36.小さな村での愛憎劇
その日私は一人の女の子に追われていました。
年齢は六歳前後。濃い茶色の瞳でリンの言う日本人形みたいな髪型の女の子です。
次の目的地に行く前に夜営を行ったその場所からずっとついて来ているのです。
「しつこいですね。さっきから離そうとしているのですが、箒の扱いは私と同等ということでしょうか」
リンと言葉ではなく思念で会話して箒の操作権をリンから私が譲り受けます。
『リン、今だけ操作権を私にください』
『良いけど、なんで?』
『……………』
『ミレーヌ?』
『お願いしますね』
『……よく分からないけど、分かった』
「ごめんなさい。少しだけ先に行っていますね」
「「「「えっ!??」」」」」
操作権切り替え後、魔力を流して速度を上げたり、変則的な動きをしたり、わざと姿の見えやすい空ではなく、森の木々の間を飛んだりして私の後をつけている女の子を引き離そうとします。
「それでも着いてきますか」
ルーナー先生や他の魔女なら分かりますが、私を追ってきているのは何の階級も持っていないただの魔法使いの女の子です。
背後の様子をちらりと見て、私の恋人たちとかなりの距離が空いていることを確認したら私は女の子のことは諦めることにして箒の速度を落とし、その子が傍まで来るのを待って話しかけます。
「何かご用ですか?」
「お姉ちゃん、何処行くの?」
女の子は純粋な瞳で私に問いかけてきます。
その瞳を見る限り、追いかけてきて私に何かしようと思ったわけではなく、ただ気になったから追いかけてきただけのようです。
「これから行く場所は桃が美味しいと評判の小さな村ですね」
「そうなんだ? ねえねえ、お姉ちゃんは何してる人なの?」
「そうですね。国に戻れば魔道具の作成をしてる人。
……ですが今は世界を旅をしている人でしょうか」
「へぇ。旅って楽しい?」
「ええ。とても楽しいですよ」
「いいなぁ。サラも旅してみたい」
「貴女はサラさんというのですね。
……その願いは私が叶えるのは難しいですが、次の目的地の村まででしたら一緒に行きますか?」
「サラでいいよ~。お姉ちゃん」
「分かりました。ではサラ、どうしますか?」
「お姉ちゃんと一緒に行く!」
私が女の子・サラに問いかけると彼女は目を輝かせて元気に返事をします。
それからサラに私の箒に移るように言って、彼女がそれに従って私の後ろに腰を下ろします。
丁度その時、私に距離を離されていた私の恋人たちが追いついて来ました。
ただ、ルーナー先生については敢えて他の三人と速度を合わせていたからですが。
「もう! ミーちゃん、急にどうしたの?
一人でさっさと行っちゃうからびっくりしたよ」
「本当ですよ! 突然どうしたんですか? ミレーヌ先生」
「ごめんなさい。少しリンと話したいことがあったのですよ」
「それって私たちに聞かせられないことなのかしら?」
「はい」
「でもそれならそれでどうして思念で話さなかったんだ? ミレーヌ」
「……アイル。それからルーナー先生、コレットとニアも」
「ん? なんだ?」
「何かしら?」
「どうしたの? ミーちゃん」
「ミレーヌ先生?」
私は恋人たちに村への移動は取りやめにして、その先の町に行って欲しいと伝えます。
その際に私はどうしてもやらなくてはならないことがあるので後から行くと話しました。
皆はそれを聞いて訝しげな顔をして私を見ていましたが、必ず追いつきます。そう約束すると渋々ながら頷いてくれます。到着したら理由を話すよう言われましたが、その時は事も終わっていると思うので話をすることは吝かではありません。
「では先に行っているが。なぁ、ミレーヌ」
「はい、どうしました?」
「……危ないことはしないでくれよ?」
アイルが不安げな顔をしてじっと私の顔を覗き込んできます。
それに軽く微笑みながら、さり気なく視線だけを他の皆に向けると、皆同じように私を心配してくれています。
心が温かくなります。これからすることは別に危ないことではないですが、これ以上皆が少しでも不安を感じなくて済むように私は皆の代表としてアイルに小指を差し出します。
それを見てルーナー先生とニアは不思議そうな顔をしていましたが、アイルは私と同じように小指を差し出してくれました。
