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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第2章 お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだぞ!
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 3

「はぁぁ、やれやれ寿命が縮んだぞい」

「はぁ疲れたわぁ」

「本当にお騒がせして申し訳ありませんでした」

 ぐったりするゲオルグと南の魔女にさっさと頭を下げるアマーリエ。二人と違って東の魔女はニコニコとアルギスに話しかける。

「陛下もお変わりなくてよかったわ。アルギス様も会えて良かったわね」

「はい。リエ、ありがとう」

「いえ、誤解が解けたなら良かったです。あの、南の魔女様、あんちゃんが出るときも結界に穴開くんですか?」

「開いて無いわねぇ?」

「侵入に対する結界なので、出る方にはあまり作用しないのですよ」

 スケさんが代わりにアマーリエに答える。

「へ~。じゃあ、隙間から出るのは問題ないんですか?」

「出ようとするな!全く。厄介なことになったのぅ」

 珍しく難しい顔をするゲオルグに、アマーリエがやらかしてしまったとアルギスの方を見る。

「ですよね、全部アルギスさんから情報ダダ漏れですよね」

「流石に何でもかんでも報告しませんよ、わたし」

「いや、報告書はそうでしょうけど、絶対、念話で今日は何があったとか、尽くあんちゃんに話しそうだよ、アルギスさん」

「うっ、そこは……兄弟ですから!その日あったことぐらい話します!」

「それは別に構わん。なにかあれば皇帝陛下に直接、陛下のお小さかった頃のあんなことやこんなことアルギス様に教えちゃいますぞと囁くまでじゃ」

「まぁ!ゲオルグ殿ったら」

「ゲオルグ殿ぉ、腹黒~い」

「駆け引きですのぅ」

「うわっ、あんちゃんの弱点やっぱりアルギスさんじゃん」

「兄上の子供の頃のお話ですか?是非聞きたいです!」

「皇帝陛下の許可が出ましたらな。問題はじゃのう、うちの国王陛下を差し置いてそなたの菓子が皇帝陛下に直送されることの方だ!」

「……そこ?」

「へ?」

「まぁ」

「……お菓子の方なのぉ?」

「……」

 周囲からの不審の眼差しを受けたゲオルグが力説し始める。

「間違いなく皇帝陛下からやれ何食っただ、これを食べてうまかったなどと自慢話を伺うて、文句を言うてきおるじゃろうの、うちの陛下が」

「えー。国王陛下(最高権力者)ならウチの店のお菓子ぐらいすぐ手に入るでしょ~」

 アマーリエの言葉にスケさんが頷く。

「そなたのところの菓子はな、フリッツが献上しておる。じゃが、毒見と称されてことごとく食われ、陛下の前に上がるのなんぞこれっぽっちじゃわい」

 親指と人差指でちょろっと隙間を開けてみせるゲオルグ。

「うへー、陛下、怒んないですか?」

「仕事をしておるものを叱り様がないじゃろうが。それをどうじゃ?皇帝陛下はまるまる、しかも新しい菓子を優先的に食べられるのじゃぞ?そんなこと陛下の耳に入ってみよ、地団駄踏んでくやしがるところが目に浮かぶわい。フリッツもどういうことかと呼び出されるじゃろうのぅ」

 今後起きる事態を想像して、ちょっとばかりゲンナリし始めたゲオルグだった。

「っていうか、なんですか?その仲良しさん」

 近所のおっちゃん友達と変わらない最高権力者二人の言動に呆れたアマーリエが、とりあえず取り繕えた言葉を放つ。

「皇帝陛下はのぅ、生まれて間もないアルギス様を連れて、王国に人質として参られたのじゃ。年の近かった当時の王太子である国王陛下とたいそう仲が良うなられての。今でも昔なじみの前や二人きりのときなどじゃれおうておられる」

