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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第2章 お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだぞ!
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 宿の受付で南の魔女とアルギスの部屋を尋ねたアマーリエは、宿の案内係に連れられて二人が泊まる部屋へ向かう。

「うわー、きれいですね」

「はい、名だたる商人や貴族の方をお泊めしますので、それ相応のしつらいになっております」

「食堂も併設されてるんですよね?」

「はい、一階の奥になります。ダンジョンから出る食材を扱うこともございますよ」

「え、そうなんですか」

「ご興味がお有りでしたら、ぜひご賞味くださいませ」

「はい、ぜひ」

 そうこう話す内に最上階の部屋にたどり着く。三部屋あるうちの真ん中の部屋の前に案内係が立つ。

「こちらになります。少々お待ちください。……南の魔女様?」

 ノックして暫し待つ案内係。間を置いて南の魔女がドアを開けた。

「お客様がお見えです」

「あら、ありがと。お芋ちゃん、お~そ~い~」

「遅くなって、申し訳ありません」

 アマーリエはさっさと南の魔女に謝っておく。

「あなた、もういいわ、大丈夫よ」

「失礼致します」

 案内係が立ち去ると、アマーリエを中に誘う南の魔女。おもむろに部屋の隅を指差して宣う。

「……あれどうにかしてくれないかしらぁ?」

「うわっ」

 部屋の片隅でうずくまっているアルギス。その周りにどんよりしたものが渦巻いている様に感じて、ちょっとばかり引いたアマーリエだった。

 シルヴァンも流石にこれどうにかしてくんないかという視線でアマーリエを見る。

「ず~っとですか?」

「あれからず~っとよ。あんた責任持ってもどしてよね」

「わかりました。どうにかします」

「任せたわよ」

「任されました」

 言うだけ言った南の魔女は部屋の茶器でお茶を入れ、椅子に腰を下ろしてくつろぎ始めた。

 アマーリエは、お腹が空いていた。且つ、村役場の時間や銀の鷹との約束もあってちょっとばかり焦っても居た。周りから優しくしてやれと言われて、真綿にくるむだけが優しさじゃないとちょっとお冠だった。

