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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第5章 夕時の料理講習会
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 ヨハンソンに教えられたとおりに、一つ先の店の角を折れて裏路地に入る。

「んと、魔道具さんの裏手になるんだからこっちに行けば良いんですよね?」

「うん」

「あ、あそこですね」

 【万屋】と看板の出た店の入口にたどり着く。ちょうどそのタイミングで店主が出てきて、看板をしまい始めた。

「こんにちは~?」

 アマーリエが思わず声をかける。

「おや、こんにちは。お客さんかね?」

 頭の天辺が禿げた白髪のもみあげと髭の立派な初老の店主が答える。

「明日、また来ます。お店は鐘六つ(午後四時)までですか?」

「ああ、そうじゃよ。これから商業ギルドの宿屋の食堂に夕飯を食べに行くんじゃ」

「あ、そうなんですか。私も行くところなんですよ」

「ふむ、お嬢ちゃん達がよければ一緒に歩かんかね?」

 アマーリエが南の魔女とアルギスを見ると、二人は問題ないと頷く。

「じゃあ、ご一緒します。お店のお話を聞かせてください」

「良いとも。ちょいと戸締まりしてくるから、待っといてくれ」

 店主は慌てて看板をしまい、戸締まりを済ませてアマーリエたちのもとに戻る。

 一人増えたアマーリエ一行は、商業ギルド目指して歩きはじめる。

「あの、表の魔道具屋さんから変わった物があるって伺って来たんですけど……何を取り扱ってるんですか?」

「おお、そうかい。うちはアルバンのダンジョンから出た、冒険者ギルドや商業ギルドで引き取られない、価値のわからんものを置いてるんだ」

「価値のわからないものですか」

「わしはこれでも鑑定士でな。絵心もある。持ち込まれたアイテムの絵と鑑定できた部分の説明書きをこうして本にしておるんじゃよ。アイテムは全てアイテムボックスで保管しておる」

「その本を見て、欲しいものを買うんですね」

「そうじゃよ。ただ値打ちがわからんから交渉になる」

「なるほど」

「ご亭主、お店はいつからやってるのぉ?」

「南の魔女様、つい最近じゃて。店を息子に譲って、ご領主様と王様にお願いしてこの村に店を出させてもらったんじゃ」

「あらぁ、王様に顔が利くなんてぇ、かなり有名なお店(たな)のご隠居なのぉ?」

 南の魔女の言葉に、アマーリエとアルギスは店主をまじまじと見つめる。

「ほほ、ベレスフォード商会じゃよ。おかげさまで繁盛させてもらっとる」

「んまぁ、大店も大店じゃァないのぉ。もしかして!?あの商会の鬼と有名なアーロンさぁん!?」

「わー、商売のことはこの人に聞けって言われてる商売の神様だ!領都にも支店あるよ!」

「いやいや、嬢ちゃん。商いは買いたい人に教わるもんじゃぞ?」

 アマーリエの言葉に少し照れて茶目っ気たっぷりにアーロンが答える。

「商会の店がない国はないとまで言われたベレスフォード商会の()会頭がなぜこんなところに?」

 アルギスがよそゆき笑顔で尋ねるとアーロンはにっこり笑って答える。

「お若いの、道楽じゃよ。うんと若い頃の夢を叶えたんじゃ。わしゃ、ずーっとダンジョンから出る、こういった価値が有るのか無いのかわからん物達を扱ってみたかったんじゃ」

