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【完結】ライラ~婚約破棄された令嬢は辺境へ嫁ぐ  作者: ariya


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5 今すべきこと

 昨日まで普通に接することができたのに、今はクロードに顔を合わせるのがつらかった。


 まだ彼はあの時のように荒れた目をしているのではないか。

 

 また大声で怒鳴られたらどうしようと考えてしまう。

 讃美歌が彼にとって触れてほしくなかった話題だったのだ。

 それさえ口にしなければ大丈夫。

 そう思ってもライラは起き上がる気力が起きなかった。


「奥様、大丈夫ですか?」


 リリーが心配そうにライラの表情を見つめる。

 昨日は悲しくて眠れなかったようでライラの表情がむくんでいた。

 頬に触れると熱っぽく感じられる。


「最近忙しかったですものね。お食事は持ってきます。食べられそうですか」

「少し胸焼けがするわ」


 扉を閉める途中にベッドの方からぐずっと鼻声が聞こえてきてリリーは眉をしかめた。

 今までライラが求めるままに伝えていたことをリリーは伝えなかった。


 城中にまわっている噂について。

 ライラはクロードに我儘を言ってついに呆れられてしまった。

 クロードは怒って彼女に挨拶せず魔物討伐へと出かけてしまった。


 クロードが急に騎士団を連れて遠方へ出かけてしまったので噂の信憑性が高いと言われている。

 しかも、クロードがいなくなったからあちこちで噂が流れていた。


 リリーはふんと噂を後目に厨房へと急いだ。


 ライラが少しでも過ごしやすいようにするのがリリーの仕事である。

 ライラが遠慮して言わないのであればリリーがあえて口にしよう。

 料理人にもう少し辛さを控えてもらうようにと。


 毎日ではなくても週に2日はライラの馴染みのある味にするようにと注文した。


 始めは料理長も気分を悪くしていた。

 初日は確かに辛くしすぎたと自覚しているが、今は随分と彼女に気を遣っているつもりであった。


 それなのに不満を募らせるなどと。

 それであれば、アルベルなどに来なかったらいいのにと呟きリリーの神経を逆撫でした。


「そうですか、そうですか!! では、結構です。厨房の一部をリリーにお貸しください! これからは奥様の料理はリリーが作ります!!」


 今まで大人しかったリリーの怒りように料理長はたじろいだ。

 自分の娘と同じ年ごろだというのに何という剣幕であろう。


 騒ぎを聞きつけたエドワードは事情を把握した。


「試しに奥様が普段食される食事を作ってみてください」


 エドワードの頼みにリリーは料理を始めた。

 道中ライラの不便がないようにとリリーは公都にいる間、別館の料理人と共に帝都風を勉強していたのである。

 料理長に比べると少しゆっくりとしているが、お肉のだしをしっかりと効かせて薄味にしたてたスープを披露した。


 エドワードがそれを一口食べると「確かに」と頷く。

 料理長に食べるように促したら彼は首を傾げた。


 彼からするとほとんど味がせず物足りないと感じた。


「幼少時からこの味に慣れ親しんでいた方です。突然辛いものを食べれば胃の不調を起こすことでしょう」


 胃腸がやられてしまえば人は弱りやすくなる。

 その上でライラが勉強を頑張り、エドワードから仕事を引き継いで、ついに体を壊してしまったのだ。


「慣れない環境の中、奥様はよく頑張っておられます」

「だけど」

「いくらアルベルにはアルベルの作法があるといっても、アルベル以外出身の女主人に対して厳しいのはどうでしょうか。それで先代夫人がジーヴル城から出て行ってしまったのを忘れましたか」


