表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い春を探して  作者: 美作
6/70

試験勉強

「何故人は勉強しなければならないのだろうか」


 向かいに座る陽一郎がそう言い出した時、案の定、凛花の頭に浮かんだのは「また、始まった」の言葉だった。


 凛花は単語帳をペラペラ捲りながら、「勉強してた方が後々役に立つからじゃない?」と答える。


「それじゃあダメなんだよ。そんな理由じゃ……。俺の心は突き動かない!」


とわざとらしく悔しそうに言う陽一郎にため息をつきながら凛花は単語帳を閉じて、彼の方を見る。


「あ、すまん」


 勉強の手を止めてしまった事に対して、陽一郎が謝る。


 その気遣いができるならもう少し黙って勉強を続けることもできたのではと凛花は思ったが、「別に、今日の予定はほとんど終わらせたし」と答える。


「それならいいんだけど」


「そもそも、ここじゃがっつり勉強なんて出来ないし」


 そう言ったのは、ここが凛花の父が経営するカフェだったからだ。


 身内の店であるとは言え、勉強をするために教科書やノートを広げるのは気が引ける。毎度テストの休息がてら店に来ることは許されているが甘えすぎてもいけない。


「と言う事で、今回は勉強のモチベーションをどう上げるかについて話し合おう」


「話し合おうってさ……これに関してはいつも答えが出ないでしょ」


「こ、今回こそは!」


「要は疲れたから他の事で気を紛らわしたいんでしょ?」


「まあ、そういう捉え方もあるな」


 ははは。と笑う陽一郎にやれやれといった表情をする凛花。


「でも私も少し疲れてたから気分転換に話すのは丁度いいかも。何で勉強するか?だっけ」


 そう言いながらだいぶ少なくなった、アイスコーヒーに手を伸ばす。


「そう。分かるんだよ?勉強は大事だって。でもそんなありふれた理由じゃ俺のモチベーションが続かないんだよ」


「モチベーションね。でも確かに不意にやる気がなくなる時ってあるもんね」


「な?だからそうなった時に、自分を奮い立たせるようなそんな理由があればと思って」


「うーん」


 そう言われると明確な理由を言葉にするのは難しい事に凛花は気がつく。


「そもそも……」凛花は何となく思いついたことを口に出す。「勉強するのって大学に行くためでしょ?今の私達にとっては」


「うん」


「だから、どんな大学に行きたいかってちゃんと考えてればモチベーションは上がるんじゃない?」


「どんな大学にかあ」


 陽一郎は背中を逸らして天井を眺めながら考える。

「何でもいいんじゃない?あんたの興味ある事とか何となくでさ」


「俺の興味……青春か。つまり青春ができる大学に行けばいいのか?」


陽一郎はそう言いながら体勢を戻して凛花の方を見る。


「……それは別にどこでも出来るんじゃない?ていうか今だってできるし」


「ふっふっふ。分かってないな凛花。いいか?大学には大学の青春がある」


「へえ」とあまり興味のなさそうな顔で凛花は返事をした。


「まず何と言っても飲み会だな。二十歳を過ぎれば酒が飲めるようになる!」


 返事はせずに凛花は黙って陽一郎の話を聞く。


「門限も気にしなくていいし、そのまま朝まで遊べるんだぜ?絶対楽しいだろうな」


「でも、トラブルもありそうじゃない?」


「そこは確かに注意が必要だな。後は一人暮らしも楽しそうだろ?」


どうやらマイナスのイメージは今は気にしないらしい。


「前にも言ってたね。それは場所によると思うけど」


「都内がいいな。色々楽しめるものがありそう」


と、短絡的な思考で陽一郎は言う。


「都内なら通える距離じゃん」


「だって遠すぎたら家に帰れないだろ」


「家に帰らないから一人暮らしなんでしょ」


「寂しくなるかもしれないじゃん」


「陽毬ちゃんは一人で頑張ってるのにね」


「アイツは……凄いやつだからな」


 と答えになっていない解答をする陽一郎。


「そんなに家を出たいの?」


「そこまでじゃないけど、憧れはあるよなって」


「憧れねえ。私はここから通える場所がいいな。一人暮らしはお金も掛かるし」


「ならあれだ。ルームシェア!」


「他の人と暮らすってストレス溜まりそうじゃない?」


「仲良い人なら楽しいんじゃないか?」


「例えば?」


「そりゃ、俺と凛花とかさ」


「え?」


 一瞬、凛花の動きがピタリと止まる。


「凛花なら母さんも許してくれると思うんだよなあ」


「ああ。そういう意味ね。確かにあんたはまずおばさんの許可を得ないとね」


 深い意味はなかったようで凛花は平然を取り戻す。


「良い大学に行けたら一人暮らしも許してくれるかな」


「どうだろうね。そもそも良い大学ってあやふやすぎるでしょ」


「そうだよなあ。でも一人暮らしするために大学に行きたいって思えれば、勉強のモチベも上がるかもしれない!」


「そんな理由で大学を目指す人ってうちの高校には中々いなさそうだね」


「そこは気にしない!モチベが上がれば良いんだから」


「ふーん。で、実際今やる気は出てきたの?」


「……」陽一郎はジッと参考書を睨む。「いや、文字を見てると眠くなってくる」


「だめじゃん」


「だめだったわ。やっぱり頑張って勉強するしかないのかあ」


「そうだよ。ちゃんとやれば出来るんだから頑張りな」


「凛花はどうなん?」


「何が?」


「この前は悩んでただろ?やりたい事について」


 それはGW明けの夜の事。


「あー。それはまだ見つからないかな」


「なら凛花だってモチベ保つの難しいはずだろ」


「それは大丈夫かな」


「何で?」


 陽一郎が尋ねると凛花は


「楽しいからね」 


と答えた。


「え?マジ?そんなガリ勉キャラだったっけ」


 陽一郎は驚いた様子で言う。


「勉強がじゃなくて、テスト勉強がね」


「どういう事だ?結果が出るのが楽しみとかそういうあれか?」


「違うよ。テスト勉強になると、毎回呼び出してくる誰かさんがいるからね。それが楽しみなの」


 誰かさんと言う時、凛花が少しだけクスリと笑った。


「えっと。それって」


 だから、さすがの陽一郎も誰の事を言っているのか理解して、返答に戸惑った。


「最近、楽しいよね」


 含みを持たせたような言い方で凛花が真っ直ぐな目を向ける。それに対し、陽一郎は「まあ楽しいな」と少し目を逸らしながら答える。


 それから少し気恥ずかしくなった陽一郎は誤魔化すように参考書に手を伸ばした。凛花はそれを見て一瞬満足そうな顔をしてからまた単語帳に目を落とした。


 二人の間に流れる空気が店内を流れる穏やかな空気と混じり合う。


 それからしばらく、二人は集中して勉強をしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