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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第2章 お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだぞ!
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 2

 廊下に連れ出したアマーリエに、南の魔女が吠える。

「あ、あんた何やってくれてんの!?」

「いや、みんながなんとかしろって言うからなんとかしてみたんです。こんなに早く本人が来るなんて思わなかったですけど。せいぜい、西の魔女様に連れられて誰かがお使いに来るもんだとばっかり思ってましたから、本人が速攻来るなんてかけらも思ってなかったんです。いやーびっくりしました」

 想定外がデフォルトのアマーリエだった。

「……何なのよぉ、この芋娘(いもっこ)は……」

 脱力した南の魔女が廊下にへたり込む。

「すいません、さっきとっても聞き捨てならないことおっしゃってましたよね。結界に穴が空いたとかなんとか」

「もう閉じてるわよぉ。一応自動修復するようになってるみたいねぇ」

 廊下にあぐらをかいて頬杖をついた南の魔女は結界を探りながら答える。

「そうなんだ、色んな意味でよかった~。村のお空に皇帝陛下(あんちゃん)の骨格標本とか洒落になんないよね~」

「あんたねぇ!」

「良くないぞ!なにごとだ!」

 魔力の異変と隣の部屋の騒ぎに気づいた両隣の部屋が空いて、ゲオルグとスケさんカクさん、東の魔女が廊下に飛び出てくる。

「あ、大隠居様」

「これ、アマーリエ!そなた大人しゅうしろと言われたばかりで何をしおった!?」

「え、一応アルギスさんを励まそうとしたんですけど……」

「あの魔力は何ですの?南の?」

「来ちゃったのよぉ、お兄様が」

 はぁとため息を吐いて、南の魔女が東の魔女に答える。

「「「「は?」」」」

 何を聞いたのか理解を拒否した四人に、とどめを刺すべくアマーリエが息を吸って、口を開けた。

「皇帝陛下がご来臨あそばされました!」

 ヤケクソで叫んだアマーリエに、ゲオルグの顎がカパーンと落ちた。

「まぁ、ご本人がいらっしゃったの?」

「ええ、愛は時空を超えるんですね。あのおっそろしい結界を物ともせずに!」

「あんた、ほんと太い性格してるわねぇ」

 しれっと答えるアマーリエを南の魔女は半眼で睨む。

「私の持ち味ですから」

「あんたには負けたわぁ」

「どうも」

「な、お、ちょ……、アマーリエ!」

「はい!大隠居様!」

 ゲオルグに大音声で呼ばれ、慌てて居住まいを正すアマーリエ。

「それでお二方は?」

「部屋で話し合いをしてもらってます。言いましたよね?直に聞けばいいって」

「「直球すぎなんだよ、アマーリエ」」

 頭を抱えて吐き出すように言うカクさんとスケさん。

「人間言葉があるんです。愛があるなら、分かり合えるまで話せばいいんです!話せば」

 関係を築こうとお互いに思うからこそ、言葉を尽くすエネルギー(熱愛)も湧いてくるのだ。熱がなければ何も生まれないのだ。

「まぁまぁ。あなた若いのにすごいわ」

「お褒めに預かり光栄です。でも若いから無茶できるんです!」

 前世を含めると精神年齢は老人なアマーリエなのだが、体年齢は若いので若さゆえといい切る。最もやってることは年寄りの無茶振りに近いのだが。