 アリサ夫人も決して未熟な貴婦人ではなかった。

 公都の貴族としての教育をしっかりと受けていた。城の管理などの仕事も全く問題なかった。


 だが、北の環境が彼女には合わなかった。

 そして運悪く彼女は不妊に悩まされた。


 城中から不妊の責任で指をさされ続け、頼れる者は限られる。

 ついに体調を崩し療養の為に公都へと戻りそのまま緑の館に過ごしていた。


 エドワードはアリサ夫人を支えられなかったことを今でも悔いていた。

 その夫人から久々に届けられた手紙を受け取った時はどんなに胸が熱くなったことだろう。

 彼女の手紙にはライラのことをくれぐれも頼むと手紙に記してあった。


「あなたには少し勉強が必要なようです」


 エドワードは手紙を差し出した。

 その内容をみて料理長は顔をしかめた。


「公都別館の料理人とあなたを交換しましょう」

「しかし、公都別館の料理人は」

「あなたも知っているでしょう。彼もアルベルの出身です。アルベルの料理も公都の料理も帝都の料理も熟知しております」


 元はジーヴル城の料理人であった。

 他の地方の料理にも興味を示していた為、クロードに頼み彼を公都別館の料理人に配属したのである。

 城の厨房の事情については知っているから問題ないだろう。

 少なくともアルベルの料理しかこだわらない料理長よりは適任であろう。


「あなたは慣れない土地での苦労を覚えましょう。不満と仰るのであれば、構いません。公都別館には新しい料理人を配置すればいいだけです」


 新しい料理長として公都別館の料理人を据えようという考えは変わらない。

 料理長はそのまま退職すればいいだけである。


「あなたは料理人として素晴らしいのでしょう。ですが、主人を気遣えない料理人は城には不用です」


 厳しいエドワードの言葉に料理長は渋々と頷いた。同時にこれはエドワード自身への言葉でもあった。

 これで少しはライラの食が改善されることだろう。

 思わぬエドワードからの助けにリリーは心から感謝した。


 厨房での一件の後、リリーは先ほど作った消化によいスープをライラに届けた。

 さっぱりとした野菜スープにライラは一口食べてほぅとした。

 公都で食べた久々の薄味で、思わず涙がこぼれてしまう。


「ダメね。久々にこんなにおいしいと感じるなんて……アルベルに慣れないと」

「無理をしすぎたのですよ。奥様はアルベルの生活に慣れようと十分頑張っておられます」

 

