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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第1章 アルバン村事始め
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 5

 商業ギルドの前に着いたアマーリエにダリウスが説明する。ベルンの方は南の魔女を恐れて挙動不審である。グレゴールに気配消さないとバレるとからかわれている。

「こっちの立派な方の玄関が商業ギルド運営の宿屋の入り口な。で、こっちっかわのひっそりとしたほうが商業ギルドの入り口だ」

 その通用口のようなひっそりした扉を見て、ちょっとどうなんだろうと思ったアマーリエだった。

「なるほど。じゃこっちから入るんですね」

「そうそう。おい、ベルン落ち着けよ。どうせあの人は神官さんの護衛なんだから、神官さんがあの様子じゃ部屋に張り付いてるだろ」

「!そうだった。神官さんには申し訳ないが、リエが落ち込ませてくれて感謝だぜ」

「そりゃよかったですねー」

 アマーリエの、南の魔女に左の頬もブチュッとされてしまえばいいんだと目が物語っているのを正確に読み取ったベルンが言い訳をする。

「う、お前さんに悪気があって落ち込ませたとは思ってないぞ」

「あんちゃんと一番付き合いの長そうなくせに、ちょっと遠くで留守番してろと言われて拗ねるほうがどうかしてるんです」

 あれは拗ねてるだけだと判断しているアマーリエはブチブチ文句を言う。

「まぁまぁ、一応弟としては、兄貴を手助けしてやりたかったんだろうし」

 一応、フォローを入れるダリウスをじろりと見てアマーリエがさらに言い募る。

「あんちゃんがそばにいないことが手助けになると考えてるんだから、そこを飲み込むのも兄への信頼じゃありませんかね?」

「ちょっと、当事者じゃない人間がどうこう言ったところでしょうがないでしょ。それこそリエが言うようにあの神官さんが直接聞きゃぁよかったのよ」

「ですよねー。すいません、噛み付いて」

「いや、こっちこそすまん」

「はいはい、不毛なやり取りはおしまい。ほら開業届けだすんでしょ?あたしたちは物件探しよ!」

「は~い」

「お、おう」

 それぞれ互いの用事に分かれて窓口に行く。

「この度、こちらでパン屋を営むことになりました、アマーリエ・モルシェンです。開業届を出しに参りました」

「はじめまして。ようこそ、アルバン村商業ギルド支部へ。長旅お疲れ様です。受付窓口のベーレントです。よろしく、モルシェンさん」

「こちらこそよろしくお願いします。ご領主様からの営業許可証、バルシュ支部の紹介状、モルシェンの支店営業届になります」

「はい、確認させていただきますね。お呼びしますので、あちらで少々お待ちください」

「はい、お願いします」

 返事をして、示された待合場所に向かう。そこには、物件物色中の銀の鷹も居た。

「良いのありますか?」

 アマーリエは机に広げられた物件の書類に目をやってベルンに声をかける。

「おう、リエ。終わったのか?」

「いえ、手続き待ちです」

「そうか。なかなか難しいな」

 書類を手に、首をひねるベルンにアドバイスするアマーリエ。

「拠点に必要な要素の優先順位を決めて、それに準じる物件挙げてもらうのはどうですか?」

「思い立ったらで、来ちゃうのはやっぱり無理があったね」

 グレゴールが苦笑して応える。

「みなさんが一番譲れない部分はなんですか?」

「ンー、個室か?それぞれの部屋がほしいよな?」

「そうね。後はファルは調薬の場所は必要でしょ?」

「ええ、あったらうれしいです」

 マリエッタの言葉にファルは深く頷いた。

「鍛錬は外やギルドの鍛錬場を借りれば問題ないし」

「台所は要りませんね。買って済ますか、外で食べますから」

 食べるのは好きなのに作るのはからっきしなファルにグレゴールが苦笑を浮かべる。

「リエのパン屋に近いと良いな。すぐに食べたいものが買える」

「ダフネ、お前リエんとこに入り浸りそうだな」

「……リエのところの空き部屋に間借り?リエのところは居心地が良かったぞ。あの椅子も敷物もステキだ」

 ちょっとうっとり妄想の入ったダフネにアマーリエがのんきに応える。

「まあ、ダフネさんが居てくれたら心強いですけど、食費が大変そうですよね」

「ダフネ、なんだかんだ言って一人だけうまいものにありつこうってのはよろしくないぞ。それからリエ、ダフネはうちの子だからな」

「「えへへ、オカン」」

「あのなぁ。まったく。共有のスペースは要るか?」

 呆れたベルンが早々に話題を元に戻す。

「あったら良いわねぇ。話し合いもするでしょうし、みんなでくつろげるのもいいと思うわ」

「ウチもお風呂作らないか?」

 ダリウスが目をキラキラさせて言うがマリエッタが首をひねる。

「リエのところにできて、物を見てでいいんじゃないの?それまでは、温泉に通いましょ。後で建て増しできれば良いんじゃないかしら?このあたりは家ごとにスペースが有るんだし」