 普通この時代の最高権力者って行き来しないよねと思ったアマーリエは、皇帝陛下のスキルのせいかと腹落ちする。

「え、私も王国に居たのですか?」

「そうですぞ。三つになるかならないかの頃に帝国に戻られましたがの」

「そうだったんですね」

「昔話はここまでにして。さて、どうしたもんかの?」

「……うちと直通の簡易転送陣贈ります?」

「仕方あるまい、申し付けられるまでは沈黙を通すが、ぜひにと請われたならばこっそりと贈るとしよう。やれやれ」

「んじゃ、一応お菓子贈る心構えだけはしておきますね」

 なるべく先送りになることをあまねく神々に祈願したアマーリエだった。

「ちなみに、陛下は甘いものも辛いものも酒もなんでもいける口じゃ」

「はぁ、わかりました」

「さて、部屋に戻るか。お邪魔いたしましたな、アルギス様」

「あ、ゲオルグ翁、今後はアルギスと呼び捨てでお願いします。流石に身分を喧伝する訳には参りませんので」

「承りました。それでは御前失礼」

 アマーリエとゲオルグ達はアルギスの部屋を出た。

 廊下に出たゲオルグを待っていたのは、村役場まで行ったカークスウェル。

「とくに、問題なく話は通りました」

「そうか、ご苦労」

「ギャー、役場!すっかり忘れてた!シルヴァンの登録にいかなきゃ!皆さん、すいません失礼します!シルヴァンおいで!」

「あ、これ、アマーリエ……」

「すっ飛んでいきましたな」

「追いますか?」

「いや、また明日で良い。ふぅ、くたびれましたの。東の魔女殿、夕食を一緒に如何かの?」

「まあ、よろしいの?」

「鄙の料理ではありますが、アルバンダンジョンから出る珍味もいただけますぞ?」

「ぜひ、ご一緒させてくださいな。ああ、でしたらアルギスさんも浮上したようですし、お誘いしましょう」

「そうですな。昼もあまり食べておられなんだですしの」

 ゲオルグ達は、揃って一階の食堂へと降りていった。ベルンが硬直したのは言うまでもなし。

 滑り込みセーフで村役場に着いたアマーリエは、シルヴァンの登録を済ませ、商業ギルドに取って返す。今度は立派な入り口の方から一階にある食堂へ向かった。

 食堂の入り口からみえた光景に、思わず扉の影に身を隠すアマーリエ。そんなアマーリエを不思議そうに見やるシルヴァン。

「……帰ったほうが無難?」

 動きがぎこちないベルンに甲斐甲斐しく世話を焼きまくる南の魔女、目をキラキラさせてゲオルグと話すアルギス。マリエッタと東の魔女とスケさんの周りは目を凝らすと何やら魔素が弾けるように時折キラキラしている。カクさんとダリウスは機嫌良さそうに飲食を楽しみ、グレゴールとファルはそんな面々の世話を焼きつつ、しっかり自分の分も確保しているようだった。ダフネは言うまでもなく自分の皿に山盛り肉を盛ってひたすら食べている。

「お客様?」

「あ、う、ま、また来ようかな……なんて」

 給仕に後ろから声をかけられて、慌ててアマーリエは逃げの体勢を取るもあえなく失敗。

「あ!シルヴァン!おいで!美味しいものがあるよ!」

 アルギスに見つかったシルヴァンが呼ばれて素直に駆け寄る。

「いや、ちょっと、シルヴァン、一応私が主……」

 シルヴァンはしっかりアルギスの手ずから餌をもらってごきげんだ。食い意地がはってるのは似たもの主従ゆえなのか?