その後ろでコレットが心中複雑といった気持ちを隠すことなく顔を顰めています。
コレットとしては自分が私とそうしたいのでしょうが、それをするとルーナー先生とニアも同じようにしなくてはならなくなりそうで、時間がかかりそうで、ですからコレットには諦めてもらうことにします。
「約束です」
「ああ、約束だ。嘘をついたらミレーヌは向こう一年間旅を辞めてもらうことにしよう」
「えっ!?」
思わず叫んでしまった私にアイルはしてやったりという顔をしました。
一年は長いです。絶対に約束を破らないようにしないといけませんね。
「じゃあ後でな」
「ええ、待っていてください」
「ミーちゃん、約束破って旅禁止になったらわたしも付き合うからね」
「大丈夫ですよ、コレット。そうはなりませんから」
「じゃあそうなったらミーちゃんはわたしたちの言うことを一つずつ聞くの追加ね」
「……何故でしょう」
「なんでも! 嫌なら約束破らなければいいんだよ」
「上手く丸め込まれた気がしますが、分かりました。
その時は皆の言うことを聞きましょう」
「……あれ? あたし、ミレーヌ先生に約束破って欲しくなって来ました」
「でもそれってミレーヌが危ないことをするということよ?
貴女はそれで良いの? ニア」
「ダメですダメです! ミレーヌ先生、絶対ですよ? 絶対に危ないことはしないでくださいね」
「分かっていますよ。ニア」
私はそう返事をしてから私の腰にしがみ付いた体勢で大人しくしているサラを見ます。
確かに大人しくはしていますが、目がそろそろ限界だと訴えています。
私はそれを感じ取って恋人たちとのやり取りを終わらせることにします。
「では私はそろそろ行きますね」
手を振って前に進みます。
もしかして皆もやっぱり気になって着いてくるかもしれませんね! と思いましたが、私のことを信じてでしょう。皆は町の方へ向かい始めました。
またすぐに会えますが、ここで皆とは一旦お別れです。
恋人たちの姿が見えなくなった頃、私はサラに話しかけます。
「待たせてしまいましたね」
「ううん。大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「そうですか。そう言えば私の名前を教えていませんでしたね」
「ミレーヌお姉ちゃんだよね?」
「……どうして私の名前を知って。……ああ、そうでしたね」
「うん! さっき女の人たちからいっぱい呼ばれてた。
あの人たちはミレーヌお姉ちゃんの恋人なの?」
「ええ、そうですよ」
「わぁ! ミレーヌお姉ちゃんってビッチなんだねー」
「何処から覚えて来るんですか。そんな言葉」
「えへへ~」
私は幼女にしてそんな言葉を使うサラに若干引きます。
サラは「ビッチな人ってほんとにいるんだなー」などと言っていますが、本当に何処でそんな言葉を知ったのでしょう。不思議です。
……そうこうしているうちに村が見えて来ました。
着地してサラを下ろしてからリンを短くして外套の中に仕舞います。
『今日のミレーヌはなんか変だ』
「そんなことないですよ」
「……? ミレーヌお姉ちゃん、なんか言った?」
「いえ、何も言っていませんよ」
「ん~、そっか~」
「行きましょう、サラ」
私はサラと手を繋いで村の中を歩きます。
村の人たちが不思議そうにこちらを見てきますが、笑顔を向けると穏やかな顔になってくれます。
美少女の笑顔は癒し効果がありますよね。
「ミレーヌお姉ちゃん、何処に歩いてるの?」
「それは秘密ですよ」
「え~、なんで? どうして~?」
「ふふっ」
サラはどうしても行き先が知りたいらしく、何度も私に行き先を聞いて来ますが、曖昧に笑って誤魔化します。
その調子で五分程歩いてその場所に到着しました。
「……ここは?」
「貴女が祀られているところですよ、サラ」
「え?」
私は覚悟を決めてサラの前に屈みます。
村外れの神社の前、その場所でこれから私がサラに言うことは彼女にとって残酷な事実となります。
ですが本人のためにも伝えないままにすることは出来ません。
「サラ」
不安気な彼女の目をしっかり見て私は単刀直入に伝えます。
