3 令嬢たちへの課題
ジーヴルは北の防衛の為に築かれた要塞都市であり、その都市を見渡す形で城が築かれていた。
アルベルの領主であり北の防衛の責任者である辺境伯の居城、アルベル領地の管理の拠点であった。
元々この領地には城は存在していなかった。
リド=ベル内で最も魔物の被害が多く、閑散としていた。それでも、人が住めるようにしようと魔物退治の為の人員を割き、開拓が進められていた。年中冬に閉ざされ頓挫してしまった。
帝国支配中、帝国人からは作物も満足に実らないこの領地は重要視されていなかった。
魔物退治の為に割かれている兵士が反乱分子だったのではないかと警戒されていたが、ここに要塞を築く必要性が出てきた。
北の異民族らの侵攻である。
帝国は北の異民族を能のない野蛮民族と捉えていたが、彼らの兵力は想像を超えていた。
冬に閉ざされ、魔物に荒らされているアルベルの領地へと侵入してきていた。
当時のリド=ベル大公はアルベル要塞化の必要性を解き、ようやく北の異民族の脅威を理解した帝国は要塞建設の許可を出した。
はじめの責任者はリド=ベル大公であった。3年かけてようやく異民族を追いやることに成功する。
そしてその時の一番の功労者であった騎士アランに全権を委ねた。この時に大公が持っていたアルベル辺境伯の地位を彼に渡した。
前辺境伯の祖先にあたるアランはこれを名誉ととり、かつての姓を捨てアルベル姓を名乗ることになった。
エドワードからジーヴルの歴史のおさらいを聞きながら、ライラは城内の案内を受けていた。
まずは生活圏内のことから優先された。
次にアルベル領地経営の為の執務室へと案内された。大量の書類の山がみえて、その中でクロードは書類を処理していた。
傍には補佐官の男が待機しており、ライラの来訪に歓迎した。
「私は、クリス・ブライアン。閣下の補佐官を務めております」
エドワードが言うには執務のほとんどを彼が代行しているという。
彼がいなくなったらアルベル辺境伯領の経営がたいへんなことになりそうである。
「ライラ・アルベルといいます。アルベルの頭脳に出会えるのを嬉しく思います」
「おや、閣下の頭脳はオズワルド殿ですよ」
謙遜しているのか、彼は否定してきた。
「オズワルド殿もクロード様の頭脳でしょう。数々の戦いを支えてきたのですから。でも、夫が戦や討伐に出られるのはあなたの支えがあるからです」
ライラは丁寧に礼をし感謝を述べた。
ジーヴルがにぎわい活発になったのも彼の手腕のおかげであろう。
「クロード様、お昼はご一緒にしても良いですか?」
「ああ、それまでにきりのいいとこまで片付けておく」
クロードはにこりと笑い頷いた。少し疲れている様子である。
事務仕事よりも、外に出て動き回る方が性に合っているというのが目に見えて明らかであった。
執務室を出たら、次に城塞騎士の訓練所へと案内される。
彼らはライラが来るまで待機していたようで、ライラが訪れると一斉に拝礼をした。
「ライラ・アルベルです。皆様、アルベルの為に尽力していただき感謝しております。どうかこれからもよろしくお願いします」
騎士団長の挨拶を受け取り、ライラはしばらく会話を交わしてその場を後にした。
ライラが立ち去ると騎士たちはわいわいと話し始めた。
「あの方が閣下の奥様か」
「帝国貴族というから大丈夫かと思ったけど、強面団長と普通に会話できていたし」
「いや、まだ安心できないぞ。先代夫人みたいにしばらくしてこんなとこいられないと去られるかもしれない」
「俺は別の意味で不安だよ。何といっても氷姫……」
こほんと強面団長が咳払いする。騎士たちは慌てて持ち場へと戻った。
騎士たちの訓練場を後にした後もエドワードはライラを案内した。
途中で昼食をはさむ。クロードとはどこまで案内してもらえたかを話した。
食堂には例の令嬢たちはいない。都市内の修道院へ手伝いに回っているそうだ。
「ではまだ温室は回っていないようだな。美しい花が植えられている。きっとそなたを楽しませることだろう」
クロードの言う通り温室は美しい様子であった。色とりどりの花が植えられており、見ていて楽しい。
丁度庭師の作業しているところに出会いライラは挨拶をした。
庭師は恭しく頭を下げて、少し気になったように口を開きかけた。何か聞きたいのだろうかとライラは尋ねる。
「いえ、先代の奥様に会われましたか? お元気でしたか?」
