7.母なる記憶
人を殺した。
私が目を覚ます少し前から感じていた感覚はこれだった。この世界でも前の世界でも、人を殺めたことは一度もなかった。でも此処は地球ではないのだから、人ではなくとも何かしらの生物の命を奪うことはあっただろう。これからかもしれないし、もしかしたら明日だったかもしれない。
正当防衛だったといえば聞こえがいいが、私にはエル兄様が重傷を負ってからの記憶が殆どない。兄様は大丈夫なのだろうか。それよりも、なぜあの時気を抜いて防御魔法をゆるめてしまったのか。
今更思い返しても反省と後悔の面しか出てこなかった。
でもあれこれ考えても、最後の瞬間の記憶が出てこない。あの後私はどうなったんのか。失神でもして倒れたのか、気を失ったのか。でも何故かこれだけはわかる気がする。私はあのリーダー格の男をほぼ間違いなく殺したのだと。
なんか変な話だなぁ。記憶が無いはずなのに覚えたくも無いことを覚えているなんて。まあでも特に思うことはなかった。私ってそんなに無情な人間だったのかな。
仮にも人殺しなのだ。もっと罪悪感などがあってもいいと思うのに.........そうか。きっと私はこの世界が現実ではないと心の何処かで思っているんだ。だから非情にもなれるし他者を殺めることもできたんだ。
...........でも、それも何処か違うと思えなくもなかった。何故ならこの世界で一緒に暮らしたい兄弟や、国の人たちは、どう考えても本物だった。あれが夢の中であるとは思えなかった。ならば私は一体どこに居るのだろうか。そんなことを考えるようになっていった。
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「んん........」
「アウラ様がお目覚めになりました!!」
「本当か!!」
「はい。今確かにお声が.........」
「そうか、良かった。」
...........眼が覚めると、知らない天井だった。
「アウラ!!大丈夫か!?」
「パウロス.....兄様...?」
「そうだ........よかった。無事だったみたいだ。」
「申し訳ありませんでしたわ兄様。私は最後の辺りの記憶が残っていなくて..........」
「そ、そうなのか。まあ兎に角目を覚ましてくれて良かった。」
「そういえば、エル兄様は大丈夫なのですか!?」
「あ、ああ。エルも無事だ。見た目ほど重傷じゃなかったらしい。だが今は絶対安静ってお医者様が言ってたけどな。」
「よ、良かった.........」
取り敢えず、エル兄様は無事なようだった。後でお見舞いに行かないといけないかな。その前に今できることをしないと。
何の為にカストル村まだ行ったのか、まあ殆ど思い出巡りみたいなものだったけど、行った甲斐はあったからね。私は上着のポケットから日記を取り出した。
そういやどうでもいいけど、服変えられなくて良かったかな。着替えさせられてたらマズかったかも。
そう思いつつ、私は自分の部屋に籠ることにした。
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「シンシア=ヘクトル=ユリアス......やっぱりこれは母のものだわ。」
そう言うと私は遂に日記を開いた。
×月⚪︎日
今日も父さんに心配をかけてしまった。
私はもともと病弱だったのでなるべく周りに迷惑をかけないようにしてきたつもりだったのだけれども、少し咳き込んだときに吐血をしてしまった。
もうこんな人生に意味はないのではないかと思うようにもなってしまった。
暗っ!!お母さん大丈夫だったのかな。少なくとも私の記憶の中では病弱という感じは全くしなかったから、正直驚いた。まさか吐血するほど何かに侵されていたとは.........
そう思いつつ私は次のページ.......所々汚れたり破れたりしていて読めないので、読めそうなページを探した。
×月△日
村にある旅人がやってきた。泊まるあてもないらしいので成り行きで私の家の客間...と言っても粗末な部屋
に泊めることになった。この村に人が来ることなんて滅多にないのだがまあそういうこともあるのかな。
×月◽︎日
この前泊めた旅人が、昼間は何処かに出かけるよになった。そして、どんな仕事をしているのか分からないけど、私の家に宿泊料としては多過ぎる程のお金を払ってくれるようになった。勿論そんな大金は頂けないと言ったのだが、貰ってください。薬の足しにでもして下さい。と言われて返すことができなかった。あと病気のことまでバレてるなんて......
