33.ヒーローの勘違い
トリトニア王国。そこでは現在、大変な事件が巻き起こっていました。
この国の王太子がよりにもよって国を挙げたお祭りの最中、催しの一つ王族パレードの最中に自らの婚約者に対して婚約破棄の宣言をしたのです。
その理由は婚約者が自分よりも身分の低い令嬢に対して殺害未遂事件や辱めの指示などを行ったからというもの。そんな者は国母に相応しくない。よって婚約を破棄する。そういうことでした。
当然、それを聞いた国民は騒然となりました。
いいえ、国民だけではありません。王太子の両親である国王や王妃、パレードのために飾り付けられた馬車に乗っている貴族、他国から招待した王侯貴族に馬車を護衛している騎士たちなどなど。
全員が王太子の突然の奇行に開いた口が塞がらないという状況に陥りました。
その中でも一番驚いたのはその今は元婚約者となったその人でしょう。
彼女は唖然としながら言葉を零します。
そう、零したのです。尋ねるとか言い返すとかそういった類の事柄より先に口から出てしまったようです。
「はぁ?」
それを自身で聴いた彼女は少し冷静になったようで、先程の言葉を恥じて懐から扇を取り出し、今度こそ王太子に尋ねます。
「どういうこと、ですの?」
それを受けて元婚約者を睨む王太子。
彼は馬車から降りると真っ直ぐにパレードの観客一群の一角へと歩いていきます。
通常であれば騎士たちがそんな行動を止めることでしょう。
だって王太子に何かあったら大変なことになりますから。
しかしその時はまだこの事態のショックが抜け切れていなかったため、誰も王太子を止めることはありませんでした。
「おいで。マリア」
そんな王太子は一群の中から一人の女性の手を握り、引いて自分の元へとその体を寄せます。
彼女の腰を抱いて彼女に優しく微笑んだ後、再び元婚約者に向き直り宣言します。
「フランシスカ。貴様のような性根の腐った女性よりマリアのような心優しい女性の方が国母に相応しい。
僕はマリアと結婚し、この国を盛り立てていく」
王太子はドヤ顔です。それに対して元婚約者・フランシスカは頭痛がするらしい頭を押さえて明後日の方向に目を向けます。
「……だそうだけど、どうするの? マリア」
フランシスカに呼ばれて我に返ったらしいマリア。
未だに自分の腰を抱く王太子の腕を払い、彼女はフランシスカに問いかけます。
「……っていうかフランシスカ様、この人と婚約してたんですか?
え? 浮気ですか? フランシスカ様は私と婚約なさってた筈ですよね?
侯爵家と辺境伯爵家。家同士の婚約だった筈ですが」
「は?」
この言葉に驚いたのは王太子です。
信じられないものを見るようにマリアを見、それからフランシスカに視線を向けます。
そんな一部始終を見ていた私は杖のリンに話しかけます。
「なんだかおかしな現場に出くわしてしまいましたね」と。
ここからはリンの話です。
今の現場・乙女ゲームというリンが前世で生前触ったことのある遊戯の現場に似ているそうです。
その乙女ゲームでは悪役令嬢フランシスカはパレードの最中に王太子に断罪されて国外追放となり、マリアと王太子は結婚してめでたしめでたしとなるようですが、それはゲームの中の話であって現実では違います。
「え? ここって乙女ゲームの世界じゃないのかよ。
シナリオが違う。え? 何がどうなって……」
狼狽える王太子。
その様子を見ていたリンが〘ああ〙と声を上げます。
「どうしました?」
〘彼って私たちと一緒に転移・転生した男子の一人だね。
名前は……。え~っと……〙
「そう言えばアイルたちと同じものを感じますね。
名前までは分かりませんが」
〘ぶん……。文房具、文鎮みたいな名前だった気がする。
…………思い出した! 山田 文太〙
「男性が乙女ゲームをするというのは珍しくないですか?
リンの話だと主人公は女性で男性と恋をするゲームなのですよね?」
〘ヒロインが可愛いからね。大きくて丸い水色の瞳とか風にふわりと揺れる金色の髪とか。
胸も大きくはないけど、小さくもなくそれなりにあるし〙
「……むぅ」
『ミレーヌより大きいよね』
「………」
『ぎゃあああ! 無言で鷲掴みにして炎魔法流すの辞めてーーー!