「はい、元気でした」
短い会話の中でライラは気づいた。この温室はアリサ夫人の為に手入れを続けられていたものであった。
アリサ夫人は城内での生活のほとんどをこの温室で過ごしていた。
城では肩身の狭い思いをしていたが彼女を支えたいと思う者がいたとわかると、ライラは安心した。
「これからも頑張ってください」
優しく声をかけると庭師はもちろんと喜んでくれた。
「お茶を楽しむ為のスペースもあります」
エドワードにお茶の準備をしてもらいライラはしばらく温室内に設置されているテーブルと椅子で休憩をとった。
「美味しいわ。焼き菓子もお茶によく合う」
昨日のバウンドケーキを思い出し、エドワードに改めてお礼を言った。城内の案内を始める前に食事の不手際に関して謝罪を受けた。
例の嘘の情報を料理人に流した侍女については探している最中であると聞いた。
ライラはついでに思い出したように昨日見せてもらった帳簿について意見を述べた。
「アリサ夫人の頃より出費が多すぎるのではなくて?」
素直な感想であった。
令嬢に必要な礼儀作法の授業の教材、令嬢のデビュタントに必要な経費などはわかる。
予算より少し多くなるどころか、三倍に膨らんでいるのが気になった。
教師についても特に月々の給料は変わっていないはずだ。
お茶会に必要な道具や飲食品についても以前よりは安く手に入るはずである。
ドレスや装飾品は本来であれば父親のお金で賄うのが決まりであるはずだ。少なくとも子爵家の孫や代々騎士の家系で生活に困っていない令嬢には可能なことである。そうではない令嬢の場合は、先代夫人のお古を譲られ手直ししてもらえる。
お茶の道具が必要以上に豪華なものであり、ドレスや装飾品は城の予算からとられている。
それを話すとエドワードは「そうなのです」と頷いた。
「あの令嬢たちは年々意見を強く出してきて困っておりました。閣下は興味なさげで、可能な範囲で令嬢たちの必要なものをそろえてやれとしか言わない」
それをいいことにサマンサの意見が段々強く出てきた。彼女が他の4人の令嬢たちの面倒を進んでやっているので、必要経費についていちいち口に出してきた。
定期的にお茶会を開く為、領地外から焼き菓子を送ってもらうように、珍しい茶葉を送るように、豪華な茶器を用意しろと。ドレスについても、若い頃の社交界がどれだけ大事かと力説し定期的にドレスを新調するためにデザイナーを呼び寄せている。
冬夏の度のドレスだけではなくお茶会や修道院へ見舞う為のドレスも請求してきた。
エドワードが出費に難色を示すとサマンサが「私が閣下に直に交渉いたしますわ」と声を出してきて困った。
サマンサの父親は優秀な騎士であった。クロードからの信任厚く、重要な砦を任される師団長である。
祖父は元騎士で公国の貴族である子爵であり発言力がそれなりにある。はっきりと否定しづらかった。
エドワードは令嬢たちの出費について主人に報告した。北の異民族や魔物退治に疲れていたクロードは必要外のことには興味を示さず、少しずつ予算を増やしてやっていた。
ライラは頭を抱えた。
臣下の令嬢たちの面倒を主家がみるのは当然であろう。ある程度の出費については必要経費と捉えるべきであるが、出費の内容が多すぎる。ドレスの発注頻度が多すぎることも問題であった。
クロードがもう少し出費に意見を出してくれれば、エドワードは苦労しなかったであろう。とはいえ、日ごろの仕事の量を考えれば何も言えない。
本来城の管理、令嬢たちの教育は夫人の仕事である。
つまり今はライラの仕事だった。
「今までエドワードには苦労をかけたわ。令嬢たちのことは私が何とかするから、基本的な予算についてはもう一度見直させてもらいます」
ライラの言葉にエドワードはぱぁっと明るくなった。五人の令嬢たちのことはエドワードにとっては悩みどころであった。
「修道院のお見舞い……、治療院に届ける薬草摘み。慈善活動には積極的に参加されているのね」
「令嬢たちの一番の目的は帰りがけの買い物です。これがまたかなりの出費で……」
薬草摘みに関しても遊んでいることがほとんどであり、治療院へ届けられる薬草はたいしたものにはなっていない。近所の平民の娘が集めてくれる薬草の方が余程助けになっている。
「実は治療院への見舞いも騎士たちと遊ぶ約束をしたりデートをしたりで、院長が難色を示しております」