 そして、知らないことがあるということを、世の中に極稀なスキルを持つ者が居ることもうっかり忘れていた。

 そう、もっと単純に言えば魔が差したのだ。

 部屋の隅に居るアルギスのもとに向かい、その側に膝立ちして、がっしりとアルギスの頭を両手で挟んで相手の目を覗き込んで言った。

「アルギスさん、落ち込んでる場合じゃないですよ」

「ちょ!ちょっとあんた何して……」

「黙っててください」

 振り向いたアマーリエの静かな迫力に流石の南の魔女も怯んだ。

「アルギスさん、あんちゃんの本心知りたいですか?」

「知りたいさ!けれど兄上が……」

「大丈夫です。間違いなく愛されてますから。ね?直接お話しましょう」

「直接?」

「ええ、直接。いい方法があるんです」

「直接話をする方法?」

「誰にも邪魔されず、きちんと会話ができます。やってみます?」

「本当に兄上の本心が聞けるのなら……」

「大丈夫です、間違いなく本心を語ってくださいますから」

 アマーリエの真面目な語り口と言葉にアルギスはつばを飲み込み頷いた。

「アルギスさん、いいですか。あんちゃんの顔を思い浮かべてください。正確にです。大好きなあんちゃんですからできますよね?」

 挑発するようなアマーリエをギッと睨んで頷くアルギスに、アマーリエはニヤリと笑って言う。

「良いですか、そのままあんちゃんの顔をしっかり思い浮かべて、こう言うんです」

 腕の中のシルヴァンを離すことなく、アマーリエの言うことに頷くアルギスにアマーリエは言葉を続ける。

「『兄上』」

「兄上」

「『助けて』」

「助けて」

「『食べられる~!』」

「食べられる!」

「そうです。その言葉に魔力をのっけてください。あんちゃんにこの言葉届けって強く念じながらです」

『シルヴァン、合図したらお口あーんしてね』

 念話でシルヴァンに指示しながら、黒い笑顔を浮かべて、淡々と言い聞かせるように言うアマーリエ。

 それに、何の疑問も浮かべず素直に従うアルギスに南の魔女は一抹の不安を覚える。

「いいですか。言われたとおりに言えますね?」

 頷くアルギスに、アマーリエはアルギスの頭から手を離し、シルヴァンにやっちゃってと合図した。

 素直にアマーリエの言葉を聞いたシルヴァンが、アルギスに向けてあんぐりと口を開けて近づいた。

「「ぎゃー」」

 いきなりのことに野太い男の悲鳴が上がる。

『兄上!助けて!食べられる~!』

 一字一句間違えることなく、言われたとおりに叫んだアルギス。もちろん魔力込み。

「あんた何やらかしてんのぅ」

 両の拳で口元を隠しつつ南の魔女が叫ぶ。

「シルヴァンもういいよ。アルギスさん、スキルに念話生えました?」

 いきなりのシルヴァンの口腔内アップに心臓をドキドキさせながらもアルギスは真面目に自分のスキルを確認し応える。

「び、びっくりした。食べられるかと本気で思ったよ。えっと、スキル?念話?生えてるよ」

 シルヴァンが、ごめんねとアルギスに鼻面を寄せて舐める。

「わ、シルヴァン。舐めなくていいから~」

 ちょっとにやけて、ギュッとシルヴァンを抱きしめるアルギス。

「じゃあ成功ですね。アルギスさんが愛されてたら……」

「!!!なんかくるわよ!村の結界に穴が空いた!?」

 南の魔女が目を見開いて虚空をにらみ叫ぶ。

「「え?」」

「ウォン!」

 突然空間が揺らぎ男が現れる。そして南の魔女に言葉を叩きつけるように吐き捨てる。

「南の!そなた我が大事な弟に何をした!?」

「失礼ね!何にもしてないわよ!範疇外よ!」

 唐突に現れた人物に反射的に自分の無実を主張する南の魔女はぶれなかった。

「……あ、あにうえ?」

 相変わらずの南の魔女と呆然と呟くアルギスを見てすぐに冷静さを取り戻したアマーリエ。

 流れを自分に引き寄せるために腹に力を入れて、やんごとなき方をその辺のおっちゃん扱いで勢い良く話しかけた。

「アルギスさんのおにーちゃんですか!良かった、来てくれて!アルギスさんおにーちゃんに嫌われたってすごく落ち込んでたんですよ」

「な!?私が大事に育てたアルギスを嫌うわけなどなかろう!?」

 いきなり見知らぬ娘に勢い良く話しかけられた上に、聞き捨てならないことを言われてやんごとない方は素をさらけ出す。

「ですよね!すいませんけど、お二人でしっかり話し合ってもらっていいですか!私達部屋の外に居ますから!シルヴァン、二人の護衛をお願いね。じゃあ、失礼します。南の魔女様行きますよ」

 畳み掛けるように言葉を続け、身体強化をしたアマーリエはアルギスをシルヴァンごとやんごとなきお方に押し付けると、目を白黒させてる南の魔女をひっつかんで、そそくさと部屋の外に出た。

 弟を押し付けられたやんごとなきお方は、慌てて弟の無事を確かめる。

「アルギス!しっかりせよ。無事か?」

「あ、兄上、兄上!」

 ヒシっと兄にしがみついて幼子のように泣き出した弟を、慌てて抱きしめて、やんごとなき方は昔そうしたようにあやし始める。挟まれたシルヴァンは必死でその間をすり抜け、アルギスの後ろに座る。

「これ、どうした?何があった?」

「すみませぬ、兄上。弱い私をお許し下さい」

 涙に濡れた顔を上げて、謝り始めるアルギスを子供の頃にしたように撫ぜながら、やんごとなきお方は優しく問いかける。

「どうしたのだ?」

「一人、辺境に追いやられ、兄上に嫌われたと思ったのでございます」

「そのようなこと、あるはずがないではないか。そなたが生まれてより大事に育てたのはこの我ぞ?ただ一人の弟を何故厭おうか。そなた大事ゆえ、危うき場所より離したのだ」

「はい、はい。申し訳ございません。今はもうちゃんとわかっております。私の安全のために兄上から遠ざけられたと」

 兄の膝に顔を押し付け謝る弟に、ここまで追い込んでしまったのかと後悔するやんごとなきお方。

「……きちんと説明すればよかったな。すまぬことをした」

「いいえいいえ、私の心が弱かったのです。……兄上、確認だけよろしいでしょうか?」

「うん?」

「私がそばにいては頼りになりません……よね、このように言いつけも果たせず泣いてしまうようでは」

 自分を省みて、言葉がしりすぼみになりうつむいていくアルギスの頭をそっと撫でて、やんごとなきお方はしっかりとした口調で答える。

「いや、そなただからこそ、この仕事を頼んだのだ。そなたは堅実に仕事を熟すからな」

「兄上!」

「そなたのそばに信頼できるものを置けぬ、我の至らなさこそ謝らねばな。苦労をかけてすまぬ」

「いえ、もう一人で大丈夫です。いえ、私も信頼できるものを見つけ、兄上のお役に立てるように頑張ります」

 力強く兄に応えようとするアルギスにやんごとなきお方は真剣な顔になって話しかける。

「頼む、アルギス。アルバンダンジョンより出る穀物を帝国内でも栽培できるようになれば、国力が上がる。付与効果が生まれずとも、他に食べられる作物が増えればそれだけでも違ってくる。ぜひ、帝国にも欲しいものなのだ」

