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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第6章 仕事は人に任せよう
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 朝起きたアマーリエは先に特製携帯食を作り終えると予備のアイテムトート・バッグに携帯食を詰めて、ベルンに念話する。

『ベルンさ~ん。今、念話しても大丈夫ですか?』

『ちょっと待て!』

『はい~』

 アマーリエはベルンから念話が返ってくるのを暫し待つ。

『おい、アマーリエ』

『はいはい』

『何の用事だ?』

『そう警戒しなくても。引越の手伝いの依頼料代わりの携帯食が出来たんで、持っていこうかと』

『そうか!俺達は鐘五つ(午後二時)過ぎまで、それぞれ各自の用事でギルドの宿に居ないんだ』

『ありゃそうでしたか。受付に預けとけばいいですか?』

『そうしといてくれ』

『わかりました~。では』

『おう、じゃあな』

 話し終えたアマーリエは、シルヴァンとともに在庫のパンを作り始めたのだった。


 パンを焼き終えたアマーリエは昼食後、シルヴァンと一緒に冒険者ギルドに向かう。

 冒険者ギルドに着くと閑散とした依頼発注窓口へ向かう。

「ミルフィリアさん、こんにちは〜」

「あら、パン屋さん、こんにちは」

「この間依頼した引越の手伝いが完了したんですけど、報酬の携帯食料を預かってもらってもいいですか?」

「わかりました。中身の確認して預り証を出しますね」

「これです」

 アマーリエは窓越しにトート・バッグをミルフィリアに渡す。

「では確認いたしますね」

 ミルフィリアはアマーリエにも見えるようにバッグの中身を出していく。ミルフィリアの後ろには暇なギルド職員が集まりだしている。

「えっと、紙の包みが十二個に、金属の筒が十二個ですね」

「はい、あってます」

 保温マグを宣伝したくてウズウズしているアマーリエだが、ヨハンソンの顔を思い出して、そこはぐっと堪えた。新婚夫婦の邪魔をするわけにいかないからだ。馬に蹴られるよりも恐ろしい事態になりかねない。