「そこは少しずつ確認していきましょう……」
一番は予算についてである。際限なく使わせていてはよくない。
ライラは、早急にエドワードに自分専属の家庭教師を呼んでもらった。はじめはアルベルの年間スケジュールと、数年の基本的物価について教えてもらう。続いて、エドワードに伴われ都市部の令嬢が好みそうな店を案内してもらった。特に服飾品店を重点的に。
今まで担当していた辺境伯夫人の仕事内容についても教えてもらうのも忘れていない。少しずつであるがエドワードから仕事を引き継いでいった。
ある日、令嬢たちからのお茶の誘いを受けて彼女たちの日ごろの嗜好品について観察してみる。
「ところで奥様はミネラルマウスのダイヤモンドはご存じですか?」
サマンサが質問してきてライラは首を傾げた。彼女は嬉しそうに胸元のネックレスをみせる。そこには小さくダイヤモンドが輝いていた。
「アルベルの一部にしか出没しない魔物なのですが、そこから採れるダイヤモンドがとっても綺麗なんです。見えますか?」
「ええ、とても綺麗ね」
小さいがとても質のいいダイヤモンドである。
「私のお父様が採ってくださったの。デビュタント祝いに下さったのよ」
アルベル騎士の娘の間にミネラルマウスから採れたダイヤモンドを身に着けてデビュタントを迎えることが流行っていた。
そうはいっても簡単に採れる品ではない。ミネラルマウスを狩れたとしてもダイヤモンドが出ず燃料用の炭鉱しかとれないこともあった。炭鉱もかなり重宝されているのであるが。
ダイヤモンドを身に着けている騎士令嬢をみて人々は羨望の眼差しで見ていた。
「カール卿は先代辺境伯の頃よりアルベルの防衛を支えてくださった騎士と伺っています。素敵な方のようでさぞかしご自慢でしょう」
ライラがそういうとサマンサは嬉しそうにほほ笑んだ。内心何を考えているかわからない。
周りの様子を窺うと令嬢たちはサマンサを褒めた。長い間アルベル辺境伯を支えたこと、クロードから信頼が厚いことを強調されている。中にはサマンサはアルベルの社交を盛り立てる大事な令嬢であると口にすることもあった。
意図的にライラへの牽制なのだ。
ライラはお茶を飲みながら、給仕に現れたエドワードへ例のものを持ってくるように言った。
「皆さまが集まって話す機会はなかなかないので今お渡しします。ここで、これからの皆さまの教育の為に課題を出させていただきます」
何かと渡されたのは新しい帳簿であった。まっさらな状態である。
同じ額の金額がはじめに示されている。
「これは皆さまの帳簿です。これからの経費は1か月ごとに支給制とし、交流費用はそこから利用してください。どれだけ使用したかは全部記載していたければと思います」
最初に書かれている金額は1か月の予算であると聞かされ、令嬢たちは意外な声をあげた。
「いくらなんでも唐突です」
「はい。1か月目はとりあえず触り程度で頑張ってみましょう」
そこまで気負わずによいとライラは伝える。そして何故この提案を出したか理由を述べた。
「今までの帳簿を確認させていただきました。皆様はこれから嫁いだ先での家計を考える必要があります。今のまま城の予算をエドワードにいちいち請求して、その額がどんどん膨れ上がっているのが気になります」
家計をつける方法を知らないのかもしれないと考え、帳簿をつける練習を開始しよう。
「家財管理の感覚を身に着けるには帳簿をつけるのがいいと思います。皆様のお母さまがたもつけられていますし」
少なくとも自分のドレスや装飾品、お茶会で利用する骨董品についてはどれだけのお金がかかったか把握すべきである。
「ですが、この予算は少なすぎます」
「いいえ、ジーヴルの一般的な物価とあなた方が利用するブティックを見て回り、たどり着いた額です。その中には当然ドレスと装飾代も含まれています」
予算額でも十分質のよいドレスを仕立ててもらえるはずである。注文内容をみると彼女たちの仕立て頻度があまりに多すぎるだけである。
「確かにこれだけで十分生活できそうな額です」
ライラの指定した額に納得していたのはカレンであった。元農民であった彼女にはかなりの贅沢な費用であろう。
「それはレディ・カレンが見てでしょう。あなたは田舎で育ったからそう見えるのです!」
アンはカレンに余計なことを言うなと黙らせた。
「夫人はどうなのですか? 夫人はこの額で過ごされるおつもりですか?」