 傍近くでみたリリーだから言えることである。

 この数週間ライラは家庭教師を新たにつけてアルベルのことを必死に学んだ。

 辛すぎる料理にも慣れようとして、残さずに食べようとしている。

 はじめの日に食べたものよりは辛さは抑えられているが、それでもライラの口には合わなかった。


「これからは遠慮しないでリリーに言ってください。リリーは奥様の味方です。エドワード様も奥様のことを案じております」


 城の中、アルベルは帝国人のライラに対して厳しい視線を向けている。

 それでも、彼女の味方であろうとする者はいるのである。


 ライラはリリーの言葉で少しだけ表情をやわらげた。

 食事をしっかりと摂って体調を整えてもう一度クロードと話をしよう。

 そう思えるようになった。


   ◆◆◆


 ジーヴル城から馬で3日かかる場所に、クロードは討伐にでかけた。

 まっすぐ行けば2日で可能であるが、途中別の魔物が現れたのでそちらに時間を費やしていた。


 ようやく目的地に着きクロードは当初の標的を見つけた。

 この森にはオーグルという人型の魔物が出たという報告がある。

 別名人食い巨人、という名にふさわしく人の倍以上の体格である。知恵もあり、人を追い詰めて殺す厄介な魔物であった。


 普段のクロードであれば部下に指示を出しながらオーグルとの知恵比べを行い、罠にかけて倒す手法をとっていた。

 今回は特別指示を出さずにオーグルの前に飛び出した。


 武装した騎士が何も考えずに飛び出して来たと思わずオーグルは警戒した。

 不意打ちで何か罠へ追い詰めようと言う作戦かと思ったが、そうではなかった。


 クロードは力業でオーグルを押さえつけて、剣で彼の急所をひと突きした。

 苦しむオーグルの太い腕がクロードの体を掴もうと動くと、クロードは剣を抜き腕を斬り落とした。


 そして再び急所を突き、オーグルは絶命する。

 追いかけた騎士たちはクロードの指示で魔物解体を始めた。


 息を切らしクロードは大きな木に背中を預けて座り込む。

 血がべったりとついた剣を振り払い、布で綺麗に拭きとった。


 ちらりと刃に移る自分の目をみた。険しい表情を浮かべている。

 クロードは剣を鞘に納めて、「はぁ」とため息をついた。


 まだ表情の戻らない自分に落胆した。


 魔物を討伐して、熱を覚ませば少しは落ち着くと思っていたのであるが。


 これではまだライラに顔を合わせられないな。


 先日のライラの声から随分と怯えさせてしまった。

 讃美歌をねだられた時、どうしてもクロードはどうしようもない感情に支配されてしまう。

 嫌でも思い出してしまう過去で、周りに当たり散らしてしまうのである。


 これで折角騎士になれたというのに、すべてを台無しにしてしまう事件を起こしてしまった。

 オズワルドがいなければきっと一からやり直しであったであろう。


「やぁ、随分と大物を捕えたようだね」

「オズ」


 軽快な挨拶にクロードはすぐに反応した。この近くの砦を通りかかりクロードがいるのを聞いてやってきたのであろう。


「クロ。新婚生活だというのに、ジーヴル城から離れて良いのかい?」

「近くの騎士たちでは手を焼くと思ってきたんだ」

「大丈夫だよ。今の騎士団であれば問題なく倒せる」


 クロードの表情を確認してオズワルドはうーんと頬をかいた。


「何かあったのかな」


 声をかけるとクロードは困ったように俯いた。オズワルドから視線を逸らし、小声で呟く。


「ライラに讃美歌をねだられた」


 その言葉にオズワルドは、まさかと嫌な表情を浮かべた。


「彼女に暴力を振るったとか」

「それはない。……何とか抑えた」

「当たり前だ」


 それくらいはしてもらわなければ困る。

 オズワルドは断言した。


「ただ、大声で怒鳴ってしまった」


 困ったことだとオズワルドは頭を抱えた。

 きっとクロードは今までの事例の通り恐ろしい表情をライラに見せたことであろう。

 怖かっただろう。


「クロ、君はここで何をしているのかな」

「少し頭を冷やそうと思った。けど、まだまだ足りないようだ」


 次の魔物被害の報告場所を確認する。ここから最寄りの道を通れば1日で行ける。

 オズワルドはクロードから報告書を奪った。


「オズ」

「クロ、君がすることは違うだろう。魔物討伐は騎士団に任せて、君はライラに会うべきだ」


「こんな顔で会えるか」


 ぱん。


 オズワルドは両手でクロードの両頬を挟み込んだ。勢いよく小気味のよい音が響く。

 騎士たちはちらちらとクロードの様子を窺った。

 先日からの恐ろしい表情を見ていた為、ここはオズワルドに任せるのが一番であると魔物の解体を続ける。


「僕は君の過去を知っているけど、それはライラには関係ないことだ。君はライラを怒鳴った。なら、ライラに謝るべきだろう」

 

 オズワルドはじぃっとクロードを睨みつけた。今のクロードにこれだけ目を合わせられる男は彼くらいである。


「どうせ意気地のない君のことだ。ライラに謝っていないのだろう」


 もしそれができないのであれば、とオズワルドは続けた。


「あの子を連れて帰る」


 公都へか、帝都へか。


「イセナがいいかな」


 今のところイセナが一番ライラにとって環境が良い場所だろう。

 アルベルよりも、公都よりも、帝都よりもずっとだ。


 ブラック=バルト伯爵家に顔を出しづらいが、彼らはライラを可愛がっている。

 ライラの境遇を何とも思わないことだろう。


 イセナであればクロードは簡単にライラに会えなくなってしまう。

 辺境伯の仕事もあり、遠く離れたイセナまで行くことはできない。

 帝都までであれば兄が許せば行けるだろうが、イセナまでは無理だろう。

 花嫁の為といっても許されない。


「それは、ダメだ」


 クロードは強く否定した。


「それなら、君が行く場所はどこかわかるよね?」


 道案内は必要ないだろう。

 そこまで言われてクロードはようやく表情を戻した。

 いつまでも過去のことに囚われていてはいけない。


「オズ、そなたは私のことをよくわかるな」

「そりゃあ、君を育てたのは僕だと言っても過言ではない」


 オズワルドはくすりと笑った。


 クロードは騎士団に近くの魔物退治を命じた。自分は単身ジーヴル城へ帰ることを告げた。

 普段通りの主人の表情に騎士団は安堵した。やはりオズワルドに任せて正解であった。

 報告書で一番に勧めた場所はオズワルドがいる砦付近で正解であった。


「僕もゆっくりとジーヴル城へ向かう予定だよ。ライラに手土産もあるし」


 オズワルドは手をひらひらとさせて馬で走り去るクロードを見送った。

 