「あらぁ!素敵ねぇ。いいわぁ、そういう生き方!」

「そうじゃろ?それにな、昔なじみもこちらに来ておるんじゃよ」

「まぁ、お友達も居るならいいわねぇ」

 のんびりアーロンの話を聞きながら広場まで戻ってきたアマーリエは、商業ギルドを見て首を傾げる。

「芋っ娘、どうしたのぉ?」

「わたし、ダニーロさんと時間決めたけど、場所を何処にするか全然決めなかったような気がしますぅ?」

 アマーリエに言われた南の魔女とアルギスは思い出すように宙を睨む。

「ああ、そう言えば言ってなかった」

「もう時間だし、宿の食堂でいいんじゃないの?そこなんだし。ついでに食堂で食べていかない?」

「キュウ、キュウ」

 耳をへたれて、ささやかに自己主張するシルヴァンに南の魔女が首を傾げる。

「あらぁ、シルヴァンどおしたのぉ?」

 シルヴァンはアマーリエに塩揚げ鶏の画像を念話する。

「ああ、夕飯に塩揚げ鶏作るって約束したもんね」

「オン!」

「あらぁ、そうだったわねぇ。だったら料理長に作り方教えて、作ってもらえばぁ?ついでに魔物の肉の捌き方のコツでも覚えてきたらぁ?」

「あ、それいいですね!どうせ塩揚げ鶏は無料レシピにしてますし」

「じゃぁ、いきましょぉ!アーロンさんも一緒にどぉ?夕飯。私がご馳走するわよぉ」

 後ろで話を聞いていたアーロンを振り返って、南の魔女が食事に誘う。

「いやいや、魔女様。これでも一応稼ぎのある男。奢られたとあっては名折れですの。ここはわしが持ちましょう」

「あらん!素敵ぃ!」

「おおー、かっこいい!」

「オン!オン!」

 二人と一匹の褒めようにアルギスが、こういう場での振る舞いを気にし始める。

「ぬ、ここはわたしが奢るほうが?」

「若造は奢られとけー」

 アマーリエがニヤニヤ笑いながらアルギスをからかう。

「リエ!君より年長者だ!」

「シルヴァンに慰めてもらう程度にね~」

「ぐぅっ」

「はいはい、そこぉ、行くわよぉ」

 一行は高級宿屋に入り、食堂を目指す。

「……お客さん居ないですね。時間が早いからかな?」

 食堂に入ったアマーリエが中を見渡すと人っ子一人居なかった。

「まぁ、高級食堂だからねぇ。宿のお客はいま温泉に行っちゃってるわけだしぃ」

「え、今お客さん大隠居様たちだけなの?」

 内心で赤字経営にならないのだろうか思ったアマーリエ。

「ええ、そぉよぉ。普段ここの食堂は泊り客が主だものぉ」

「冒険者は実入りが良かったときにしかこないし、村の人は身内のお祝い事とかの利用が殆どらしいよ」

「へー。なら、ダニーロさん呼んでもらって大丈夫かな」

「大丈夫だと思うよ」

「いらっしゃいませ、お席にご案内いたします」

 給仕に連れられて席に着くアマーリエ達。その給仕にアマーリエが尋ねる。

「すみません、料理長とお話がしたいのですが、呼んでいただいても?」

「はい、かしこまりました」

 暇だったらしい料理長はすっ飛んできた。

「お待ちしてましたよ!」

「ダニーロさん、すみません。夕方の件でお話が。場所を決めてなかったなと」

「おお、そう言えば!ここのつもりで居ましたよ。このままいかがです?」

「芋っ娘、マヨネーズのついでに塩揚げ鶏だっけぇ?それも今作っちゃえばぁ?」

 南の魔女が二人の会話に割って入る。

「あ、ダニーロさんがお手隙ならそれでもいいのか」

「塩揚げ鶏?」

「ダニーロさん、すいません。マヨネーズの作り方とこの子のための料理をお願いしたいんですが、よろしいでしょうか?あと夕飯も」

「マヨネーズの方はもちろんですよ。塩揚げ鶏が気になるのですが、それがこの魔狼用の料理でしょうか?」

「人ももちろん食べますよ。うちの子が特に好きなだけで」

「なんだか新しい味を体験できそうでワクワクしてきましたよ。厨房に行きましょうか。神官様もどうぞ」

「よろしくお願いします」

「わしも気になるんじゃが、料理長がじゃまにならなければ入れてもらえるかの?」