「無茶しすぎじゃわい!」

 少しばかり息を切らせたゲオルグの背中をカクさんが労る。

「でも、あんちゃんどうやってここに飛んできたんだろ?」

「転移の一種ね。固有のスキルをお持ちなんでしょう」

 おっとりと東の魔女がアマーリエの疑問に答える。

「なるほど。呼んじゃいましたけど、帰れるんですかね?」

「まぁ、それはわからないわ。無理なら私が帝都まで送ります」

「すみません、お手数おかけいたします」

「いいのよ、あなたのお菓子、期待してるわ」

「う、はい。いつでもどうぞ」

「ありがと」

「東の、あんたちゃっかりしてるわねぇ」

「うふふ」

 のんきに話す女?三人を尻目に、ゲオルグが部下に指示を出す。

「ふぅ、スケルヴァン、砦には何も問題ないと連絡を。カークスウェルは村役場に。まったく、何が襲撃してきたのかと思ったわい」

 ゲオルグの指示にすぐに従い、スケさんは魔法紙に問題なしと一言書いて魔鳥を折って連絡を飛ばし、カクさんは事情を説明しに村役場に向かった。

「あははははー」

「笑ってごまかそうとしても無駄じゃ。罰としてそなたしばらく温泉禁止じゃからの!」

「……はーい」

「私も心臓止まるかと思ったわぁ。慰謝料よろしくねぇ」

「……考えときます」

 尻馬に乗る南の魔女に、ベルンを生贄に差し出そうかなどとアマーリエが鬼のようなことを考えたのはここだけの話。

 カチャッとドアの開く音がして、アルギスが顔を出す。その足元をするりと抜けて、シルヴァンがアマーリエにまとわりつく。

「すみません、皆さん。ご心配おかけしました。どうぞ、お入りください」

「その、かまわんのかの?」

「はい、兄上がぜひ皆様とお話したいと。あ、アマーリエもね」

 シルヴァンを連れて回れ右をしようとしたアマーリエを即座にいい笑顔で引き止めたアルギスだった。

 ゲオルグを先頭に皆で部屋に入る。

「私、お茶淹れますね」

 アマーリエは外野に回るべく、そそくさと部屋に用意された茶器を使ってお茶を入れ始める。シルヴァンはその足元で尻尾を緩やかに振っておすわりしている。

 ゲオルグが跪こうとするが、それを手で制してやんごとなきお方は宣う。

「我は今、これの兄としてここに居る。直答を許す。休め」

「ありがたく」

 ゲオルグはやんごとなき方の向かいの椅子に腰を落ち着け、東の魔女と南の魔女はその両隣に腰を落ち着ける。スケさんはゲオルグの背後に立つ。

「ゲオルグ翁、東の、久しいの。我の言葉足らずで、これを悩ませ、そなたらには気を使わせたな。相済まぬ」

「いえ、血族の仲が割れることは国の大事にございますから、大事に至らずよろしかったかと」

「誤解が解けてよろしゅうございました。たいそう落ち込んでらっしゃいましたから。ね、アルギス様」

「皆様にはご心配をおかけし、申し訳ありません」

 恥ずかしそうに微笑むアルギスに、にっこりと微笑む東の魔女。

「ウム、誠に助かった。礼を言う。南の、先程は言葉が過ぎた、相済まぬ」

「いえ。このような事態を招き、私の力が足りず申し訳ありませんでした」

「いや、むしろなかなか愉快なことになった。気にいたすな」

 タイミングを見計らって、それぞれの前にお茶のカップを並べていくアマーリエ。ゲオルグが先に飲んで無毒であることを証明する。それを見て、アルギスも毒味のためにお茶に手を伸ばそうとするが、その手を押しとどめやんごとなき方が先にお茶を口にする。

