2 ジーヴル城での1日
公都から辺境都市ジーヴルへたどり着くのに12日かかった。
クロードは最短5日で片道できるというが、それは馬を交代させたり眠る時間を削ってのことであり参考にしてはいけない。
負傷した騎士は治療院へと運ばれる。
クロードは一匹のマンティコアをギルドの方へ届け、交渉していた。
もう一匹を誰が回収するか、どの部位はクロードがもらうか、ギルド側が貰うかについて。
時間がかかるから先にジーヴル城へ行くようにとライラは騎士に案内された。
「随分と賑わっていますね」
「はい、騎士と傭兵の街です。彼らの防具や武器を作る為の技術者も多く、他にも魔物から採れる素材を加工する職人がたくさんいます」
クロードが巨大な雪ムカデを退治してくれたおかげで春と夏を得ることができ、だいぶ暮らしやすくなっている。
治療院も新しく整備し直されており、新しい治癒魔法使いが配属されるようになった。
孤児になった者たちを預ける修道院の見直しもされ、彼らが十分な生活を送れるようにもなった。
傷病者の死亡率だけでなく、社会復帰率もあがり、戦えなくなった兵士への手当と職業斡旋も手厚く行われている。
人口が年々減少傾向であったが去年ようやく上昇するようになった。
辺境都市ジーヴルはライラが想像していたよりも栄えていた。
ライラが案内されたジーヴル城には執事のエドワードが応対してくれた。
案内されたのはライラの私室である。クロードの部屋と隣同士であり、内側に扉がついている。
旅装束を解き、別のドレスへと着替えていった。
夕になれば、二人で食事をとることになっている。クロードは溜っていた仕事をチェックするのでしばらく執務室にいるという。
その間、荷物を整理していた。
「失礼いたします。客人が奥様に挨拶をしたいと来られています」
「客人? 挨拶?」
エドワードから聞いたところ、ジーヴル城は礼儀作法見習いの為に騎士の令嬢が5人滞在しているという。
そのうちの一人は今回の北へ同行してくれた騎士の妹が含まれている。
「はい。城には教育者もおり、騎士の娘たちを預かり教育をするようになっています」
大黒柱である騎士たちは日ごろ自宅にはおらず、中には母親が娘の教育までできない家庭環境もある。
デビュタントで苦労しないようにと先々代の頃から騎士の娘を数人預かり、家庭教師をつけるようになったという。
「そうなの……へえ」
それは初耳であった。
先々代から開始されたことであればクロードのことをとやかく言えない。
確かに貴族の館で令嬢を預かり養育するというのは帝都でもあったことである。
珍しいことではない。
だが、適齢期の娘が城に滞在ということは、若くて美しい少女が辺境伯と同じ屋根の下にいたということになる。
不倫の心配はなかったのだろうか。
「奥様、決して想像しているようなことは起こっていません。ただ、先代夫人は少し気を病まれてしまい……」
アリサ夫人がジーヴル城に滞在できなくなったことを想像できてしまう。
不妊に悩む中、城内に美しい令嬢がいれば苦しんでいたであろう。
心優しい女性であったので、不安や不満をぶつけられず日々やつれていった。
令嬢が夫に挨拶している場面をみるのも耐えられなくなり、彼女は公都へと引きこもってしまったのである。
その後、令嬢たちは何もなく良い相手に巡り合い城を出たと聞いて少しばかり心が和らいだそうだ。
クロードの登場で、前辺境伯の仕事もだいぶ余裕がでてきて数か月に一度彼女の元へ訪れて一緒に過ごしようやく夫婦らしい関係を築けるようになったという。
残念ながら子供はいないが、クロードを養子にしたこと、アリサ夫人の活動に前辺境伯が理解を示し感謝していることでアリサ夫人は元の明るい性格を取り戻していった。
「実は、クロード自身としては別館を作りそこで令嬢たちの礼儀作法を学ばせる案を出していました。しかし、他の事業が優先され、予算が定まらず結局先代と同じく城で教育を受けさせることになったのです」
だいたいの事情はわかった。
でも、こういったことは道中に教えてくれてもよかったのにとライラは少し不満を抱いた。
話題を切り出すのに苦労したのだろうとそこは押しとどめる。
それに何かあったというのであれば、結婚が決定された時にクロードは大公に進言していたはずだ。
あの性格であればいうはずだ。多分。
