23.滅びの国 その1
「滅んでしまっていますね」
白亜の魔女。その称号を得てからニ月程が経ちました。
私たちはすでに幾つかの国を見て回り、今回の目的の場所へとやって来たのですが、その国は滅んでしまっていました。
原因はその国の首都を壊滅させても、未だにその周りで生き残りがいないか探し回っている魔獣たちのせいでしょう。私たちは彼らの前では圧倒的に無力です。そうですね、魔獣には私たちと同じように人が決めたものですが階級があるのですが、例えば一番下の恐慌級であっても魔獣一匹に対して私たちは三人から四人で相手をするのが基本です。まぁ優秀な私であれば上から絶望級・天災級・災害級・狂戦級・悪夢級・恐慌級のうちの災害級までであれば一人で相手どる自信がありますが。
「今その周りをうろうろしているのは悪夢級までの魔獣のようですね」
魔眼を発動して彼らの魔力を覗いて見た結果です。
実際にこの国を滅ぼしたのはどの階級の魔獣かは分かりませんが、残っているのは油断さえしなければ充分に倒せる魔獣たちばかりです。
確認を終えて魔眼を解除した私にルーナー先生が面白そうに聞いてきます。
「ミレーヌ。それで? どうするつもりなのかしら?」
笑顔でそう聞いてくるのは私の応えが分かり切っているからなのでしょう。
私はルーナー先生が予測している通りの答えを先生に返します。
「何もしませんよ。何かしてもすでに誰も生き残っていないでしょうし、そもそも私たちに何か得がありますか?」
「そうよね」
「ええ。それに……」
仮に私たちがここで手を貸したとして、その後リリスティア王国と同じ程度の結界を張れる魔法使いを連れてこないとまたすぐに滅んでしまうでしょう。
二度絶望を味わうことになるくらいなら、運命を受け入れた方が良いと思います。
私がルーナー先生にそう応えると先生は満足そうに微笑みました。
「そうね。親切のつもり、優しさのつもりが時には残酷な結果を生むことがあるわ。
今回は何もしないが正解よ。ミレーヌ」
「はい」
しかし滅んでしまっていたことは少し残念です。
今から他の国に行っても到着するのは夜になるでしょう。
となると、このご時世です。
時間的に国内に入国させてもらうことは恐らく難しいです。
「今夜も野営ですか」
呟くとアリアが喜びの声を上げました。
『来てる来てるボクの時代来てるよ~』
相手にするのが面倒臭いので無視です。
今は箒になっているリンを次の目的地がある方へ方向転換させてそちらに飛ぼうとします。
「リン、もうひと頑張りお願いしますね」
〘私は杖だから別に疲れないからいいよ。ミレーヌの魔力は大丈夫?〙
「この程度全然なんともありませんよ」
〘そっか。じゃあ行こう〙
「ええ」
リンを軽く撫でた時、私の目にそれが映ってしまいました。
女の子が魔獣に襲われています。
「……? ミーちゃん?」
「ミレーヌ? どうした?」
いつまでも自分たちに追従しようとしない私を見て、アイルとコレットが訝し気に声を掛けてきます。
ルーナー先生はすでに[事]に気が付いているようで私をじっと見ていますが、特に何かを言ってくるようなことはないようです。
見捨てなさい。と瞳で訴えて来てはいますが。
「………ルーナー先生」
「なぁに? ミレーヌ」
「私はバカのようです」
リンと一緒に転移。
女の子と魔獣の間に現れ、リンを即座に杖に戻して私は魔法を発動します。
悪夢級が二匹と恐慌級が三匹。この程度なら少ない魔力で仕留められます。
「土の雷」
本来雷は空から落とされるものですが、私のこれは杖から発生して地を蛇のように這いながら獲物に喰らいつく魔法です。
一匹、二匹、三匹……。雷は瞬く間に魔獣を喰らい尽くしてその役目を終えました。
「凄い……」
背後から女の子の声が聞こえます。
私はリンを箒に戻して腰を掛け、何も言わず飛び去ろうとしますが失敗に終わってしまいます。
「待ってください」
女の子にリンを掴まれてしまったのです。
このまま飛べば女の子を宙に連れて行って最悪放り出すことになるかもしれません。
「さすがにそれは人として無いですね」
仕方なく箒から降りて女の子と向き合います。
年の頃はそんなに私と変わりません。
緑の瞳にお姫様カットな前髪、後ろは肩より少し長い程度の栗色の髪。
耳が長いのでエルフですが、私よりも短いので彼女はハーフエルフでしょう。
上に白のブラウスに赤のリボン、紺のブレザー。下に紺のスカート。
それに紺の外套を羽織っていることから身分としては学生ですかね。
何処かオドオドとした感じで女の子は私に頭を下げます。
「あ、あの。助けていただいてありがとうございました。魔女様?」
「いえいえ。それでは私はこれで」
再び立ち去ろうとすると今度は手を掴まれます。
じっと睨むと女の子はその手を離しました。
「あたし、この先の……。
今はもう無くなっちゃいましたけど、国の王立星華女学院の生徒でニアって言います。
