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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第4章 一緒にお散歩
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 魔道具屋に入ったアマーリエは店員からすぐに声をかけられた。

「やあ、アマーリエ。着くの遅かったね。僕のほうが早くついちゃったよ。また道中で何かやらかしただろ?」

エプロンに袖カバーを付け、柔和な雰囲気のアマーリエのよく見知った顔の男がカウンターから顔を上げて手を振っている。

「えー!?ヨハンソンさん!?なんで?なんで居るの?ステファンのおっちゃんはアルバンに行きたいけど、若い職人さんたちが育つまでは行けないって言ってたのに!?」

 アマーリエはカウンターに慌てて駆け寄って、馴染みの道具職人にまくし立てる。

「ふふふ。ここの道具屋の主人に弟子入りしたから。ああ、そうだ。絵の具の話は聞いてる?金属に塗れたり書けたりできる、剥げにくい塗料の話?」

「あっちを出る時におっちゃん達から作ってもらう宛てが出来たって話は聞いたけど、ヨハンソンさんが居るってことはもう出来たの?」

 古馴染みの道具職人は、金属細工の若手育成のためにしばらくは店を離れられないと愚痴っていたのだ。

「そういうこと。絵の具で魔法陣が金属に書けるようになって技術の取得が簡単になったからね。若い職人でも出来て、さらに量産できるようになったわけ。修理もしやすいしね。そんなわけで僕は自分の腕を磨くためにステファンさんを泣く泣くおいて、こっちに来たんだ」

「うはー、おっちゃん達頑張りまくったんだ。絵の具そんなに早くできるなんて思わなかったよ。でも、ヨハンソンさん、泣く泣くおいて来てないでしょ?どっちが行くかで揉めて、アルバン行き勝ち取っておっちゃん踏み台にしてこっちに来たんじゃないの?」

 アマーリエは、ヨハンソンがちゃっかりしていて兄貴分のステファンをしょっちゅう、上手く言いくるめたり煽ったり、仕事を押し付けてるところしか見たことがない。泣き別れなどするようなたまじゃないとよく知っているのだ。

「あはは~やっぱり分かる?」

「そりゃぁ、長い付き合いですから。どう考えてもおっちゃんよりヨハンソンさんのほうが要領いいですもん」

「まあね、ステファンさんの悔し泣きを見せたかったよ」

 遠慮のないやり取りを交わすアマーリエ達に口を挟むスキもなかった二人と一匹。

「うっへー。あ、南の魔女様、アルギスさん。こちらヨハンソンさん。領都で顔なじみの魔道具屋の職人さんなんです。腕は確かです。発想も柔軟で私の思いつきをさらに改良してくれる人ですね。ヨハンソンさん、後この子私がテイムした狼。シルヴァンていうの。かなりお利口さんなのよ」

「はじめまして、南の魔女様、アルギスさん、でシルヴァン?」

「はじめましてぇ。ここの店主とは昔なじみなのよぉ」

「初めまして。よろしくお願いします」

「オン!」

「アルギスさんはここの神殿に派遣されてきた人なの。新しい穀物の研究するんだよ。その関係で魔道具頼むかもしれない」

 米作りに必要な道具、米を籾摺り、精米する道具も要るとあれこれ頭のなかで忙しく算段を始めるアマーリエ。

「わかった。だけど無茶ぶりだけはしないでくれよ。僕はステファンさんと違って嫁持ちだからね」

「えー!とうとう結婚したの!?あの付き合ってるって言ってた人?まじで!?おめでとう!」

「ありがとう。こっちに来ることになって、結婚したんだよ。だから(・・・)新婚家庭に気を使っておくれよ?」

「はーい。自重しろって言われてるし、無茶ぶりはしないよ。それでさ、お願いがあるんだけど」

「話聞いてる?アマーリエ。まあ、これ頼みに来たんだろ?」

 ヨハンソンはそう言って、保温瓶と保温マグをカウンターに置く。

「おお!それです!なんでわかったの?」

「わからないはずないでしょ。君とは嫁より長い付き合いなんだぞ?どうせ、こっちでもお昼代の節約とか考えただろ?」

 領都の職人街の主婦達が昼の外食代を節約できないかと話していたのを聞いて、安易に弁当もちゃいいじゃないかと考え、日本の某象さんマークの保温弁当を参考にして職人街のおっちゃん達に注文したのが保温マグである。が、しかし弁当を持てばいいという考えはいろいろな問題を浮き彫りにし、結局サンドイッチのバリエーションを出す程度しか今はまだ解決策がでていないのである。その諸問題を領主に愚痴ってトバッチリが魔道具職人のもとに飛び火したところでアマーリエは隔離となり、結局、保温マグも餞別で無理やり作ってもらったような状況で止まっているのだ。