ライラは応接間へと案内され、令嬢たちの挨拶を受けることになった。
「奥様、はじめてお目にかかります」
ライラが到着すると五人の娘は恭しく挨拶をした。
ライラが来る1年前から滞在しているため既に十分な礼儀を身に着けている。
名前はサマンサ・カール、リディア・バル、クレア・グリーン、アン・カレット、カレン・ヒルス。
どの娘たちも中隊長以上の騎士の娘であった。
一番はじめに名乗ったサマンサが子爵の祖父を持っている。一番地位が高いのは彼女のようである。
「レディ・サマンサ、レディ・リディア、レディ・クレア、レディ・アン、レディ・カレン……」
ライラは覚え込むように一人一人の名を呼んだ。
「ライラ・アルベルです。立派なご令嬢がいらっしゃるとは思いもしませんでした。丁寧なあいさつをありがとうございます」
今の様子をみると特に教えることはなさそうに思える。
家庭教師が手配されており、自分のすることは彼らの仕事内容を定期的にチェックするだけでよいという。
必要経費に関しては、予算内であれば問題なく利用してよいとのことだった。
令嬢たちが去った後、ライラはエドワードから帳簿を預かった。
ぱらぱらとめくってみてライラは首を傾げた。
「しばらく預かってもいいかしら」
「はい、先々代の奥様が管理していた内容です」
エドワードは問題ないと言ってくれた。少し気になる箇所があるが、すぐには答えを出せない。
城内の状況を把握してから判断すべきであろう。
夕食前にライラはエドワードに城内の案内と、自分用の家庭教師を用意してほしいと頼んだ。
「奥様には既に必要ないかと」
既に帝都、公都で必要な教育を受けている。
公都別館でのライラの様子は既にバートから手紙で教えられている。館の管理は問題なく行えていたと。
「別館と城とでは事情は異なると思うわ。働いている人たちの環境も違うし」
城内の環境に合わせた教師が必要だとライラは頼んだ。
本当はエドワードに教えてもらいたいが、忙しい身であり十分な時間をとれないだろう。
「わかりました。すぐに手配いたしましょう」
明日の城内の案内についてはエドワード自身が行ってくれるという。
夕食の時間に食堂へと赴くと既に先ほどの5人の令嬢たちが席についていた。
ライラは案内され、主人の一番近くの席へと座った。
遅れてクロードが現れる。彼は食堂に入るとまっすぐとライラの方へ近づいた。
「立たなくていい。疲れただろう」
クロードはライラの肩に触り、立ち上がるのを止めた。
「いえ、疲れているのはクロード様でしょう」
昼間にマンティコア退治、ギルドとの交渉、帰城後は机の上に重なっている書類の確認である。
「そんなの問題ない」
クロードは笑い、主人の席へと座った。
夕食前の神への祈りを終え、夕食を楽しむ。
クロードはことあるごとライラに料理のひとつひとつを確認した。
肉の硬さは大丈夫かとか、味は少々辛めだが大丈夫か、とライラの口に合うか確認する。
実はいうとかなり辛い。
公都別館で食べさせてもらったが、あの比ではないほどの辛さである。
お肉の塩コショウも少し効きすぎな気がする。
「丁度いいです」
ライラはそう言いながら料理を食べる。お水があれば少し楽なのだが、用意されているのはワインでありこれも少し辛めで困った。
「良かったですわ。ジーヴルは辛い料理が多いので、奥様が食べられるか心配でした」
サマンサはにこりと微笑んだ。
「皆さま、ジーヴルの出身でしょうか?」
「はい、そうです。あ、でもレディ・カレンは砦付近の村で生まれたのよ」
カレンの父親は農民出身である。他の娘たちと比べると少し動作が固いようにも思える。
「私は本でしか北のことは知りませんので、逆に教えてもらう立場かもしれません。よろしくね」
娘たちはもちろん自分が教えられることは何でも聞いて欲しいと言った。
「昼は薬草摘みにでかけることもありますが、場所によっては護衛をつけなければならないのですよ」
絶対危険な場所は禁止であるが、許可されたエリアはある。
都市郊外の外出も届け出さえすれば大丈夫なようである。
郊外の場合は絶対に護衛が必要であるという。
「1週間後に薬草摘みの為に野山へでかける予定なんです。修道院に休憩所を借りて、一泊して帰る予定です」
薬草はフローラ治療院へと届けられる。
よろしければ是非ライラも来て欲しいと願われた。
もちろん騎士の護衛もつく。
