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給仕によって並べられた米だけが乗った皿とスパイシーで食欲をそそる香りなのに危険な色合いのドロっとした液体の鉢をまじまじ見つめる被験者達。米は食べられなかった時のことを考え軽く一膳以下に盛られている。一応念のためにと水差しとカップも置かれている。
水差しを見て今度ラッシーも作ろうと考えるアマーリエ。
「アマーリエ?」
困惑顔のゲオルグがアマーリエに問いかける。
「うぉっ、はい。えっと、鉢の中身が鬱金を始めとした香辛料を用いたスープになってましてカレーと言います。今回は具に鶏肉と玉葱を使いました。米にかけて食べたりパンに浸して食べたりします。ちなみに鉢は赤い縁のものが辛め、青い縁のほうがまろやかめに仕上がってます。最初は青い縁の方から食べていただいたほうが無難かなーと思われます」
「かなり色合いが怪しんだがの?」
鉢から視線をそらさずヴァレーリオがアマーリエに質問する。
「鬱金の色と唐辛子の色に混じって玉ねぎを炒めて付いた色味も混ざってそういう具合になりました。大丈夫です。健康にはいいですから。後、虫型の魔物の攻撃耐性がつきます。米と食べるとリジェネも一緒に付く同時効果発動をします」
「辛いの?」
唐辛子と聞いてアルギスが恐恐尋ねる。
「人によってはもっと辛いほうがいい方もいらっしゃいますし、全然ダメかもしれない人もいらっしゃいます。あ、アルギスさんこれ服にこぼすと黄色に染まりますから気をつけて下さいね」
真っ白な神官服のアルギスはニヤリと笑ってアマーリエに答える。
「これは兄上が誂えてくださった特別なものだから汚れないんだよ」
「さようで」
(でたよ!あんちゃんスキー)
アマーリエは内心で突っ込んでカレーの入った鉢を手に持ってシルヴァンの側に行く。
「まあ、食べてみようじゃないか」
ゲオルグの言葉に皆ゴクリとつばを飲み込んだ。
「あんまり嫌いな人はいないんですけどね。たまーに色んな理由でだめな人は居ます。シルヴァンどっちにする?」
シルヴァンは給仕に深めの皿に盛られたご飯を置いてもらい、アマーリエにカレーの入った鉢を見せてもらう。ひとしきり匂いを嗅いだ後、シルヴァンは両方の鉢を前足で要求した。
「いいよ、半分半分でかけるね」
「オン!」
シルヴァンの要求どおり、辛めとまろやかの二種類のカレーをご飯に半分ずつになるようにかけるアマーリエ。
「え?シルヴァンも食べるのか?大丈夫なのか?」
ダリウスが心配そうにシルヴァンの方を見やる。
「オンオン!」
ダリウスに機嫌よく尻尾を振って、アマーリエの方をみるシルヴァン。口の端からちょっぴりよだれが垂れはじめている。
(……そりゃぁ、リエと友誼を結ぶはずだ。この食い意地じゃぁなぁ。似た者同士だ)
ダリウスはシルヴァンとアマーリエを交互に見て肩をすくめる。
「先に食べていいよ。給仕さんこの子がおかわり要求したらあげてくださいね」
「はい、承りました」
不安そうな顔をしながらアマーリエに了承の意を伝える給仕だった。
「私も半分ずつにしよう」
ためらう皆を放置して、アマーリエは自分のご飯の皿に半分ずつカレーをかける。勢い良くがっつき始めたシルヴァンを見てヴァレーリオがつぶやく。
「香りからすればどれも体に良いものが入ってるんだが……。色がなぁ」
ひたすら色に拘るヴァレーリオに、アーロンが目配せして話し始める。
「ふむ、イルシュラッドのあたりで似たような香辛料を多用した料理を見たことがあるが、あれはもっとサラッとしておったのぉ。それにかなり辛かった。わしは辛いものが苦手で、あまりあちらには滞在しなかったんじゃ。これはどうじゃろ?」
