第一話 怪獣君とお友達
「はぁ……。」
ため息を漏らす彼は体こそ大きいものの気の小さい少年だった。
怪獣君と名付けられる外面的圧迫感と裏腹に、誰にも威張り散らしたりしない穏やかな心の持ち主であった。
「なんでこんな顔に生まれちゃったかな……。」
廊下の窓ガラスに映る自分の顔をみて愚痴をこぼす怪獣君。
小学三年生の頃、彼の背丈は急激に伸び始め自身が他の皆と違うことを嫌と言うほどに思い知らされてきたようだ。
確かにその体格で腕相撲であれば敗北知らずだが瞬発力に乏しいため球技はからっきし、体育の授業で目立った活躍をするでもない。
その反面、五人兄妹の長男で家事の習慣があるため手先は器用で手芸部に入部すると同時に外見的にも技術的にも先輩達に強いインパクトを与えたようだ。
「何してるのゴボウ君、落ち込んだ顔をして?」
傷心気味の牛房に話しかけるのは同じく手芸部で彼のクラスの学級員、水町瑞菜。
セミロングの黒いストレートヘアがレースのように彼女を包み中学一年生にして聖母のような母性をかもしだしている。
怪獣君を名前で呼ぶ数少ないクラスメイト。
彼女も最初は彼を恐れていたのだが部活動での彼の様子を知り、打ち解けた数少ない理解者なのである。
「……いや、なんでもないよ水町さん。」
「なんか辛そうだったけど?風邪じゃないの?」
「こんな春先から風邪は引かないよ。」
「そう、ならいいんだけど……。」
心配そうに彼を見上げる水町さんに怪獣君は静かに笑った。
「心配してくれてありがとう。」
笑顔を見せる怪獣君に水町さんも静かに笑い返した。
「おーい、怪獣!!」
二人の元に駆け足で短髪の少年がやってくる。
「やめなよ、アヤト君。ゴボウ君はその呼び方嫌がってるんだよ!」
怪獣呼びする彼を水町さんが咎める。
「へっへっへ、知らねえよぉ!」
しかし一切の反省を見せないままアヤトと呼ばれた少年は怪獣君にじゃれあうように殴り掛かる。
怪獣君もなんてことないようにそれを受け止める。
「相変わらずびくともしないな怪獣!」
「お前こそ顔を合わせるたびに殴り掛かってくるのやめろ。」
「へっ、いいじゃんよ。エネルギーが有り余ってんだ!怪獣退治で発散しないとな!!」
彼は二人の隣のクラスの白彩斗。
家系を辿れば韓国籍の祖父を持っている所謂クオーター、その血筋のせいなのかどこか中性的な外見はクラスを問わず女子からの人気が高い。
怪獣君とは小学校から一緒の仲であり学校内でもっとも親しい中にあたる男の子。
サッカー部に所属しているいわゆるスポーツ少年な彼だが誰にでも今のように暴力的というわけではない。
「ま、友情の証ってことさ!」
さわやかな笑顔でアヤト君は答え、怪獣君はそれに答える。
「なんだそりゃ。」
このやりとりは二人にとって日常的なものだった。
「……もう、ほどほどにねアヤト君。」
水町さんはあきれながらそんな二人を見ていた。
暫くの間を置いてアヤト君は切り出す。
「ところで怪獣よ!」
「なんだアヤト?」
「お前はすっげーでけーけど大人しくてうちのクラスの『幼女ちゃん』とは正反対だな!」
屈託のない笑顔で話しているのを見る限り彼に悪気は一切無い。
その一言は少々怪獣君の心に刺さった。
けれど親友からの自分の評価よりも彼は他人を気に掛けるたちであった。
「幼女?」
怪獣君が疑問符を浮かべると隣の水町が答える。
「私知ってるよ、ナスノさんのことでしょ?」
「うーんと、そんな名前だったっけか?」
「もう、アヤトくん!」
むむむ、と口先をとがらせ水町はアヤトを見つめる。
「悪い悪い、人の名前はニックネームで覚えてるからさ、みっちゃん!」
アヤトは頭をかきながら水町からの視線を受け流す。
「えーっと、幼女ちゃんって?」
そんな二人に取り残されていた怪獣君は再度質問を投げかける。
「あ、ごめんねゴボウ君。『幼女ちゃん』って言うのはアヤト君のクラスの那須野紀玲さんのことなの!会ったことなかったっけ?」
「記憶にないな…、どうして幼女なんだい?」
「はは、それは単純明快!幼女みたいに背が低くて可愛らしいから、だぜ!」
「…それもそうだけどあんまり幼女ちゃんって呼ぶのはよくないわ。」
「なんでだよ、みっちゃん?」
「だってあのあだ名はクラスの子達が小さいくせに気が強くて生意気だからって意地悪でそう呼んでるのよ!」
「……ふーん、なんだかますますお前に似てるな、怪獣!」
「……そう、かな?」
「まぁ今度会った時に話しかけてみろよ!俺とはあんまし話してくれないけどお前になら話してくれるんじゃないか?」
「何でだよアヤト?」
「そりゃお前がいいやつだからに決まってるだろう!」
にっこり笑ってアヤトはその体を翻す。
「んじゃ!俺は教室戻るからまたな!」
彼は来たときのように颯爽と二人の元を去って行った。
「相変わらずアヤト君は騒がしいね。」
「そうだね水町さん。」
呆れた顔で二人は顔を見合わせる。
キーンコーン、カーンコーン。
風のように駆け抜けていった彼を見送った二人の元に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「私達も戻ろうか、ゴボウ君。」
「そうだね水町さん。」
教室へと足を運びながら怪獣君は先程聞いた女の子のことを考える。
「幼女ちゃんか……。」
教室の入り口で水町さんに聞こえないように怪獣君は呟いた。
「……何か言った、ゴボウ君?」
瞬間水町さんの長い髪はふんわりとなびき怪獣君に反応を示す。
「……なんでもないよ、水町さん。」
彼女の反射神経の鋭さに少し怯えながら怪獣君はクラスの外に顔を向ける。
怪獣君が顔を向けた先には隣のクラスの教室があり、丁度そこに入ろうとしていた小さな女の子と目が合う。
基本的に同級生と顔を会わせる際、見下ろす形になっていた怪獣君は今までその身長差を気にする機会が無かった。
その身長差50㎝、授業でしか使わないデカい定規程の差が二人にあった。
怪獣君が見たのは噂通りの小さな幼女だった。
黒髪とも茶髪とも言えぬ艶やかな長い髪がなびき、小さな体を強調している。
人形の様なそのいでたちに怪獣君は言葉を失う。
彼女は怪獣君と目が合って直ぐに顔を背ける。
気まずくなった怪獣君もなにも言うことなく視界を教室に戻す。
「……妹より小さい。」
怪獣君が彼女を認識したのはこれが初めてだった。
2018/03/20 一部修正しました。