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青い春を探して  作者: 美作
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ハーレムについて

「うぅ。なんでなんだ……。何故皆が幸せになる道はないんだ……」


 凛花は、そんな様子で項垂れている陽一郎をボーッと眺めながら飲みかけのアイスコーヒーをストローでかき混ぜる。


 まだ五月の頭だというのに、気温が三十度近い夏日、「避難させてくれ。部屋が暑すぎる」という連絡が来たのはさっきの事だ。


 凛花の父親がやっている喫茶店。二人は店の奥の席に座っている。昔から本格的な夏が始まる前にやってくる暑い日には、避暑地としてこの喫茶店に来る事が多い。家だとクーラーをつけると文句を言われるが、ここでは元々空調が効いている。


 もちろん、店に訪れる以上、注文をするのが筋であり、陽一郎もケーキとアップルジュースを頼んだ。

 だが、彼はそれに手をつけず、さっきからずっとこんな調子で、何かを嘆いてる。


「ケーキ食べないなら一口頂戴よ」


 凛花がそう言うと、机に突っ伏したまま陽一郎は「どうぞ」と返事をした。


「それで、今日は何?」


「実はな、昨日とあるアニメを一気見したんだけどな……それがいわゆるハーレム恋愛もので」


「うん」


 凛花はパクッとケーキを口に運ぶ。身内贔屓を差し引いても父のケーキは美味しい。自制しないと食べ過ぎでしまうくらいだ。


「分かってたんだよ……。五人のヒロインから選ばれるのは一人だって!だけどやっぱり救われないんだよ!選ばれなかった女の子達を思うと悲しくて悲しくて!」


「あーなるほどね」


 がばっと陽一郎が顔を上げる。


「ハーレムって残酷だと思わないか!?みんなが幸せになる道があったって良いじゃないか!」


「残酷ねぇ。でも現実世界だって報われない恋はたくさんあるんじゃない?」


「し、辛辣な事を言うじゃないか」


「そうかな?」


「そうだよ!それに現実がそうなら尚更物語の中はハッピーエンドにするべきだと思わないか!」


「えーじゃあどういう結末なら納得がいくわけ?みんなと付き合えば良いって事?それって五股しろって事?」


「いや、それはダメだろ」


「じゃあどうするの?」


「どうって……みんなが仲良く付き合う……とか?」


「え、それって一人の男の人をみんなで仲良く分け合うって事?五股と変わらなくない?」


「いや、そうだよな。無理だよな」


「もうそこまでいくと一夫多妻じゃない?それって」


「まあ実際、ネットとかだとそういう反応は少なくないよな。『一夫多妻制にすればみんな幸せ』みたいな」


「へぇ」


「俺の意見じゃないからな!決して!俺はどちらかというと反対だからな」


「反対なんだ。みんな幸せになれるかもよ?」


「うーん。それがそうでもないと思うんだよなぁ。例えば俺が女の子側だったらさ!納得できないと思うんだよ。やっぱり好きな人にとって自分が一番になりたいと思うのが普通じゃん?」


「まあ、五人も彼女いたら二人でいれる時間なんて限られるよね」


「そう考えると、やっぱり一人に絞るべきで、でもそうしたら結ばれなかったヒロインは浮かばれなくて……。な!?どうして良いか分からないだろ?」


「そうだね。でももうそれは惚れた弱みというか。仕方ないんじゃない?やっぱりそういう恋もありますよって諦めるしか」


「嫌だああ!受け入れたくないいい!」


「はいはい。少し声のボリューム下げてね」


「あ、すみません」


 陽一郎はそこで初めてアップルジュースに手をつける。ケーキがもう半分以上減っていることに気が付いたがそこは触れないでおいた。


「ていうか、ハーレム物って結構多いんだよな実際」


「そうなんだ」


「うん。俺が最初にハマった青春物は主人公とヒロインの純愛系だったから良かったけど。今じゃ週刊誌でもハーレム物は普通にあるからな」


「あんたが毎週読んでるのにも?」


「おう。あるある。今までバトル系ばっか読んでたけど普通にあるんだよこれが」


「確かに昔から漫画は好きだったけど、血生臭いのばっか読んでたよね」


「戦いは男のロマンだからなー」


「ならそういう漫画よりはマシじゃない?だってああいうのって途中で死んじゃったりするじゃん?そっちの方がよっぽど悲しいよ」


「む。確かにそうだな。でも何ていうか、現実に近い世界観だからこそ感情移入しやすいというかさ。例えばその昨日見てたアニメの中で、とあるヒロインと主人公が会話をするシーンがあってな。ヒロインは受け身というかあまり積極的に行くタイプじゃなくて、主人公の事が好きなんだけど他のヒロインより一歩引いた位置にいるんだ」