「あの」

「何でしょう?」

「中身も気になるんですが、この金属の筒も気になるんですけど」

「金属の筒については、一応、商品名は保温マグと。売ってるのは魔道具屋さんの……あ、ヨハンソンさんに気を取られて店の名前、確認するの忘れてた」

「あー、新しく夫婦で来られた魔道具職人の方が居るお店ですね?ベルク魔道具店ですよ。老舗ですね」

 ミルフィリアがなんでもないように答える。

「あれ?領都の魔道具屋さんとおんなじ名前だ」

「ええ、領都のベルク魔道具店は、ここのベルク魔道具店のご主人の下の息子さんが出してるんですよ。繁盛してるそうですね」

「そうだったんだ。ああ、そのつながりで、ヨハンソンさんがここの魔道具店に来たんだ。あ、領都のベルク魔道具店は王都に支店出すほど繁盛してますよ~」

「まあ、凄い!生活魔道具の店を作るんだって言って、ご実家を飛び出されたって聞いてましたから」

「ありゃ、親方ってそうだったんだ。初耳~」

「そうなんですよ~」

 田舎らしい、すべての家族情報が筒抜けな噂話に、ミルフィリアと盛り上がったアマーリエだった。

「オン!」

「あっ!時間。もう行かなきゃ」

「あら、お出かけですか?」

「魔道具屋さんの裏の万屋さんに」

「ああ!うちや商業ギルドで引き取りのないアイテムを扱ってるお店ですね!冒険者の方も助かってるみたいですよ」

「そうなんだ!ミルフィリアさん、冒険者ギルドに所属してなくても、ダンジョンのアイテムとかが載ってる本を閲覧できますか?」

「ええ。依頼人の方が間違えないで依頼できるように、アイテムを網羅した本がありますよ」

「また、来たときに見せてください!」

「ご依頼ですか?」

「はい。依頼料の相談にも乗ってくださいね」

「もちろんです」

「じゃぁ、また!」

 アマーリエは、シルヴァンを連れてアーロンの店へ向かった。このあとギルドの中で起きる携帯食料騒動に関しては開店準備で忙しかったせいで、後から知ることになる。


「おまたせしました〜」

 アーロンの店の前にはアルギスと南の魔女が既に待っていた。

「お〜そ〜い〜」

「冒険者ギルドに寄り道してたら長くなっちゃて」

「オンオン」

「ミルフィと世間話してたんでしょぉ!う〜ん、シルヴァンはかわいいわねぇ」

 早速シルヴァンをモフりはじめる南の魔女だった。

「アハハ〜あたりです」

「冒険者ギルドに用事ですか?」

「ああ、銀の鷹の皆さんに引っ越し手伝ってもらったんで、その依頼料代わりの携帯食を納品に」

「携帯食ですか?」

「昔ながらの味も素っ気もないのじゃなくて、モルシェン特製携帯食です!」

「それは、私も注文できますか!」

 ドヤ顔するアマーリエに負けずにマジ顔になったアルギスがアマーリエの肩をがっしりつかむ。

「……時間があるときには可能かと」

「頼みましたからね!」

「はいはい」

「ほらぁ、店に入るわよぉ」

「「はーい」」

 カランコロンとドアに付いたベルが音を立てて来客を知らせる。

「おう、いらっしゃい」

「こんにちは〜」

「ほい。これがわしの作った冊子じゃよ」

「おお〜」

 出された冊子をアマーリエとアルギスが見始めると、シルヴァンもカウンターに乗り出して覗き込んでくる。

「おや!シルヴァンも見るんじゃの」

「あ、すいません。シルヴァン、だめだよ」

「クゥ~」

「何見たいの?肉屋さんの時並みの食いつきなんだけど?」

 目をうるうるさせて訴えてくるシルヴァンにアマーリエが首をかしげる。

「あはは、汚さんじゃろ?かまわんよ」

「オン!」

「ありがとうございます」

 そう言うと二人と一匹はページをめくり始めた。南の魔女は二人をよそにアーロンと世間話をはじめる。ほのぼの会話する南の魔女とアーロン。アマーリエは他にも冊子があるのか気になって、アーロンに尋ねる。

「アーロンさん、この冊子、分類とかしてますか?」

「ふむ。ダンジョンの階層と部屋ごとに別れとるよ」

「?」

 わかっていない様子のアマーリエに店主はもう一冊本を出す。

「これは、今のところ踏破されてるダンジョンの内部構造図が載っておるんじゃ」

「え、すごい貴重?」

「かなり貴重よぉ!」

 それまで反応の薄かった南の魔女までカウンターに身を乗り出す。

「と言うてもな、ダンジョンの階層によっては変動がある部分もあってなかなか難しいんじゃよ。それになぁ、まだ来たばかりで浅い階層までしか描けとらん」

 おどけて笑うアーロンに三人も笑みが漏れる。

「見てもいいですか?」

「ああ、まずは一階層目じゃ。降りてすぐ丁字の通路になっとっての、真っ直ぐ進むと、すぐ次の階層に向かう階段なんじゃ」

「は?そんなあっさりなんですか?魔物とかでないんですか?」

「お芋ちゃん、五階層までは構造一緒なのよぉ。だから皆そのまま五階層まで一気に抜けるの。一~五階層はこの丁字の奥側の通路を入った各扉の最初の部屋で魔物が出るのよぉ。さらにその奥の部屋に魔物がでないフィールドがあるのよねぇ。私なんてぇ最初に一階層目の通路入ってすぐの部屋に一度試しで入ったきりよぉ」

「なるほど」

「その部屋をこうして手前から順に番号を振っておるんじゃ。本はこの部屋ごとに分類されとるよ。今わかっとるのは階層ごとに季節が別れとること。例えば一階層目は春じゃな。それで各部屋は様々な場所の春になっとる」