⚪︎月×日
私はあの旅人とよく喋るようになった。向こうから話しかけてくれることが多いのだが、最近では私からも話しかけるようになった。私は病気の所為で遠くへは行けないので、色々なところを旅してきたと言う彼に、私に色々なことを話してもらった。その話がどれも面白いものでつい聞き入ってしまう。もしかしたら彼の話を聞く時が最も楽しいかも知れない。
◽︎月⚪︎日
この頃、病気の症状が軽くなってきた気がする。
あと例の旅人とも仲良しになった。というかあの人は旅人なのにいつまでうちに居る気なのだろう。
「........ここからはあんまり読めそうにないなぁ。」
この辺りのページから損傷が激しく、文字も薄れかけているので読めそうになかった。因みにこの世界の文字は勉学の時間に習得したから問題なし。日本語使って欲しかったなぁ。
という事で私は次に読めそうなページを探した。
△月×日
もう何も無い。父は亡くなり、エルフだった母も亡くなった。その上あの人までも私を置いていこうとしている。彼の事情については理解したつもりだったが、今更この感情が消えることはない。そもそもこの村に来たのはエルフが迫害されているからであって、望んでこの村に来た訳ではない。そんなことを言ったら母に申し訳ないと思うのだが。残されたのは多くのお金と、この子だけ。それでも私はこの村で待つつもりだ。いつか帰ってくるその日まで。
..........重っ!
どんどん内容が重くなっていってる気がする。
それよりも最後のページに至るまでに何があったのかすごく気になる。あと、私には誰か分かんないけど父親がいるんだ。既にお亡くなりになったのかと思ってたよ。
一緒にいられない程忙しいか、身分が高いか兎に角訳ありの人物であって、私に対して親身になってくれる人。
親身になってくれる人.......?は居るけど、選択肢が多すぎるから絞らないと。親身になってくれる人の中でも中枢に近い人は........だいたい分かる気がする。
まあそれは置いといて、私の母はハーフエルフだったんだ。知らなかったなぁ。という事は私はクォーターエルフなのかな?聞いた事ないやそんな種族。
まあ疑問に思ってた事がすっきりして良かった。後はあの村が襲われた理由と襲った奴らの正体だけど....
前者は何と無く想像出来なくもないけど、後者は見当もつかないな。私まだこの世界についてよく知らないし。
............そろそろ、エル兄様に会いに行ってもいいかな。容態も落ち着いただろうし行かないとね。
そう思って私はエル兄様の部屋へと向かった。
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コンコンコン
「誰だ?」
「エル兄様。私です。アウラです。」
「おお!!アウラ無事だったか!!入ってくれよ。今ベッドから出られないからさ。」
「分かりましたわ、エル兄様。」
そう言って私は部屋の中に入った。
「..............」
「..............」
き、気まずい.....エル兄様と何を話したらいいのやら......
「ところで、アウラ。」
「は、はいっ!?」
「あの時に使った魔法は何だったんだ?」
「あの時.......ああ、ごめんなさいエル兄様。私、あの時の記憶が曖昧なんです。」
あの時、即ち私が人攫い達をやっつけた時の事だろうけど、あんまり覚えてないから何も言えないんだよね。
「そうか....ならまあいいか。」
「ところでエル兄様。」
「どうした?アウラ?」
「私が魔法を当てたあのリーダーのような男はどうなったのですか?」
「あの男は........アウラの魔法を受けて気絶したはずで、今は牢獄に入っているはずだよ。」
「そうですか.......」
「それよりもアウラは覚えていたのかい?」
「覚えていたと言うよりも、戦った感覚が残ってるという感じです.......」
エル兄様は私に真実を言いたくないのかな?私の体感ではあの男は死んでいるはずだ。5歳児に「貴方は人殺しですよ」なんて言えるわけないから、そうかもしれない。
でも私の思い違いの可能性もある。また大きくなってからなら教えて貰えるかな。
その3日後、何事も無かったように私たちは国へと帰った。
次の週テストなのでお休みします。
隔週投稿が全くできない....だと.......