「貴女はもう、この世の人ではないのですよ」
そう言われてもすぐには受け止められないでしょう。
サラは予想通り驚愕の顔つきになります。
「お姉ちゃん、酷い! どうしてそんなこと言うの‼︎」
酷いことを言った私をサラが罵って来ますが、私は黙ってサラの顔を見つめ続けます。
そうしていると彼女も私が言ったことが、もしかしたら事実かもしれないと感じ始めたのでしょう。その根拠を尋ねて来ました。
「お姉ちゃん、どうしてサラが死んでるって言ったの?」
それを受けて私は私が知っていることを話します。
これはこの村の周辺で人々に話されていることです。
今から数十年程過去のこと。この村で日照りが続いた時があり、雨乞いのため一人の女の子が神様への生贄に差し出されました。
その願いは天に届き、日照りのせいで作物に深刻な被害を受けていた村は息を吹き返しました。
雨に沸く村の人たち。そんな中で村のために犠牲となった女の子に感謝と謝罪の気持ちを込めて神社が作られます。生贄となった女の子はこうして神の子として祀られることになったのです。
「生贄の女の子。それがサラ?」
「ええ、そうです」
「でも、でも……」
「おかしいと思いませんでしたか?」
「えっ!?」
「私以外は誰にもサラに気が付いていませんでした。
あんなに傍にいたのに誰も見えていないかのようでしたよね?
あれは本当にサラが見えていなかったのですよ」
「そんな……」
サラは泣きそうな顔をして私を見つめて来ます。
気持ちは分かりますが、私には何も出来ることはありません。
「ごめんなさい」
告げるといよいよ耐えられなかったのでしょう。
サラは泣き出し、そして私に背を向けて走り出しました。
「違う、違う! サラ、生きてるもん!」
私はその様子を目で追いかけます。
途中、サラは人にぶつかっていますが、彼女が謝ってもサラがぶつかった人は何事もなかったかのように去っていきます。
それによりサラが絶望した顔色になります。
それでも彼女は走っていき、やがて私からは見えなくなりました。
それを見届けてから私はゆっくりと立ち上がります。
この先の彼女の行き場所は見当がついています。
ですが正直に言えば出来れば行きたくありません。
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一見この話は美談のようですが、実は裏があり、彼女は実の両親に捨てられたのです。
サラは生まれつき自分の体の許容量を超える程の膨大な魔力を宿していて、そのせいで体が魔力を制御しきれず、本来体の働きにプラスになる筈の魔力が逆に体を蝕み、よく寝込んでいました。
両親はそんなサラのことを表では愛してるように言いつつも実は常々邪魔だと思っていました。
そんな時でした。都合よく村の人たちが生贄を探し始めたのです。
それを知ったサラの両親は彼女を生贄にすることを村の人たちに提案しました。
勿論、表向きは村のために娘を差し出す悲劇の親を装ってです。
ですが実際は違います。両親は村の人たちに娘を売ったのです。厄介払いのためにです。
その後両親の思惑通りサラは生贄に選ばれました。
そして彼女の両親は自らの手で汚れ仕事も行いました。
これも表向きはせめて自分たちの手で逝かせてあげたいという訴えからでしたが、実際は病弱故に金食い虫で、だから憎くて堪らないサラを自分たちで始末するのが目的でした。
サラの最後は背中を押されて崖からその下を流れる川への転落によるものです。
ですからサラは私たちが川を見て野営地に選んだあの場所にいて、たまたま波長があった私に付いて来たのでしょう。
ところで両親が自分を売ったことなど、恐らくサラはその事実を知りません。
それを知ってしまった時、彼女は両親をどうするのでしょうか。
私が村の人にそれとなくサラの両親の住んでいる家を聞いてその家に辿り着いた時、そこには誰もいませんでした。
ただ、ほんの数分前まで人が暮らしていたという痕跡だけが残されていました。
一歩、二歩、その場から後退ります。
「……………」
リンを外套から取り出し、箒に変化させて空へ。
最後に上空からぐるりと村を見回して私はその村を後にしました。