魔女様、どうかあたしたちを助けてください」
女の子・ニアは必死に私に頭を下げます。
このまま放っておくとリンの世界や東の国で用いられている土下座でも始めそうです。
そんなニアは放置して、私は脳内で思考を巡らせます。
『ニアは先程あたしたちと言っていましたね。
それは他に生き残っている人がいるということですよね』
私はニアを改めて見ます。
他に生き残りがいるなら、どうして彼女は一人なのでしょう。
何処に隠れていたかは分かりませんが、魔獣がまだいることは雰囲気だけでも分かる筈です。
「貴女はどうして一人で魔獣に追われていたのです?」
分からないことは直接聞いてみることにしました。
ニアはその質問に少し悩むそぶりを見せてから応えてくれます。
「友達があたしを庇って魔獣に怪我をさせられたんです。
あたしのせいで……。だからあたし助けを呼ぼうと思って、それで……」
その結果、魔獣に追われることになったのですか。
ミイラ取りがミイラになるところでしたね。
私はニアに声を掛けようとします。
その前に上空で様子を見守っていたルーナー先生たちが地上に降りてきました。
*
「貴女の友達が隠れているのはこの先ですか?」
「は、はい」
「やはり魔獣がうろうろしていますね。
私から離れないようにしてください」
「はい!」
私は結局、ニアの頼みを引き受けることになりました。
ルーナー先生に「物事に一度手を出した以上、最後まで責任を持ちなさい。魔女は自分が首を突っ込んだ物事を途中放棄したりしないものよ」と言われたからです。
「ここは迂回しますよ」
出来るだけ魔獣との戦闘を避ける方向で進みます。
全ての魔獣を相手にしていたらキリがないですし、なるべく早くニアの友達の元へ辿り着きたいからです。
不幸中の幸いで、今進んでいるここは元々は見晴らしの良い広場のようなところだったらしいですが、魔獣たちが暴れたせいで荒地に変貌してしまっています。
岩などが剥き出しになっていたり、倒木されたものが転がっていたり、地面にクレーターが出来ていたり。これらのおかげで身を隠しながら進むことが出来ます。
途中、稀に障害物と障害物の間が大きく空いているようなところもありますが、そこは魔法でその間に新しい障害物を作って進みます。気づかれなければなんとでもなるものです。
「魔女様、後少しです」
漸く目的地が見えた来たようです。
ですが目的地まで後一歩というそこには先客がいました。
「血の匂いを嗅ぎつけてきましたか」
「そんな! チアキちゃん」
ニアが叫んだその名前に引っかかるものを覚えましたが、とりあえず今はニアを落ち着かせることを優先させます。
「落ち着いてください。ここの先に魔獣の足跡は見当たりませんし、彼らが最初に見つけた魔獣だと思います。友達はまだ無事にいると思いますよ」
言うと険しくなっていたニアの顔は徐々に落ち着いていきます。
それを見て私は身を隠していた岩陰から出て魔獣たちに身を晒します。
すぐにそれに気づく魔獣たち。
数は十匹程。纏めて退場してもらうことにします。
無詠唱で魔法を発動。
地面から突き出した土の槍が容赦なく彼らを襲います。
これは予め指輪に魔法をストックしておいたものを解き放つことで、魔法の発動までのタイムラグを無くす私のオリジナルの秘術です。
ルーナー先生との修行の最中にふと思いついたものを試行錯誤の上で形にしたものです。
私はこれを修行の最終段階の日までルーナー先生には黙っていました。
先生のことですし、知っていたら簡単に対策されてしまいますからね。
それにしても、今思い出しても私の魔眼と似た眼、鑑定眼を持つルーナー先生を欺くのは大変でした。
二十四時間隠蔽の魔法を自分自身に掛け続けないといけなかったですから。
でもそれが出来たのもルーナー先生が修行開始早々に自分の能力を明かしてくれたからこそです。
最初に相対した時から私がルーナー先生には何かあると看破しているみたいだったからということで教えてくれたことでしたが、もしもそれがなかったらと思うと"ぞっ"としますね。
魔女の階級を得た今でも私とルーナー先生の間には悔しいですが、覆すのが難しい大きな実力差があるのです。
模擬戦を百戦して私の勝率が一割あるかないかくらいでしょうか。
ですからこの奇襲がなければ私は敗北していたでしょう。
時間にして一秒にも満たない程度で発動された魔法に驚き、隙の出来たルーナー先生の元へ転移して先生の喉元に杖を突きつけることに成功したのが私の勝利の仕方だったのです。
抵抗さえ出来ずに百舌鳥のハヤニエになった魔獣たち。
安全が確認出来たために岩陰から出てきたニアがそれを見て言葉を無くします。
「魔女様って一体……」
少しして我に返ったニアに私は指輪を見せます。
それを見たニアの反応は少し意外なものでした。
「魔女様があの白亜の魔女様だったのですか!!」




