青春の部活を求めて
「部活をつくろうと思う」
「え?」
「部活だよ!部活!高校生活を真に楽しむには部活動は必須なんだよ!」
「えーっと、何でいきなりそんな事を言い始めたのかは置いといて、それって既にある部活に入るんじゃダメなの?」
「ああ。ダメだ。何故なら俺が入りたい部活はうちの高校にないからな!」
「ちなみに聞くけど、どんな部活?」
「そうだな。名前をつけるのが難しいんだがあえてつけるなら青春部だな!」
「はぁ?」
それはつい先程のこと、日曜日の昼過ぎ、ちょうど時間に空きができた時にスマホをいじっていた凛花にメッセージが届いた。
相手は幼馴染である、佐野陽一郎だった。『大事な話があるから家に来てくれ!』と呼び出され、何かと思ったらいきなり意味不明な事を言われるのだからため息が出るのも仕方ない。
もちろん長い付き合いではあるから、くだらない事だろうと言うのは分かっていた。分かってはいたがそれでもため息は出るものだった。
陽一郎はそんな彼女の心情も知らず話を続ける。
「最近さ、アニメにハマっててさ、青春系の。見たことある?すげー感動するんだよ!で、俺もこんな青春がしたいって思ったんだよ!」
「へえ」
そういえば二年になって陽一郎が仲良くなったクラスメイトにアニメが好きな男子がいたなと凛花は思い出していた。
「で、そういうアニメにはさ何つうかグループ見たいのがあるんだよ!」
「グループ?」
「ああ。男女で何人か仲良くなって、遊んだり、旅行行ったりさ」
「ふぅん」
「俺もそういうのに憧れてさあ!だから部活つくろうぜ!」
「え、ちょっと待って。なんか今話が飛んだ気がするんだけど。なんで男女で仲良くなるために部活をするの?」
「それは、目的が必要だからだよ」
「目的?」
「男女でただ集まるだけじゃダメなんだよ。だいたいそういう青春系のアニメではさ、何かしらの主軸があるんだよ。学校生活で困ってる人を助けるとか、映画とか、ゲーム作ったりとか。その過程で絆が深まっていくんだよ」
「それって、他の部活でも同じじゃないの?運動部だったら大会に向けてみんな頑張るわけだし、その過程で絆だって生まれるじゃん」
「いや、運動部の場合そっちがメインだろ?違うんだよ。青春系のアニメはさ、こうなんていうかある程度の忙しさじゃないと成立しないんだよ」
「どういうこと。ちょっと理解し難いんだけど」
「あーつまりさ、運動部だったら練習あるからみんなで遊びに行ったりなんてそうそうできないだろ?」
「うーん。でもクラスの運動部の子、休みうまく使って遊びに行ってるけどね」
「それは……確かにそうだな。でも違うんだよ!」
「違うんだ」
「そう!違うんだ!俺が求める青春は運動部と両立できるほど甘くないんだよ」
「その言い方だと、運動部の人は青春できてないみたいな意味に聞こえなくもないけどね」
「嘘?マジ?そんなつもりはないけどすみません運動部の人」
「そういうよく分からないノリは良いから」
「うっす……。じゃあ話を戻して、とにかく運動部は俺には無理だ!そう結論付けたから部活を作ろうという話になったわけだよ」
「わけだよって……運動部じゃないにしてもさ、その映画をつくるとかゲームを作るってのも同じくらい大変なんじゃないの?」
「あーそこはフィクションの良いところだな」
「どういうこと?」
「つまりさ、普通の部活ってさ、大抵の高校生が経験してるわけじゃん?だから俺がさっき言ったように、メインの部活そっちのけで青春してると、そんなに暇なのか?って疑問が生まれる訳だ。でも映画とかゲームとかって大抵の高校生は作らないだろ?だからそんな忙しくなさそうに見せても、ああそんなもんなかって納得できちゃうわけよ」
「あーなるほどね。言われてみればそうかも……。で、今のって誰かの受け売りでしょ?」
「ギクッ!?」
「いや、声に出す意味……」
「ま、まあそんな話は置いといて、そういう何か作る系は知識がないから俺には無理!だから俺は決めたのさ、青春をするための部活を作っちゃえばいいと!」
「気になるから聞くんだけど、人助けとかの部活の候補はどうなったの?それならあんたにもできそうじゃん」
