15.ソグナ砂漠
リリスティア王国とはその昔、男性たちにより虐げられてきた女性たち。
もっと言うと、無実の罪で処刑されそうになった女性たちが一致団結してその男性たちと戦い、勝利して逃亡した先でここに自分たちの国を作ろうと建国作業を始めたのがリリスティア王国の始まりです。
何もないところに国を作るのですから、最初の作業は困難を極めたようです。
ですが女性たちは皆、どんな困難にぶつかっても決して諦めることなく作業を続けました。
何故それが出来たのか。それは彼女たちには希望があったからです。
その頑張りは建国作業開始から数年を得た後に実を結び、小国ではありますが人としての営みを行える場所が完成しました。
最初は本当に小国でした。国の名前すらなかったくらいです。
ですがその小国に噂を聞き付けた同じような境遇を体験して来た女性たちが年々集っていき、小国はリリスティア王国と名前を持つようになり、やがてそれなりの大国となりました。
男性禁制の国。
ここには女性しか立ち入りが許されません。
男性は外の結界により弾かれてしまうのです。
元々が弾圧を受けて来た女性たちです。
それ故に男性を好みませんし、平和を脅かされることを決して許しません。
[国]に手を出した者に対する報復措置は他の何処の国よりも苛烈です。
報復されたくなければ手を出して来るな。
それがリリスティア王国の他国に対する方針です。
ですが考え方は十人十色。リリスティア王国内にも、その[国]の在り方に異を唱える者も当然います。
いますが、その国の考え方のおかげで国民の平和な生活が守られているのもまた事実。
それが分かっているからでしょう。
リリスティア王国では表立って国を批判する者は殆どいません。
他国はそんなリリスティア王国を目の敵にしているところもあるようですが。
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以上が私がこれまで旅をして来て、その中で見聞きしたリリスティア王国の歴史と真実です。
以前にディアナ女王陛下にこの国が好きかと聞かれて好きだと応えたことがありましたが、それらを知った今でもやっぱりその答えが変わることはありません。
或いはその先にあるのは絶望。
その運命をひっくり返して希望にしたご先祖様たち。
尊敬してしまいます。
さて、そんなご先祖様の中に私にそっくりな方がいたようです。
賢者ミレニア様。彼女は全ての属性魔法を扱い、建国と国の発展に大いに尽くしたのだとか。
そう、フェンリルの御伽噺のその人のことです。
私は一部国民の間でその方の生まれ変わりなのではないかと話されていると聞きました。
そうかもしれませんね。
気高く美しい少女。その方も私に似た容姿だったのでしょう。
私はこの度十四歳となりました。
後一年すれば成人。私も晴れて大人の仲間入りとなります。
そうですね。後一年あるのです。
もう少しくらい胸は育つでしょう。
まさかリンから聞いた呪いが私に適用されている。
……ということはありませんよね。
なんとなく自分の胸を触ってみます。
前に見たリンの胸よりもやや小さいような気がします。
「このまま成長が止まるということはありませんよね」
エルフという種族は十五~二十歳の間で老化と体の成長が止まります。
以降は寿命を迎える五十年前までその年齢のままの容姿です。
何事も無ければ凡そ千年生きる種族なのですから、体は九百年以上若さを保っているということになります。精神は緩やかに老いていくようですが。
「こんなことをしている場合ではありませんね」
今日は出発の日です。
外套と帽子を手に取り、身に着けて私は歩き出します。
リリスティア王国の視察から戻った後、暫くは国にいましたが旅の楽しさが忘れられず私はまたすぐに国を出発しました。
今度は世界を見て回る旅です。
まずは手始めにリリスティア王国のある大陸に存在している国。
……からのつもりでしたが、隣の国に立ち寄った際に丁度良く他大陸への定期便が出ていたので乗せてもらうことにしました。
ですから現在は別大陸にいます。
ところ変われば土地の様子も変わるものですね。
私たちの大陸は魔法が特に発展していて、その恩恵により文化が広がっています。
が、この大陸はそうでもなく、代わりに錬金術が発展していて美しくも面白い調度品が様々な町の中で見て取れます。
「あ! ミーちゃん来た~」
「遅刻とは珍しいな。寝坊でもしたのか?」
「待たせてしまいましたか? いえ、そういうわけではないのですが」
〘聞かないであげて〙
『胸が小さいことに悩んでたんだよ』
せっかくリンが上手く切り抜けようとしてくれたのに、アリアがばらしてしまいました。
アリアを鷲掴みにして私は魔力を炎化したものをアリアに流します。
『ぎゃあああああ! 熱い熱い熱いよ。ねぇ、熱いーーーーー』
「スライムは水が主成分ですよね? それでも熱さを感じるのですか?」
私はにこにこと笑っています。
その様子にリンたちは引き攣った顔をしています。
『限度があるから! 限度があるから! 沸騰してる。沸騰してるよ!!』
「……いずれ気体になるのでしょうか」
『待って!! やめて。ボクいなくなっちゃうから!!』
「仕方ありませんね」
なんだかんだでアリアはこの旅で重宝しています。
たまに野営をする時もありますから、そんな時にアリアは欠かせないのです。
『ああ~、死ぬかと思った』
〘アリアってさ、なんでわざわざミレーヌを怒らせるようなこと言うの?
