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子どもたちが雪に飽きはじめたため、シルヴァンが子ども達を連れてパン屋に戻ってきた。店に入った子ども達は、浄化魔法で雪で濡れた上着とブーツを手早く乾燥させる。
「リエちゃんただいまー!みんな来たー」
「お帰り。みんなも来たのか。こんにちは」
「「「「「パン屋さん!こんにちは!」」」」」
「揃ってどうした?」
「何か遊び教えて!」
「家の中で静かにできるやつー」
「あはは、お母さんに家の中で暴れるなって怒られたか」
「「「「「そうー」」」」」
外で遊びにくくなって、体力が有り余っている子ども達を、母親たちは持て余し気味のようだった。
「あんた達、パン屋の営業妨害よ」
笑うアマーリエに、ブリギッテが弟たちに注意する。
「だってー。何かない?静かに遊ぶから!」
「神殿は?かくれんぼしていいんでしょ?」
ソニアが首を傾げながら聞く。
神殿長が子どもに理解があり、物を壊したらごめんなさいをする約束で、神殿の中で遊んでいいと許可をだしているのだ。
「寒いー」
「ああ、広いし石造りだもんね。隠れてたら、うっかり、そのまま凍え死ねるもんね」
アマーリエが、子どもたちの言い分に真顔で頷く。
回収業者は、現在、銀の鷹の皆と一緒に王都で拠点作りに励んでいるのだ。
「そうなの!」
「あやとりは飽きた!」
「うーん、そうだなぁ。シルヴァン、手を貸して」
「はーい!」
「んじゃ、手遊び教えるから二階で遊びな。静かに遊んでたら、おやつ持っていってあげるから」
「「「「やった!」」」」
アマーリエはシルヴァンを相手に、「アルプス一万尺」と「みかんの花」をところどころこちらのモチーフに変えて、手遊びを子ども達に披露する。
「子ヤギの上?」
「いや。小槍の上。とんがった山ってことのたとえだよ。槍の穂先のように尖ってるって意味」
「なるほど」
「後はシルヴァンに教えてもらいな」
「「「「はーい!」」」」
ドタバタと二階に駆け上がり、子ども達はパン屋の二階で遊びはじめる。
「なんかごめんね」
「いいよ。子どもが静かにしてるときって、寝てるか、ろくでもないイタズラやらかしてるときだから、二階で騒いでるうちは、まだ許容範囲だよ」
「「「「そうなんだよねー」」」」
アマーリエの言葉にしみじみうなずく、保護者達であった。
子ども達は、シルヴァンからスピードアップと人数追加の高高度な手遊びを伝授され、途中でおやつも差し入れられて、飽きることなく遊び続け、パン屋の店が閉まる頃、迎えに来た親に連れられて渋々家に帰っていった。
「リエちゃん、おなかすいたー」
「さすがシルヴァン、鼻がきくね。今、丁度、おからのドーナツが揚がったとこだよ」
「おから?おとうふできたの!?」
アマーリエの足に抱きついて、見上げながら会話を続けるシルヴァン。
「うん。ダンジョンの主さんから海水分けてもらって、にがり作ったんだよ。シルヴァンが修行に行ってる時に」
「おおう!晩ごはん、湯どうふがいい!」
「いいよ。ダンジョンの主さんにも送っておくか」
「わーい!」
「土鍋も欲しいねぇ。銅の打ち出し鍋もいいんだけど、やっぱ鍋物といえば土鍋だわ」
「あんちゃんの国から、とうこうさんが来るんでしょ?」
「この年明けに、王都にね。ここまで陶工さんが来るかどうかは、わかんないよ。まあ、大奥様や奥様があの手この手で領都までは、引っ張ってくるかもしれないけどさ」
「ふーん?」
「さて、おからドーナツ何個食べる?」
「一個!リエちゃん、ダンジョンにコーヒー豆あるかな?ソイラテ飲みたい」
「あるんじゃないかな?ダンジョンの主さんに聞いてみるよ」
「カカオ豆もあるかなぁ」
「あるかもしれないけど、カカオ豆もらっても、チョコレートに加工する手間がなぁ」
チョコレートが食べたいシルヴァンが、目をキラキラさせるが、カカオ豆からチョコレートにするまでの手間を思い出して、難しい顔をするアマーリエ。
「主さんなら、チョコレート工場作ってそう」
「麹蔵に味噌蔵、醤油蔵、酒蔵があるんだもんねぇ。チョコレート工場も案外作ってそうだね」
アマーリエは、チョコレートの香りが充満するダンジョンかと想像して、微妙な顔をする。前世、チョコレート工場のあったところは、周辺に絶えず、チョコレートの香りが漂っていたからだ。
「うん!」
「聞いてみるか」
「チョコレート!」
ご飯と湯豆腐を鍋ごと、コーヒー豆とチョコレートがあるかという質問状を一緒につけて送ることにしたアマーリエであった。
アマーリエが鍋の用意するのを見ながら、シルヴァンはホットミルクとおからドーナッツを厨房でゆっくり楽しむ。子どもたちと一緒におやつを食べたが、それはもはや優雅なおやつ時ではなく、落ち着いて食べた気分になれず、食べたおやつがどこに入ったか、よくわからない状態だったのだ。
「ふぅ。一人でゆっくりおやつ、すばらしい」
「どうした?」
しみじみ言うシルヴァンに、思わず吹き出しそうになりながら、確認するアマーリエ。
「余ったおやつを誰が食べるか、手遊びで決めたから、ハードモードだったの」
みんなで仲良く分けるのか、それとも優勝者が独占するかを子どもたち自身で決め、今回は競争することになったのだ。