「それはなそうなんだけど」
「だけど?」
「実際問題、他人を頼るほど困ってる人って現実の高校にあんまりいなくね?」
「そこだけは冷静なんだ」
「というわけで、凛花。よろしく頼む!」
「うん。断る」
「なんでだああ!」
「むしろ私が、分かったって言うと思った?」
「そこは、まあ付き合いというかお情けというか」
「パスパース。めんどいもん」
「うぅ。ダメか」
陽一郎はうなだれた。
「じゃあ私帰るわ」
「え、マジ?」
「うん。話があるっていうから来たけどこれから友達と約束あるし」
「そういえば今日はオシャレだ。なんか悪かったな」
「別に、あんたのおかしなテンションに付き合うなんて今に始まったことじゃないし。まあ、部活も、本気でやるつもりなら頑張ってみれば」
そう言って幼馴染の凛花は部屋を出て行った。まだ冷めきらない熱が陽一郎の中で渦巻いていた。
「よっしゃー!待ってろよ!俺の青春部!」
本当はその熱意全てを凛花が聞いてくれればよかったのだが。彼は発散し損ねたそれを叫ぶことで解消した。
*
「え!?部活って簡単に作れるもんじゃないんですか!?」
陽一郎は口を大きく開けて驚く。彼の担任の教師である、名瀬は手元にある生徒から集めた課題を整理しながら答える。
「そうよ。まず部活動と認められるには、同学年以外の生徒を含む五人以上、それと具体的な活動内容と実績が必要なの。だからまずは同好会という形からになるけど、それにだってちゃんとした理由がなければ作れないわ」
「そんな、俺の青春の夢が……」
「ちなみに聞くけど、佐野君はどんな部活を作ろうと思ったの?」
「それはですね!」
陽一郎は凛花に説明したような事を名瀬に伝えた。しかしそんな要望通るわけもなく、「現実を見なさい」という厳しい言葉と共に一蹴された。
「失礼しまーす」
と悲しみに満ちた声で職員室を出た時だった。
「あ、あの!部活をつくるって話詳しく教えてくれませんか!?」
知らない女子生徒が陽一郎に声をかけた。
「え?」
突然の事に呆気にとられる陽一郎だったが、彼女の眼差しは真剣そのものだった。
これが、彼の高校生活をそして、その後の人生を大きく変える『花宮なのは』との出会いだった。
そして、奇しくも同じ頃、幼馴染の凛花にも新たな出会いがあった。
「婚約者がいる」
それは、先程、凛花の父親から告げられた事だった。
学校から帰ると、父は普段とは違う真面目な顔で言った。
それからなすがまま、事態を把握する間もなく、彼女が連れてこられたのは、彼女がこの先の人生で行くことがなさそうな高級を絵に書いたような料亭だった。
少し広い、客間に通される。スーツ姿の父と慣れない環境に落ち着かない。
そして、割腹の良い男声が入ってくると、父は立ち上がり挨拶を交わす。
どうやら友人のようだが、身につけているものがどれも高価なものだというのは分かった。
彼が「入りなさい」と声をかけると、一人の男の子が現れた。
「初めまして」
にこりと笑う彼はどこか気品にあふれている。これが凛花と『明智隆清』の出会いだった。
そして、この二人の出会いもまた彼女の運命を……。
「……長いんだけど」
「え?」
「え?じゃなくて、何……いきなりどういうこと」
「どういうことって、俺が女の子と出会って、凛花に婚約者がいるって話だよ」
「うん。だからその妄想なんなの?私が聞いたのは部活を作るって話はどうなったのってことなんだけど」
学校からの帰り道たまたま駅で陽一郎に会った凛花は、部活のことを尋ねた。返ってきたてきた答えが訳の分からない妄想で呆れる。
「だから、それはこれから皆で作ってくんだよ」
「皆って?」
「そりゃ……花宮さんと隆清君とだよ」
「花宮さんと、隆清君……」
しばらく沈黙が続く。
やがて陽一郎が口を開いた。
「……そうですよ!無理でした!」
じろりと見つめる凛花の目線に観念した陽一郎は白状した。
「つまり今の話は職員室でのやりとりまでが本当の話だったってわけね」
驚きの嘘九割の話である。わざわざ途中にある公園のベンチに座らされたのにも関わらず。
