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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第34章 冬の始まり
153/175

本日二話分投稿です。

 さて、再度、依頼遂行のために神聖の森を訪れた西の魔女。今度は無事にシルヴァンを大神に引き渡し、シルヴァンには、くれぐれも大泣きしないように言いつけ、大神には何かあったら迎えに来るからと約束して村に戻った。

「さて、シルヴァン。修行だが……」

「はい!」

 大神の言葉に、シルヴァンが元気よく返事する。

「わたしは、いつの間にか神狼になっていたから、修行をつけろと言われてもどうすればいいか、正直わからない」

「あれ?(やっぱ、神様、食い物のうらみ?)」

「どうしたものか?」

 首を傾ける大神の美しさに、見惚れるシルヴァン。

「(って、見惚れてる場合じゃない!)えーっと、じゃあ!ししょうとぼくとで、しんぼくかい!」

「シンボクカイ?」

「なかよしになろうねって、いっしょにごはん食べるの!」

「食べる?魔狼なのにか?」

「リエちゃんのごはんおいしいよ!ししょうのおうちに行こう!」

「ふむ」

 そう頷いて、神狼は狼の姿形に戻る。

「ほーわー、きれー。かっこいいー!ししょう!」

 象並に大きな銀の狼に、ポスっと抱きつきに行くシルヴァン。

「はぅ、もふもふー」

『これ、シルヴァン、背に乗れ』

 手放しで褒められ、心底懐かれ、大神は今まで経験したことのない気持ちを味わう。

「はーい!」

 風魔法を使って、大神の背に埋もれるシルヴァン。

『良いか?行くぞ』

 ふわりと風魔法で森の上に浮き、のっけからトップスピードで空を切って駆ける大神に、シルヴァン、スピード狂のケが出る。

「ひゃっはー!さいこう!ゆめがかなったぜー!」

『シルヴァン!しっかりつかまっておれよ!」

「はーい!きゃっはー」

 大喜びのシルヴァンを背に感じ、なんとなく楽しい気分になり、少し遠回りして、すみかに戻った大神であった。

『ここだ』

「わー、りっぱな穴ぐらだ。ダンジョンのぬしの住んでるところより緑が多いー」

 大きな岩穴の上には、割れ目から生えたのであろう大木が青々と茂っている。その根は、岩穴を覆うようにはびこり、ところどころ苔むしている。木漏れ日と戯れるように蝶が舞う。