 陽一郎の熱量が一段階上がったのが分かった。これは少し長くなるかもしれないと凛花は思った。


「それでな、二人はしばらくぶりに二人きりで話す機会が訪れるんだ。そこでするのは他愛もない話ばかりなんだけど、主人公はその雰囲気が心地よく感じて、そんな話ができるヒロインに惹かれるんだよ。けどそこで、突然電話が鳴るんだ!相手はもちろんメインヒロイン。それは助けを求める電話だったんだ。主人公はすぐに立ち上がる。『ごめん、俺いかなきゃ』そう言った彼に、ヒロインはたった一言『分かった』って言うんだよ!な?悲しくない⁉︎」


「なるほど。他の子のところに行っちゃうんだ」


「それだけじゃないんだ。その置いていかれた彼女は主人公をそこで待ち続けるんだ。けど結局主人公は帰ってこないんだよ!何でなんだよおお」


「あらら。それは確かに可哀想かも」


「だろ?感情移入しちゃう分悲しくなるんだよ」


「ちなみにそのアニメのタイトルって?」


「え?もしかして見たくなった?」


「そうじゃないけど。気になって」


「そうか。これだよこれ。ちょっと前に話題になってた」


 そう言って陽一郎はスマホの画面を凛花に見せた。


「あー」どうやら凛花も名前は知っている様子だ。


「ちなみにその可哀想なヒロインって?」


「それはこの子だな。主人公の幼馴染で、俺の推しヒロイン!……まあ負けヒロインなんだけどな……。はは」


「ふぅん」 


 凛花はしばらくその画像を眺めていた。


 幼馴染という言葉が頭の中で意識的に響く。


「でも別に複数の人間が誰か一人を好きになるって何も最近流行りだした事じゃないでしょ?」


「そうなのか?」


「だって少女漫画とかってそういうの多くない?」


「え?」


「えって何よ」


「読むんだ。少女漫画」


「友達に貸してもらってね。特別好きって訳でもないけど」


「そうか少女漫画か」


「もちろん全てがそうじゃないけどさ、でも逆なら悲しい運命を辿るヒロインはいないんじゃない?」


 少女漫画にも当て馬となるヒロインが存在することは知っていたが凛花はそこには触れなかった。


「まあ逆に男の子側が可哀想になるかもしれないけど」


「いや、それは大丈夫だ」


「なんで?」


「イケメンが失恋しててもそこまでショックじゃないからな!女の子が泣かないならそれでいい!」


「なるほど」


「そうか、そうとなれば話は早い。実際に読んでるか!」


 そう言うと陽一郎はスマホを取り出し操作し始める。最近は電子で漫画を買うこともできるからそんなところだろうかと凛花は思った。


 しかし、それはどうやら違ったようで、


「よし!ちょっと少女漫画借りてくるわ」


と陽一郎は言った。


「借りてくるって誰に?」

「おっきーにだよ」


 おっきーとはクラスメイトの沖沢の事だ。背が高いが、大人しいタイプで、今年から陽一郎と仲良くなったオタク気質な男子だ。陽一郎が最近アニメにハマっているのも彼の影響が大きい。


「沖沢君、少女漫画持ってるんだ」


「おっきーは博識だからな」


 何故か得意げに陽一郎は答える。


「まあ、そう言う訳でちょっと行ってくるわ」


 残っていたアップルジュースを飲み干して立ち上がった。


「あーこんな感じなのかな」


「どうかしたか?」


「さっきの話。置いてかれる幼馴染ってこんな気分なのかなーって」


 意地悪で言ったつもりはなかった。ただ単純にどんな反応をするのか気になっただけだったが、


「え?マジ?今俺ってそういう感じなの!?」


と陽一郎は慌てて席に座り直す。


 その様子が少しおかしくて凛花は少しだけからかうことにした。


「まあ、別にデートでもないし、漫画借りに友達のところに行くだけだしさっきの話とは全然意味合いが違うけどさ、幼馴染を置いてどっかに行っちゃうって意味では、同じじゃない?」


