7 クロードの過去
まずはクロードの出自から語っておこう。そう彼は言った。
「私の母は苗字を持たない下女であった。それは美しい女で父は母を愛した。しかし、母は私を生んでまもなく命を落とした。同時期に妊娠していた先代公妃も不幸なことに、流産してしまった」
不吉の子であり、大公家にわざわいをもたらす。
「先代公妃は私を憎み、先代大公に城から追い出すように説得した。私は名前も与えられないままぺテラス修道院へと送られた。母の形見の父から贈られた青いガラス細工のピアスだけが私の唯一の所持品であった」
ライラはクロードの耳をみた。クロードの耳には何もつけられていなかった。
髪で隠れていたが、クロードの右耳にきらりと光る青いガラスのピアスがみられた。
その視線にクロードは笑い、話を続ける。
「ぺテラス修道院は公国の中で3番目に古い歴史を持つ修道院で、多くの司祭・修道士を育ててきた。身寄りのない孤児も積極的に受け入れ、養育している」
貴族の子、裕福な商人の家の子、後から知らされたが戦や災害で親を失った子がいた。
クロードはそこで名を与えられ、育てられた。
「私は貴族の子として預けられたらしい。さすがに大公の子というのは隠されたため、司祭の者らは私の出自を知らない」
15歳の時オズワルドに会うまでクロードも自身の出自を知らなかった。
「私はそこで宗教学を勉強と、祈りと讃美歌を日課とした。祈りと讃美歌は修道士になる前の少年たちの一番大事な仕事だった」
祈りと讃美歌は神に捧げるものである。
これにより神は祈りを聞き届け、守ってくれる。
このヒリス山の修道院と同じ仕組みである。
修道院に安置された護符が祈りと讃美歌により効果を持ち、魔物を入れない結界を作り出してくれた。
少年たちの無垢な歌声は何より修道院を守ってくれる大事なものであった。
「だから完璧に覚えなければならなかった。物覚えが悪いと手や足、背中に鞭を打たれる。一字一句間違えず言えるようになるまでひたすら鞭を背中に受ける1日を過ごしていた」
鞭の痕は未だに背中に残っているという。
今は多くの魔物退治や戦で傷が増えて目立たなくなった。
体罰の話を聞きライラは眉をひそめた。
貴族の家でも勉強と礼儀作法ができなければ体罰を与えられた。
ライラの場合は父母の方針で体罰を与えるような環境ではなかった。
それでもそういった家があるというのは聞かされていた。
「だが、それを耐え抜けばうまい食事を与えられる。完璧にこなせれば菓子を与えられる。修道士らと同じ質のベッドで眠り、冬は暖かい毛布と暖炉のおかげで凍えずにすんだ。私はまだ恵まれている方だった」
体罰は何ということはないとクロードは言った。
それ以上に耐えられないことが12歳の時に起きた。
「一部の子は12歳になった時、司祭の寝室で過ごすことになっている。きっと特別な教育を受けているのだろうと思っていたが違った」
クロードは大きく息を吐いた。
僅かに手が震えている。
雰囲気から、あの食事の時のことを思い出してしまう。
「司祭の夜の相手をさせられていたのだ」
その言葉を聞きライラは息をするのを忘れそうになった。
神に仕え、人を導くべき司祭が子供に手を出すとは思わなかった。
「讃美歌の時間は司祭たちによる値踏みの時間でもあった。この日は誰を部屋に招こうかと見目の良い少年を物色していた」
急に不安になる。クロードが何故あれほど讃美歌を拒否していたのか。
「そして、私も……12歳になった時」
「クロード様」
呼吸が乱れ始めたクロードをみてライラは彼の手を握った。
もうそれ以上は無理に語らなくても良い。
「あなたがどうして讃美歌を拒絶していたかわかりました」
「不快な話だっただろう」
クロードの言葉にライラは首を横に振った。
こういう時何と声をかければいいかわからない。
辛かっただろうと言うのは簡単である。
「話してくれてありがとうございました」
もうクロードに讃美歌をねだることはしない。
「礼を言うのは私の方だ。少しだけ楽になれた」
クロードはライラの肩を抱き、強く引き寄せた。
強く胸に抱きこむと、ライラの胸元から奇妙な声が出た。
「ぴゅー!」
何の声だと確認するとライラの膝にずっといたのか、翼の生えた白いトカゲが飛び出して来た。
ぷんぷんと怒り、クロードの腹を蹴飛ばしていた。
「あ、すみません」
ライラは謝りながら、ブランシュを押さえつけた。
「なんだ、その……魔物は」
明らかに動物ではない。怪しい魔物の類だろう。
「この子は……私の恩人です。えーと洞窟へ案内してくれて、おかげで朝まで凍えずにすんだのです」