「あ、兄上!?」

「……ん、美味い。アルギスそなたも飲め。娘、そなたに聞きたいことがある」

 アマーリエはゲオルグに任せる気満々で、後ろに控えようとしたがゲオルグに促されてその場に跪く。シルヴァンもその横に伏せをする。

「……私ごときでよろしければ」

「ふっ。先程の勢いはどこに行った?」

戦場(いくさば)では勢いが大事と伺います。勝負どころで怯めば為すべきこともなせないと思いましたゆえ」

「面白いな。そなたが、辺境伯の秘蔵っ子か?」

「?」

 なんのことだとゲオルグを振り返るアマーリエに、渋々ゲオルグが応える。

「そう呼ばれておるのじゃよ、耳の早い方々の間ではの」

「初耳です」

「フフ、まあ自分では称すことはなかろうな。念話と申したか?そなたが先程これに使わせたスキルは。あれはどういうスキルか?」

「言葉に魔力を乗せて直接伝えたい相手に言葉を伝えるスキルです」

「なぜ、『兄上!助けて!食べられる~!』にした?」

「殺されるだと直截すぎて洒落になりませんし、南の魔女さまがいらっしゃって、アルギス様が殺されるような状況はまずありえないと思いましたので、色んな意味に取れてかつ効果的な言葉にしてみました」

 清々しいほど真っ正直に言うアマーリエに、やんごとなきお方はニヤリと笑って宣う。

「そなた、誠に面白いな。見事に釣り上げられたわ」

「いえ、間をおかず、命がけでいらっしゃられたお陰で、アルギス様の悩みも晴れて良かったです」

 こちらも負けずに笑顔を浮かべてあくまで良いことをしたのだと主張するアマーリエ。アマーリエの言葉に青ざめるアルギス。下手をしたらやんごとなきお方は結界にとらわれていたかもしれないのだ。

「兄上!」

「アルギス、我に不可能はない」

「愛されててよかったですねー、アルギス様」

「リエ!」

 ボソリとつぶやいてそっぽを向いたアマーリエに、非難の声を揚げるアルギス。

「ふん。辺境伯が気に入るわけだな。そなた、アルバンのダンジョンで出る穀物を知っていよう?アルギスに協力せい。それで許してやろう」

「承りましてございます」

 アマーリエは首が物理的に飛ぶよりかはマシと素直に協力を約束する。

「時に、ゲオルグ殿。そなたのところで簡易転送陣なるものを作り上げたそうだな?」

「うちの陛下から届きましたか?」

「ああ、直にやり取りができる。邪魔がどこに居るか炙り出しやすうなった」

「それは良うございましたな」

「そこでな、アルギスから直に報告を受け取りたいと思うてな」

「致し方ありませぬな。兄弟仲を割くのは本意ではありませぬゆえ」

「なに、ファウランド王を困らせぬよ。あれには随分世話になったからな」

「ご配慮ありがたく存じます。スケルヴァン、陛下に」

「はっ。使用方法は?」

 スケさんが簡易転送陣を手にやんごとなきお方の前に進み出る。

「大事無い。やり取りする者の名を書けばよいのであろう?」

「はい。こちらになります」

 やんごとなきお方はスケルヴァンから受け取った二枚の魔法紙に書かれた簡易転送陣に名を書き込み、魔導ペンと魔法紙をアルギスに渡して名前を書かせる。

「一枚はそなたが持つのだ。くれぐれも無くさぬような?これで報告書も物も直にやり取りできる」

「はい!兄上」

 アルギスの様子に、思わず周りの目が生温い視線になるのはやむを得ないことなのだろう。

「うむ。娘、そなた菓子は甘味のみを作るのか?」

「いえ、酒の肴のようなものも甘くないものも作りますが」

「では、アルギスの報告とともに送るように」

「え、いいんですか?」

 いきなりのことにアマーリエは取り繕うのも忘れて素に戻る。

「ふん、そなた毒など食べる物に入れぬだろう?」

「当たり前です、そんな罰当たりなこと」

「ならば良い」

「あ、でも何か食べると痒くなったりとか蕁麻疹が出たりするようなものはございますか?」

「無いぞ。なんでも食べる」

「そうですか。では、アルギス様の報告の際に送るように致します。一応、使った食材は書いて送りますゆえ、初めて口にする食材があるようでしたら一気に食べてしまわぬようにお願いします。人によっては毒になるものもありますので」

「相承知した。それでは、我は戻る。アルギスしかと頼んだぞ。達者でな」

「はい、兄上」

 椅子から立ち上がり、やんごとなきお方は片手を上げてその場から姿を消した。

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