「ファンタジーだぁ」

「ファンタジー?」

「え、あ、げんそうてきだなって」

「ふむ。現し世とは程遠いだろうな」

「れ?いつ人型に?」

「おまえが、景色に見蕩れていたからな」

「ああ。ししょう、服どこにしまってるの?」

「亜空にしまう場所を作るのだが?」

「どうやって?」

「こうだ」

 そう言って大神はやってみせたが、シルヴァンにはとんと理解が及ばなかった。

「……あくうにしまうところをつくる!しゅぎょうのもくひょう!」

「そうだな」

「ししょう!お腹がへってはしゅぎょうができません!ごはんにしよう!」

「ふむ」

 シルヴァンはいそいそと自分のアイテムバッグから、敷布を出し、食べる物や飲み物を取り出していく。

「ししょう、魔ろうになる前はやっぱりお肉?」

「……はるか昔のことだな」

「んじゃ!まずはリエちゃん特製!ミノタウルスのもも肉のタタキを挟んだライ麦パンのサンドイッチ!ソースはわさびじょうゆ!ちょっとツンとするよ」

 ライ麦パンの間には、これでもか!というぐらい薄切りされたタタキ肉が挟まれてる。ちなみにミノタウルスは、漆黒によって狩られたものだ。

 それを大神に手渡すシルヴァン。わさびにむせた時用に、水も用意する。

「いただきます!」

「いただきます?」

 シルヴァンの勢いにつられる大神。

「んっふー」

「!」

 肉の旨味とわさびのツンとした辛味が口の中に広がる。目を瞬かせて、その味に感じ入る大神。

 食べきると、シルヴァンがわんこそばのように、アマーリエといっしょに用意した料理を渡していく。もちろん自分も食べながらだが。

「この塩あげどりもおいしいでしょ!」

「……フム、これが美味いということか……」

 ただの狼であったころも、神狼となった今も、ただ腹が空くから満たすため、何かを内に取り込んできただけの大神。

 それだけではない、なにかに心が満たされたような気がして、じっとそれを与えた小さな子どもを見つめる。

「どうしたの?」

「……わからない。ただ、なんとなく満たされた気分になった」

「ほわー」

 ニッコリ笑う大神に、色々もっていかれるシルヴァン。

「はぁ、ししょーみながらごはん、しあわせー」

「!」

 デレデレになるシルヴァンに、大神が首を傾げかけるも、キッと硬い表情になって視線をシルヴァンの後ろに向ける。

「大神!あなたの毛皮、貰い受けに来ましたよ」

「にゃっ!?」

「……」

「あんちゃんのぶかなのにー、あんちゃんよりえらそうな、りょくしょうさんだー!」

 殺気立つ大神をよそに、本音ダダ漏れのまま、見知った顔に声をかけるシルヴァン。声をかけられた方は、首を傾げて声のした方に視線をやる。全然、意識に入ってなかったようだ。

「……あなた、なぜ此処に?」

「しゅぎょう!」

「修行?大神と?」

 首をさらにかしげる緑青に、シルヴァンが意気揚々と経緯を話す。話を聞かされた緑青の方は、無の心地であったが。

「そうですか。では、大神の皮をはぐのはまずいですね」

「うえッ!?」

「辰砂の出産祝いにと思ったのですが……」

「ししょうに手をだしたら、ぼくが許さないー」

「ホー、一丁前なことを言いますね」

 緑青はそう言うと、スタスタとシルヴァンに近づき、デコピンをする。

「あにゃっ!?」

「!」

「ベニちゃんにナイコトナイコト言いつけてやるー、うおーん!ししょうー」

 泣くふりをして、大神にしがみつくシルヴァン。抱きつかれた方は、今まで経験したことのない状況に判断が追いつかず、目をパチクリとさせているだけである。

「なッ!?あなた、何を言うつもりです?」

「んーっと?こどものころおねしょしてた!」

 緑青に聞かれて、大神にしがみついたまま首を傾げ、いいこと思いついたとばかり言い放つシルヴァン。

「なんですって!?あるわけ無いでしょうが!」

「あーやーしーいー。言ってやろー」

 緑青のかすかな動揺を見逃さず、シルヴァンはニヤーっと意地悪い笑みを浮かべて言う。

「ちょっと、大神!それ貸しなさい」

 緑青に言われ、思わずシルヴァンを抱きしめ、ジロッっとにらみかえした大神。

「それに、躾が必要なのです!あなたも師匠なら、しっかり躾けなさい!」

「躾が必要なのは、あんたのほうじゃないのか、古代竜?私は弟子を守るぞ」

「やるんですか?」

 緊迫感がみなぎる神聖の森。

「『リエちゃーん!』」

 そこにタイミングが良いんだか悪いんだか、シルヴァンを心配したアマーリエから念話が入る。

「『聞いて!リエちゃん!ししょう、すっごくイケメンなのー!……そう!でねーりょくしょうさんもいるの!……なんでって?なんかね、しんしゃさんのーしゅっさんいわいをさがしにきたみたいー。ししょうの皮が欲しいっていうんだよ!ひどいでしょー!でね!りょくしょうさんたら!子どものころにー……』」

