10.アリア
リリスティア王国王都リリム。門外。
私たちは今、そこにいます。
とは言え、ここも結界の中。ですから町中よりは劣りますが、まだ比較的平和な場所です。
この国には各町の内と外で二重に結界が張られているのです。
内側は各町を完全に包み込むように、外側は国全体を包むように円状に半径10kmに渡ってぐるりと張られています。
それは他の目的もありますが、基本的には魔獣と呼ばれる世界共通の敵から国を守るためです。
魔獣とは何らかの影響により魔素が淀んで瘴気へと変わり、その瘴気を浴び続けた石などが魔石となって、やがて恐ろしい化け物の姿を作り出してこの世界に生けとし生けるもの全てを襲いだす存在のことです。
魔獣は倒すことに成功すると魔石を残して消え去ります。
魔石は魔道具の核になって人々の生活を助けます。
ですから世界の敵である一方、魔石の恩恵に預かっているのもまた事実。
そのため一概に害獣扱いすることも出来ず、世界が頭を悩ませています。
他に魔獣と名前は似ていますが、魔物と呼ばれる存在もいます。
彼ら・彼女らは魔獣とは違い、基本的には動物や虫が魔素のたっぷり染み込んだ草や動物などを食べたことによって変化した存在です。
魔獣との見分け方は簡単で額に角があるかどうか。
魔獣には必ずありますが、魔物にはありません。
又、魔物は変化しても動物や虫の本来の性質をそのまま残しているので私たちと魔物との間でとある儀式を行わない限りは内側には入れませんが、外側であれば結界の中に入れます。
この国の結界の中には沢山の魔物たちがいます。
その中でも特に多いのがスライムでしょうか。
スライムたちは動物が変化したものではありません。
スライムたちの生体についてはまだ謎のままです。
一説には魔獣のように瘴気ではなく、魔素を浴びた自然界の何かが変化した存在と言われてもいますが、その説が正しいかどうかは分かっていません。
そんなスライム。
元々はこの付近にはいなかったと言われています。
というよりも、大陸の各地に散らばっていたと言う方が正しいでしょうか。
ですが今より数千年程の昔、リリスティア王国が建国された際に女性たちに着いて来たらしいのです。
この世界のスライムたちは無類の女性好きなのです!!
昔は道行く女性たちに飛びかかり、服だけ溶かして辱める悪戯をしていたらしいです。
そのためにかつては女性たちからそれはそれは軽蔑されていましたが、ある時スライムに襲われ続けた女性が以前よりも肌の質が良くなっていることに気づき、それが広まることでスライムたちの待遇が大きく変わりました。
なんと、スライムたちの体内の[酸]は温泉的な美容効果があるのです。
とはいえ、それは女性に対してだけ。
自分たちの敵に対しては強力な[酸]となるようなので、スライムたちの[酸]は調節が可能ということが判明しています。
それが分かってからは一家に一匹……。
いえ、数匹スライムがペットのように飼われるようになりました。
トイレに一匹とお風呂に一匹が一般家庭におけるスライムの数。
私たちのような准貴族・王宮魔導士の家となるとその数は当然増えます。
初めの頃は抵抗がありました。
スライムに向けてするのも、その後の処置をスライムに任せるのもです。
スライムたちは触手を伸ばしてその……、トイレットペーパーの代わりになるのです。
今では大分慣れました。というよりも割り切っています。
もう国中がスライム無しではいられなくなっているのですから、慣れないと仕方ないじゃないですか。
「スライムさん、少しお話いいですか?」
私はリンを背後に、門外の草原に腰を屈ませて野生のスライムに話しかけます。
じっと私を見るスライム。見た目は青い饅頭に目が付いている感じです。
『何か用?』
スライムは言葉を発する器官がないので、こうやって思念で話しかけてきます。
私はそれに言葉で対応してスライムを撫でます。
「私の専属ペットになってはくれませんか?」
実は私は近々旅に出る予定です。
この間のアイルとの会話で自分がどれ程世間知らずなのかを思い知りましたから。
そのためにスライムを一匹連れて行きたいのです。
ゴミの処理から他にもいろいろ重宝しますからね。
『報酬は?』
「私自身が報酬だと思いますが」
『だって子供じゃん』
「幼女はお嫌いですか?」
『嫌いではないけど、ボクはもう少しお姉さんな方が好み』
「つかぬことをお聞きしますが、あなたは男の子でしょうか?」
『スライムに性別はないよ? 皆、中性だよ』
「そうなんですか。勉強になります」
『じゃあそういうことで』
「待ってください! 私もそのうち大きくなりますよ?」
『それもそうだね』
「はい!」
『じゃあ着いて行ってあげてもいいかな~。
でもお願いがあるんだけど』
「はい? なんでしょうか?」
スライムから手の形の触手が伸びて来て私のことを手招きします。
自分に耳を近づけろということらしいですが、思念で話すスライムにその意味はあるのでしょうか?
『あのね……』
「うっっっ」
『嫌なら他を当たって』
「わっ、分かりました……」
私とスライムとの間に何があったかは、私の名誉のために伝えません。
とりあえずすぐに記憶から消去しようと思います。
『ありがとう。眼福だった』
「はぁ。喜んでもらえたようで何よりです」
『それじゃあそういうことで』
「あ゛!」
今の言葉は聞き違いでしょうか? きっとそうですよね。
私は誤ってスライムのすぐ隣に電撃の魔法を放ってしまいます。
「今の言葉は聞き違いですよね?」
『ひっっっ!! じょ……冗談だよ。
そ、そうだ。忠誠の証にボクに名前をつけてくれていいよ。
そしたらボクは君が解放するまで君のペットだよ……』
「そうですね。では道端のゴミと名付けましょう」
『え………っ』
「よろしくお願いしますね。道端のゴミ」
『待ってーーー!! 謝るから!! だからその名前は許してーーー!!』
私はその後、スライムが余りにも泣くので一度ペット化を解除して、新たにアリアと名付けました。
名付けにはこういう裏技があるのです。
寛大な心の持ち主であるこの私に感謝してくださいね。アリア。
*
それから私はリンの背に乗り、アリアを肩に王都へと帰還しました。
目的地を自宅に定めて歩いていたのですが、行く時と同様に王都の人々の視線が注がれます。
思わず顔をニヤけさせる私です。
人々に手を振りながら微笑むと、数名程胸を押さえてその場に蹲ってしまいました。
「私の美貌は留まるところを知らないみたいですね」
くすくす笑っているとアリアから突っ込みが入ります。
『こんな暴力幼女の何処がいいんだか……』
何かとても失礼な声が聞こえたような気がします。
私は肩のアリアを鷲掴みにしてそこから降ろし、左右の頬に当たるところをそれぞれ掴んで強く引っ張ります。
「どれくらいまで伸びるか試してみて良いですか?」
『もうやってるーーーー!! ごめんなさいごめんなさい。千切れる、千切れるから―――』
アリアは良く伸びますね。
とりあえず私が両腕をめいいっぱい伸ばしてもまだ伸びるということが分かりました。
『やっぱり暴力幼女じゃん』
次は雑巾絞りなどしてみます。
「うん、もっと捻じれそうですね」
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
〘アリアってさ、マゾなの?〙
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
王都に響くアリアの悲痛な声。
私たちはその声をBGMに無事自宅へと辿り着きました。
「ただいま帰りました」
「おかえり。ミレーヌ」
「おかえりなさい。ミレーヌちゃん」
充実した一日でしたね。
そう思い、家の中へ入る私。
私はこの時気が付いていなかったのです。
家の近くの建物の影からまるで私の隙を伺うように見ている存在がいたことを。