「そうだな」

 勇み足をたしなめられてちょっぴりしゅんとするダリウスだった。

「温泉?お風呂?なんですかそれ?」

 書類を片手にアマーリエを呼びに来たベーレントが、声をかけずに真っ先に疑問を突っ込んだ。

「あ、ベーレントさん。手続きは?」

「あ、ああ。こちらの書類に記入をお願いします。それよりも、なんです?温泉やお風呂って?ものすごく儲け話のような匂いがプンプンするんですが」

 滅多なことでは商業ギルドにくることのない銀の鷹と、儲け話の影にアマーリエ・モルシェンありと商業ギルド内では謳われるアマーリエの話にかなりマジな目をしたベーレントが業務そっちのけで興味をわかせている。

「ベーレントさんも生粋の商業ギルドの方ですねぇ」

 その眼力と食い付きにちょっと引いたアマーリエだった。

「ええ、この道四十年です。儲け話に疎くてはやってられませんよ」

 クイッとメガネのブリッジを押し上げて言い切ったベーレントに、アマーリエは面倒事の匂いを感じ取り、火種を別方向に放り投げることにした。

「なら、こちらにお泊りのゲオルグ様にお話伺ってください。早い者勝ちですよ、儲け話なんて」

「では、ギルド長のケツを蹴っ飛ばしてまいります。あ、モルシェンさん、記入お願いしますね」

 にやりと笑うアマーリエと出てきた人物の名前に、いっそう眼光が鋭くなったベーレントはもどかしげに書類をアマーリエに手渡し、受付の奥へすっ飛んでいった。

「リエ、いいのか?」

「折衝は大隠居様のお仕事なので皆が幸せになれば問題ないです。それにうちの領地の商業ギルドの方は皆が儲かる商い目指してますから、大丈夫ですよ。あと、領内に温泉が増えれば皆さん行った先でいろんな温泉楽しめますよ」

「それは、大事だな」

 温泉巡りに期待したダリウスがウンウンと大きく頷く。

「いろんな温泉ですか?」

 ファルは不思議そうに首を傾げる。

「泉質っていうんですかね。地下からお湯が上がってきますからその中に土中のいろんな成分が混ざりやすくなるんです。それの効果が色々違うんですよ。なので病気によって効果のあるお湯が変ってきます」

「それは神殿も調査に入ったほうが良いんじゃないですか?」

「ああ、薬師の領分は神官様の領分ですもんね。薬効を調べるのって大事かも」

「リエさん、よくご存知なんですね?」

「いろんなお客さんがいらっしゃいますんで。後、お風呂は、薬効のある植物をいれて入ると効果が出るものもありますよ」

 アマーリエはうっかり喋りすぎたと内心で焦りながら、ごまかしつつ話をファルの興味があるであろう方向にずらした。

「例えば?」

 薬効と聞いて話に乗ったファル。

「夏場に薄荷とかは風呂上がりにすっとしますよ。冬場だと乾かした柑橘類の皮とかですね。血行促進するので冷えが取れ、疲労が回復しやすくなりますね」

「なるほど」

「牛乳を入れると保湿効果が出ますのでお肌を乾燥から守ります」

「なんですって!」

「マリエッタ食いつきすぎだ」

 グレゴールが身を乗り出したマリエッタの肩を抑えて椅子に戻す。

「塩もいいです。保温効果があって血行も良くなるので肩こりや腰痛に効果がありますね。ただ何でもかんでもぶちこみゃァ良いってもんじゃないんで、入れるのは考えた方がいいです」