「お昼節約の話はまだまだ色々問題がありすぎて、今は停滞中です。それより先に自炊率をあげるのが今後の課題ですからねー。その話は置いといて、まあ、保温マグはそういう目的で最初に作ってもらったけど。ダンジョンの採取にも使えるって話になってさ、私が冒険者ギルドに出す依頼の報酬にしようかと思ってるんだ」

「……一体何個作るつもり?」

「いーっぱい」

「アマーリエ?」

「南の魔女様もアルギスさんも欲しいよね?銀の鷹の人たちも欲しいって言ってたんだよねー。ちなみにそこにいるシルヴァンも、ちゃんと開けられるからもうちょっと口が大きく開く、自分専用のが欲しいんだよね?」

「オン!」

「「いつの間に……」」

 元気良く答えるシルヴァンに南の魔女とアルギスは呆れたようにシルヴァンを見てつぶやく。

「なんか色々突っ込みどころ増やしてくれてるけど、つまりはかなり需要が高まってるってこと?」

 眉間をもみながら、ヨハンソンはアマーリエの言い分を一応聞く。

「急務です!」

「親方と相談だな。あとは他の魔道具屋も巻き込むか?」

 アマーリエが数をぼかして曖昧に問題を話す時は大概、大事になる前兆であると悟っているヨハンソンは、深くため息を一つ吐いた後算段を始める。

「そんなわけで、また詳細つめに来るねー。今は南の魔女様とアルギスさんの用事のほうが先かな」

「はい、すみません、おまたせ致しました」

 営業スマイルを浮かべてヨハンセンは南の魔女とアルギスの方を向く。

「なんか大変になりそうだけどぉ、その前にお願いね。私はこの手甲の手入れをお願いしたいのよぉ」

 ヨハンソンは手甲を受け取り、南の魔女と細かいところを詰めていく。そして、預り証を渡して事務処理をする。

「あとはぁ、この保温マグと保温瓶の相談ねぇ。取り敢えず、今ある形のを一個ずつ作ってもらって使用感を試した後で、私専用に作ってもらおうかしら」

「私もその保温マグと保温瓶がほしいですね」

「一応、今この店にある売り物はこちらになりますね。あと、やっと余裕が出てきてこの店独自のものを今開発中です」

 そう言ってヨハンソンが見本を二人に手渡す。

「余裕って?」

 アマーリエがなんかあったかと首を傾げてヨハンソンに尋ねる。

「親方衆や職人たちは、ちょっと前まですごく忙しかったんだよ。魔力溜まり用の魔道具の開発と量産のせいで。魔力溜まりの話はホント衝撃だったからね」

「ありゃ」

 やっと現場の人間の実感のこもる話を耳にしたアマーリエだった。

「商業ギルドの会議室がこの村で一番大きい部屋なんだけどそこに職人集まって、話を聞いたんだよ。あんなこと今までのギルドの歴史の中で二回しかなかったからね」

「ああ、レシピ登録制度が出来た時も皆それぞれのギルドに招集かかってましたもんね」

「うんうん。今回は話の内容の規模がもっと大きかったからね」

「そうなのよぉ~。皆に話をどう伝えるかでほんと大変だったのよぉ」

 南の魔女がしみじみと言う。

「ああ、南の魔女様や他の魔女様方は検証や調整が大変だったとお伺いしてますよ」

 ヨハンソンがウンウンと頷きながら会話をつなぐ。

「色々、魔力溜まりや魔物の成り立ちとか今まで不明だった部分の解明が進んだのよぉ。それに関して諸問題噴出するしぃ」

「こちらもその対応策のための道具作りで親方たちが大変だったみたいで」

「神殿も魔力溜まりの捜索に人手を割くことになりましたからねぇ」

 そこから次々噴出しだした三人のそれぞれの立場での現場レベルの愚痴話しに、ちょっとどころでなく大変なことになったんだと漸く、実感したアマーリエだった。アマーリエとシルヴァンはウンウンと三人の話に頷くだけである。