おやつが懸かった手遊びは、シルヴァンの前世今生史上、究極の戦いであったという。
「みんな、身体強化スキルとか、しゅんびん値や器用値、律動感があがるとか。手遊びやってなんでなるのー!おかしいんだよ。ぶー」
作業台に突っ伏し、理不尽を嘆くシルヴァン。子どもたちはかなり真剣に遊んだようだ。
「そ、そりゃ、ハードだったね。お疲れ様」
子どもの頃、手遊びでウィルヘルムを身体強化して泣かせた(もっと言うと、おやつを賭けてまきあげた)前科のあるアマーリエは、笑ってごまかすしかなかった。
「アマーリエ!居るか!」
表から、ヴァレーリオの訪いの声が聞こえ、慌てて迎えに出るアマーリエ。
「はーい!居ます!なんかありましたか?」
「……あった」
「あれ?魔女様方も?ネスキオさんも来たんだ」
「僕、今回、留守番拒否したの!夕食、食べて帰るからね!」
「はあ」
「芋っ娘、あんた子どもたちにぃ、何、教えたのぉ?」
「スキルの確認に親子で数組、来たんだよ。普通、スキル確認しに、そんなにしょっちゅう来るもんじゃないんだよ」
座った目で聞いてくる南の魔女と西の魔女に、アマーリエは、首を傾げつつ答える。
「何って、手遊びですよ?暇つぶしみたいなもんです。あ!なんかスキル獲得したとかレベル上がったとかですか?シルヴァンがブーブー文句言ってましたよ」
「「「やっぱりか……」」」
村の子供達、シルヴァンと黒紅と遊ぶようになって、隠形スキルを生えさせたり、器用値や筋力値、応用力などを伸ばしまくっているのだ。
おかげで、ヴァレーリオはスキル鑑定の機会が増えすぎ状態になっている。
「そりゃ、シルヴァンや黒紅ちゃんと遊ぼうと思ったら、自分のレベル上げないと無理だと思うんですよねー」
「「「……そっちか」」」
「高位者との行動って、下位者の能力引きずりあげることは普通にありますよね?」
「それはな」
「あるな」
「子どもたちも本気で遊んでますから、伸びやすいと思いますし」
「うむ」
「そうよねぇ。かくれんぼも本気で遊ばれたわぁ」
夏に、子どもたちとかくれんぼして、翻弄された南の魔女は、すごく実感がこもっていた。
「騎士や冒険者達も、漆黒様達とこの一夏の訓練で、レベルを上げたからな。否定はできん」
「生きていく上で必要な底上げですし、問題ないと思うんですよねー」
「「「……」」」
「お腹すいた!」
「ぐぅうううううう」
ここでアマーリエに言いくるめられていいのかどうかで悩む三人をよそに、ネスキオとその腹が自己主張する。
「……鍋ですけど、食べていくんですよね?」
「温まるな」
「ここまで来たんだしねぇ」
「お邪魔しますー。あ!シルヴァンちゃん、何食べてるの!」
遠慮なく厨房に突入するネスキオ。
「ぐふっ。ネスにーちゃん、いらっしゃい。おからドーナツだよ」
「ドーナツ?僕も食べる!」
シルヴァンに視線で問われ、片手を振って許可するアマーリエ。
「神殿長様、魔女様達も食べるー?」
シルヴァンが確認する。
「夕食前じゃからな」
首をひねるヴァレーリオに西の魔女が、三等分して食べようという。
「ホットミルクでいい?」
シルヴァンが、ユグの村から送ってもらった牛乳を木のカップに注ぎ、温泉村のはちみつを入れて、生活魔法で温める。
「いと小さき炎!」
「「「小器用さがまた上がって……」」」
そんなシルヴァンを見て、ちょっとため息をつく高齢者達。
「生活魔法って、使ってなんぼですもん」
「そりゃ、どんな魔法も使って洗練させるんだがね……魔狼が生活魔法を小器用に使うとか……」
「テイマーが見たらぁ、泣いちゃいそぅ」
アマーリエの言い分に、西の魔女が、自分の今までの常識を破壊され、カックリとうなだれ、南の魔女は肩をすくめお手上げポーズだ。
「できたー!はい!どうぞ!おいしいよー」
なんだかんだいいつつも、いい笑顔のシルヴァンから、カップとおからドーナツを渡され、美味しいものでごまかされた、ヴァレーリオと魔女たちであった。
「ドーナツおかわり!」
「ネスにーちゃん、夕食、はいらなくなるよ」
「うっ」
「夕食の後のデザートね!」
「わかったー」
シルヴァンに諭されるネスキオを見て、苦笑するアマーリエ達。
一服した南の魔女とアマーリエは、湯豆腐の準備をし、西の魔女、ヴァレーリオとネスキオはシルヴァンと二階に上がる。
「むふー。あそぼー」
そう言って、シルヴァンは、いそいそと紙と鉛筆を出してくる。
「お絵かきするの?」
紙と鉛筆を見て、ネスキオが首を傾げる。
「ちがーう。五目並べするのー」
「ゴモクナラベ?」
シルヴァンは、紙に方眼を描いて、五目並べを三人に教える。アマーリエに、遊んでもらってハマったのだ。アマーリエが忙しいと、相手が居ないため、遊び相手を確保するために、目の前の三人を選んだシルヴァンだった。
ただ、ルールなしの五目並べは先手必勝になる。そのため禁じ手があるのだが、初心者のため、あえてシルヴァンにはそのことをアマーリエは教えていない。後手で勝ってるうちはいいかという判断だ。
先手必勝になるとわかるレベルになったら、連珠にするか三人でするか、六目並べにするか、ルールを変えるつもりで居る、アマーリエだった。