「だってさーつまんないじゃん。無理でしたーの一言じゃ。だからこれはせめてもの抵抗。話題を広げるためのスパイス!」
「その結果が、私に婚約者?」
「そう。隆清君」
「誰なのよ」
「お?気になる?頭脳明晰、容姿端麗、あの明智財閥の御曹司!スポーツだけでなく音楽も嗜む高身長の爽やかイケメン!それが隆清君だ!」
「うわあ。何その全て乗っけてみました感。というかなんでそんな男の人と私が婚約関係にあるわけよ」
「それはおじさんがこう……なんか、昔約束しててとか?」
「うちのお父さん、カフェのマスターだよ。なんでそんな財閥と関係あるのよ」
「そうそう。おじさんのつくるチーズケーキ美味いんだよなあ……。じゃなくて、そこは関係ないとは言い切れないだろ?あるかもしれないじゃん。おじさんの入れるコーヒーに感動した明智さんがぜひうちの息子を!みたいな」
「なんか全てが雑なんだけど」
はぁ、と凛花がため息をつくと、陽一郎は少し反省した様子で下を向く。自慢の妄想の穴を疲れてショックを受けたようだった。
「ていうかさ、そういうのが好みなの?」
「そういうのって?」
「なんか現実離れしてるというか、そんな大層なキャラが出てきちゃったらあんたが主役の話じゃなくない?」
「いや!そうとは限らないんだこれが」
「へぇ」
先程の態度に同情した凛花はわざとらしく反応する。
「この場合、話は何パターンかに分けられるんだよ。まず一つ目は花宮さんと隆清君が相思相愛のパターンだな」
隆清君は名前呼びで花宮さんは苗字で呼ぶのには意味があるんだろうかと凛花は思った。だがそれを聞くとまた話が脱線しそうだったから黙って話を聞き続けた。
「この場合は、俺は花宮さんに、凛花は隆清君に協力する事になる。そうすると二人が自然と話せるような環境を作る必要がある。そう!学校でそんな環境といえば部活だよ!」
「おぉ。一応そこに繋がるんだ」
素直に感心すると陽一郎は少し得意げになった。
「で、それから何やかんやあり、二人はハッピーエンドで終わる」
「急に雑になった」
「そういう細かいのは後で考えればいいんだよ」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんなんです」
「でもそれだとやっぱり、あんたは主役って感じじゃないよね」
「だから別のパターンがあるのさ。これは花宮さんに俺が協力して行く中で二人の関係がどんどん進んでいき、俺と花宮さんが恋愛関係になるパターン!」
「えぇ。何それ」
「やっぱり私に隆清君は釣り合わないのかな?そんな不安が頭を過ぎる…そんな時、いつも近くにいる佐野君が急に気になり出して!みたいな」
「花宮さん……そこは頑張って自分の気持ちを貫いて」
「まあ花宮さんは、結構大人しい性格というか打たれ弱いんだよ」
「あ、ちゃんと設定があるんだ」
「そりゃそうだろ。ヒロインなんだから」
「ちなみになんでそんな性格にしたの?あんたの好み?」
「いや、凛花はどっちかっていうとサバサバしてるじゃん?なんか冷静沈着だし、だから花宮さんはそれとは違う性格にしようと思った。だってサバサバさしたらキャラ被っちゃうじゃん」
「なるほど」
「俺の好みで決めていいならサバサバした子にするけどこの妄想は俺だけのものじゃないだろ?」
「………あー。多分あんただけのものだと思うけど」
おかしな間があった事を気にかけた陽一郎だったが、話をしたい欲の方が勝っていた彼はそのまま話し続けた。
「ちなみに髪型もショートで、色は、ピンクかオレンジだな」
「ふっ。いやそれは……流石に生徒指導に引っかかるね」
不意に来るトンデモ設定に凛花は思わず吹き出した。
「これもお前と逆を考えたらこういう結果になった」
「あんたからみて私の髪型ってどうなってるのよ」
「青みがかったストレートヘア?」
「なんで疑問形なのよ」
凛花は髪先をくるくるいじりながら言う。
「実際は黒髪でもイメージだと青っぽいんだよ」
「なんでだろうね」
「なんでだろうな。まあそれはひとまず置いといてだな、実はもう一つのパターンもある!」
