05.王女ディアナ
白亜の魔導士の称号をお母様にもらってから半年が過ぎました。
私は最近、王宮とその離れ、自宅とを行き来する生活を送っています。
魔導士と言っても下っ端ですから、本来私は王宮に行く必要はない筈なんですが。
「こんにちは、ミレーヌ。よく来てくださいましたわね」
「ごきげんよう、ディアナ様。お招きありがとうございます」
最初に王女陛下ことディアナ様とお茶会をして以来、何故か頻繁に招かれるようになったのです。
「ミレーヌ、こちらにいらして」
「はい」
ディアナ様の呼びかけに応じ、その場所に歩いていきます。
そこはディアナ様の私室のテラスです。
頭上にはサンルーフ、床材は白の天然石タイルが敷き詰められています。
そこから見えるのは色とりどりの花が咲く王宮の庭園。
何かと豪華絢爛ばかりの王宮ですが、ここは目に優しい場所で"ほっ"とします。
金銀ばかりに囲まれ続けると疲れてしまうのですよ。
「お座りになって」
「はい」
テラスに設置されたティータイム用の丸テーブル。
ディアナ様に椅子を引いてもらってそこに座ります。
普通椅子を引くのはメイドさんの役目だと思います。
こちらを見てハラハラしているメイドさんの様子からもそうであることが伺えます。
私もその辺りは心得ているのですが、ディアナ様は毎回こうされるのです。
初めての時は困惑して立ち尽くしたものですが、ずっと椅子に座らずにいるとディアナ様が目線で圧を掛けて来て、とても、とても怖い思いをしました。
絶対に怒らせてはいけない方です。寿命が縮んだような気がしました。
それ以降、椅子を勧められると素直に応じるようにしています。
王宮の頂点であるディアナ様が率先して身分関係を無視するのですから、それで良いですよね。
それにディアナ様の目的はこの後です。
「ミレーヌ、貴女はいつも花のような香りがしますわね」
椅子に座った私を背後から抱き締めて、暫くの間私のことを愛でるのです。
王女陛下さえも虜にする美幼女。どうやら私の美しさにはますます磨きがかかっているみたいですね。
将来が楽しみな私です。
……ですが成長後に実感する呪いを何か過去にかけられてしまったような気がします。
なんでしょうか? 思い出せません。
……まぁまだ先のことです。その時はその時になってから考えることにしましょう。
「ミレーヌ」
「はい」
「この国は好きかしら?」
「勿論です!!」
ディアナ様の質問に即答します。
この国のこと私は大好きです。
女性だけしかいない国。女性だけで成り立っている国。
全てのことを女性がこなしていて、私はこの国に住む女性たちがとても眩しく見えます。
〘格好いいと思う〙
そうですね。格好いいです。それに羨ましいです。
いえ、羨ましかったですね。
私も今は魔導士という地位に就いてこの国のために働いている女性の一員ですから。
「そう。国を運営する者としてその言葉はとても嬉しいですわ。
でもミレーヌ、貴女王都リリム以外の場所をまだ知らないですわよね?」
そうですね。お母様から話はよく聞きますが、私自身ではまだあまり知りません。
「ミレーヌ、貴女にこの国を見て来て欲しいんですの。
それで真に愛してくださるようになれば嬉しいですわ」
「ディアナ様……」
視察。或いは旅をしてきなさいという命令でしょうか。
それもいいかもしれませんね。
お母様から話を聞くだけなのと自分で見聞きするのとでは、やはり相違するところがあるでしょうから。
「私、行ってみます」
「ええ。でも今は近くの町だけにしておきなさい。
もう少し成長してから遠くの町に行った方がいいと思いますわ。
この国は意外と広いですわよ。ですからね」
「はい」
「いい子ですわ」
ディアナ様が頭を撫でてくれます。
お母様たちの次にディアナ様は撫でるのが上手いです。
心地良いですね。
浸っていたらメイドさんから声が掛かります。
「お茶の用意が整いました」
ここからはお茶会です。
「ありがとう」
声を掛けてくれたメイドさんに一言だけ告げて、ディアナ様は私の真正面の席に着きます。
