奥様がレディ・カレンに同情するように誘導し、今回の騒動を起こさせました。ですが、雪ムカデが出るとは思わなかったのです。少し勝手な行動をしたと周りに思わせるのが目的でした」
サマンサの言葉にクロードは一つ息を吐き、なおも続けた。
「そなたは確かこう言ったな。もし自分の言っていたことが本当であれば、妻を罰せよと。私がそなたの嘘が本当であればそなたの鞭打ちか、父の騎士の地位剥奪かという言葉に対して不服として言った」
「それは」
サマンサは頭を下げ、地面に額を擦り付けた。
「もっ……」
「申し訳ありませんっ!」
ライラが大声で叫んだ。サマンサよりも早く。
「レディ・サマンサは私を庇っております。はい、私が露の花を見たいと我儘を言ったのです」
ライラは胸に抱いていた白いトカゲをみせた。
「あ、あと、この子にも会いたくて。こんなに私に懐いちゃったから。これが、こんな騒動になってしまうとは思いませんでした」
ライラは必死に周りに謝罪をした。
確かにサマンサたちのことは何とかしないと考えていた。
それでも彼女たちの臣下の娘としての自覚を持たせたいとも考えていた。
これがこんな騒動になってしまうとは。自分にも甘さは確かにあった。
ライラのヒリス山へ行く行動を止めた者もいたのに聞かなかったのは事実である。
それはサマンサたちではなくリリーであったというだけで。
クロードがここまでの断罪劇をしようとは思いもしなかった。
城中の騎士・使用人たちが注目する中で令嬢たちの断罪。
これはあまりにやりすぎている。
しかも、罰が令嬢への鞭打ちか、父親の騎士の称号剥奪か。
ライラはどちらも望まないと言いたかった。
せめてサマンサたちの罪が軽くなるようにしたい。
何よりも先代とクロードを支えて来た騎士がいなくなるのはアルベルの為にはならない。
「そなたは……」
サマンサの件を片付けるためにどれだけの時間を費やしたと思っている。
クロードは心からそう言いたかった。
サマンサの父親が娘の日ごろの行為を知ればすぐにクロードの味方になるのはわかっていた。
だから、オズワルドに頼んで、カール卿が城に来られるように根回しをしていたのだ。
サマンサらをまとめて実家へ送り届ける算段を。
それを今、その一言で台無しにしたのか。
「ごめんなさい……私が罰を受けます」
ライラはクロードの方を見つめていった。
「そうか」
クロードはライラに両手を伸ばした。何をされるだろうかとライラは目をぎゅうっとつぶる。
「お、ま、え、はーっ」
クロードの言葉と共に両方の頬がつねられてライラの顔が歪む。
「あいたた、いひゃい」
ライラは涙目で泣き叫んだ。男の強い力で頬を引っ張られている。引きちぎられるのではないかという程の痛みであった。
ライラの胸元で休んでいたブランシュは「ぴゅー」と鳴いてクロードの腕にかぶりついた。
主人の今まで見たことのない怒り方、女主人の泣き叫ぶ様子、ペットが主人の腕に噛みついている。
これはどういった光景だ。
騎士たちはどんな顔をしていいのか悩んだ。
わかるのはクロードの今時点での怒り方は今までの中でそこまで怖くないものであったということだ。
サマンサたちに問われたことは城での散財、治療院・修道院での相応しくない言動、ライラへの誹謗中傷の誘導であった。
ただちに城から追い出すこと、ライラの前に現れないことを命じた。
アルベルの騎士の娘としての立場をなくすに等しい行為である。
父の騎士の称号剥奪よりもずっとましであろう。
令嬢たちにはすぐに荷物整理をさせるようにとクロードはエドワードに命じた。
「いたたぁ……」
リリーが持ってきてくれた冷たい手ぬぐいでライラは両方の頬を冷やした。容赦なくつねられたので明日も腫れているかもしれない。
「アルベル夫人」
カール卿はライラの方へと近づいた。
「何故、先ほど娘を庇うことをしたのですか?」
「いえ、別に……ただ、長年砦を守ってくれたあなたがここで騎士でなくなるのはアルベルの為にならないと思いました」
その言葉にカール卿は目を閉ざし、しばらく考えてから目を開けた。
「閣下、私は決めました。この方にお仕えします」
クロードにそういい、カール卿は剣を抜きライラの前に膝を突いた。剣を石畳の上に立て、彼は告げる。
「これより、ウォルト・カールの剣はライラ・アルベル様のものです」
カール卿の言葉に残された騎士たちはざわめいた。カール卿が忠誠の誓いを立てたのは先代辺境伯である。