当然お手本を見せるべきではとクレアは指摘する。
ライラは深くため息をついた。
「レディ・クレア。あなたはまさか私と同じ待遇を受けて当然と思っているのですか?」
一同しんと静まり返った。
五人の令嬢たちは騎士の娘、あくまで辺境伯の臣下筋の娘である。対してライラは辺境伯夫人、主人格である。
今のクレアの発言はあまりに無礼なものである。臣下の娘が主人と同じ待遇を受けたいと言っているようなものなのだ。
「とはいえ、お手本を見せないとあなたたちもやる気を出せないでしょう。私も1か月はその額で帳簿をつけさせていただきます」
一瞬冷ややかな雰囲気になった場を和らげるためにライラは付け加えて言った。
お茶会はお開きとなった。
「少し言い過ぎたかしら」
またここでも冷たい女とでも呼ばれるだろうか。
令嬢たちが去った後にライラは頭を抱えたが、対してエドワードの表情は晴れやかであった。
「いいえ、奥様! 今のは奥様が正しいです。それにドレスと装飾品の料金も含めて予算を設定し、1か月は令嬢たちの予算に合わせお手本を見せるとまで言った奥様は優しいですよ」
今まで強気のサマンサらの態度に手を焼いていたエドワードは感動していた。
「私の不甲斐なさで奥様には負担をかけてしまっています。これからはあなたを支えていきますとも!」
とりあえず城の執事長であるエドワードの信頼を得られただけよしとしよう。
しかし、あの予算額でも不満を言うとは、どれだけ今まで疑問を抱かずに城の予算を使っていたのだ。
長い間女主人の不在が大きく影響しているとはいえ深刻な状態である。
城にいる間だけと思っているのかもしれないが、あのまま贅沢が身に染みてしまうと後で苦労するのは令嬢たちである。
せめて自分たちの使用した費用だけは把握できるようにしてもらいたい。
◆◆◆
「何なのよ! あの女!!」
部屋に戻った後、サマンサがその辺りにあった茶器を投げつけてうっぷんを晴らしていた。
帳簿のはじめに記載されている予算を眺めながらカレンは今からのドレスの購入スケジュールを見直していた。
サマンサとリディアはいざとなれば実家に助けを求めれば今まで通りの出費は可能である。だが、実家が裕福ではないアン、クレア、カレンはこの予算内に収める必要がある。
それでも一般の騎士の家の出費としては十分すぎる額である。
「クロード様の妻になれたからといって偉そうにして、もともとサマンサ様がクロード様の妻になる予定だったのに」
アンがサマンサを支えて椅子に座るように促した。
ライラの婚約が決まる前は、サマンサの父親がクロードに婚約の申し出を出す予定であった。
そのためサマンサは多くの殿方の交際の申し出を蹴り、デビュタントを迎えた3年後の18歳になっても城に居座り続けていた。
五人の中で一番の年上で地位の高い彼女は、四人の面倒を見続けていた。
その思惑は自分が辺境伯夫人になり四人を侍女にするつもりだったのである。
リディアらもサマンサを女主人として仕えることを決めていて盛り立てていた。
城内の一部もサマンサがいずれは女主人になるかもしれないと噂して、丁寧に接してきていた。
それというのにクロードは皇帝と大公の申し出の元ライラと結婚した。
これにサマンサはかなりのショックを受けていたがすぐに持ち直した。
初夜を放り投げアルベルに戻ったクロードの話を聞き、おおいに笑った。
よほど退屈な女だったのであろう。それならば自分にもまだ好機はある。
愛情のない夫婦の間に愛人として取り入り女主人と同じ権利を持つ例はいくらでもある。
きっと軟弱な帝国貴族の令嬢であり、長くアルベルに滞在できないだろう。もしかすると病で早く亡くなるかもしれない。
そうなればサマンサが後妻に、辺境伯夫人になれる。
「このままにしておけないわ」
サマンサは四人に命令して、城中に噂をたてた。
ライラは横柄な態度で五人を虐めた。ドレス代をケチられた。その癖、自分は贅沢なドレスを毎日取り換えている。
虐められた内容は噂が繰り返すごとに変化していき、ライラがサマンサの頬を叩いた、アンに対して水をかけたなどどんどん内容が過激化されていった。
その上で、リディアは実家が商人同士で得た噂を聞き、噂の中に盛り込んだ。
帝都で流れていた氷姫の噂である。
城中にあっという間にライラの噂は広まり、中にはライラを敬遠する者もいた。