「ええ。まだあるんだ」
「今度は隆清君が凛花を好きになるパターンだな!」
「ええ、私を巻き込まないでよ」
「この場合、凛花と花宮さん、隆清君の三角関係だけではなく、俺と隆清君と凛花という三角関係も生まれてしまうんだ!ひゃー!これは爽やか青春系が一転、ドロドロ青春系にはや変わりだ」
「それは確かにドロドロだね」
「正直これに関してはハッピーエンドが見えないから最後まで想像はしなかった」
「賢明だね」
「でも分かっただろ?部活の大事さが。こうやって上手く環境をつくるには部活が一番適しているんだよ」
「うーん。納得いくようないかないような。ていうかそういう話だったっけ?」
「そういう話じゃなかったっけ?」
「私は部活をどうするのか聞きたかっただけなんだけど」
「あーそういえばそうだった」
そう言って黙り込んでしまった陽一郎に「どうしたの?」と凛花は問いかける。
「凛花も無理だと思うか?部活をつくるのって」
「無理って言うか無駄って言うか」
「青春がしたいって思ったのは本当なんだ。なんていうかこのままでいいのかなって、俺の高校生活、こんな刺激もない味気もないつまらないものでいいのかなって。それは嫌だなって思ったからとにかく行動に移してみよう意気込んではみたけど、現実は厳しいというか」
陽一郎は珍しく弱気になった。それに対して凛花は思った事を素直に伝えた。
「いつもの空回りだよね。自分の気持ちに正直で、その結果周りが見えなくなって暴走気味になる」
「うっ……やっぱそうだよな」
「でもそれが陽一郎の良いところでもあるって私は思うよ」
「凛花……」
「確かに私たちの日常って同じような日々の繰り返しで退屈だなって思う事もあるけどさ、探してみれば面白い事だってたくさんあると思うんだよね」
凛花は何か思うように空を見上げる。
「私にとっては、こうやってあんたの変な話に付き合うのも面白い事の一つだし。だから陽一郎は陽一郎にあったやり方で、青春を見つければいいんじゃない?」
「……俺にあったやり方」
「うん」
「そうか、そうだよな!別にアニメや漫画と同じようにする必要はないんだよな」
「元気出た?」
「ああ。ありがとな」
簡単な一言で元気を取り戻してしまう単純なところは彼の良いところだと凛花は思っている。
「どういたしまして。じゃあそろそろ帰ろっか。私も今日は店の手伝いがあるし」
「え、そうだったのか。わざわざ悪いな……話に付き合わせちゃって」
「いいよ別に。私が気になってた事だし」
二人は立ち上がる。この公園もいつも見慣れたどこにでもある普通の公園だ。程よく錆びた遊具に色落ちしたベンチ。生えている木や花だって目立つ何かがある訳じゃない。
「でも、確かにそうだな。見つけようと思えば見つかりそうだよな」
それでも今ならいつもと違う景色をこの公園にも見出せるような気がした。そんな気持ちにさせてくれたのは幼馴染である彼女のおかげだ。
「何か言った?」
振り返った凛花の髪に夕日が差し掛かる。
やっぱり青っぽいよな……。
陽一郎はそんな彼女を見て思う。
「いや、何でもない。あ、つうかさ気がついたけど凛花は家の手伝いがあるから部活は無理か」
「やっと気がついたの?」
「自分の事に夢中で……え、ってか凛花は気がついてたのか?」
「当たり前でしょ。自分の事なんだから」
なのに彼女は話に付き合ってくれた。昔からそうだ。彼女は優しい。
「何か恥ずかしくなってきた」
「え、今更?」
「いや、そうじゃなくて」
こんなに自分に付き合ってくれる幼馴染がいるのに、つまらない退屈な高校生活だと思ってしまった自分が。
そうだ。楽しいじゃないか、こんな山も谷もない高校生活だけど、くだらない話を聞いてくれる幼馴染がいるだけで十分じゃないか。
「よし、俺は帰ったら感謝の正拳突きをする!」
「風邪ひかないでよ」
「何で?」
「あんた服脱いでやりそうだから」
「確かに、何で分かった?」
「付き合い長いからね」
「はは。そうだな」
帰り道の景色はやはりいつもと何一つ変わらないけれど、陽一郎が見た彼女の横顔は何故かいつもと少し違うような気がしていた。