今はその養子であるクロードに仕えているが、カール卿が誓いの言葉をクロードに向けたのは見たことがない。
二人の様子からまだ誓いの言葉は交わされていなかったのだ。
「どうか、夫人」
カール卿は剣をライラへと預けようとした。
騎士からの思いもしない忠誠の言葉にライラは困惑し、クロードを見つめた。
「それはお前の剣となり盾になるというのだ。無論、嫌であれば受け取らなくてもいい」
ここまできて拒絶するのはこの騎士に対してあまりに酷い行為である。
自分への忠誠がクロードの為になるというのであればとライラは立ち上がり、剣を受け取った。
「騎士である身を忘れず、アルベルの盾とならんことを望みます」
カール卿はこれよりライラの騎士になる。思わぬ味方の誕生にライラは動揺を隠せなかった。
城の使用人たちはこの一件をみてからライラのことをあしざまに言わなくなった。
それでもクロードは城の使用人たちの整理を始めた。
噂に乗せられていたとはいえ、ライラへの侮辱ともとれる言葉を発した者たちはエドワードによってチェック済みである。
クロードは問題の使用人たちを確認して入れ替えを命じた。
◇◇◇
城での一件を終わらせた後、クロードはオズワルドのいる修道院へと戻った。
すでにオズワルドの解析は一通り終わっており、報告を受ける。
修道院の聖堂に院長、修道女、見習いの少女を集めさせた。
「ここでそなたらの日ごろの怠りへ苦言を呈したい」
労いの言葉ではなく、非難の言葉に修道院の面々はざわめきだす。
「私たちは神の使徒として日々過ごしています。それなのに酷い言い方を」
院長としては許せない言葉である。
「では何故、山に魔物が出たのだろうな。オズワルド、護符に関して確認を」
「護符は無事だよ。幸いなことに」
聖堂に安置されている聖女の護符を既に確認済みだったオズワルドは言った。
護符は聖堂の一番重要な場所に安置されている。
聖女の護符は劣化することがあるが、手入れや祈りを定期的に行っていれば10年以上交換しなくても済む。
余程の強い魔物が侵入しない限りは護符による結界で守られていた。強化は修道女たちの祈りである。
「あの、雪ムカデは聖女の護符では防げない程の強敵だったのか?」
クロードは神の像の傍にいるオズワルドへ声をかける。
「いや、さっき見かけた雪ムカデ程度であれば問題なく防げた」
二人はしばらく沈黙した。
この状況に耐えられなかったのは院長の方であった。
「では、何故山に魔物が……それも雪ムカデなんて。そうだ。あの雪ムカデは護竜を食べたのでしょう。それだけ強いのであれば結界を越えて……」
クロードはため息をつき、オズワルドに目配せをした。
「先ほど倒した雪ムカデは、確かに護竜を食べていた。腹の中でまだ消化されきれていない護竜の肉塊や鱗が確認されました」
護竜を食べた雪ムカデは強く長く生きる。
夏でも構わず活動する。あと100年生きれば雪ムカデたちのボスに相応しい体格となっていただろう。
ほらと言わんばかりの修道女の声である。同時に修道女たちがざわめいた。
そんな強い雪ムカデが結界内に入ったなど恐ろしいと。
「ですが、騎士の方々のおかげで我が修道院は無事だった。感謝いたします」
それで話を終わらそうとするがクロードは引き下がらなかった。
「オズワルドは言っただろう。まだ消化されきれていなかったと。つい最近護竜を食したということになる。オズワルドの解析ではまだ1匹食べた程度の力と大きさだった」
修道女らには伝えていないが、ライラの元に護竜の雛がいた。
あの洞窟で生まれて1年も経たない護竜の親はどこにいたか。
大人の護竜もヒリス山に住んでいたと考えられる。
雪ムカデは結界に入った後、護竜の親を食べたと仮定されればどうだろうか。
本来結界で防げたはずの雪ムカデが山へ侵入したということになる。
「そんなこと、護竜が山に棲んでいたという証拠がどこにあるのですか?」
「崖の下に洞窟があった。そこに護竜が住んでいた痕跡があった」
草と木で作ったベッドは大きなもので、あの雛が作ったものではなかった。
少なくとも1年以内に作られたものだというのは触れてわかった。
「先ほどから閣下は何を言いたいのですか?」
「時々修道院の様子を探らせていた。お前たちは聖堂の見栄えはよくしているが、お茶会を楽しんだり信者が届けてくれた贅沢品を物色する時間ばかり費やしていると」