「大変だったんですねぇ」

 ただただ聞くだけのアマーリエの言葉に、裏事情を知ってる南の魔女はアマーリエに氷の微笑を浮かべて皮肉を漏らす。

「今もぉ現場のほうが大変なのよぉ。芋っ娘、あんたはパン屋でよかったわよねぇ」

 顔をひきつらせたアマーリエは慌てて話題転換を図る。

「あはは、そうですね。美味しいパンを作って応援するしか無いですしー。ヨハンソンさん、もう魔力溜まり用の道具作りの方は落ち着いたの?」

「うちの方は一山越えたかな。それぞれ作る数が決まってて、それを納めたところだし」

「なるほど。じゃあ、保温瓶の量産に取り掛かれるか」

「そんなわけ無いだろ。これと領都で売られ始めた主婦向けに作ったアイテムトートバッグのせいで、ここの親方、今も引きこもり続行中なんだよ」

 半笑いでアマーリエに話しかけるヨハンソンに、訳が分からず首をひねるアマーリエ。

「あのね、領都の魔導具屋では省魔力構造の生活魔導具が当たり前になりつつあるけど、まだこっちは、生活魔導具そのものの開発に力入れてないからね?色々発見があるみたいだよ」

「技術革新は必要から生まれるもんなんです」

 ドヤ顔で言い切るアマーリエにヨハンソンがため息をつく。

「あのね、アマーリエ。魔物が出る辺りじゃ、魔物対策用の魔道具のほうが重要なの。命懸ってるんだからね?生活の為にってのはまだまだこれからなんだよ」

「まぁ、そうなりますよね」

「それに省魔力はどっちにも必要な技術だし、それを先に生活魔導具で先にやっちゃったから色々物議醸してるんだよ?今までは、魔物対策用の魔道具から生活用に技術が流れてたけど、逆になっちゃったからね」

「あー、思いつかなかった自分に腹を立てたか、下に見てたのが偉くなって妬みでもでましたか?」

 直截に物を言うアマーリエに肩をすくめるヨハンソン。

「職人心は複雑なんだよ」

「そりゃ人は色々思いますから」

「そんなわけで、盛り返すために親方連中君のこと手ぐすね引いて待ってるから、気をつけてね」

「えー、まじで?困ったなぁ」

 面倒くさそうな声に反して、カモネギキタコレ!と内心でほくそ笑み、ダールに対する言い訳ができたと顔をにやけさせるアマーリエ。その顔にヨハンソンは懐疑的な視線を向ける。

「アマーリエ、ぜんぜん困ってないだろ?むしろ今、腹黒いこと考えなかった?」

「キノセイ、キノセイ」

「これ、親方衆が死に体になる前にアマーリエに関わるのは自己責任でって釘刺さないとだめっぽいな」

 これから起るであろう面倒ごとを想像してがっくりうなだれるヨハンソンに、アマーリエがさらににやっと笑う。

「親方衆が自分からやるっていうことを止めちゃァだめですよぉ」

「アマーリエ?君、完全に巻き込むつもりで居ないかい?」

「鉄は熱い内に打てっていいますしー、水をさしちゃァだめでしょ」

「それ鍛冶屋で言ってよね。うち魔道具屋だから」

「まあ、一応自重はしますよー」

 そう言いながら次々親方衆に振るネタを考え始めるアマーリエ。

「こりゃだめだ。自衛しなきゃ」

 アマーリエの碌でもないことを思いついた時の表情を見て、色々諦めたヨハンソンは、南の魔女とアルギスの方を向いて、商売に戻ることにした。

「コチラの方は、魔法陣を書くことでお安くなってます。こちらは金属細工で彫り込んでありますので長持ちしますが、その分お高くなってます」

 色々、保温瓶の説明を受けた二人は二種類とも買って使い勝手を試すことに決める。

「毎度ありがとうございます。使い勝手とか色々ありましたら教えて下さいね。調整等も引き受けますので」

「わかったわぁ。こちらこそ色々注文すると思うけどよろしくねぇ」

「私も、数を頼むことになるかもしれませんので、よろしくおねがいしますね」

 ヨハンソンの言葉に頷く南の魔女とアルギス。

「はい、分かりました。こちらこそよろしくお願いします。そうだ、アマーリエ。うちの店の裏にダンジョンから出たわからないアイテムを売る、万屋があるから覗いてみたら」

 ヨハンソンは、アマーリエの興味を魔導具開発からそらすために他の人間(主に冒険者)を生贄に出すことに決めた。

「そんなお店あるんですか?」

「うん。ウチの裏の店はほんとの物好きが、利益度外視してやってるからほとんどガラクタばっかりだけどね」

「へぇ~、南の魔女様、見てみたいんですが……」

 そこで辺りに鐘六つ(午後四時)の鳴る音が響き始めた。

「ああ、夕方から約束があったわねぇ」

「明日、また一緒に行こう、リエ。かまわないだろ、南の魔女殿?」

「いいわよぉ。あんた達が居たほうが面白そうだしぃ」

「あはは。よろしくお願いします」 

「お店の場所だけぇ確認しとかない?」

「そうですね」

 アマーリエ達はヨハンソンに暇乞いをして店を出た。

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