25.ご褒美
翌日から私とニアの修業が始まりました。
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その魔女は驚きました。
教える者と教えられる者。
この関係は教えられる者・少女からの願いにより始まったものですが、少女は魔女が何も教えることがないと思う程優秀な生徒だったのです。
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……そうだと良かったと魔女は天を仰ぎ見ます。
実際はそうそう甘いものではありません。
生徒・少女は思わず魔女が言葉を失う程に何も出来ませんでした。
魔法を発動させるための第一手順、魔力感知は出来ています。
しかし第二手順の魔法操作の段階で躓いているのです。
そのせいで第三段階のイメージまでいって発動させても魔法はすぐに霧散してしまうか、或いはそもそも発動に失敗するか、ともすれば逆に暴走して大惨事を引き起こすか。いずれかです。
魔女は少女に魔力操作が完全に出来るようになるまでは魔法を発動させることを禁止することを伝えました。一度は魔力が少女を喰らおうとしたのです。すぐに魔女が鎮圧したので事無きを得ましたが、魔女がそこにいなければ今頃少女は自らの魔力に喰われて死んでしまっていたでしょう。
何故こんなことになっているのか。魔女は考えて、すぐに原因に思い当たりました。
少女はヒューエンスではないから学園にいてもろくに勉強を教えてもらえなかったのだろうと。
区別という名前の差別をされていたのでしょう。
そのことについては魔女も思うところはありますが、今更どうしようもありませんし、そこに魔女がいたとしたら一人でも戦っていたでしょう。人は物事を決める時は一人です。誰かに相談は出来たとしても、最後にどうするかを決めるかは自分自身です。だから魔女には戦わないという選択肢を選んだ結果が差別に繋がっているとも思えて、何とも複雑な気持ちになってしまうのです。
「ですが、人は誰でも強いわけではありませんからね」
怠慢な人は別ですが、その国の差別される側の人々は一度は戦おうと思ったことがあるのではないでしょうか。
しかし、どんなに戦いたくても人には恐怖という感情があります。
少女は見た目の通りな性格で、そのため決意しても上の圧倒的な力に縮こまってしまい、最後は何も出来ず終わってしまったと推測出来ます。
そうでなければ教えを乞うなど考えない筈ですから。
魔女は思います。それなら自分が手を貸してせめて理不尽に抗える程度の力を付けさせてあげたいと。
そのためには……。
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「ニア」
「はい、ミレーヌ先生」
「本は好きですか?」
「はい、好きですけど?」
「そうですか。それではどんな本が好きですか?」
「そうですねぇ。物語とか冒険譚とか旅行記とかが好きです」
「それなら読み書きは問題なく出来るということですね?」
「はい!」
それを聞いて私は魔法の実践ではなく、まずは座学から教えることにしました。
「では修業は座学から行うことにしましょう」
「はい! ミレーヌ先生」
こうして修行の日々は少しずつ過ぎていきます。
その中で嬉しい誤算がありました。
ニアは幸いにして地頭が良いらしく、私の教えを砂が水を吸収するかのように吸収していったのです。
ですがそれだけに[菌]についての説明の時は困ってしまいました。
目に視えないものを説明するのは大変でしたね。
結局、そういうものとしか言うしかありませんでした。
*
「あの、ミレーヌ先生」
「どうしました?」
座学の日々。今日は数学をしてもらっています。
その後ろで私は調べ物をしていたのですが、ニアに呼ばれてそちらへ行きます。
「すみません。ここがどうしても分からなくて……」
「見せてください」
彼女の背後から顔を出して私が作った問題集を眺めます。
……応用問題で戸惑っていたみたいですね。
これは私が引っかけで用意しておいたものです。
狙い通り、そこで引っかかっていることに少し笑ってしまいます。
「ふふっ、難しく考えすぎです。
肩の力を抜いてもう少し頭を柔らかくしたらすぐに分かると思いますよ」
