20.鏡花の魔女*
オアシスの町を救った美少女魔導士。
彼女はその町に三日の滞在の後、再び新しい町に向けて出発しました。
そう、様々な不運が重なることではぐれてしまっていた仲間とも呆気なく再会することが出来たのです。
仲間たちは彼女との再会を大いに喜びました。
特にそのうちの一人であるダークエルフの少女は猫の獣人の少女の嫉妬と猛攻を何度も受けながらも華麗に全て躱し、出発のその日まで美少女魔導士を独り占めしました。
ダークエルフからも猫の獣人からも分かりやすいアプローチを受け続ける美少女魔導士。
彼女はそんな二人の想いに困惑し続けるばかりですが、それ以上にここ数日彼女を悩ませ続けている問題がありました。
それは自分の気持ちです。
ダークエルフにも、猫の獣人にも同じような気持ちになるのです。
胸が締め付けられるような、嬉しくて、辛くて、幸せで、切なくて、苦しい気持ち。
彼女は自分がおかしくなりそうで、いつしか仲間たちを避けるようになっていました。
交わるのは必要最小限の会話のみ。それもどうしても話さないといけないことがある時だけ。
それ以外の時は彼女は一人で時を過ごすようになりました。
今日も彼女は一人です。
満天の星空と何処も欠けていない丸い月。
そんな月を前に箒に腰かけながら、特に何をするでもなく、ただ宙に浮いています。
近頃の私の日課なのです。一人になるために町で買った箒に腰かけて、月を見ながらこうやって考え事をするのが。
「私はどうしたいんでしょう」
月に向かってそんなことを言います。
勿論、月は私の問いに応えてはくれません。
ですがこの日は違っていました。
「貴女、最近ここでよく見るわね。一人で何をしているの?」
突如月が喋ったことに驚いてきょろきょろと周りを伺います。
「誰もいませんね。まさか本当に月が?」
そんな筈ありませんでした。
「下よ、下」
「下?」
私は声が示すように下を向きます。
しかしやはり誰もいません。
「うーそ。本当は気配を消して真後ろでしたー」
"つんっ"と背後から頬を指でつつかれます。
突然のことで変な声を出してしまいました。
「ふぎゃっっ!!?」
「あらあら。驚かせちゃったかしら」
驚いたなんてものではありません。
心臓に悪いです。まだドキドキしていて収まる気配がありません。
「勘弁してください」
「ふふっ、ごめんなさい。可愛い魔女さん」
「魔女ではありません。私は魔導士です」
「そうなの? 膨大な魔力を持っているからてっきり魔女だと思っていたわ」
その、突然現れた、私と同じように箒に腰を下ろした乗り方で乗っているその人物は背後から私の前に移動して来て私のことをじっと見て来ます。
種族はエルフ。いえ、私よりも若干耳が長いのでディアナ様と同じハイエルフでしょうか。
見た目の年の頃は二十歳代と言ったところ。
意志の強さと同時に何処か飄々としたものを感じさせる紫の瞳。
亜麻色の髪を腰の辺りまで伸ばしていて、髪の先を紫のリボンで縛っています。
服装は上が白のブラウスに白のジャボ、黒のベスト。下が黒のロング丈のフレアスカート。
濃い紫の外套と同じく三角帽子を被っています。
「鏡花の魔女ですか」
右手の中指に嵌められた黄金色の指輪に記されているのはその称号名。
世界に二十数名しか存在しない階級の持ち主。
何を思って私に近づいて来たのかは分かりませんが、一応警戒しておいた方が良いかもしれませんね。
「間近で見るとやっぱり可愛い」
と思いましたが魔女の口から出た言葉は私を褒めるものでした。
「私のことですか?」
「ええ、そうよ。初めて見た時から思ってたんだけど、私の目に狂いはなかったわね」
尋ねると肯定されたので僅かに顔を緩ませます。
「ふふんっ。どんどん褒めてください」
「あらあら、可愛いこと。それにやっぱり魔力の質もいいわね。
ねぇ、可愛い魔導士さん。貴女、私の生徒になってみない?」
「はい?」
いきなり何を言い出すのでしょう。
私が初めて出会った人の生徒ですか。
幾ら何でもそれは物事を決めるにしては急すぎではないでしょうか。
「私たちは初対面ですよね? それでは少し難しいですね」
やんわりお断りしているつもりでしたが、この人には通じませんでした。
「うんうん。初対面だわ。でもいずれは魔女になるつもりなのでしょう?
だったらそれが少し早くなるだけのことじゃない。
それとも魔導士程度の階級のままで貴女は満足なのかしら?」
魔導士程度。そう言われて"カチン"ときました。
嘲笑するように笑い、わざとこの人を煽ります。
「魔導士程度ですか。魔導士と言えば王宮勤めが出来るくらいには魔法に優れた者ということですよ?