「ええ、北の薬草については興味があるわ。是非参加させていただきます」
ライラが令嬢たちと会話をしている間、クロードはエドワードを呼びこそこそと耳打ちをしていた。
何かあったのだろう。
「会話を楽しんでいるところ申し訳ないが、今日はここで席を外してくれないか」
クロードの声に、一同はやはり疲れているのだろうと考えた。
目上のものより先に出ることをするのはよくない。令嬢たちはすぐに立ち上がらなかった。
この中でクロード以外地位が高いのはライラである。
ライラが一番に立ち上がり、クロードへ挨拶をして自室へと戻った。その後に令嬢たちは続くように食堂を出ていく。
廊下で後ろの令嬢たちがついてくるのを確認しながらライラは自室への道を確認した。まだ慣れないが、確か曲がり角あたりで令嬢たちと別れる。
令嬢たちの部屋は渡り廊下を通って続く西側の建物だ。
もうそろそろ令嬢たちに挨拶をして別れようとライラが考えていると、裾が後ろ側から引かれる感覚を覚えた。
身を崩し、ライラはその場に尻もちをついた。
「大丈夫ですか。奥様っ」
サマンサが大げさに声をかけてくる。
「廊下が滑りやすかったでしょう。ここは念入りに掃除されているので気を付けてくださいね」
滑ったわけではなく後ろで引っ張られたのであるが。
そういいたいが、ライラは令嬢たちの表情をみてすぐにいうのをやめようと思った。
この表情は悪意に満ちたものである。瞬時に理解した。
ここでライラが騒ぎ出せば、彼女はライラにいちゃもんをつけられたと泣くであろう。
丁度示し合わせたかのようにメイドが姿を現す。彼女はぴたりと足をとめてじっと様子を窺っていた。
普通であればライラが尻もちついているので、駆け寄ってくるべきではないか。
これは陥れる為の寸劇だ。
ライラはすぐに理解して自力で立ち上がった。
「ええ、そのようね。次は周りをしっかりとみて注意します」
周りをという部分を強調していうとサマンサは「そうね」と笑った。
怒ると思っていたのに期待外の反応でがっかりしたのであろうか。
それともここで大きく出ようとしない為、それほど大したことがないと思ったんだろうか。
どちらにせよライラはこの令嬢たちの扱いに苦労することを予感した。
自室に戻った後、ライラはエドワードから預けられた一部の帳簿を確認した。主に令嬢たちの教育の為の経費である。
こんこん。
ノックの音がした。リリーには夜の支度を終わらせて、休ませてあげたはずであるが。
扉を開くとクロードの姿があった。
「何か御用でしょうか」
「その、一緒に過ごしたくて」
「忙しいのでは……」
「妻と過ごす時間はとりたい」
あまりにまっすぐな言葉に先ほどまでのもやもやした感情が吹っ切れてしまった。
「この姿でよければ」
既に寝間着姿であるが、クロードは構わないと言った。
部屋へ案内すると、クロードはからからと木製のワゴンと一緒に入ってきた。
ワゴンにはティーポットとカップ、何かしらの料理が載せられている。
クローシュで隠れていてわからないが、わずかに甘い香りがした。
「そなたの口に合うかわからないが」
クローシュを外すと、ライラは少し胸躍らせた。
現れたのはバウンドケーキのブルーベリーとクリーム添えであった。
「た、食べてもいいのですか?」
「もちろん、そのつもりで持ってきた」
丁度甘いものを求めていたので嬉しい。さすがに夕食後に甘味を持ってこさせるのは悪いかなと思い水だけで過ごしていた。
ソファに腰かけてクロードがテーブルにバウンドケーキの皿を置いてくれる。
ライラはフォークでそれを口に運び、ぱくっと食べる。先ほどの辛さへの苦痛が解放されていった。
お茶はルイボス茶と、丁度いい。口の中で広がる甘さを丁度よく味わいのよいものにしてくれた。
クロードにこのようなセンスがあるとは意外であった。
「エドワードの選択は悪くないようだな」
ライラの様子をみてクロードはふぅとため息をついた。
「先ほどの料理、辛かっただろう」
「それは」
「辛かっただろう」
はい、とライラは頷いた。公都で食べた味付けの数倍辛かった。
「お前の料理だけ酷い胡椒の匂いがした。スープも唐辛子が多めだっただろう」
味を確認したかのような口ぶりであるが、クロードは匂いといった。
「私は少し鼻がいいんだ。あと、そなたの反応をみて辛いのだろうなと」