やっぱりマゾなの?〙
『それがボクの生き様だからさ』
〘……ふーん〙
『ちょ。もうちょっと食いついてくれていいと思うけど!』
リンは完全にアリアを無視して私の隣に屈みます。
そんなリンの体を軽く撫で、それから私が腰を下ろすとリンが立ち上がり歩き出します。
置いて行かれそうになったアリアはリンの尻尾、次に背中、私の背中を得て私の肩へ。
肩の上がすっかりアリアの定位置になっているみたいですね。
そこでアリアはすっかりくつろいでいます。
ちなみにアイルとコレットの二人は私たちに並走するように箒に乗って飛んでいます。
そろそろ本日まで拠点にしていた国の門を抜けます。
最初の頃は門兵さんに警戒されていましたが、数日滞在した今となってはすっかり慣れたようで欠伸をしながら見送ってくれます。
「ふわぁぁぁ、気を付けてなー」
「はい。出発なのでもうここには帰ってきません。
お世話になりました」
「おっ、そうか。また来いよ」
「はい、また来ます」
門を抜けました。
ここで私はリンに魔力を送り、彼女の姿をフェンリルから別の幻獣へ変化させます。
基本は白の体躯ですが、頭と翼と尾の一部に紅も持つ幻獣ガルーダです。
〘空を飛ぶのも慣れたなぁ〙
「リンは適応力に優れていますね」
〘元人間だったのにね。もはや獣の体の方がしっくりくるのが怖い〙
「ふふっ」
暫くは空の旅です。
皆で雑談などしながら悠々と空の遊覧を楽しみます。
「ミーちゃん、次の国まではどれくらいあるんだっけ?」
「最低でも二日はかかりそうですね」
「うげ~。二日間は野宿か~」
コレットがげんなりとした顔で私の肩の上にいるアリアを見ます。
気持ちは分かりますが、こればかりはどうしようもありません。
『ボクは楽しみだけどなー』
「そりゃあんたは楽しみだろうけど」
『その時が待ち遠しい』
「水控えめにしなきゃ」
コレットがやや遠ざかり、右手を小さく上げて決意の言葉を呟きます。
私もそうしたいですが、上手くいくかは分かりません。
今日は難所を超えないといけないのです。
「そろそろですね……」
暫く空を飛び続けていると、その難所が見えてきます。
温度も上がってきました。このまま進むのは危険です。
地上へと降下。リンをフェンリルにして私はこの時のために買っておいた全身を包むローブを空間から取り出します。
それを身に纏う代わりに帽子と外套は空間行きです。
全員用意が出来るのを待ち、私たちは歩き出します。
「あ……っつい」
時間的に日が高くにありますしね。
それにしても何もありません。
砂とたまに緑、後は石が転がっているだけの風景です。
風が吹き、砂が舞い上がります。
そのせいであっという間に体が砂だらけになります。
ローブの間からも砂が入ってきました。
不快ですね。侮っていたつもりはありませんが、ソグナ砂漠、ここを超えるのは想像の何倍も大変なことかもしれません。
「げっほげほっ。洗浄魔法。
……ダメだぁ。すぐに新しい砂が服の中に入って来る~」
「コレットとアイル、手を繋いでもらっていいですか?」
「え、どうしたの? ミーちゃん。甘えたい時期なの? 可愛い」
「ああ、勿論だ。思っていたよりも風が強いからな。
視界が悪くなってはぐれてしまう可能性があるかもしれないことを考えたらその方がいいだろう」
「そういうことです」
「え~、ミーちゃんが甘えたいんじゃないの~? つまんな~い」
「コレット、あまり大口を開けていると砂が口に入りますよ」
「ぺっぺっ、うわ。口の中がじゃりじゃりする」
「言った傍からだな」
「コレットは期待を裏切りませんね」
強風が巻き起こります。
さっきまで明るかった視界は一気に暗くなり、至近距離さえ見えなくなってしまいました。
砂嵐に巻き込まれたようです。
あまりの強風に体が宙に浮かびそうになります。
慌ててコレットが土魔法を用い、岩壁で簡易建物を作ってくれたおかげで助かりました。
「ここでやり過ごすしかないな」
窓も無ければドアもない天井と四方岩の壁。
ですから暗闇です。
「照明魔法」
私がその魔法を使った矢先に地面が大きく揺れ始めました。
「あぁぁぁ、もうっ。今度は何!!!!?」
立っていられずに三人全員地面に倒れます。
それを狙ったかのようにその魔物は現れました。
「サンドワーム!? きゃぁぁぁぁっ」
砂漠の巨大ミミズ。サンドワームと呼ばれている魔物です。
食用に転用することが出来、その味はなかなかの珍味らしいですが食べたことはありません。
そんなサンドワームが三人の真下から現れての攻撃です。
運悪くサンドワームの頭の場所にいた私は跳ね飛ばされ、天井にぶつかり、その衝撃によって意識を失いそうになります。
「っ」
「ミーちゃん!」
「ミレーヌ!!」
サンドワームの猛攻は止まりません。
自ら体を天井にぶつけて何度目かでそこを破壊します。
それにより砂嵐が急激に建物内に入って来て、空気膨張に耐えられなくなった建物が破損。
私たちは砂の竜巻に攫われて空に舞い上がりました。
『息が……』
酸素が吸えません。それに砂と一緒に舞い上げられた石が体に直撃してきます。
「っっっ」
尋常な痛みではありません。
確認は出来ませんが、まず間違いなく肉が抉れていることでしょう。
『治癒魔法』
焼け石に水なのは分かっていますが、応急処置です。
絶望的な中で懸命になんとかしようと目を開くとコレットがこちらに手を伸ばしているのが見えます。
『ミーちゃん』
『コレット』
彼女に手を伸ばします。後少し、後少しでその手は届きます。
飛んで来た石が私の頬を切り裂き、飛び散った血が左の目に入ります。
「うっ」
片方の視界を失いました。
それでも手を伸ばし続けます。
もう、少し……。
届きました。
その瞬間、私とコレットは飛んで来た木材のようなものに体を持っていかれ、意識を失ってしまいました。




