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広場まで来たアマーリエは、商業ギルドを見て顔を青ざめさせる。
「どうしたのぉ?顔色が悪いわよぉ?」
「忘れちゃいけないことをまた忘れてました。昨日は遅かったからメラニーさんも帰っただろうと思って……」
「「「「?」」」」
「料理のレシピ登録してない!」
「そう言えば、昨日厨房で騒いでたよね」
「みんなから注文受けたソース類も頼まないと!」
「そりゃ大事じゃの」
「行ってらっしゃいよぉ」
「アルギスさん達、先に神殿に行っててもらっていいですか。シルヴァンも連れて」
「いいよ」
「いや~、お米の炊き方だけでもレシピ登録しとかないと、ほんっとに、お屋敷の料理長さんが来そうで怖い」
パトリックは冗談半分に言ったのだろうが、アマーリエは料理長のバイタリティーをよく知っている。間違いなく冗談ではすまないだろう。
「ぶはは」
アマーリエの怯えように、アーロンが思わず笑い出す。
「わかったわぁ。でもシルヴァンもいいのぉ?」
「神殿に着いたら、今度、私を迎えにこさせて下さい」
「ああ、シルヴァンならできそうだね、道案内」
「オン!」
「それじゃぁ、シルヴァン迎えよろしくね。着いたら商業ギルドのドアを念話してみて。こうよ」
アマーリエは念話で商業ギルドのドアの映像をシルヴァンに送る。
「オン!」
「誰かに拐われたり退治されちゃまずいから、イヤーカフつけようか、シルヴァン」
いそいそと買ったばかりの魔道具をシルヴァンにつけるアルギスだった。
「誘拐はないと思いますが、退治の可能性は否定できませんね」
「キュウ」
「あの馬鹿げたリボン買えばよかったかなぁ」
「んまぁ!」
「いや、あれを見たら戦おうとか思わないでしょ」
シルヴァンは一生懸命いやいやと首を横に振る。
「あんたも大概ねぇ。ちょっとまってぇ。魔道具じゃないけどリボンならあるわよぉ」
そう言うと南の魔女はきれいな空色の、やや細めのリボンをシルヴァンの首に巻いた。
「ああ、それなら似合ってるよシルヴァン。流石~魔女様!センスいい!」
「ふんっ、当然よぉ~」
「オン」
「街の中は革の首輪か足輪をつけようか。今度、マーサさんのとこに買いに行こう」
「わたしが買うよ」
「いやいや、これは私の責任ですから」
「そう言わずにー」
「アルギスさ~ん、これは芋っ娘の義務なのぉ。主として」
南の魔女がメッとアルギスを叱る。
「はい」
「うはは、シルヴァンはモテモテだのぅ」
「オン!」
「さ、いくわよ~」
南の魔女達は神殿へと向かい、アマーリエは商業ギルドの受付に行った。
「メラニーさ~ん」
「は~い」
「すみません、料理のレシピの登録をお願いしたいんですが」
「わかりました。公開しますか?非公開ですか?」
「無料公開案件で」
「はい、ではこちらの方に記入お願いします」
手渡された書類に記入していくアマーリエ。そこに、ほんわかした一人の村娘がやってきた。
「すみませ~ん」
「あ、ブリギッテ!待ってたのよ!昨日は来なかったし!」
「え!?メラニー?昨日は弟達のお守りで外に出れなかったのよ」
「アマーリエさん、この子がブリギッテよ!」
「初めまして、ブリギッテさん。新しいパン屋のアマーリエ・モルシェンです」
「ああ!あなたが噂の!初めまして、ブリギッテ・アッカーマンです。実家は薬草園をしてます」
「おお!薬草園!それはいいこと聞いた!」
アマーリエの良くもあり悪くもある、使えるものは寝てても使えが発動した瞬間だった。
「え?え?」