「お!リエ、遅かったな。ほら、こっちだ」

 ダリウスに呼ばれ、慌てて給仕に頭を下げてダリウスの横に行く。

「遅くなってすみません」

 ベルンに視線で助けを求められたが、アマーリエは慰謝料代わりということで視線で無理と答えて放置する。

「お前さん、またやらかしたろ?こっちもびっくりしたぞ。飯を頼み始めたら俺でもわかるぐらいのいきなりでかい魔力の塊が飛んで来る気配がしたからな!」

「はあ、驚かせてすいません」

「ほれ、座れ座れ」

 しばらくぶりのお酒のせいか、いつもより陽気なダリウスに頭を下げながらアマーリエはその隣りに座る。

「リエさんお腹すいたでしょ、これ、ダンジョンでドロップするビックボアのお肉なんですよ」

 ファルに料理を取り分けてもらう。

「……あ、おいしい。普通の豚の肉より甘みがあって柔らかいですね。少し物理攻撃力上昇が付いた?」

「だろ?他にもな、このマジッククェイルもうまいぞ」

 ダリウスが料理を取り分けてアマーリエの皿に盛る。

「ん、味が濃いですね。ウズラに似てる?これは、なんにもつかない?」

 次々と、銀の鷹が美味いと思うものをアマーリエの皿に盛っていく。その山盛りの皿を見て、アマーリエはメンバーの顔を見渡す。

「……つまり、このダンジョンで取れる素材をさらになんか新しい料理にしろと?」

「ははは、ばれたか」

「うーん、新しい香辛料とか調味料がほしいですね。……そうなるとやっぱり、麹室作んなきゃだめかなぁ、醤油と味噌はほしいな~。醸すか?」

 こっそりと味噌と醤油を作るための前段階、麹造りをどうするかぽそりと漏らすアマーリエ。

「ん?」

「あ、いえ、ダンジョンの植物の中に新しい香辛料になるものとか無いかなって」

「ああ、お前さんが常時依頼出そうと思ってるやつだな」

「すでに有用なものは、冒険者ギルドや商業ギルドで資料になっていますよ。それも見てみてはいかがです?」

 ファルが、冒険者ギルドにある資料本をすすめる。

「ですね。でも、根っこも種もその場にある状態保って植物全部を採集してもらいたいしな。どうしたもんか?」

「なんじゃ、ダンジョンの物がほしいのかの?」

 欲しいものがあるようならかわりに調達するつもりでゲオルグがアマーリエに声をかける。

「ええ。米がダンジョンで取れるなら、他にもなにかあるのかなーと。流石に私じゃダンジョンで足手まといでしょうから、替わりに採集してもらおうかなと。何かのついでに」

「ふむ。確かにあの不良在庫になっとった穀物はそなたのお陰でちゃんと食えると判明したからの。新たに役に立つものが見つかるならばそれに越したことはないからのぅ」

「色々、普通の土地でも栽培できるようなものがあれば嬉しいですし」

「そうじゃのぅ」

「あ、アマーリエ。米というのがダンジョンで取れる穀物ですか?」

 米の話題に、アルギスも入っていく。

「はい。そっちの方は土ごと採集してきてもらいましょう。後は生育環境をなるべく正確に調べてからダンジョンの外で条件を変えて育ててみますか。ま、細かいことはおいおい」