「初めて聞いたわぁ、そんなこと」

「そりゃ、中も見ないで下の階に行ってればそうなりますよ」

 南の魔女の言葉に思わず突っ込むアマーリエ。

「まぁそうよねぇ」

「それでの、今充実しとるのは一階層目の春の部屋五つに二階層目から四階層目は三部屋ずつじゃ」

「へーへー。あれ?五階層目は?どうなってるんですか?」

「まだ、そこに行った冒険者にわしが会ってないんじゃよ」

「ああ、話を聞かないと駄目ですもんね」

 アマーリエの言葉に頷いて、アーロンは冊子の説明を始める。

「今見とるのは春の部屋じゃの。一番手前の部屋じゃ。ヨーランヘの海のような明るいサンゴ礁の海があっての……」

「え!海があるんですか!」

「あらぁ、ベルン達から聞いてないのぉ?階層まるごと海なところもあるわよぉ」

「聞いてないです。すんごいびっくりです」

「オン」

 アマーリエとシルヴァンは目をパチクリさせて南の魔女をみる。そんな一人と一匹を見て、南の魔女はおかしそうに笑う。

「これは、その海で取れたサンゴの欠片。まあ、ギルドで買取不可程度のものじゃがの。これは釣れた魚。後、植物もこうやって……」

「ちょっとまった!そのページ!」

「おお、これか?」

 アーロンが広げたページの短い説明文をアマーリエが読み出す。

「【ハルウコン:別名キョウオウ。春にピンク色の花が咲く。アキウコンやムラサキウコンと同属】間違いない。これ姜黄だ。これがあるということは……。アーロンさん秋の部屋でこれと似たようなのありませんでしたか?花が白いやつ」

「ちょっと待て、各階の部屋はそれぞれ同じ場所の季節違いでのぉ、ほれこれじゃ」

 アマーリエはアーロンから手渡された冊子をせわしなくめくって、目的のページを開く。

「あった!【アキウコン:ウコン。秋に……】鬱金(ターメリック)だ!やっと見つけたぁ!白い花だし間違いない。冬の部屋に同じので根っこありますか?」

「オン!?」

「何?アマーリエ。そんなに大事なものなのかい?」

 アマーリエの食いつきっぷりに驚くアルギス。

「ええ、大事なんです。アーロンさん。これいくつあります?買います!」

「ホホ。はじめての購入者だの」

「おいくらですか!」

「さていくらにするか?嬢ちゃんがそんなに欲しがるってことは値打ちもんだろ?」

 茶目っ気いっぱいに言うアーロンにアマーリエが固まる。

「え?」

「言うたじゃろ。価値がわからんものと」

「あー」

「さて、嬢ちゃん交渉じゃ」

「いくらで仕入れました?」

「一律百シリングじゃ。購入者と交渉して増えた分をさらに販売者に還元するんじゃよ。まあ、ここで言う販売者はダンジョンに潜った冒険者じゃがの」

「うーん、価値はどんどん上がると思う。アーロンさんなら、さらにあげられると思うし。どうしたもんか?」

 前世情報を持つがゆえに、頭のなかで鬱金の価値が錯綜するアマーリエ。

「そんなにたいそうなものなんかの?」

 若い娘をからかうつもりだったアーロンは、アマーリエのかなり真面目な様子に目をパチクリさせる。

「むしろ、アーロンさんに差配頼んで、わたしはちょっと卸してもらえればいいぐらいなんだけど……。ちょっと話が長くなりそうだし、この後神殿にも行くし。パン焼かないとだし。わーん、自重するつもりでも自重させてもらえないこの環境が悪いー」

 ジタバタし始めたアマーリエの肩をがっしり掴んで南の魔女が落ち着かせる。

「ちょっとぉ、芋っ娘落ち着きなさいよぉ。何もすぐ買わなきゃいけないわけじゃないでしょぉ。取り置きでもなんでもすればいいじゃないのぉ。あんたここに三年は居るんでしょ?」

