夜の散歩
心地よい夜風が頬にあたる。川沿いの道を陽一郎と凛花は歩いていた。明かりが少なく足元が覚束ない。
珍しく夜に凛花から連絡が来た。「散歩に行きたい」と。
どうやらゴールデンウィーク明けでズレてしまった生活リズムが治らないらしい。
陽一郎は眠くない訳ではなかったが、一人で散歩させるのは少し心配だったからついていくことにした。
「連休はどっか行ったのか?」
「うん。お父さんと出かけたし友達とも遊びに行ったよ」
「そうか……。俺は家でダラダラしてたらいつの間にか終わっていたよ」
「へえ、意外。遊ばなかったんだ」
「俺も遊ぶつもりだったんだけど、休みはたくさんあるしって思って後回しにしてたらいつのまにか終わってたんだよ!」
「あんたらしい理由だね」
川沿いから少し外れた場所には田んぼが連なっていて、住宅街となっている対岸とは違って明かりは少ない。その中で一軒のコンビニが煌々と光を放っている。
けれど、二人は財布を持ってきていなかったから立ち寄る事はなく、進んでいく。
「そういえば、進路希望についての課題終わった?」
凛花が尋ねたのはゴールデンウィーク前に学校から出た、高校卒業後の進路調査の事だった。
二人が通う高校は一応進学校を名乗っていて、高校二年生になるとそういう類の話題も増えてくる。三年になったら受験一色になるのだろうと思うと陽一郎は今から気が滅入る。
「まあテキトーに書いたよ。国公立は俺の頭じゃ無理だから、私立にしたけど……実際はどこ行ったらいいなんて分かんないな。もしかしてそれで悩んでるのか?」
「え?」
「何だよ」
「いや、分かる?悩んでたの」
「お前は顔に出るからな」
「えーうそだ」
顔に出やすい陽一郎に言われ、素直に受け入れたくない凛花だった。
「何かしたい事とかあんのか?」
「それがないから困ってる。大学はお金がかかるし、場所によっては一人暮らしとかもするのかなって」
「一人暮らしかー。いいな憧れる」
「あんた、料理とかできないじゃん」
「それは……してから覚えればいいんだよ。気楽に考えていいんじゃねえの?」
「気楽にね……」
それでもまだ悩んでる様子の凛花に
「ちょっと行きたいとこあるんだけど行こうぜ」
と陽一郎が言う。
「え?今から?」
「大丈夫、遠くないし、俺たちが良く知ってる場所だよ」
それから少し歩いた先で着いたのは二人が通っていた小学校だった。
「懐かしいー。最近来てなかったな」
「駅とは真逆だからな」
「全然変わってないね」
校門はもちろん閉まっているから、二人はグラウンドの外から学校を眺めている。そうしていると、懐かしい記憶が蘇ってくる。
「もう卒業してから四年経つのか」
「まだ四年って感じもするけどね」
「あの頃は夜の校舎に来るなんて想像もつかなかったなあ」
感慨深そうに言う陽一郎に、「校舎には入れないけどね」と冷静に凛花は言う。
「そう考えれば俺たち成長したよな」
「まあね。流石にもう高校生だし」
「だから大丈夫なんじゃない?」
「何が?」
「焦らなくてもさ。あの時は高校生ってすげー大人に感じだけどなってみれば案外そうでもないじゃん」
「もしかして、元気付けようとしてくれてる?」
「聞かれると恥ずかしいんだが」
陽一郎は頭をかく。
「ありがとう」
「おう」
凛花はすーっと息を吐く。溜まっていた悩みをゆっくりと吐き出すかのように。
「スッキリしたか?」
「うん。もう大丈夫」
二人はまた歩き出す。
「何かいいな。こうやって夜に散歩するの」
「そうだね。昼間と違って人も少ないし、雰囲気が私は好き」
「それもあるけどさ、凛花とゆっくり話せるじゃん」
「え?」
「ほら、学校だと意外に話す時間ってないし、放課後は二人とも暇ってわけじゃないし」
「じゃあまた来る?」
「あー……うん。そうしよう。たまに暇になったらまた一緒に散歩行こうぜ」
「分かった」
それから家に帰るまで二人は色んな話をした。と言っても休みの日の事や学校の事、何も特別な内容ではない。けれど二人にとってそれだけで十分だった。
そして、二人はまた夜の散歩に出かけるのだ。