「そこまでです!あなたは何をくっちゃべってるんです!」

 念話なのに脳内で会話を済ませず、全部だだ漏れになっているシルヴァン。

 緑青の方は無理やり大神からシルヴァンを奪い取ってシルヴァンの口をふさぐも、おねしょの事実はアマーリエに伝わってしまう。念話ですから。

 アマーリエの方は、知らなければよかった事実に頭を抱える羽目になる。

「ムゴー」

 緑青の手が大きいため、鼻までしっかり塞がれてるシルヴァンをみて、慌てて大神がシルヴァンを取り返す。

「……パン屋の娘の口封じ?」

 うつろな目をして、ぼそっとこぼす緑青にシルヴァンが慌て始める。その時、アマーリエの方は何かを感じ身震いしていた。

「チョッ!?りょくしょうさん!?まだ、おねしょしたって言えなかったし!」

「本当ですか?」

「ほんとだよ!言ってない!それよりしんしゃさんのしゅっさんいわい!決めなきゃでしょ!」

「……そうでした」

「ベニちゃん、卵のおくるみをじぶんで作るんだって!」

「卵のおくるみ?自作するんですか?あの黒紅が?」

「うん!素材もじぶん一人でとってくるって、すごくがんばってるんだよ!」

「む、負けるわけにはいきませんね」

 その場で何やら考え始める緑青。

「べにちゃん?しんしゃさん?りえちゃん?」

 大神が、シルヴァンから出た名前らしきものを漏らして首を傾げる。シルヴァンは、それを聞いて説明を始める。

「ベニちゃんはね!こだいりゅうの女の子で、リエちゃんをしゅごしてるのー!しんしゃさんはー、ベニちゃんのお母さんで、しっこくさんの奥さんなの!」

「漆黒の(つがい)がしんしゃ?」

「ししょう、しっこくさん知ってるー?」

「ああ。昔一度戦ったことがある。引き分けた。漆黒、いつの間に娘まで?」

「おおー!ししょうすごい!」

「それでリエちゃんとやらは、食事を用意した人間だな?」

「そう!いっしょに、住んでるの!毎日おいしいごはん作ってくれるし!パンを焼くのが上手なのー!あっ!そうだ、りょくしょうさん!」

「なんです?いきなり」

「リエちゃんから、おいしいりょうりを教えてもらって、しんしゃさんにごちそうしたら?」

「それは無理ですね」

「え、なんで?」

 シルヴァンの提案を、一刀両断する緑青。

「漆黒の番ですから」

「えーっと、もしかして、ごはんたべさせるのってあいしてるーって言ってるのと同じ?」

 シルヴァンは前世のファンタジー要素(おやくそく)をほじくり返して確認する。

「そのとおりです」

 即答した緑青。古代竜の給餌行動は求愛行動と同じであるようだった。

「そっかぁ」

「シルヴァンはリエちゃんの番なのか?」

 食事を用意したアマーリエの行動を、古代竜に当てはめて確認する大神。

「えー!?ちがうよー、んとね、おねえちゃん、みたいなもの!お母さんはーベルンさん!お父さんはーダリウスさん!でー、グレ兄ちゃんやバート兄貴にー」

「リエちゃんとやらと番えば、私も今日のように満たされるのか?」

「はい?」

 大神がポツリと漏らした声を、聞き取ったのは緑青。シルヴァンは、一生懸命、出会った人との関係性を口にしているが放置プレイである。

「マリねぇは怖いしー、ファルちゃんはお菓子の取り合いするしー、ダフネねーちゃんとは、オニゴッコしてー……」

「シルヴァン、そなたの姉のもとに行くぞ!」

「え?リエちゃんに会うの?いいよー!」

「ちょっと、大神?あなたなにを……」

 大神、獣化するとシルヴァンを咥え、ひとっ飛びにアルバン村を目指した。ぽつねんと、取り残される緑青。

「……まあ、いいです。パン屋の娘に春が来れば、あのボンクラも動くでしょうよ」

 そうつぶやいて、辰砂の出産祝い探しに戻った緑青であった。

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