「しっかし、僕なしでは嫁の扱いもままならないなんて前途多難だな」


 クロードが幾分ましになったとはいえ、オズワルドはまだまだ子離れできないなと苦笑いした。


 クロードは休まずにジーヴル城へと向かった。


 早くライラに会いたかった。

 会って、先日のことを謝ろう。

 そして、自分のことを話さなければならないと思った。


 しかし、城に戻るとあわただしい様子にクロードは首を傾げた。

 そういえば、途中城から伝令兵士が通り過ぎていたな。

 後ろを振り返るとクロードを追いかけて城へと戻ってきていた。

 急ぎクロードに報告したかったのだと今更気づいた。


 あたりをみるとまだ夜明け前のことである。

 本来であればまだ城の中は静かであるはずだ。


 何かよくないことが起きたのか。

 

 残された騎士たちが編成して今から出ようとしていたところであった。

 何事かと聞くと騎士の一人が報告する。

 

「昨夜、奥様が令嬢を連れてヒリス山へと入りました」


 そこは先日ライラが入った修道院のある野山である。


「そこで雪ムカデが現れ、襲われたそうです。そして、そのまま奥様が行方不明になりました」


 一緒に行った令嬢カレンが修道院で保護されているという。

 

「何故、妻が夜のヒリス山に入ったんだ」


 いくら魔物の報告が少ない場所といっても夜中に野山へ行くのは危険である。


「私たちは止めたのです」


 悲痛な声でサマンサが前へ出た。


「露の花の話をすると奥様が興味を持たれて、摘みに行きたいから案内しろと我儘を言ったのです」


 露の花は、アルベルの山に咲く貴重な野花であった。

 季節は夏、咲く時間帯は丸い満月の出ている夜であり、ひきつけの薬にもなる。

 可憐な白い花で、見る者を惹きつける。

 令嬢の中にはそれを求愛の証に求める者もいた。


「私たちは危険だと止めました。でも、命令だと言ってきかず、仕方なくカレンが案内でついて行ったのですわ」


 こんなことになるなどとサマンサはおいおいと泣いた。


「かわいそうなカレン。怖い目に遭って、今は部屋で震えているわ」


 周りの騎士の中に「何と迷惑なことだ」と声に出さなくても表情に表す者もいた。

 サマンサの言うことを信じていればそう思うだろう。

 クロードはじっとサマンサたちの様子を眺めた。


「少なくとも、ライラは騎士の供を連れずに野山へ勝手に出かける女ではないはずだが」


 危険だと言われれば、勝手な行動は慎む。どうしてもというのであれば、一人くらい護衛の騎士を連れていくはずだ。


「そんな、本当です。奥様は私たちにいつも我儘を言ってっ……」

「真偽はライラを見つけた後にしよう」


 ようやく城にたどり着いた後であるが、騎士に別の馬を寄越すように命じた。一人の騎士が手綱をクロードに譲った。


「令嬢たち。もし、嘘だったらどうする?」


 突然の言葉にサマンサたちは嘘を言っていないと叫んだ。


「なら、いいだろう。嘘であれば、鞭打ちに城から追放だ」


 馬上から言うクロードの表情は酷く冷えたものであった。


「もしくはお前たちの父兄弟に責任を負わせるか。例えば騎士の称号剥奪」

「それはあまりにも酷いですわ」

「我が妻を蔑ろにしたのであれば当然の罰だろう!」


 どうみてもクロードが信じているのはサマンサたちではない。


 先日のライラとの夜の会話でたいそうお怒りではなかったか。


 あの讃美歌の話を聞けば、どんな気に入っていた相手でもクロードは容赦なく追い出していたではないか。


 様子を窺った騎士の中にはどういうことだとざわめいていた。

 英雄も一人の女性でここまで気が狂うのかと落胆の表情を示す者もいた。


「それなら、もし私たちの言っていることが本当であれば、奥様に罰をお与えくださいませ」


 私たちが納得する形で。


「いいだろう」


 クロードはそれだけ言いヒリス山へと馬を走らせた。

 騎士たちもそれに続く。

 サマンサはぎゅっと唇を噛んでその後姿を見つめた。


 大丈夫だ。証人は準備してあるので、ライラが何と言おうと信じてもらえない。

 クロードが信じようと、城内の者たち、騎士たちからは。


 今度こそあの女はおしまいである。

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主にアルファポリスの方で連載しております。もし宜しければリンク先へお越しください。 一部設定を変更しておりますが、流れはほぼ同じです。
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