「私もダンジョンに潜りますから、そこは任せてください。銀の鷹の皆さんには護衛依頼出しますね」

「は、はい、よろしくお願いします」

「や~だ、ベルンたら緊張しちゃってぇ、かぁわぁいい!」

 あんたに緊張してるんだとは周りの内心の声。

「南の魔女さまもよろしくお願いします」

「任せてよぉ。しっかり護衛するからねぇ」

「うちからも騎士を出すか。観察や記録に長けたものを選別するかの」

 ゲオルグの言葉にカクさんとスケさんが頷く。

「観察する人数が増えた方が見落としが少なくていいですね。あー、私もダンジョンに行ってみたいなぁ」

 速攻その場の全員にダメ出しされたアマーリエだった。

「あんたはきちんとパンつくりながら常時依頼の報酬でも考えてなさい」

「はーい」

「ね、アマーリエ。シルヴァンも貸してくれないか?」

 アルギスがシルヴァンに肉を与えながらアマーリエに頼みはじめる。

「護衛ですか?」

「鼻が利くと思うから、色々見つけてくれるんじゃないかな?」

「良いですけど、シルヴァンはあくまでうちの子ですからね」

「……今日も貸してほしいんだけどなあ」

「いや、そちらに立派な護衛がいらっしゃるじゃありませんか」

「シルヴァンがいてくれたら、あたしも今日、楽だわぁ」

 話を振られた南の魔女が、あっさりアルギスの味方をする。

「……慰謝料代わりということで仕方ない。シルヴァン、ちょっとアルギスさんのお守り頼んで良い?ご褒美に塩揚げ鶏作るからさ」

「オン!」

 ご褒美に機嫌よく返事をするシルヴァンをアルギスが嬉しそうに撫でる。

「シルヴァン、一緒に寝ようね!」

「そんなに何か飼いたいんでしたら、アルギスさんもダンジョンでテイムしたらどうです?」

「芋っ娘!あんたはまたぁ!面倒の種を撒かないのよぉ」

「えー」

「神官さん、普通に猫なり犬なり鳥なり飼えば良いんですよ。いきなりこいつみたいに魔狼をテイムしようなんて突飛なことはしないでくださいよ」

 苦笑しながらグレゴールが面倒防止のために軽めの釘を刺しにかかる。

「私もできると思ってテイムしたわけじゃないですし!なんだかんだみなさんもシルヴァンのお陰でテイムスキル生えたでしょうが!」

 アマーリエの言葉に銀の鷹のメンバー以外が怪訝な顔をして食事の手を止めた。

「はぁ?」

「え!いいなぁ。どうやったんですか?」

 アルギスが期待に満ちた目でダリウスに聞く。

「……聞かれてもな?」

「腹見せられたら、生えたとしか」

「なんじゃぁ、そりゃ?」

「上位認識されたようです。あ、リエは食い気で釣ったみたいですが」

 ゲオルグの言葉にベルンが端的に答える。

「……テイムスキルがそんなに簡単に生えるなんぞ、聞いたことがないんじゃが?」

「……なぜお前はいつも他所に言えないようなことをやらかすんだ?苦労してテイムしてるテイマーたちが聞いたら噴飯物だぞ」

「カークスウェルさん、そう言われてもできちゃったんだからしょうがないとしか言えないし」

「まぁ、テイムスキルが生えたと言っても、テイムが簡単にできるようになったというわけではないでしょうし。そのあたりは、試してみないことにはね?」

「スケルヴァンさんの言うとおりだな。生えはしたが、実際テイムを試してないからテイムできるかどうかはわからんな」

「……それもダンジョンで試すのか?」

 ベルンの言葉に眉をしかめてダリウスが困惑を隠さず言う。

「いや、下手にテイムしても面倒だからな」

「確かに」

「……生えないんですが?」

 シルヴァンと見つめ合って何やらやっていたアルギスがポツリと漏らす。

「アルギスさんは、絶対弟分認識だと思うんです。シルヴァン、なんだかんだでこの二日ほどお守りに徹してましたもん」

 ニヤッと笑ってアマーリエが断言する。

「弟分なの??」

 アマーリエに思っても見なかったことを言われ、目を丸くして驚くアルギスに、グレゴールが苦笑しながら言う。

「同等だと生えなかったですよ、尻尾は振られましたけど。俺は生えてません」

「私も生えませんでしたよ」

「あらぁ、そうなのぉ?シルヴァン、あたしはどうかしらぁ?」

 即行、腹を見せて南の魔女に降参したシルヴァンだった。

「わかりやすいわね」

 ちょっと呆れたようにマリエッタがつぶやく。

「……生えたわねぇ、テイム」

 その後、ゲオルグ、東の魔女、カクさんとスケさんにも腹を見せて、テイムスキルを生やさせたシルヴァンだった。

 がっくりしているアルギスにお互い精進しましょうねと慰めあったのはグレゴールだった。

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