そんな暴力女だから胸の成長が小さいまま止まるんだよ!』
「なんですと!」
『ぎゃあああ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
〘これはアリアが悪い〙
私たちが漫才を繰り広げている前方で話は進んでいます。
狼狽える王太子を横にマリアを見つめるフランシスカ。
「わたくしも初めて知りましたわ。
わたくしってマリアだけでなく王太子殿下とも婚約していましたの?」
「私に聞かれても……」
「それもそうね。ってところでマリアはいつ王太子殿下と仲良くなりましたの?」
「え? 仲良い……のでしょうか。何度かお茶会に誘われたりしたことはありますが」
「ふ~ん、お茶会……ですの」
「……フランシスカ様、もしかして焼き餅ですか?」
「そ、そうよ。悪い!? マリアはわたくしの婚約者なのに。
それが王太子殿下と二人きりでお茶会なんて、う~~」
「二人きりじゃないですよ。王太子殿下の付き人の方たちも一緒です」
「なお悪いですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
絶叫して馬車から飛び降り、マリアの元へ駆けようとするフランシスカ。
その彼女の前に王太子の付き人こと取り巻きが立ちはだかります。
「ブルック殿下の元へはいかせません」
「姉さん、見損ないましたよ。貴女のような人が侯爵令嬢とはぼくは恥ずかしい」
「フランシスカ、貴様はマリアに相応しくない。
そんな貴様がマリアの傍によるな。汚らわしい」
「そこをおどきなさい」
「「「断る」」」
フランシスカの脅しにも彼らは屈しません。
睨み合いが続きますが、それを壊すのはマリアです。
「邪魔です」
取り巻きの一人の元へ素早く駆け寄り、ジャンプして円を描くようにして首に蹴り。
これで一人目の意識を刈り取ったら二人目に腹パンチ。あっという間に二人の男性を制圧してしまいます。
残り一人。余りの事態にたじろぐ男性の元へ駆けよるマリア。
「マ、マリア。ちょっと待っ……」
「問答無用です」
顎に強烈な拳。三人地面へと仲良く横たわることになりました。
これにはフランシスカも若干引いています。
マリアはその場で手をはたいた後、フランシスカの様子などお構いなしに彼女の元へ駆け寄っていきます。
「フランシスカ」
「……マリア」
抱き締め合う二人。
いい雰囲気なところを邪魔する無粋なブルック王太子。
「お、おい。待て。君たちは女同士だろう?
っていうかマリアは僕と幸せになる物語だった筈。
なんで悪役令嬢フランシスカとヒロインのマリアが仲良くしてるんだよ。
ここはゲームの世界だろ? なんで僕の思い通りにならないんだよ。
僕は王太子だぞ? ヒーローなのに何故」
「ゲームの世界って……」
呆れた様子のフランシスカ。
マリアも同様で二人ため息をつきます。
「昔からバカだバカだとは思っていましたが、思っていた以上にバカだったんですのね」
「女同士で婚約とか結婚ってこの国では当たり前のことなのにね」
「お前ら何を言って……」
「この国に住んでいてどうして常識を知らないのか不思議ですが、教えて差し上げますわ。
先程マリアもおっしゃっていましたが、女性同士で婚約・結婚は普通のことですわよ?
ですからわたくしとマリアも子供の頃から婚約して将来は二人で公爵家を盛り立てる予定ですの。
それが何を勘違いなさったのか、わたくしと殿下が婚約しているなんて言うものですから、わたくし驚いてしまいましたわ」
「何を言う! 僕とフランシスカは婚約して……」
「もうおやめなさい。見苦しい」
フランシスカに食って掛かろうとするブルック王太子を止めたのは王妃様。
彼女は心底呆れた様子でブルック王太子にそれを告げます。
「このような公の場で騒ぎを起こすなど、何処で教育を間違えたのかしら。
自分たちが恥ずかしいわ。ブルック、貴方は廃嫡の上この国より追放を命じます。
そしてそこで伸びている者たちも同様の処分とします。
近衛兵ブルックたちを連れて行きなさい」
「待っ、待ってください。母上」
「お黙りなさい!! 近衛兵さっさとこの者たちを連れて行きなさい」
王妃の命令を受けてブルック王太子たちを縛り上げる近衛兵。
そこに何故か嬉々として近衛兵と共にブルック王太子たちを縛るのを手伝っているマリアがいますが、見て見ぬフリをした方が良いのでしょう。
頭を押さえているフランシスカに同情の視線を送ります。
「幼い頃から魔獣を相手にしてたらあんな風になるのかしら……」
フランシスカのそんなぼやきの後、婚約者にそんなことを言われているマリアに縛り上げられたブルック王太子……。
元王太子たちが近衛兵により連行されていきます。
「どうしてだ! 俺はヒーローだぞ。
マリアは俺のものだ。なのになんで……。
この世界バグってやがる。やり直しさせろ。クソッ、クソッ。
俺はヒーローだぞ。ヒーローなんだ!!」
訳の分からないことを喚いていますが、誰一人として相手にしていません。
やがて姿が見えなくなると王妃様の言葉により何事も無かったかのようにパレードが再開されます。
「さて皆様、騒がせてしまい申し訳ありませんでした。
先程のことは余興であったということにしておいてください。
では引き続き祭りを楽しみましょう」
動き出す群衆。あっという間に騒がしくなる場。
私は何となく苦笑いしつつその場を後にするのでした。




