文化祭に向けて
「佐野と沖沢さー。放課後空いてるー?」
それはある日の学校での出来事だった。
漫画談義に花を咲かせていた陽一郎と沖沢に声をかけたのはクラスの女子生徒で、
「俺は空いてるけど」
「僕も一応」
とあまり親しくないその女子に、そんな事を聞かれたものだから二人とも少し警戒しながら答える。
「良かった〜。ちょっと文化祭の事でお願いしたい事あるから教室に残っててくれない?」
けれどそれが学校の行事関連だとし知り少しホッとする。
二人は了承すると、その女子生徒は何処かへ行ってしまった。
「文化祭か。そういえば夏休み明けにあるんだよな?」
「うん。そう考えると二年もあっという間だよね」
「二学期は修学旅行もあるしなあ」
「陽一郎は去年何やったの?」
「俺は、何か縁日みたいなよく分からない奴だったな」
正直、高校生には楽しめないだろうというレベルだったが遊びに来ていた小さい子どもとかには結構人気だった記憶を陽一郎は思い出す。
「そっかー。僕も似たようなものだったな」
「でもそうか。文化祭か……」
「どうかした?」
「いや、これは中々見逃せない青春イベントなのかもしれない」
陽一郎はニヤリと笑った。
*
「あれ、そっちも居残り?」
放課後、教室に残っていた凛花を見つけ、陽一郎が話しかけた。
「うん。みっちに言われて」
みっち。と呼ばれたのは凛花の友達で、彼女こそがここに残るように言ってきた生徒だ。
「はい。みんな集まってるねー」
ちょうどその時壇上に上がった、彼女が声を上げた。それを合図にするかのように残っていた数名がゾロゾロと座り、陽一郎もとりあえず空いている席に座った。
「今日は急な呼びかけに残ってもらってありがとね」
そう言うと彼女は話し始めた。
「とりあえず今から配るプリントに空いてる日だけ丸つけてほしいんだ」
彼女は一枚のプリントを一番近くの生徒に渡す。
「一応さっきも言ったけど、今日集まってもらっ
たのは文化祭の準備についてでーす」
彼女は淡々と話を進めていく。
「文化祭の準備って言ってもまだ何もできないよな?」
「その準備のスケジュールを決めるんじゃない?」
陽一郎が疑問に思う隣で沖沢は答える。
「今日集まってもらった人達は部活入ってない人と、夏休み割と時間取れる人に声かけたんだけどみんな大丈夫?」
それで帰宅部である自分達にも声をかけたのかと陽一郎は理解した。
他にも部活が始まるまでの時間を持て余してる生徒たちも残っているようだった。
壇上の女子生徒は文化祭の実行委員のようで話をどんどん進めていく。
そんな中、ポケットでバイブが鳴って
『夏休みの予定ってあるの?』
と陽一郎のスマホにメッセージが届く。それは凛花からで、陽一郎が顔を向けると凛花と一瞬目があった。
『特にない。ダラダラする!』
と返すと、
『分かった』
と返ってきた。
陽一郎はとりあえずほとんどの日に丸をつけた。強制ではないらしく、それならまあいいかと、何も考えずに沖沢に紙を渡した。彼もほとんど予定がないのか大体丸をつけていた。
それから色々説明があったりしたが陽一郎はボーッとしながら黒板を眺めていた。
これからくる夏の予感を感じていた。
*
「あんなに丸付けて大丈夫だったの?」
同じ時間に最寄駅に着いた凛花と遭遇して一緒に帰る途中、彼女は聞いた。
「大丈夫だろ。特に予定ないし」
「陽毬ちゃん帰ってくるのは……お盆だから良いのか」
凛花はそう言いながらお盆期間はそもそも準備の予定が無いことを思い出した。
「あーそうか。確かに帰ってくるのか」
「え、あんた」
と凛花が何か言いたそうな顔をした。
「え?何?いや、忘れてたわけじゃないぞ?」
と身内への態度を冷ややかな目で見られていると思い陽一郎は訂正する。
「いや、まあ良いや」
しかし、そうではなかったようだ。だが、その意図は結局分からず、凛花はそれ以上何も言わなかった。
「文化祭、楽しみ?」
話題を変えるように凛花が興味本位で聞いてみると、
「うーん。青春イベントって感じはするよな!」
と陽一郎は答える。
「青春かあ。確かに文化祭マジック何て言葉もあるもんね」
「実際付き合う人達っているんかな?」
「どうなんだろ。去年はそんな話聞かなかったな」
「アニメの文化祭とかだとさキャンプファイヤーとかやったりするじゃん?」
「するじゃん?って言われても知らないけど」
「するんだよ!でも実際キャンプファイヤーなんてやるとこあるのかな?」
「ここら辺じゃやってる高校ないんじゃない?」
「だよなー」
「やりたかったの?」
「あの夜遅くまで学校残ってる感じがいいじゃん!」
「そういう事ね」
と、そんな会話をしてるともう凛花の家の前まで着ていた。
「じゃあまたね」
凛花はそう言って家の門を開けようとする。
「おう。また」
いつものように返事をすると凛花は言い忘れてたかのようにポツリと呟く。
「……文化祭。楽しめたら良いね」
「そうだな」
凛花が家へ入っていくのを見送ってから陽一郎は歩き出す。
「文化祭かあ」
何だかんだ楽しみにしている自分がいて、少しだけ頑張ろうと陽一郎は思った。