「取り敢えずうちの従業員募集を見に来たんですよね?張り出してあるんで、まずは見てきて下さい。その後、質問して下さい」
「わ、わかった、見てくるね」
アマーリエの勢いに押され、募集案内を見に来たブリギッテはギルドの求人掲示板に向かう。
「薬草園に御用なんですか?」
「ちょっとね」
「ぬ?何やら儲けの匂いが!」
「あはは~もうアーロンさんが食らいついてますよ」
「えええ!?あのベレスフォード商会の元会頭!?それって大儲けの話じゃないですか!ギャーなんでこんな時にギルド長いないかな!?」
「やっぱり、まだ帰ってきてないのか。ふむ、メラニーさん、ここは出世の足がかりですよ?仕切ってみませんか?」
アマーリエの言葉にゴクリと喉を鳴らすメラニー。残念ながらここには、アマーリエを止められるだけの人材がいなかった。
「これは、逃しちゃいけない機会ですよね?」
「儲け話なの!?」
募集要項を見終わったブリギッテが戻ってきて会話に参戦する。
「ええ、ブリギッテさんとこも利益が出ると思います」
「どうしよ!?」
「今から薬草園の責任者呼んでこられます?神殿に行くんで、そっちに向かってもらえたら儲け話の方もしましょう。うちの手伝いの話もしたいですけど」
「わかった!お父さんと一緒に神殿に向かうわ。そこで、お手伝いの話も聞くね!じゃ、神殿で!」
「お願いします~」
商業ギルドを飛び出したブリギッテにアマーリエは手を振っておいた。
「こうしちゃいられない。アマーリエさん、レシピ出して下さい。さっさと処理しちゃいましょう」
「はいはい」
アマーリエは作っておいたレシピをメラニーに手渡す。
「はい、どうも。これは無料公開なのでレシピの審査が済み次第公開されます。よろしいですか?」
「はい、お願いします」
「では戸締まりしてきますね!」
「そう言えば、ギルド長達はいつお戻りに?」
「昼過ぎには帰ってくる予定でしたけどまだですね!」
「じゃぁ、書き置きしてもらえますか!ゲオルグ様も神殿に来てもらえるように!」
「任せて下さーい」
「ファルさんも呼んじゃお」
そうつぶやくとファルに念話を飛ばすアマーリエ。
『ファルさんファルさん、アマーリエです。今いいですかー?』
『はい、大丈夫ですよ。どうしたんですか?』
『ダンジョンの植物を手に入れまして。薬効とかありまして、その話を神殿でするんですがファルさんもどうかと思いまして』
『いいんですか!ちょっと待ってください……』
ファルからの念話が途絶え、向こう側で話し合いが持たれているようだとアマーリエは推測する。
『面白そうなので皆で行きます~』
『ここの神殿て、そんなに人入れるんですかね?』
『大丈夫ですよ~。村の人が全員収容できる礼拝堂もありますから』
『なるほど。今、私商業ギルドなんで、神殿でおちあいましょう』
『わかりました~』
「よし、コレで巻き込む人材はほぼ揃ったな。なんか自分で自分の首を絞めてる気がしないでもないけど、一応パンの在庫はそこそこ焼けたし大丈夫でしょ……」
こうして、アマーリエの自分も含めた無差別の容赦のなさが遺憾なく発揮される事態へとあいなったのである。
アマーリエが商業ギルドで騒動の種をまた新たにまいていた頃ーー。
神殿についたアルギスは前にいた老神官に抱きついてむせび泣いていた。
「あ、あ、あ、ヴァレーリオ様!」
「うぉ!?」
「よかった!よかった!ヴァレーリオ様!」
「ありゃなんですかいの?」
アーロンがアルギスとヴァレーリオを指差して南の魔女に聞く。
「ああ、アルギスさんが神官下っ端の頃、お守りしてたのがヴァレーリオなのよ。アルギスさんのおじいちゃんがわりみたいなものね」
「なるほどの」