思った以上にライラの反応をみてくれていたようだ。
「料理人に確認したら、そう注文があったと言っていた。お前が辛い料理を好んでいるという情報を得ていたと」
「そうなのですか?」
「バートから情報を得ているエドワードがそんな手配ミスをするはずがないだろう」
クロードは「はぁ」とため息をついた。
「情報を届けた侍女がいて、何の意図か料理人へはわざと違う情報を届けた」
侍女の詳細についてはエドワードが確認中である。
エドワードのミスではないとはいえ、使用人たちの管理が不十分であり、ライラに不快な思いをさせたと詫びていた。
本日は部屋を訪れるのは遅い時間であり、せめて口直し用のケーキを準備したという。
「明日、謝罪を受け取っておいてくれ」
「おかげでこんな美味しいケーキが食べられたのです。感謝していますよ」
逆に責任を追及されるのは可哀そうであるとライラは言った。
「そんなにうまいのか」
「はい、クロード様も食べますか?」
一口サイズに切ったケーキをフォークで刺してみせた。クロードの分のケーキはなく、彼はお茶を飲むばかりであった。
「お行儀悪いですね、さすがに」
冗談であるとライラは苦笑いしてフォークを引っ込めようとした。
クロードはその手を握り、身を乗り出した。ライラの手からケーキを口にする。
「うん、うまいな。少し酒が混じっている?」
クロードは口の端についたクリームをぺろりと舐めた。
「行儀悪いですよ」
「そなたが食べさせようとしたのだろう」
クロードはにやりと笑った。
「こほん、えーっと……私はあなたに言いたいことがありました」
「なんだ」
「どうして令嬢たちのことを教えてくれなかったのですか?」
さすがに城に来るまでの間に言ってくれればよかった。
令嬢の教育を自分が任されると思えば少しは考える時間が欲しかったと。
「すまない。忘れていた」
忘れていたという言葉にライラは呆れた。
一応、城の管理はクロードが責任者であろう。
「先々代からの話であったというだけで、私は令嬢の教育などさっぱりだ。エドワードに全て任せていて、毎日戦や魔物討伐ばかりで……忘れていた」
本当に忘れていたようである。
「はじめは教育の為の別館を作る予定だったと伺っています」
「城へ出入り自由にされると彼女らの相手する可能性もでて面倒だったから、別館を作りたかった」
最近まで討伐の件数が多くて、城に戻っても一瞬だけですぐにでかけて、令嬢たちに顔を合わせる機会などなかった。
先日公城へ向かったのも討伐が終了してから直接馬を走らせたということで、令嬢の存在自体忘れていたのだ。
「本来なら、もう3人は適当な婚約者を作り卒業できただろうが、戦と魔物討伐でその機会を逸していた」
だいぶ落ち着いてきた為、1年以内に何とか卒業させるようにエドワードに指示している。
騎士見習いの男、ギルドに勤務している男、役所勤務の男とか。
早急に婚約者リストを作らせる。
「少し待っていてくれ。本当に彼女らとは何もないから」
アリサ夫人の事情を知っているクロードはライラにいろいろと弁解した。
弁解すれば疑念が出てしまうとは思わないのだろうか。
「わかりました。私も辺境伯夫人になったのですから、どんと構えて彼女たちの進路について考えてみます」
エドワードと相談しながらであるが。
クロードの様子をみると疑念など出てこない。
「そなたは懐が大きいな」
クロードは感心したようにつぶやいた。
「私はちょっとオズに嫉妬したというのに」
「あなたが気にするのであればオズワルド様とは距離を置きますよ」
「それはいい。そなたのことを知っているあいつなら、いざとなればそなたを守ってくれるだろう」
辺境伯領でライラにどんな危険があるかわからない。城内にいれば安全だと思うが、ライラに城内で窮屈な思いをさせたくもない。
ある程度の自由は必要だと思うし、自由にさせれば危険は伴う。
彼女の為に動く者は多い方がいい。
騎士もいるが、クロードが最も信頼しているのはオズワルドであった。
だからちょっと気になってしまうが、ライラとオズワルドの友好は邪魔しないでおきたい。
「あなたは、優しいですよ」
出会った時はどうしたものかと思ったが、彼は想像以上にライラのことをよくみてくれている。
気を遣ってくれているし、ライラのことを優先しようとしてくれていた。
彼の為に、立派な辺境伯夫人になろう。