祈りの時間をサボる修道女がでてきたという。
それだけではなく、彼女たちがボランティアで出向いている治療院から苦情が出ていた。
若い騎士に甘い言葉を言い、誘惑しようとした修道女がいたと。
これであればボランティアに来ていただきたくない。
持ってくる薬草も質がよくなく、くたびれているものが多い。
修道院の院長に言っても話にならず、苦情はそのままクロードへと向かっていた。
「護符の効果を強化させるのは祈りと讃美歌……そなたらはそれを怠り、ヒリス山に雪ムカデを侵入させ、絶滅したと思われた貴重な護竜を食わせ、妻を危険にさらした」
クロードは修道院への非難をつらつらと語った。
だが、少しばかり同情はする。
まだ年若い修道女としてはここで慎ましく生きるのは苦痛であろう。
サマンサらが様々な贅沢品を持ってきて、外の魅惑的な話を聞けばここを脱出できるかもしれないという希望を持ってしまう。
祈りさえしていればたまには贅沢品に目を光らせるのも大目にみられたであろう。
いや、そもそも治療院での騎士たちへの誘惑も問題である。
せめて監督者である院長が声をかけていれば、まだ祈りはましなものになっていたかもしれない。
「院長、公都の修道院に頼み新しい院長を派遣してもらう予定だ。厳かな勤勉な修道女であるというので、新しく切り替えるのがいいだろう」
「私はこれからどうすればいいの」
「別の修道院への派遣の話がそのうち来るだろう。それまで引継ぎをしっかりとすませることだ」
クロードはちらりと修道女たちをみた。
「そなたたちも好きでそうなったというのはわかる。外の魅惑は抵抗しがたかったであろう」
だから選ばせてやろうとクロードは言った。
「心を入れ替えて修道女としてやり直すか」
もう一つの選択肢を提示する。
「還俗の為の資金を出してやる。だが、今後の生活の一切は自分で責任持て。一応ギルドに仕事の斡旋の依頼はしておこう」
修道女たちはお互いの顔を見合わせた。
還俗し、外で生きるのは憧れであるが、身一つで生きていかなければならないと言われれば不安である。
だから地位のある騎士に誘惑の声をかけていたのだ。
還俗を選んだのは3人のみ、他は修道女として1からやり直すことを選んだ。
修道院での一件も落ち着きクロードは城へと戻った。
既にサマンサたちは城から出ていったと聞かされた。
クロードはまっすぐにライラの部屋へと向かった。
医者に診てもらったあとで、入浴中であった。
ベッドの上にはブランシュがすぴすぴと眠っている。
入浴室へいくとライラは丁度湯からあがったばかりで侍女たちに髪を乾かしてもらっていた。
「お帰りなさい」
両頬に手をあてる仕草をみせる。まだ痛むのか、クロードをみて警戒してしまっているようだ。
「ああ、ただいま」
髪を乾かすのは自分がやろうとクロードは侍女たちからタオルを受け取り下がらせた。
「大丈夫です。自分でできます」
ライラは立ち上がろうとするが、クロードはライラを座らせて髪を布で吸った。
「今日はありがとうございました」
ライラはぽつりとつぶやいた。
サマンサたちは城を立ち去る前、ライラに謝罪を伝えてから去っていった。
「あの、レディ・カレンの姿が見当たりませんが、怪我でも負われたのですか?」
「ああ、体調を崩してあの場にはいられなかったようだ」
サマンサたちよりも先に城から出たと聞かされた。
「そうですか。御気の毒に」
ライラの呟きにクロードは突然髪全体に布を被せてわしゃわしゃとかいた。
「わ、わ、髪がぐしゃぐしゃになります」
「私はそなたに怒っているのだよ」
まだ罰が足りないのかとライラは悲鳴を上げた。
「リリーから聞いたところ、雪ムカデの囮になったそうだな」
「はい、レディ・カレン、リリーを助けるために」
クロードは言いかけた言葉をのどに押しとどめた。
あの三人の中で最も大事なのは、優先させ身の安全を確保すべきはライラである。
そう言おうとするが、ライラは不服としクロードの言葉に耳を貸さなくなるかもしれない。
「無理なことをするな。自分を大事にしろ」
クロードはただそれだけを口にして、後ろからライラを抱きしめた。
その日、とても疲れたようでライラはすぐに眠りについた。
ベッドでブランシュと共に眠るライラの寝顔をみてクロードは彼女の髪を撫で、すくいあげる。
髪に口づけをして、クロードは静かにライラの部屋を出た。