そうニアに伝えて彼女を見ます。
目がバッチリ合いました。
顔を真っ赤にして、ニアはすぐさま私から視線を逸らします。
「あ、ありがとうございます。ミレーヌ先生」
「顔が赤いですが、風邪を引いてしまいましたか?」
私はニアの顔を自分に向けさせ、額と額を合わせます。
少し体温が高いですね。今日はこのくらいにしておいた方がいいかもしれません。
「少し熱がありますね。今日はこれで終わりにしてもいいですよ」
私はニアに微笑みます。
ニアはパクパクと口を開いては閉じて、そのうち意を決したように私に告げてきました。
「ミレーヌ先生、もし今日この問題集を全部終わらせることが出来たら、ご褒美いただいてもいいですか?」
「私に出来ることなら。ですがニアは風邪を引いているのではないですか?」
「こ、これはその……。ミレーヌ先生が良い匂いだから……」
「はい?」
最後の方聞き取れませんでした。
首を傾げるとニアが何故か慌てて早口で訴えてきます。
「な、なんでもありません。兎に角ご褒美が欲しいです。
これが終わったらミレーヌ先生に抱き着かせてください」
「それくらいならいいですよ」
「ほ、本当ですか!? 絶対ですよ? 約束ですからね」
「はい」
私はニアに頷きます。
彼女はそれを見て何かが乗り移ったかのように、問題集をかなりのハイペースで解き始めました。
「あたし、絶対終わらせる!!!」
「無理しないようにしてくださいね」
私は鬼気迫る勢いのニアから離れて調べ物に戻ります。
その後ニアは本当に問題集を全て今日一日で終わらせてしまいました。
*
「9割はあっていますね。これなら明日から実践に戻っても良さそうですね」
問題集の採点を終えて私はそれを"パタン"と閉じます。
それにしても結構分厚く作ったのですが、まさか一日で終わらせてしまうとは思いませんでした。
「ふぅ」
息を一つついてから隣でそわそわしているニアの顔を見ます。
私と目が合うとニアは動きを停止させてじっと私の目を覗き込んできます。
ご褒美の言葉を待っているのでしょう。
それが分かると私はニヤリと笑います。
"びくっ"と体を跳ねさせるニア。
私は両手を広げてニアに告げます。
「約束しましたからね。ではどうぞ」
ニアはそれを聞いて顔を綻ばせました。
もし彼女が獣人だったなら、尻尾を千切れる程振っていた気がします。
ニアのお尻に仮想のそれが見える気がして、私は笑ってしまいました。
「ふふふふふっ」
「ミレーヌ先生?」
「なんでもありません。それで、ご褒美はいらないのですか?」
「いりますいります」
ニアが私に抱き着いてきます。
首に両手を回して、匂われているような気がしますが気のせいでしょうか?
「ミレーヌ先生……の匂い。はぁ……」
「ニア?」
「は! な、なんでもありません」
「そうですか」
私は何気なくニアの腰に両手を回して私からも彼女を抱き締めるようにします。
「はわっ!!!??」
そうしているといいことを思いつきました。
「ニア。ダンスをしてみますか」
「え?」
「お母様とお母さん、ルーナー先生から習ったので一通り出来るつもりです」
「ミレーヌ先生じゃなくて、あたし……あたしがその……。
ダンスなんてやったことなくて無理です」
「まずはやってみましょうか」
私はニアの手を取ってお母様たちに習った通りのことをやっていきます。
ニアが不慣れなので不格好ですが、それでも形にはなっています。
「ミ、ミミミミレーヌ先生」
「どうしました?」
「あ、あたし……今が生まれて来て一番幸せかもしれません」
脳内で流していた曲が終わりを告げます。
二人共体が停止するとニアがまた抱き着いてきました。
「あたし、生まれて来て良かったです」
それから私たちはニアが満足するまでそのままそこで抱き合っていました。
*
ミレーヌとニアがそんな風に過ごしている頃。
それを傍で見ていたリンは口から砂糖を吐きそうな雰囲気にそっと顔を逸らした。
他の仲間たちは修行の間は別行動なのだけれど、リンは杖なのでミレーヌの傍にいるのだ。
〘ミレーヌが自分の気持ちを自覚してからの女垂らしぶりがどんどん進化している件〙
リンのその呟きは誰にも聞かれることなく空中に溶けていった。




