気付いたら悪役令嬢だった。
もう一回言う。続かない。
気付いたら悪役令嬢だった。
気付いたらと言っても私には今までの記憶もある。たった今前世の記憶がすべて戻ってきた感じだ。
でもこの国の王子の婚約者にマウント取りまくってたこととか、幼なじみの男の子をこれでもかと泣かせてたことや、子供に甘々な両親に育てられ何でも1番じゃなきゃ気がすまなくなったこととか、悪役令嬢(の過去エピソード)心当たりがありすぎて……。
顔も面影はあるし、名前は一字一句同じなわけで。そして私の名前はというと───。
アリスティア・ロレーヌ・ロンズブラウ。
私が前世でこよなく愛した乙女ゲーム「コード・レガリア~水精の聖女~」の、いわゆるところの悪役令嬢キャラの名前だ。
(記憶が戻った今だから言えることだけれど、ほんとに悪役令嬢ルートひた走ってたな私)
そういえばゲームでは、アリスティアの婚約者の第一王子が婚約破棄をするシーンで幼い頃からずっとアリスティアをよく思っていなかったって言っていた気がする。
そりゃそうだ。やることなすこと私が自慢してくるんですもの。その上「できないんですか?」って煽ってくる。それが10年以上続けば嫌なんてどころの騒ぎじゃないでしょう。
私が彼と婚約して何年?もう8年くらいじゃない?そういえば近頃はいつも会いたいと私から迫っていた気がする。
(……ヤバいわねこれ)
アリスティアが婚約破棄されるルートで、私の分岐は二つある。
主人公へのいじめがバレて淑女の見本にならねばならぬ女がなんという愚行!と糾弾され婚約破棄されて一家共々辺境の地へ飛ばされるルートと、主人公へのいじめがバレた上にアリスティアは知らないと言い張ってしまって証拠を突き付けられ牢獄行き。王子の怒りを買ったとして絞首刑のルート。
いや!!!どっちもお断りです!!!
目指すは平和オブ平和な人生。第一王子の妃なんて地位くれてやる。ちょっと家名に傷がつくかもしれないけど死ぬより安いでしょう!なんだったら第二でも第三でも誰でも構わないから!
アリスティア・ロレーヌ・ロンズブラウ、齢15にして前世・享年25の記憶が戻り一般貴族女性となるべく奮闘するのだった──。
前言撤回。
いえ、これは私が前言を撤回したいということではまったくなく。
私は普通の人生を、送れないかもしれない。
事件は今日の朝に遡る。
侍女に起こされて、今までのような我儘を言うことなくとっても良い子に起き上がって優雅に朝食を頂いた私は、父親に呼び出されて応接間までやって来た。
応接間なのだし、どなたかお客様がいらっしゃるのでしょうと思って部屋に入ると、なぜか見たことがあるような服を着た白いお髭の男性が座っていた。
(…………待って。この服って「学院」の教員制服じゃ)
私が部屋へ入り挨拶をすると、男性も立ち上がって胸に手を当てた。
「初めまして、アリスティア・ロレーヌ・ロンズブラウ様。私は王立魔法学院学院長でございます」
……たくさん説明を受けたけど、要約すると「学院に入学する前に魔法系統の確認を」とのこと。
RPGゲームみたいに水魔法や火魔法など属性があって個人によって属性系統が異なる、というのがこの世界の魔法における設定だ。
机の上に器が置かれて、杯からの水で満たされる。そこに手を浸せば、段々と色が変わっていく、という代物。
貴族の子は大体7歳くらいからみんな家庭教師をつけられて魔法の教育を施されるので、この時点では大体みんな魔法を使える。
私も例に漏れず付けられたし、こ、婚約者と共に教育を受けたりした。……あぁああもう!なんで私あん時王子様を馬鹿にしたの!バカなのはおまえだ!!!
………………で。ゲームでの設定と同じく、私も水属性だったはずなんだけど。
「……これは、一体」
「アリスティア……?」
私が手を浸しても一向に変わらなくって。魔法を使ってみようとしても出来なくて。体の中を魔力が通る感覚はあるんだけど、それだけで。
……お父様が学院長に口止めをして、このことはロンズブラウ家第一の秘密になった。
心当たりはある。というか心当たりしかない。私の記憶が戻った次の日にこうなってしまったのだ。
「ぜっっっったい原因私よね……」
庭師が綺麗に手入れしているわが敷地の庭の一角。ベッドのシーツを持ってきて、芝に敷いてその上であぐら。こんなとこ前はほとんど寄り付かなかったけど、今思えばいい場所だ。木漏れ日が気持ちいい。
……もう一度魔法を使ってみる。指先に魔力が集まる感覚はあるんだけど、肝心の水が出てこない。体の中で魔力を操ることもできるけど、肝心の魔法にはならない。
……私の感覚で1時間くらい。ずっと座っていたから疲れた。靴を履いたけど現状へのイライラが募っていく。誰も見てないしと思って気に向かって全力で靴を蹴り投げる。
あーしたてんきになーれ、だ。
───その瞬間、私の足に魔力が集まった。
靴は目に見えない速さで木に突き刺さり、そして──倒れ始めた。
「は? ……は?」
目の前で倒れゆく木と、呆然とする私。
「はぁぁぁああああぁぁああ!?!?」
執事や侍女が私の悲鳴を聞きつけて大騒ぎを始めそうだったのでそそくさと部屋に帰ってきた。
その時に足に魔力を集めて走ってみて確信した。
私の前世において、絶大な人気を誇った少年漫画がある。ハンターという職業になり主人公の少年2人が冒険するという内容の漫画だ。その中の異能力に、今の私と似たようなものがある。
(おそらく今の私は魔力を身体強化に使っている)
足に魔力を集めて走ると今までとは比べ物にならないスピードが出た。地を蹴る力は強く、私の靴跡をくっきりと残してしまうほどだった。
(……これは、気よ)
息をゆっくりと吸い込んで吐く。気は身体中を循環し、意識をすればするほどぽかぽかと力がみなぎってくる。
指先を意識してゆっくりと拳を握る。肩幅ほど脚を開いて立ち、左手を前に出し右手をしっかりと引く。深く息を吸って、そして。
────右拳を、突く。
風を切る音と共に、その風圧が部屋のカーテンを揺らす。
拳の突き方とか、呼吸の仕方とか、知識なんてなんにもない。ただ、私の気が、そう動かしている。
身体中の気が、沸き立っている。
(……これは、力よ)
アリスティア・ロレーヌ・ロンズブラウが、気に──力に目覚めた日だった。