「ええ、今日は他にお客がないでしょうから皆さんどうぞ。遠慮なく」

「あらぁ、私もいいのぉ?」

「ええ、南の魔女様もぜひ。昨日の風魔法でのパンの薄切りは感心致しました。ぜひ私も覚えたい。あれは生活魔法程度の魔法ですよね?」

 ニコニコと笑顔でダニーロは南の魔女に技術教授を願う。

「そぉよ。調節が難しいだけなのぉ。魔法なんてどれだけ器用に使えるかと、魔力量だけですものぉ。ねぇ、芋っ娘」

「ん?私、魔法は生活魔法ぐらいしか使えてませんが?」

「あんたは魔力量が足んないだけよぉ。ホント小器用なんだから!このこの!ぷにぷにのお肌が憎らしい!」

「うにゃぁ」

 南の魔女に軽く頬をつままれるアマーリエを呆れた目でアルギスが見る。

「なんだかんだ、仲良くなりましたよね、アマーリエと南の魔女様」

「あらぁ?アルギスさんもじゃれ合う程度に仲がいいじゃない、アマーリエと」

「そう言われたら、たしかにここまで気安い相手ははじめてですね」

「クッ、見てないで助けてくださいよ!」

「無理」

 頬を擦るアマーリエに、アルギスが一言で言い切った

「ハハハ、皆様仲がよろしいですな。さ、厨房へ行きましょう」

 料理長の後をぞろぞろついていくアマーリエ一行。

「ああ、そちらの銀狼は魔法で覆って頂けますか?」

「オン!」

 料理長の言葉にシルヴァンはすぐさまアマーリエに教わったとおり、風の魔法で自分をコーティングする。その様子に、料理長とアーロンが目を丸くする。

「こりゃすごい。さすがは魔狼ですな!」

「ホオ、こりゃすごい。こんな従魔、初めて見た!」

「それこの子だけだからぁ。ものすごく優秀なのよぉ。ねぇ?」

「オン!」

「リエが、生活魔法を教えたせいですよ」

 呆れたようにアルギスが言う。

「「教えたんですか!」」

「まぁ、普通はぁ、教えないわよねぇ。基本戦闘や支援要員だものぉ」

「いいじゃないですか。私、パン屋ですし」

「「「「確かに」」」」

「戦闘用の攻撃魔法や支援魔法はお二人がシルヴァンに教えてやってくださいよ。私じゃてんで無理ですから」

 アマーリエは肩をすくめて、アルギスと南の魔女に言う。アマーリエが教えるとしたら生活魔法の応用で、酸欠にするとか水で溺れさせるとか、逆に脱水するとか誰もができてしまえる殺人魔法にしかならないので、これに関してはアマーリエは流石に口をつぐんでいる。

「そうする!」

「色々教えてあげるわよぉ」

「オン!」

「あはは。では厨房にようこそ」

 そう言って料理長が厨房に皆を入れる。領都のお屋敷よりも小ぶりな厨房に、アマーリエはお客が少ないんだなぁと思う。

 中で作業をしていた青年が、入ってきた人達に戸惑い料理長に声をかける。

「料理長?」

「ああ、パトリック。今日はお客様から新し料理を教わるよ」

「はぁ。そうっすか。あれ?リエちゃん?」

「あ!さすらいの料理人さん!」

「なぁにその渾名?」

「なんか格好いいですね」

「二人はお知り合いですか?」

 首を傾げてダニーロがアマーリエに尋ねる。

「領都のお屋敷の厨房でたまに見かける料理人さんです。あちこちの料理を覚えてきては、お屋敷の料理長さんと色々料理研究してました」

「ええ、辺境伯の料理人さん達には良くしてもらってるんすよ」

「おや!そうでしたか。パトリックは少し前に雇ったんですよ。すぐにローレンの新しい料理を教えていただきました」

「へっ?ローレンの新しい料理って?」

 素でわからなかったアマーリエが首を傾げるのを見て、パトリックが肩をすくめながら言う。

「かつおのたたきとパエリアってのがローレンで出来たんだ」

「へぇ~」

 料理名を聞いて少し焦るアマーリエ。表向きには、アマーリエは温泉村まで騎士と一緒に来て、温泉村から大隠居や銀の鷹と一緒に来たことになっているのだ。賊はつかまって、安全は確保されたが今ここで真相をゲロってもいいのかどうか判断がつかず知らないふりをするしか無いアマーリエだった。