「うぅ。そうか?そうなのか?」


「何てね。冗談冗談」と言うつもりだった凛花だったが、陽一郎の言葉によってそれは遮られる。


「いや!違う!あの主人公は帰ってこなかった。でも俺は帰ってくる!そうだ!俺は絶対お前のところに帰ってくる!」


「え?」


「いいか凛花!ここで待ってろ!すぐ行ってすぐ帰ってくるから。それなら問題ないだろ?」


「えっと……別に大丈夫だよ?本当はそんな気にしてないからゆっくり行ってくれば」



「いや!俺は帰ってくるからな!俺はお前も待たしたままどっかへ行ったりはしない。今、俺の一番はお前だからな!」


「……その一番を置いて他の友達のところに行くんだけどね」


と、冷静に返すとまたも陽一郎は困ったような顔をする。


「うっ。だからそれはそうなんだが」


「嘘だよ。待ってるから早く行って来なよ。こんな事してたら沖沢君にも悪いじゃん」


「……そうだな。じゃあちょっと行ってくるから。本当にすぐ帰ってくるから!」


「はいはい。もう分かったって」


「じゃあ行ってくるか……」と少し納得していない様子で陽一郎がまた立ち上がると、はっと表情を変えた。


「そうか!一緒に行けばいいんだ!」


「それは却下」


「え!なんで!」


「あーもう良いから、待ってるからちゃんと」


 自分がからかい始めた事とは言え、少し面倒になって来た凛花は軽くあしらうように言う。それから店を出るまで、まだ納得のいっていなさそうな陽一郎を見送ってテーブルに目を落とす。結局、陽一郎が手をつける事はなかったケーキが一口残っていた。


 凛花はそれを口に運ぶ。


「あま……」


 誰に聞こえるわけでもなく、彼女は一人そう呟いた。



「借りて来たぜ!」


 それから一時間もせずに陽一郎は帰ってきた。


「……おかえり」


 こんなにすぐ戻ってくるとは思っていなかった凛花は少し驚いている。


「はぁ。けっこう。はぁ。重くて……大変だった」


 大きめの紙袋を両手に持った彼の息は上がっている。


「へぇ。どんなの借りてきたの?」


「とりあえずおっきーオススメの純愛系と、男がいっぱいでてくる逆ハーレムものを借りてきた」


「あーこれか。面白いよね」


 凛花は漫画の表紙を見るとそう言った。


「読んだことあるのか?」


「そっちは全部読んだ記憶あるなあ。もう一個の方は途中までかな」


「じゃあ一緒に読むか」


「うーん。沖沢君の物だし悪いよ」


「あーじゃあちょっと待っててくれ」


 そう言うと陽一郎は一旦外に出る。どうやら通話をかけに行ったらしい。何故か昔から店内では通話を控えるのマナーだけは守っている。


 すぐに戻ってくると、笑顔で親指を立てながら「おっきー全然大丈夫だって」と嬉しそうに言った。


「じゃああんたが読み終わったら読もうかな」


「いやそれじゃ効率が悪いな」


「え?」


「俺が読み終わるまで待つのは時間がもったいない。だから俺が一巻読み終わる事に貸せばいいんだよ」


「そっちの方が面倒じゃない?わざわざ届けにくるの?」


「何言ってるんだ。今日は土曜日だぞ」


「うん」


「つまり!今日夜遅くまで漫画読んでても関係ないよなあ!?」


「えーっと勘違いかもしれないけど……それってあんたのうちで一気読みするって事?」


「その通り!」


「まじで?」


「忙しいのか?」


「予定はないけど」


「よし!じゃあ決まりだ!今から行くぞ!」


 そう言って陽一郎はもう立ち上がって準備を済ませている。いくら父親の店といっても長居するのは申し訳ない。確かにそろそろ帰ろうとは思っていた。日もだいぶ落ちてきて、外はそこまで暑くないだろう。