ライラは慌ててブランシュの説明をした。
すっかり忘れていたとライラはブランシュの頭を撫でてごめんねと囁いた。
随分とライラに懐いている。というより夫を差し置いて妻と距離を近くしている生き物にクロードは面白くないと感じた。
「そうか。ここに棲んでいる生き物なのだな。私も礼を言おう」
クロードが白いトカゲを撫でようとすると尻尾でぺちんと払われた。
ライラに触れるなと牽制し、ライラが声をかけると猫のように甘えてすり寄っている。
これは良くない。
クロードは実感した。
この生き物が魔物かどうかは置いておく。
これ以上一緒にいてはいけないとクロードはライラを立ち上がらせた。
「いつまでも住処に厄介するのは悪いだろう。すぐに戻ろう。今戻ろう」
せっつく形でクロードはライラを洞窟から連れ出した。もちろん例の生き物は置き去りにさせている。
「さようなら、ブランシュ」
ライラは手を振りブランシュに別れを告げた。
ぴゅーっと慌てたような鳴き声が聞こえてくる。
クロードが降り立ったあたりまでたどり着く。ロープの端を掴み、ライラの胸と腰に巻き付けた。
「丈夫なロープだ。上へ引っ張られる間はこうしっかりと持つんだ。合図を送るから少し待っていろ」
クロードは剣を抜き、すぅっと息を吸う。
呼吸を何度か整えて、頭上へと剣を向けた。
剣から白と青の光が発せられ、上の方へと飛んでいく。
色々あって忘れていたが、クロードは魔剣使いだった。
魔力の込められた剣を使ったり、自身の魔力を使い通常の剣を倍の威力へと底上げすることができる。
先ほどのような剣気を放つこともできる。
魔術に近いが、魔術とは異なる技術であり、一部の騎士のみしか使えない。
魔剣使いは大事な人材となり、出自を問われず騎士の称号を与えられていた。
帝国ではライラの従兄がその使い手であった。
「ひゃ……」
上から引っ張られライラは縄にしがみついた。ずざざと引き上げられる。
「ぴゅー……」
下の方からブランシュの鳴き声が聞こえた。クロードが何か騒いでいて、ぱたぱたと下から追い付いてきた白い生き物をみてライラは驚いた。
ここまで飛べるとば思わなかった。
ライラはブランシュとともに地上へと戻っていく。
騎士に支えられるようにライラは久々の地上へと戻った。
引き上げられる時結構怖かったので、足ががくがくと震えている。
「クロが戻るまでの間に休んでおいていいよ」
「オズワルド、様」
ライラは慌てて名前を呼び直した。
仮にもアルベルの賢者である。呼び捨てはまずかろう。
オズワルドはくつくつと笑い、昔のように呼んでよいと言ってくれた。
「君と僕の仲だし構わないさ。それに君はアルベルの女主人だ。臣下の僕を呼び捨てにしても全く問題ない」
気軽にしていいと言われ、ライラは木陰で休ませてもらった。
ブランシュがライラの胸元に収まり一息つく。
「おや、これは……」
ブランシュをみてオズワルドは目を丸くした。
「あ、この子は私の恩人なのです。魔物だからといって退治しないでください」
先ほどの洞窟で平和に過ごしてもらいたい。説得して戻ってもらわないと。
「いやいや、退治なんてしないよ」
オズワルドは嬉しそうに笑った。魔物でも退治しなくても良い存在があるという。もしかするとブランシュはその系統かもしれない。
遅れた形で崖から這い上がったクロードがちらりとライラの方を見遣る。
ライラの膝を牛耳る白い獣に複雑な表情を浮かべた。
わざわざおいて行こうとしたのに何故ついてきた。
そう言いたげであった。
「閣下」
オズワルドは恭しくクロードに拝礼した。普段の親し気なクロ呼びではない。
この時の彼は臣下であると強調し、クロードにアルベルの主人として自覚を持たせる意図があった。
他の騎士たちもそれに倣う。
「雪ムカデはどうなった」
「退治は終わったし、解体途中だよ」
騎士の報告にクロードはこくりと頷いた。
「オズ、ワルド。しばらくここで協力を願いたい」
クロードの要請に勿論であるとオズワルドは頷いた。
「それよりも閣下、おめでとうございます」
オズワルドの突然の祝いの言葉にクロードは首を傾げた。
おめでとうというのはどういう意味か。
ライラを無事見つけ出したことか、それとも前日の夫婦のわだかまりが解消されたことを言っているのか。
「護竜の雛を保護できた。これはアルベルにとっての吉兆であり、閣下のこれからの繁栄を意味します」
護竜という単語に騎士たちは動揺した。
護竜は公国の大事な神獣である。
一体どこにいるのだと辺りを見渡すが、絵画でみたような美しい白い竜の姿は見当たらない。