「なんかすごく楽しそうですね」

「お風呂そのものが健康によいのです。なんせ身も心もほぐれるというのが一番の効果ですね」

「うーん、大きな風呂が良いな」

 身体が人一倍大きいダリウスが希望を述べる。

「水は良いとしても、お湯にするのがねぇ」

 マリエッタが使う魔力を考えて悩み始める。

「そうだな。俺もそこまでいっぱい水を出せるかわからんぞ?」

 マリエッタ一人に負担がかかるのは問題だとダリウスも考え始める。

「魔道具屋さんと相談して、お湯を自動で沸かすお風呂作りませんか!」

「それ良いわね!」

「魔法陣を風呂桶に彫って、ちょっと魔力通せば適温のお湯になるように設定するってのはどうでしょう?」

「それならできるわよ」

 あっさり魔法陣を思い浮かべて受け合うマリエッタ。

「後は、入った後のお風呂のお湯を浄化魔法をかければ何度も使えますから、減った分を足す程度で魔力は済みますよね」

「そうだな。それなら、魔力の低い俺やベルンでもなんとかなるだろうな」

「なら、先に風呂作って、それが設置できるスペースのある家を探すか?」

「賛成!」

「私も頼もう~」

「リエ、その書類早く書いて出してきちゃいなよ」

 手元がお留守になってるアマーリエにグレゴールが笑いながら促す。

「あ、そうだった」

 書類を書き始めたアマーリエを置いて、相談を続ける銀の鷹のメンバーたち。

「まず、それぞれの個室があって、居間のスペースが取れて、ダリウスが入れるだけの風呂が入るスペースがある家。もしくは建て増せる場所がある家を抜き出そう」

「これとこれかな?」

「後はこれも良さそうですよ」

「冒険者ギルドの物件も見ないとな」

 冒険者ギルドの方は、冒険者用に安めの物件を持っていることが多いのだ。

「そうね。お風呂を頼む魔道具屋はどこにする?」

「水と火が両方得意ってのはなかなかないぞ?」

「普通は相反するって思われてる要素だからねぇ」

 魔法をなりわいとする者の中では、本来火と水は相克ということで相性が悪いとされているのだ。

「リエが便利にお湯出してるのを考えるとそう相反するもんでもないってことなんだよな」

「そうなのよねぇ。ほんとこの子と居ると自分の当たり前が覆されてっちゃうのよね。おかげで私も魔法の使い方が洗練されてきたけど。最悪、魔法陣は私が組んで、道具に定着させるのは任せようかしら?」

「それもそうだな。なら逆に技術力と細工力の高い所が良いか」

「風呂の素材を何にするかにもよるんじゃないのか?」

「そうよね。そこはリエにも聞いたほうが良いわね」

「できた!書類出してきます。風呂の話はまたあとで~」

 書類をひらひらさせて、受付に行くアマーリエ。

「ま、それもそうね」

「そろそろおなかへったぞ」

「ダフネ、今日はそればっかりだな」

「む、美味しいご飯の機会は逃さない」

「ここの食堂で食うか?」

 ダリウスの言葉に喜ぶダフネと顔を青ざめさせるベルン。

「いくらなんでも鉢合わせしないでしょ」

「神官さんのあの様子なら部屋で食べるんじゃないか?」

「ソ、そうだよな?」

「終わりました~」

 書類を出して戻ってきたアマーリエが銀の鷹に声をかける。

「みなさん、無事今日の予定は消化しました。ありがとうございました。引っ越しの依頼の完了と報酬は明後日でも良いですか?市が立つのって明後日ですよね?材料を仕入れないとなんで」

「おう、大丈夫だぞ。リエは夕飯どうするんだ?」

「シルヴァン引き取って、村役場に行くから家に帰ってなんか適当にあるもの食べます」

「一緒にここで飯食うか?」

「心惹かれますが、役場の時間もあるし、シルヴァンのご飯のこともあるから今日はこれで失礼します」

 アマーリエをもしもの時の南の魔女の壁よけに使おうなどとこっそり考えるベルンに、あっさり返すアマーリエ。

「あら、役場に行ってから戻ってきなさいよ。届け出の出た従魔ならここの食堂でも問題ないわよ」

「そうなんですか?」

「ああ、ここは商人や貴族の利用があって、たまに獣魔も一緒に連れてきたりしてるからな。問題ない。シルヴァンの分も頼んどくぞ」

 ベルンを慮ったマリエッタとシルヴァンと離れがたいダリウスが援護射撃を入れる。

「じゃ、お言葉に甘えます!早速引き取ってきます」

「そっちの扉から宿屋の受付に回れるからな」

「行ってきます~」

 ダリウスに教えられた扉に向かうアマーリエを見送ってベルンが話を再開する。

「そいじゃ、この物件は取り置きしてもらって、見に行くのは明日で良いな?あとは食べながら話し合おう」

 ベルンが受付に話をつけに行き、銀の鷹は揃って商業ギルドの宿屋が営業する食堂に向かった。

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