「あ、そうでした。う~でもすぐ食べたいしなぁ」

「オン!」

 シルヴァンも尻尾をはちきれんばかりに振ってアピールしている。

「これ食べるの?なんでシルヴァンまで食べたそうなの?」

 きれいな白い花と生姜のような根っこが描かれたページとシルヴァンの反応を見て首を傾げるアルギス。

「それ、香辛料や薬剤、染色剤とか色々使えるんですよぉ。だから、アーロンさんに差配頼んだ方がいいって話になるし価値をつけるのが難しいんですよ」

「そんなに希少な用途があるなら、値上がるのぉ」

 アマーリエの言葉に目を輝かせるアーロン。

「んまぁ!染料ぅ!?」

「薬効が気になるんだけど」

 アマーリエの言葉にそれぞれの気になる分野に食いつく南の魔女とアルギスだった。

「それじゃぁ、嬢ちゃんこうしちゃあどうじゃ?」

「?」

「今ここに、冬の部屋のアキウコンは五つある。これを手数料込で千シリングで買わんか?で、どう使うのかわしに見せてくれんかの?そして、その後さらにどうするか決めようじゃァないか」

「あー、じゃぁ、大隠居様ーじゃないや、ゲオルグ様もつれてきて良い?」

 自分一人で大事になりそうなことをまとめるよりも、信頼できる大人を同席させてダールの雷を回避する作戦に出たアマーリエ。

「なんじゃ、大将もきとるんかいの?」

「大将って呼ばれてるんだ。いま温泉に行ってて留守だけど、帰ってきたら一緒に来ま……」

 アーロンがゲオルグと親しい仲だと見てとったアマーリエはつい口が緩んでしまう。

「温泉?」

「ポロリと言っちゃった。あー、もういいか。大店のアーロンさんなら大丈夫だろうし。むしろ文官代わり?あのですね、アルバン村に来る途中の村に温泉が湧いてて、そこに行ってらっしゃるんですよ」

「お湯が湧く泉ならそれほど珍しくはなかろう?大将は何しとるんじゃ?」

「そうか、アーロンさんなら商売で色んな国に行ってるから温泉のある所とか知ってるか」

「おお、知っとるぞ。でその温泉がどうした?何かに使うのか?」

「あれー?他所の国だったらお風呂になってるところもあるかと思ったのに、無いのか?」

「オフロ?なんじゃそれは?」

「もう面倒になってきたし。今、商業ギルドの人達とゲオルグ様は温泉に行ってるんですけど、詳しい話は帰ってきてから聞いて下さい。儲け話ですし」

 説明が面倒になったアマーリエはいつものごとく出来る人や偉い人に丸投げすることに決めた。

「おう、分かった!儲け話なら息子も呼び寄せとくぞ?」

「そのあたりは、お任せします」

「それで嬢ちゃん、これは買ってくのかの?」

「はい、お願いします」

 アーロンに代金を渡して秋鬱金を包んでもらう。

「ほいよ。それで嬢ちゃん達は今から神殿に行くのかい?」

「ええ、ご挨拶が遅れました。アルバンの神殿に赴任しましたアルギスと申します」

「おうおう、これからよろしくお願いしますぞ、神官様。じゃあ、わしも馴染みに会うために今から一緒に行こうかの」

「え、お店良いんですか?」

「道楽じゃもの。それに知り合いの冒険者はダンジョンに潜っとるから、今日は誰も売りにこんじゃろ。まして買いに来たのは嬢ちゃん達が最初じゃし」

「えー。赤字じゃないですか?」

「そうでもないぞ?今日は嬢ちゃんが大きくなりそうな商いの種をくれたからのぉ。ほら、商いは買う人に聞くもんじゃったろ?」

「あー店としては赤字でも商会としたら黒字になるかぁ」

「ホホ、そういうことじゃぁ。ほれ、行こう行こう」

 アマーリエ達を外に出したアーロンは、店の戸締まりをして、一緒に神殿へと向かった。

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