汚れ一つない白のティーカップにメイドさんの手で紅茶が淹れられることで楽しみを掻き立てられます。
「どうぞ。召し上がって」
「いただきます」
ディアナ様の声でまずは紅茶を一口。
美味しいです。さすが王宮ご用達の紅茶です。
私たちが普段飲んでいるものより一味も二味も違いますね。
「ふぅ。いつも思いますけど、この紅茶とても美味しいですね」
「あら。気に入っていただけのなら、帰りに茶葉をお土産に差し上げますわよ」
「本当ですか!!?」
「ええ、その代わりまたここで一緒にお茶会をしてくださいね」
「はい!!」
下心があったわけではありませんが、言ってみるものですね。
暫くは自宅でも紅茶の時間がより楽しいものになりそうです。
ではお茶菓子もいただきましょう。
アフタヌーンスタンドから一番下にあるサンドイッチをナイフとフォークを使いお皿へと移します。
一口切って口の中へ。パン、野菜、チーズ。それぞれの味が順番に舌に届きます。
作りたてですから、パンに野菜の水が殆ど染み込んでいないので美味しく食べられます。
中には残念なサンドイッチもありますからね。
一度そういうお店に当たってしまった時はお母様たちと共に心の中でさめざめと泣きました。
次は二段目の温料理です。
フィッシュアンドチップスとコーニッシュパスティ。
フィッシュアンドチップスにはタルタルソースをつけて口に入れます。
白見魚の揚げ物の味ですね。可もなく不可もなくといったところでしょうか。
でも揚げ物なのでタルタルソースが良く合います。
〘タルタリストなんて言葉が生まれるのも納得だよね〙
タルタルソース愛好家なんているんですね。
私は残念ながらソースの一種としか思えません。
コーニッシュパスティはパイ包みの中に牛挽き肉、ジャガイモ、玉葱などが入った料理です。
切ってみると牛挽き肉がたっぷり使われていることが分かります。
口に入れるとお肉と玉葱の甘味が口の中に広がります。
少し油も感じますが、そこはパイとジャガイモがカバーしてくれて丁度いい具合になっています。
美味しいです。私はフィッシュアンドチップスよりこちらの方が好きですね。
「……………」
ふと顔を上げてディアナ様がじっとこちらを見ているのに気が付きました。
お茶会なのに無言で食べてしまっていました。
なんとなく気まずさを余所へやるために、布ナプキンを手に取り口を軽く拭います。
それからなんでもなかったように装ってディアナ様に話しかけます。
「申し訳ありません。食事に夢中になってしまっていました」
「いえ、構いませんわ」
「何か用件があったのではないのですか?」
「特にありませんわよ? ただ食事中のミレーヌの顔が可愛いと思って見たいただけですの」
「マナーは大丈夫でしたでしょうか? 実はあまり自信ないのです」
「貴女といると貴女が五歳だということを本当に忘れますわね。
普通の五歳はそんなこと気にしませんわよ?」
「自分でも時々五歳だということを忘れます。優秀ですから」
「自分で言いますのね。ふふふふふっ」
それからもお茶会の時間は和やかに流れます。
アフタヌーンスタンドの最上段に乗っているケーキを食べながら私とディアナ様は会話を続けます。
「このケーキはもう少し甘味が欲しいですわね」
「砂糖はまだ貴重品ですからね。
大量生産出来るようになれば良いのですが」
「そうですわね。何か方法がないものかしら」
「……テンサイがあれば」
「テンサイ? ありますわよ?」
げほっっっ!! もう少しで紅茶を噴き出してしまうところでした。
頑張って飲み込み成功です。[乙女]は守られました。
「あるのですか」
「ええ、王都にたまに貢物として送られてきますわ。
ほんのり甘い野菜ですわよね? あれが砂糖になりますの?」
「はい。加工すれば」
「まぁ、それは良いことを聞きましたわ。
ミレーヌ、貴女にその加工を命じますわ。
砂糖の生産よろしくお願いしますわね」
「……はぁ」
それは魔導士の仕事なんでしょうか?
文句を言っても仕方ありませんね。
やるだけやってみましょう。