「昨日はぁ居なかったのよね〜?」
昨日、南の魔女とアルギスが神殿に来たときには年若い神官がいただけだった。朝も、その神官が居たのだ。
「おいこら、首が締まるだろうが!離れんかい、アル坊!」
でかい図体でにがっしり組み付かれたヴァレーリオは抜け出そうともがきながら喚く。
「あ痛!」
ヴァレーリオにげんこつを落とされ引き離されるアルギス。
「おひさぁ~、元気ぃ?ヴァリー」
「よう、南の!お主も相変わらず元気そうだな。いくつになった?」
「あ゛ぁん?」
今にも上級魔法をぶちかましそうな南の魔女にシルヴァンが慌てて距離を取る。エルフと巨人族のハーフである南の魔女に歳を聞くのはご法度なのである。
「……グスッ、生きてらっしゃったんですね」
「勝手に殺すな、バカモン!」
「ヴァリーって帝国の今の神殿長から更迭されただけじゃぁないの?」
「そうだ。今は此処の神殿長だぞ」
「なんでアルギスさんは、死んだと思ったのぉ?」
南の魔女が首を傾げてアルギスを見る。
「今の神殿長にもう今生では会えませんなって言われたんだ」
「あー、大陸の端っこにまで追いやったからァそう言ったわけねぇ。まさか皇帝陛下があなたをぉこっちに隔離するとは思わなかったんでしょぉ。このジーサンはしぶといからあの神殿長程度じゃ殺れないわよぉ」
「……なんだ。泣いて損しました」
「おまえ、相変わらず泣き虫のくせに言うようになったな?」
「うーん、リエのせい?」
「人のせいにしよるな!バカモン!」
「痛っ!」
「違うわよぉ、ヴァリー。対等に言い合える存在が出来たってことよぉ」
「なんだ、そうか、殴ってすまなんだな」
「殴られ損〜」
イタタと頭を抱えるアルギスに、一応、回復魔法を試みるシルヴァンだった。
「ところでヴァリー、昨日はどこに?」
「隣の村にな。留守番を頼んだやつはもう村に戻ったぞ」
「あら、そうだったのぉ」
「オン!」
愛想よく尻尾を振るシルヴァンに、視線が集まる。
「あぁ、シルヴァン」
「何だぁ、そのもふもふは」
手がワキワキしているヴァレーリオから危険を感じたシルヴァンは慌てて南の魔女の側に引っ付く。
「新しいパン屋のお嬢さんの従魔じゃよ」
「は?今度のパン屋はテイマーなのか?」
「いえ、パン屋がたまたまテイムしただけです」
「はぁ!?パン屋が魔狼をテイムするとか常識はずれなこと言うなよ?」
常識はずれなのではなく、面子が濃すぎて常識のほうが恥ずかしがって逃げていくだけなのだ。
「嫌だ、ヴァリー。歳取って頭固くなったんじゃないのぉ?」
「わしゃ、お主より遥かに若いわ!」
「うるさいー!それからこの子は、ちゃんとパン屋の娘がぁテイムしてるから。それをあなたにスキル鑑定してもらうために来てるのよぉ」
「それでその肝心要のパン屋の娘っ子は?」
「シルヴァン、道大丈夫ぅ?」
「オン!」
バッチリと言う様に尻尾をピンと立てて返事するシルヴァンに南の魔女がデレる。
「そぉ!じゃぁ、迎えに行ってきてちょうだいなぁ」
「オン!」
一声鳴いて、来た道を駆け戻るシルヴァンに、目を丸くするヴァレーリオだった。
「なんでお主の言うことを聞くんだ?」
「あの子は基本、その場に居るパン屋の子の信用がある強い人の言うことを聞くの。ちなみにアルギスさんじゃ言うこと聞くかどうか状況によっては微妙なところね」
「うっ、そうですね」
引き合いに出されたアルギスが弟分扱いされたことを思い出し苦い顔をする。
「はぁ~、わしの常識がどっかにとんだぞ」
「ふんっ。常識なんてコロコロ変わるもんよぉ」
「お主みたいに長生きなら余計だな!」
「歳のことは言わないでくれるぅ?」
