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青い春を探して  作者: 美作
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屋上に行きたい

「屋上でご飯食べたいな」


 眠そうな顔で陽一郎が言った。珍しく早起きをしたらしく、いつもは凛花より遅い時間に学校へ来るのに今日は駅へ向かっているところ、声をかけられた。本人はギリギリまで家でゆっくりしたかったらしいが母親に「早く起きたんだったら早く行きなさい」と半強制的に家から出されたそうだ。


 そんな彼が何を思い出したのか、電車の窓の外を眺めながらそんな事をポツリと呟いた。


「屋上って学校の?」


「そう。弁当を、あそこで食べたら気持ちいいだろうなって」


「でもうちの高校、屋上立ち入り禁止だよね」


「そうなんだよなあ。てかさ、屋上ってほとんどの学校が立ち入り禁止だよな」


「そうだね。でも私立とかどうなんだろう。屋上が整備されてたら使えるんじゃない?」


「私立か……。確かに私立なら可能性はあるのか」


「まあうちは公立だから。ただの屋上って感じだよね」


「けど、屋上は屋上だろ?だから俺は屋上で弁当を食う!」


「食うって……立ち入り禁止なんだよ?」


「ふふふ。そこはちゃんと考えがあるさ」


 陽一郎はニヤリと笑った。


「あー。まあ頑張って」


 おそらく大した計画ではないだろうと凛花は思った。それから学校の最寄駅に着くと彼女はいつも一緒に行く友達と合流するために陽一郎と別れた。


 彼は最後まで、「今日の昼が楽しみだな」と呟いていた。

 


「くっ……やっぱり無理なのか」


 昼休み、屋上へと通じる扉の前で陽一郎は立ち止まっていた。


 目の前の扉には鍵がかかっていて、どうやっても屋上へはいけそうになかった。それでも諦めきれない彼は引くこともできず、その場で開かないドアを恨めしそうに見ることしかできなかった。


 が、それも数分の事で、さすがに諦めがついた。謎の自信があっただけに、ショックではあったが冷静に考えて開いていない事のほうが普通なのだ。


 もし屋上に人が入れたら他の生徒が今まで使わないはずがない。


 友達に別のところで昼ごはんを食べると言った手前、教室に帰るのもなんだが気恥ずかしい気もするが、どうにもここは埃っぽい。使われなくなった机なのか、予備の机なのか分からないが、幾つもの机が重ねられている。


 そのせいで陽一郎がいる踊り場はかなり狭い。


 すると、突然人の気配がした。


 警戒して、陽一郎は振り返る。それから誰かが階段を上がってくる足音がする。悪い事をしている訳ではない。……もちろん屋上に入る事は悪い事なのだろうが、実際には屋上の手前に来ただけだ。しかし、こんな場所で人に遭遇するのは気まずいに決まっている。


いよいよその誰かが見える位置前で来た。一瞬身構えた後で、彼はすぐに安堵した。


「何だ。凛花か……」


「どう?入れた……って、ここにいるって事はやっぱりダメだったんだ」


「ああ。何で凛花はここに?」


「うーん。なんか気になって。もし屋上に入れたとしたら私も行ってみたいと思って」


「弁当は?食べたの?」


「ううん。まだ」


 そう言って彼女は手に持っている弁当箱をあげて見せた。


「……一緒に食べるか?」


「そうだね」


 二人は階段に並んで座った。


「こんなところでお弁当食べるなんてなんか変な感じ」


「たまにはいいんじゃないか」


「たまにはね」


 二人は弁当箱を開ける。陽一郎もすっかりお腹が空いていた。


「でも珍しいな。お前はこういうの興味なさそうじゃん」


「まあね。でもあんたがやけに自信満々だったから」


「ああ。そういえばそうだったな」


「結局何でそんな自信満々だったわけ?」


「単純にさ、屋上って誰も来ないだろ?何でだと思う?」


「それは閉まってるからじゃん」


「そう。でもみんな実際閉まってるかなんて知らないだろ?行ったことがないんだから」


「うん」


「だから実は開いてるんじゃないかと思って」


「え?どういうこと?」


「だから、百聞は一見にしかず!実際この目で確認してみなきゃ分からないって事よ」


「それって、あんたが思うに、みんな屋上は空いてないって思い込んでるだけで実際行ってみたら開いてるかもって思ったってこと?」


「そうそう」


「そんな根拠の無さであの自信?」


「悪かったな。あの時の俺の中では確信になってたんだよ」


「見事に打ち砕かれたけどね」


「ぐっ。でも分かった事はあるぞ!」


「何?」


「もし凛花が来なかったら俺は一人で飯を食べなきゃいけなかった。でもそうなっていたらきっと弁当の旨さよりも寂しさの方を強く感じたと思う。けど凛花が来てくれたから弁当がすごく美味い!つまり飯はどこで食べるかが大事なんじゃない!誰と食べるかだ!」


「弁当が美味しいのはおばさんのおかげでしょ」


「それはそうだけど。それにプラスしてって意味だよ!そう思わないか?」


「んー」凛花は周りを見ながら答えた。「だからっていくら何でもここは埃っぽすぎ」


「それは……そうだな」


 陽一郎は何も言うことができなかった。


「でも、だったら悪いな。わざわざこんところで食べる羽目になって」


「別に、陽一郎のせいじゃないでしょ。私が勝手にここに来たんだし」


「それでもな……」


「あのさ、ひとつ勘違いしてるけど、別に楽しくないわけじゃないから」


「え?」


「場所は悪いけど、誰と食べてるかは……悪くないから。初めてじゃない?高校に入って二人だけでご飯食べるなんて」


「確かに、考えてみればそうか」


「そう。だからたまにはいいじゃん。こんな日があっても」


「そうか」


「うん」


 二人とも弁当を食べ終わると、凛花は立ち上がった。


「じゃあ私は先に行くから」


「あぁ。うん」


「まあ、元気だしなよ。屋上なんて普通あいてないんだから」


「分かってるけど、期待しちゃうだろ。凛花だってそうだったんだろ?」


「私は最初から開いてないって知ってたよ」


「え⁉︎だってさっき」


「さっき何?」


「いや……てかだったら来ないだろ!」


「それは他の目的があったから」


「他の目的って何だ?」


「さぁなんだろうね」


「気になる言い方だな」


「もう言った」


「え?」


「じゃあね。次移動教室なんだから遅れないようにね」


「え、ま……」


 タッタッタと軽快な足音と共に凛花の姿は見えなくなった。


 一人残された陽一郎は予鈴がなるまで彼女がここに来た理由を考えていた。


「まさかな」


 彼は一人呟いて目を瞑る。少し速い心音が、静かな踊り場に響いていた気がした。


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