「おまかせください、兄上。必ず帝国にて栽培できるよう研究いたします」

「ああ、頼む。私はそれまでに神殿の掃除を済ませ、そなたが研究した穀物を民に滞りなく届けられるように物流網を構築するからな」

「はい!」

 ようやく、完全浮上したアルギスがシルヴァン顔負けで無い尻尾を振り始める。

「あ。兄上、今更ですが、お一人でこちらにいらして大丈夫なのですか?」

 忙しい兄がいきなり一人で来たことで起こる騒動に思い至り青ざめるアルギス。

「ああ、問題ない。今日はもう私室にこもっておったし、邪魔せぬように申し付けておいたからな。そなたを不安にさせるほうが問題よ。それよりも、先程の食べられるとはなんであったのだ?いきなり頭にそなたの声が響いたのだ」

「え、あ、そう云うように、アマーリエと言う娘に言われたのです。そうすれば兄上の本心がわかるからと。後、念話というスキルのようです。アマーリエに言葉に魔力を乗せて、兄上の顔をしっかり思い浮かべて、兄上に伝えたいと思って話せと言われまして、そのちょっとそこの魔狼の仕草におどろいで思い切り魔力を乗せて叫んでしまったのです。兄上に聞こえたのですか?」

「ああ、しっかりと聞こえた。アマーリエ……パン屋の娘か?バルシュティン辺境伯の秘蔵っ子と聞く娘だな。そなた知り合ったのか?」

「はい、二日ほどの道中を一緒に。このシルヴァンの主でもあります」

「は?従魔が主のそばを離れておるのか?そなたを守るよう命令したのか?」

「いえ、私が落ち込んでいましたので慰めてくれたのです。ね?シルヴァン」

「ウォン」

 尻尾を小さく振りながら愛想良く答えるシルヴァンに、やんごとなきお方は首をひねる。

「言葉がわかるのか?」

「みたいです。アマーリエも命令するというよりはどちらかと言えばお願いするというか頼むという感じですし?」

「なんとも不思議な。これが変っておるのか、主が変っておるのか?まあ良い。それで、先程の娘がアマーリエか?」

「はい。そうです。物怖じしないで話してくれるのでとても話しやすい娘です。時々厳しいことをはっきり言われるので凹みますが」

「あ゛?」

 殺気の漏れたやんごとなきお方に慌ててフォローに入るアルギス。

「あ、私を傷つけるつもりで言ったのではありません。むしろ誰よりも兄上のお心を理解して、私を諭してくれたのです。賢い娘なのです」

「そうか。ときにアルギス、先程の念話。もう一度やって見せてくれぬか?」

「はい、兄上」

「あ、声に出さぬようにな」

「はい。では」

 何故か口を両手で抑えて、じっとやんごとなきお方を見つめて念を込めるアルギス。

『兄上!助けて!食べられる~!』

「ふむ聞こえたな。……がしかし、そなたそれしか言えぬのか?」

「どうでしょう?試してみます」

『兄上!大好きです!』

「……」

 やんごとなきお方は、弟からの盛大な告白を受け、耳まで真っ赤になって手で顔を覆った。

「兄上?」

「いや。わかった。よくわかった。我もそなたを大切に思っておるぞ」

「はい、兄上」

「我にも念話のスキルが生えておるな。アルギス試すぞ」

「はい!」

『そなた、寂しゅうなったら、こうして念話で我に話しかけてくるが良い。ただし、夜にだぞ?』

「はい!兄上!これなら、誰にも邪魔されずお話できますね」

 羽でも生えて舞い上がりそうなほどアルギスは気分が浮上していた。

「ふむ……。アルギス、部屋の外の者たちを中に。そなたを心配して集まっておるようだ」

「はい、兄上」

「私は、ここにそなたの兄として来た。よいな?」

 政治を絡ませないために、あえて個人としてきたことを強調してアルギスに伝えるやんごとなき方の言葉に、嬉しそうに頷くアルギス。

 アルギスにしてみれば、それだけ自分が大切に思われていることの裏返しにほかならないからだ。

「では、呼びますね」

「うむ」

 アルギスはドアを開けるために立ち上がった。

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