「はいはい。とにかく中に入りませんか」
アルギスに促されて高齢集団は神殿の中へ入った。
商業ギルドの側の玄関についたシルヴァンがアマーリエに念話を飛ばす。
「ん、シルヴァン戻ったか。メラニーさん戸締まりいいですか?」
「大丈夫です、後は表の扉を閉めるだけです。宿の方の玄関から出ましょう」
「じゃあ、うちの子が迎えに来てるから入れていいですか?」
「魔狼でしたっけ?」
「ええ」
「どうぞ。ついでに閉めちゃいますから」
アマーリエはシルヴァンを入れ、メラニーは表のドアに閉館中の札を下げ鍵を閉めた。
「お迎えご苦労様。はい、昨日の隠形付きの塩揚げ鶏」
「オンオン!」
ご褒美をもらってごきげんなシルヴァンだった。
「隠形付きって!?」
「食べます?普通に居ると、影が薄い感じなんですけど。物陰に隠れたらわかりません」
「そう言えば、最初に会ったときより、シルヴァンちゃんの存在感が薄くなったような?私も一個下さい」
「どうぞどうぞ」
「ん!美味しいこれ!」
「オン!」
シルヴァンが同意するように鳴く。
「じゃあ行きますか」
「ええ」
シルヴァンを先頭に二人は宿屋の方の玄関から神殿に向かう。
「神殿て北ですよね?」
「ええ、パン屋の前の通りをまっすぐ北に行くと神殿前の広場につきますよ」
「なるほど。これで村の中の大体の位置を把握したかな」
「領都はもっと広いんでしょぅ?」
「まだ、行ったことのない場所もありますよ」
「おお!」
「メラニーさんが、この儲け話に絡んだら領都に出張とかあるかもしれませんね」
「それは楽しみ!薬草園に用ってなんですか?」
「アーロンさんのところで売ってるダンジョンのアイテムを今日見たんですけど」
「ああ、価値のわからないものですね。うちでも持ち込みのものを鑑定するんですけど、まるっきり価値がわからないものが多いんですよね」
メラニーがあのダンジョンのアイテムは曲者が多いとアマーリエに話す。
「多いんだ。で、その中の植物の根っこが結構価値があるんですよ。香辛料、薬剤、染料に使えるんです」
「え、それどれも希少価値が高いものじゃないですか」
「そうなんですよね。ダンジョンの物は魔力が付いてるからさらに何か効果がつきそうなんですけど。他の魔物の素材を染めたらなんか付加効果とか付きそうだし」
「ふむふむ」
「でも、魔力付きだとさらに希少価値が高くなって、庶民じゃ手が届かなくなります」
「確かに」
アマーリエの話に頭のなかで計算しながらメラニーが頷く。
「普通に栽培できたら、もっと手に入りやすくなるでしょ。魔力はつかなくなるかもしれませんが」
「あーそうですね。それで薬草園ですか」
「ええ。私が下手にやるより専門家に任せたほうが、早いし確実でしょうから」
「うんうん。それでアーロンさんはどう絡んでくるんです?」
「各国にお店お持ちですから、それぞれの国でも栽培してもらうのと流通と商品開発ですね。いろんな職人さんや各神殿、薬師の方とお付き合いありそうですから商品化が早く進むかなと」
「そうですね。うちは?」
「ダンジョンから出る魔力付きのものを扱う方向で。稀少性が高いでしょうから。あとは元になる植物の管理ですね」
「それは大事ですね。わかりました」
「ま、そういったお話を神殿でまとめてやっちゃおうかなと。神殿も薬効に関してきちんと調べて貰う必要がありますし。商業ギルドはメラニーさんが居るので面子立ちますし。後はゲオルグ様が戻ってきたらいろんなことの調整してもらったりとかする感じです」
「なんか楽しみです!」
「ええ、頑張りましょう」
メラニーはこうして底なし沼に引きずり込まれていくのであった。