アーロンがしげしげとカレーの入った鉢を見る。こっそり鑑定しているようだった。
「ん~!美味しい!無理に食べなくていいですよ!持って帰ってわたしとシルヴァンで食べきりますから。アイテムボックスありますし」
香辛料の調合が面倒なために、あまりカレーに嵌ってほしくないなどと、勝手なことを腹の底で考えるアマーリエだった。
美味しそうに食べるアマーリエとシルヴァンを見て、ファルがまろやかな方のカレーを少しかけて一口恐る恐る食べてみた。
「んんん!こっこれは!」
ファルは慌てて、まろやかなカレーをご飯にたっぷりかけて食べ始める。その様子を見たベルンが同じようにご飯の上にカレーを少しかけて口に入れる。
「!」
目を瞠ったベルンが、ご飯の半分にたっぷりとかけて、無言で飲むように食べ始める。
「ちょっ!ベルンさん!飲み込まない!良く噛んで食べてくださいよ!」
「べ、ベルン?おいしいのぉ?」
ベルンの様子に南の魔女は不安そうに話しかける。
「俺には美味いです!リエ、もう一つの鉢のほうが辛いんだな?」
ベルンはご飯の半分を食べきるとアマーリエに確認してくる。
「はい。赤い方のがもう少し辛い目です」
「よし!そっちも食べる!」
そういって辛い方のカレーを少しご飯にかけて食べるベルン。
「ん!俺はこっちの辛いほうが好みだ。ただ辛いんじゃないのがいい。コメとよく合うしな。癖になる味だ」
残りのご飯に辛い方のカレーをたっぷり掛けて食べ始めるベルン。それを見て皆も恐る恐る、青い鉢のまろやかな方のカレーを少しずつ取って、自分のご飯にかけて食べ始めた。ファルの方はご飯のおかわりを給仕に頼んでいる。
そこから先は争奪戦だった。
「あんた達ぃ!支援効果無視してんじゃないわよぉ!これ虫のダンジョンに最適じゃないの!」
「虫のダンジョンなんてあるんですか」
「あるのよぉ!芋っ娘!私もダンジョンでウコン採ってくるわよ!」
「南の、美味しいものは味わって食べましょうよ」
効果が気になる南の魔女を諌めて、おっとりカレーを口に運ぶ東の魔女。しかしその皿の米とカレーの減り具合は早かった。
「……この複雑な香り!絡み合う香辛料の風味!様々な味覚が舌を刺激していくらでも食べられますね!コメのおかわりお願いします!」
「はぁ、ファルさん、気に入っていただけてよかったですケド、それ三杯目じゃ?」
アマーリエのツッコミを無視してファルは給仕からおかわりを受け取る。
「これは、確かに辛いが、辛いだけじゃァないのぉ。これは他でも受け入れられそうじゃの。レシピを買ってうちでも調味料として開発せねば。辛い方はわしにはちょっとつらいが、辛いのが好きな息子の方は赤い鉢の方を選ぶじゃろな。親子で違うのだもの、これはいろんな辛さに調節して売れば大儲けの予感?」
そうファルに同意し、儲けを口にするとアーロンが髭に気をつけながら、せっせとカレーを口に運ぶ。それでもスプーンを動かすスピードは普段よりも早かった。
「アマーリエさん!レシピの登録お願いしますよ!後、この香辛料も商品化してくださいね!」
アーロンの言葉を聞いて、メラニーが給仕にご飯のおかわりを頼みながら、アマーリエにレシピ登録の催促をする。両隣で商業ギルドのギルド長とベーレントが食べながらもメラニーの言葉に頷く。
「あー、鬱金がアッカーマンさんのところで栽培できるようになったら、一般向けようにカレーの元作りますよ。それまではどうしましょうか?」
「それはまたあとで詳細をつめましょう。私もコメおかわりです!」
「こっちのまろやかな方のカレーの方が空になったんだが追加はあるかね?」
給仕達は空になった皿や鉢を持って厨房へ追加を入れてもらいに行く。