「港に来た銀の鷹の料理番の女の子があたらしい料理を作ったって噂になってんだよなぁ」

「噂になってるの?」

(情報伝達の遅いこの世界で、なんでこんなに早く拡散されてるの!?パトリックさんの情報収集力がすごいってこと!?)

 ダールの顔を思い浮かべて背中に冷たい汗の流れるアマーリエ。

「面白い調理法と新しい食材ですからねぇ、噂になるのもわかります」

「へ~そうなんですね」

「そう!今、ダニーロさんともコメだっけ?アレの料理を開発中だよ」

「へ~、楽しみにしてます」

 もはや当たり障りのない返事をするしか無いアマーリエだった。

「その顔!怪しいなぁ。なんか、色々作ってそうだな?ちゃんとレシピ登録してるか?お屋敷の熱血料理長にちゃんと伝わってるのか?」

 パトリックに言われさらに冷や汗をかき始めたアマーリエ。領主を慮ってお菓子のレシピは非公開で登録したが、料理に関してはその場その場のことでローレンで登録をお願いしたもの以外ほぼレシピは登録していないのだ、アマーリエは。

「や、やばい?領都を出る時は料理長さんお留守で、他の料理人の方からくれぐれも忘れないでレシピを送ってしてほしいって言われてたんだった……いや、でもアルバンに着いたらって感じだったし!?大丈夫か!?」

 その時の下っ端料理人さん達の必死な顔を思い出して顔が引きつり始めるアマーリエだった。

「あーあ。リエちゃん、なんでもいいから商業ギルドでレシピ登録してこいよ?でないとあの熱血料理長ここまで追っかけてくるぜ?」

「や、流石にダールさんが止めるでしょ!?」

「止められるかなぁ?ご領主様もこっちに来たがってて、ダールさんはそっち止める方に力割いてたぞ?」

「王都の方の仕事もあるでしょ!社交の季節とか!」

「社交の季節は終わったけどな。どうかな~?俺の予想じゃ、来年辺り来そうな気がする。今まで以上に必死で下の料理人を育て始めてたし」

 パトリックは難しい顔をしてアマーリエに言うが、口元が笑いを堪えるようにヒクヒクしている。

「うおーどうしよ?ダールさんにまた叱られる!?」

「そこか?そこなのか?」

「いや、そこが一番大事でしょ?明らかにダールさんの負担増やしちゃったよね!?」

「それは今更だろ~」

「辺境伯の料理人がいらっしゃるのかい?それはすごく楽しみなのだが」

「いや~、あくまでも俺の予想っすよ」

 かなり期待感あふれるダニーロの表情にパトリックが苦笑を浮かべてごまかす。

「いや、きっと来る~。間違いなく来る気がしてきたぁ」

 わりと動じないアマーリエの父親すら引け腰にさせた熱血料理長を思い浮かべアマーリエは動揺する。

「芋っ娘ぉ、来るか来ないかわからない人間気にしてないで、料理始めたらぁ?その料理長さんとやらが来てから対応すればいいでしょうにぃ」

「はっ!そうでした。でもいくつかレシピ、ご飯食べたらギルドで登録しとこ。色々やること増えてる気がする!?」

「はいはい、深呼吸。焦らないで一個ずつよぉ」

「す~はぁ。はい。そうですよね。まずは、目の前のことからですよね」

 南の魔女に言われたとおり深呼吸をしてアマーリエは、皆に調理台の周りに集まってもらうように言った。

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