そのくらいのことは知っていますよね?」
「勿論だわ。う~ん、そうね。口で言っても分からないか。
だったら可愛い魔導士さん、私と模擬戦をやってみましょう。
魔女と魔導士の実力の差を分からせてあげる」
「へぇ……。随分自信があるんですね」
私は目の前の人を挑発するように笑います。
ですがまるで気にされません。
この人には私が必死に自分を強く見せようとしている子供に見えているようです。
「相手にされないのは悔しいですね」
挑発が不発に終わって徒労となってしまったのが悔しく、小声でそう呟きます。
その人には聞こえなかったようで、模擬戦開始の合図が何事もなかったかのように出されようとしましたが、その前に何かに気づいたその人自身の手でそれは止められました。
「そう言えば可愛い魔導士さんの名前聞いていなかったわね」
名前ですか。確かに言っていませんでしたね。
しかし言わなくても全てを見透かしてるようなこの感じはなんなのでしょうか。
まるで私の特殊能力の魔眼……。
いえ。まさか……。そんな筈は……。
背筋に冷たいものが走ります。
今更ですが、もしかして私は絶対に敵にしてはならないものと対峙しようとしているのではないでしょうか。
「ミレーヌです」
声が震えそうになるのをなんとか気力で押し殺して名前を告げます。
魔女はやはり知っていたという反応です。
「ミレーヌちゃんね。可愛らしい名前だわ。貴女にぴったりね」
「白々しいですね」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。それで貴女は?」
「私はルーナーよ。よろしくね。ミレーヌちゃん」
「ルーナーさんですか。[月の女神]という意味でしたね」
「ええ、そうよ。だからなのかしら? 私の魔力は月の下でこそ本領を発揮するの。
特にこういう月の下ではね」
ルーナーさんの雰囲気が変わります。
先程までの飄々としたものではなく、殺意に満ちた魔剣のような雰囲気。
少しでも動けば殺されてしまう。
そんな気がしてしまいます。
「では始めましょうか」
「……………」
ルーナーさんが私より更に上空にいき、右手を真っ直ぐ上に伸ばします。
空中に現れる無数の氷柱。
「まずは小手調べからね。千の氷柱」
私に振って来るのは文字通りの千の氷柱。
これの何処が小手調べですか!
我に返り、両手を前にして咄嗟に自分の前に魔力の結界を張り巡らさせます。
次々と結界に衝突するルーナーさんの魔法。
受けてみて分かります。この魔力の質は純粋で、それ故に強い。
こんな魔力をぶつけられたら並大抵の魔法使いでは一溜りもないでしょう。
「くっ……。うっ……うぅぅぅっ……」
私でもキツイです。体中の魔力を防御に回さないと耐えられません。
早く攻撃が終わって欲しいです。
後どれくらい氷柱が残っているのでしょうか。
「へぇ、やるわね。じゃあ追加よ」
「嘘でしょ!!」
後少しで終わりそうだった氷柱が新たに生み出されて増えました。
あれを撃たれたらもう耐えられる自信はありません。
「不本意ですが背に腹は代えられません」
三十八景、逃げるにしかず。
でしたでしょうか。
氷柱が振り下ろされると同時に私は箒を操ってその場所から回避します。
氷柱の弱点は追尾など出来ないこと。
だからその場から逃げてしまえばその攻撃は意味がありません。
そして。
「術者は一瞬無防備になる。そこを狙えば――――」
ルーナーさんは今、攻撃のため手を振り下ろした状態です。
私は逃げて斜め下。ここから無防備になったルーナーさんの体が良く見えます。
「風の刃」
速度と威力は充分です。
これでルーナーさんに一太刀浴びせることが出来る……。
彼女がこちらを見て小さく笑いました。
悪寒が走ります。ダメ。ころ……される……。
風の刃がルーナーさんに届きます。
しかし彼女はもうそこにはいません。
「転移!?」
「はい、正解です」
真正面!? お腹に手を当てられてそのまま魔力の塊をぶつけられます。
「げほっっっっ!!!!」
くの字に体が曲がって空中から地面へ飛ばされます。
寸手のところで魔法で箒を呼び寄せて事なきを得ましたが、当然私の絶望はそれで終わりではありませんでした。
「ごめんね。ミレーヌちゃん」
箒を片手で掴んでぶら下がっている私の目に映るのはルーナーさんが氷柱を発生させる時と同じように空に向かって手を上げている様子。
ただ今回はその空に雷鳴が届いていて、竜のように雲と雲の間を雷が這っています。
「あ……っ」
死がそこに。自覚すると脳内に今までの人生の映像が流れ始めます。
頬を涙が伝います。こんなにも呆気なく死ぬなんて思っていませんでした。
「さようなら……」
ルーナーさんが呟き、雷に攻撃命令が下されます。
それは私の体を確実に――――。
反射的に目を閉じます。
後一秒もすれば私は雷に打たれて人生に終止符を打つでしょう。
……………。
いつまでも衝撃が来ません。
すでに一秒はとっくに過ぎた筈です。
何故? 目をゆっくりと開きます。
そこにはルーナーさんが立っていました。
「私の勝ちね」
額を"つんっ"とつつかれます。
負けました。完膚なきまでの敗北です。
箒から手を離して地面へ降ります。
ルーナーさんも着いて来て私のことを抱き締めました。
「さて、魔女と魔導士にはこれだけの実力差があるって分かったでしょう?
もう拒まないと思うけど、一応聞くわね?
ミレーヌちゃん、私の生徒にならない? 今よりずっと強くなれるわよ」
「これで断れるわけないじゃないですか。よろしくお願いします。ルーナー先生」
こうして私はひょんなことからルーナー先生の生徒となりました。
※ジャボとは貴族などがよく身に着けている襞の付いた胸の飾りのことです。
※先生と生徒、師匠と弟子と悩んだのですがミレーヌは女性なのに[弟]子ってなんか違和感あるなぁっていう作者の謎の拘りにより先生と生徒を採用しました。