そんな中、ただ一人泣きが入ったのはダフネだった。
「……リエ、辛い」
「粒マスタードが大丈夫だったから問題ないと思ったのになぁ。んーちょっと待ってて下さい、食べられるようにしてきますから」
そう言うと、自分の分をちゃっかり食べ終えたアマーリエは、ダフネのご飯のお皿を持って、厨房へ戻る。厨房では、ダニーロとパトリックがお米を追加で炊いているところだった。
「カレーまだ余ってますよね?」
「ええ。ですが食べきってしまいそうですな」
「コメもあっという間に減ってくんだが。あの人達はどんだけ食う気だ?」
「わかんない。ただカレーがなくなったら打ち止めだとは思う。はぁ、急がなくっちゃダフネさんが食いっぱぐれそうだな。すみません卵ください。後まろやかな方のカレーを更に別鍋に分けて下さい」
パトリックが頷いて用意する。
「どうされるんです?」
「米を卵でくるんでオムライスにして、さらにまろやかにしたカレーをかけるんです」
「オムライス?新しいコメ料理ですかな?」
「カレーをかけるので、中は白い米のままの簡易版ですけどね」
「そのコメをくるむんなら、卵は三個ぐらいか?軽く塩胡椒しとくか?」
「お願いします」
アマーリエは熱したフライパンに油を敷いて、パトリックから渡された溶き卵を焼き始める。程よく固まったところでご飯を入れて、卵で巻いていき簡易オムライスにする。皿に移して、別に分けてもらったまろやかカレーをさらにダフネが食べやすいようにする。
「蜂蜜と生クリームあります?後チーズ」
「ほい」
アマーリエはそれぞれを味見しながら追加していく。
「こんなもんかな」
「「味見させて下さい」」
小皿を持った二人にカレーを分ける。
「ホホウ。これはさらにコクとまろやかさが!優しい味わいになりましたね」
「あはは、これ子供向けだな」
「ええ、子供向け仕様ですね。さてこれをさっきのオムライスにかけてと。これでダフネさんも食べられるはず。これでダメなら辛いのが苦手な人向けに辛味控えめの分量で香辛料の調合し直しだな」
「パトリック、私達もコメと卵でオムライスですか?作ってみましょう」
「はい」
オムライスを作り始めた二人を置いて、アマーリエはオムカレーの皿をダフネに運んだ。
「お待たせしました。卵がカレーの辛さを緩和してくれると思います。カレー事体もさらにまろやかにしてみましたよ」
「ありがとう」
そう言うとダフネはオムライスを多め、カレーをちょびっと乗せて口に入れる。
「!」
目を輝かせて食べ始めたダフネにグレゴールが話しかける。
「ダフネ、一口」
「むぅ。グレゴールは辛いのも食べられるだろ!私の分を取るな!」
「気になるんだ、その卵が!」
「お持ちしましたよ!オムライス」
そう言ってパトリックとダニーロが、すかさずオムライスの皿をテーブルに置いていく。グレゴールはいそいそと辛いカレーをかけて食べ始める。
「アマーリエさん、もともとのオムライスは白いコメじゃないんですよね?」
ダニーロが期待を込めた瞳でアマーリエを見つめる。アマーリエは苦笑しながらダニーロに応える。
「色々あります。またの機会にでも」
「ぜひぜひ」
「もう、お腹いっぱい。オムライスの方は一口だけにするわ」
いつもより食の進んだマリエッタが、最後に一口だけオムカレーにして食べる。残りはダリウスが引き受けていた。
「……兄上にはどれを送りましょうか」
「……アルギスさん、色々送ってもあんちゃん困るんじゃないかな?」
「大丈夫です。アイテムボックスありますから」
(あんちゃんが食べ過ぎて横に成長したらアルギスさんのせいってことで……)
内心で責任逃れをしたアマーリエだった。