オズワルドは、すっとライラの方へと示した。
「まさか」
クロードは眉間にしわを寄せた。ようやく立ち上がれたライラの腕には翼をもつ白トカゲが自分の定位置だと言わんばかりにふんぞり返っていた。
「嘘だろう。あのトカゲが」
「あれはまぎれもなく護竜です。微弱ながら彼の気は清浄なものです」
自分が間違えるはずもないとオズワルドは断言した。この土地の出身ではないオズワルドであるが、アルベルの賢者と言われるだけの知恵を持つ。
彼がこんなことででたらめを言うはずもない。
クロードは判断に困り、ひとまずブランシュの件は口留めさせた。
クロード自身疑っているというのに、騒ぎになっては困る。
ひとまず護竜の雛(仮)はライラに懐いているようだし、ライラに任せるほかなかった。
オズワルドもしばらくは護竜の確認の為城に滞在する予定となった。
雪ムカデの件は捕縛継続してもらい後でオズワルドとともに確認するが、今はまず別の件を収める必要があった。
ライラはリリーのいる部屋で休ませてた。
「リリー、無事だったのね。良かった」
ライラの言葉にリリーはあきれ果てた。
「それはこちらの台詞です。ああ、酷いお姿に」
泊りがけで来ていたということが幸いし、着替えは用意されていた。
リリーはお湯と布でライラの体を綺麗にしていく。同時に彼女の体の状態を確認していった。
幸い大きなけがはしていないが、脇腹と右肘と左太ももに打ち身の痕があった。
「帰ったらすぐにお医者さまです。そしてお風呂です」
リリーはぷんぷんと怒りながらライラの応急処置を済ませ、別のドレスへと着替えさせた。
ライラの身支度が終わるまでクロードたちは修道院の聖堂で待機していた。
オズワルドが聖壇の前に立ち辺りを見渡しているのをクロードは長椅子に腰かけ様子を窺っていた。
女院長はうやうやしくクロードとオズワルドに挨拶をした。30歳後半の女性であった。
「閣下がお越しになられるとは思わず……どうぞゆっくりしてください」
「一度、妻を城へと連れ帰った後戻ってくる」
話があると言われ女院長は内心喜んだ。
辺境伯夫人の面倒をみて、雪ムカデの事件も早急に報告するためカレンを介助する修道女を送った。
早い対応であり、労いと感謝の言葉が与えられるだろう。
寄付金ももっと弾んでもらえるかもしれない。
「奥様の準備が整いました」
リリーが報告に来てクロードはこくりと頷いた。
「ああ、オズ。後で戻るからここで待っておいてくれ」
「わかったよ。雪ムカデの解体もあるし、僕はゆっくりと調べておくよ」
オズワルドはにこにこと笑いクロードを見送った。
「お城へ戻ったカレン様、大丈夫かしら。とっても怖がっていたし」
「それもアルベル夫人が我儘を言ったから。露の花を見たいとか」
「本当に巻き込まれて可哀そうね」
通りがかる修道女たちの声はカレンへの心配はあったが、ライラへの心配は感じられなかった。
むしろ勝手な我儘を非難しているようであった。
その声を耳にしながらリリーは口をむぅっと強く結んだ。
「リリー、お前も怪我は大丈夫だったか」
「はい。ちょっと頭を打っただけで他は問題ありません」
めまいもあったが今は落ち着いたとリリーは自身のことを説明した。
先ほどの大事の為にリリーを責めるような口調になったことを詫びた。
リリーは複雑そうに顔を俯いた。
「私の失態です。奥様の無事を優先して、無理に修道院へ連れていくべきでした」
カレンを見捨てるという行為も考えた。だが、ライラであればそれを嫌がり動こうとしなかっただろう。
「その件は後日聞こう。それより城で少し厄介な話をすることになる」
修道女の言葉と同じく、城でもライラの我儘で起きた騒動だと思われているようだ。
「それはありません。レディ・カレンが奥様に頭を下げて一緒に露の花を探して欲しいと懇願して……奥様は彼女の願いを聞いてあげただけです。突然の話だから、奥様は自分の身分を使い強引に馬車と修道院の宿の依頼をしたことになっていますが……それはレディ・カレンの為で」
「そうだな。なので、お前はライラの証人になってほしい」
クロードはそう言い残し、既に馬車に乗っていたライラの元へ近づいた。彼女の膝には例のブランシュがのっかっている。
すやすやと寝息を立てているようだった。
「寝床は用意しておかねばな……」
「お願いします」
「ライラ、城に戻ったらもう少し休むのは待っておいて欲しい」
「わかりました。このような騒動になったのでしょうがないです」
自分にも責任はあるとライラは頷いた。