「まあいっか」


「そうそう。たまにはだらだらやろうぜ。とりあえず晩飯も食ってくだろ?」


「いいの?」


「腹が減っては漫画は読めぬだ!」


「そうじゃなくて、おばさんに迷惑じゃない?」


「それは大丈夫だろ」


「じゃあご馳走になろうかな」


「よっしゃ、なんかテンション上がってきたな!初少女漫画合宿だ!!」




 時計を確認すると、深夜を過ぎていた。どうりで眠いわけだと凛花は思った。


 選んだのは、それなりに多い巻数の少女漫画で、時間はかかる。


 陽一郎が最初に選んだのは純愛系で、凛花も途中までは読んだことがあるとは言え、久しぶりに読むと意外と忘れている場面も多く、それなりに新鮮な気持ちで読むことができた。


 物語の方はクライマックスが近く、巻が進むごとに終わりに近づいていくのが分かる。隣で夢中になっている陽一郎は感情が顔に出るから面白い。


 今、凛花が読んでいる巻は、主人公とは別の女の子がメインの男の子に振られてしまう話なのだが、最初は意地悪で小悪魔的なのキャラだったその女の子が、どんどん魅力的なキャラになってからの失恋だ。中々切ない気持ちにさせられる。これを読んでいる時の陽一郎の顔と言ったら今にも泣き出しそうであった。


 ふと陽一郎の顔を覗くと、今度はとても温かい目をしている。まるで自分の子どもの成長を見て感動しているような表情だ。おそらく主人公サイドに何かしらの進展があったのだろう。


 それからしばらくして、凛花は全ての巻を読み終えた。最後のページを閉じるとすぐに、先に読み終わっていた、陽一郎が目を輝かせながら「めっちゃ面白かったな!」と食い気味に言ってきた。


「うん。私も最後まで読めて良かったよ」


「どこが面白かった?」


「どこ……そうだなあ」


 それからお互い感想を語りあった。だが先に限界が来たのは凛花の方だった。


「あーごめんもう眠いや」


 さっきからあくびが止まらない。まぶたも重くなってきた様子だ。


「待て待て!まだもう一つあるんだぞ!」


「えー。もう無理だよ。さすがに今からは読めない」


「じゃあ、せめてもう少し話そうぜ!こんな面白いもん読んだんだ。語り足りねえ!」


 どうやら少女漫画はお気に召した様子で、それは良かったと凛花は思った。


「うーん。寝たい。今は話すより寝たい」


「じゃあ寝ながら話せばいい」


「はぁ?どういうこと?」


 凛花はいよいよ限界が来ていた。


「俺のベッドで寝てていいからその代わり寝るまで話付き合ってくれよ」


「え?さすがにそれは」


「良いんだ!だから頼む本当の限界まで!」


「本当?じゃあ少しだけなら」


 そう言って、凛花はベッドに寝転んだ。


「あー。もう今すぐ寝れる」


 ずっと座っていたからかベッドの柔らかさが全身を優しく包んでいくような安らぎを感じる。


「いやまだ頑張って……」


 そこまで言って、陽一郎は言葉に詰まる。ようやく気がついたのだ。自分のベッドに女の子が寝ているという状況に。


「あれ。やっぱりまずいか?」


「何が……」


 凛花の声にもう気力は感じられない。


 陽一郎に変な緊張感が走る。まるで何かいけない事をしているようなそんな気分。


「あーあれだ。俺のベッド汚いかもしれないし!やっぱそこで寝るのはやめた方がいいんじゃ」


「今更どこで寝ろって言うのよ」


「それはえっと……陽毬の部屋とかは?」


「いない人の部屋勝手に使うのは気が引ける」


「うっ。でもやっぱり、何というか」


「あーうるさい。もう寝るからおやすみ」


「え、ちょっと凛花!」


 返事は返ってこなかった。


「凛花さーん」


 呼び掛けても返ってくる気配はない。やがてスースーと寝息が聞こえると部屋にはその音だけが響いた。

 何でこんな緊張するんだ?


 凛花が最後に泊まった日のことを思い出す。でも考えてみれば去年まで妹の陽毬がいたから、泊まるときはその部屋で寝ていた。


「とりあえず読むか……」


 陽一郎はただ無我夢中で漫画を読むことにした。

 ハーレムのハッピーエンドが何かは、結局分からなかったが、もし自分がハーレムの主人公になったら体がもたないだろうと陽一郎は思った。


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