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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第34章 冬の始まり
152/175

 翌々日、出立準備の整ったシルヴァンは、朝早くアルバン村の門の前で、村の衆に見送られる。

「シルヴァン、お師匠様の言うことをよく聞くんだよ?」

「うん、おばちゃん、わかった!」

 ギュッと抱きしめてくれる村の婦人に、抱きつき返すシルヴァン。

「シルヴァン、ほれ、餞別だ。怪我した時に使え、ポーションだ」

「おじちゃん、ありがとう!」

 薬師から手渡されたポーションを大事そうに鞄にしまい、シルヴァンは薬師の脚に抱きつく。薬師の方はそんなシルヴァンの頭を撫ぜて、目をうるませる。

 村の人達にギュッと抱きしめられて別れを惜しまれた後、シルヴァンは、西の魔女の転移魔法で神聖の森にあっという間にたどり着く。

「もう、ついた?」

「ああ、ついたよ」

「早いねー。あのかんどーの別れが消化できない。旅のこうていってだいじなんだね」

 自分の中の気持ちの切り替えが出来ず、悟ったことをつぶやくシルヴァンに、西の魔女が笑う。

「フフ。パン屋の娘が攫われかけたおかげで、転移魔法が完成したようなものだ。魔力の量次第で、遠くても、あっという間に行きたい場所に行けるようになるよ。お前も、しっかり修行して、魔力の量を増やすことだ。器はそれなりにでかいんだから」

「もっとふやせるの?」

「ああ、お前さんはまだ、器に半分も魔力が溜まっちゃいないからね」

「ほー」

 初めて他人から、自分の魔力量を言われ、ちょっと感動したシルヴァンであった。

「さ、少し歩くよ。森の周囲には神聖結界が張ってあるから、いきなり中には転移できないのさ」

「はい!」

 西の魔女に手を引かれて、こんもり青く見える森の方に近づいていくシルヴァン。

「ここが神聖の森の入口の一つだが……連絡してあったようだな」

 森の入口に立つ人影を見て、少し胸をなでおろす西の魔女。広大な神聖の森の中を、神狼を訪ね歩くことにならずにすんだからだ。

「あの人?すごい、魔力!しっこくさんなみ?」

「ああ、そうだな。ほら行くぞ」

 西の魔女は、的確に相手の魔力を計るシルヴァンに感心しながら、シルヴァンの手を引いて、人影に近づいていく。

「ほわー!ちょーイケメーン!アリッサちゃんがくれた、紅茶のアメみたいなきれいなお目々!ミルチェおばあちゃんがつむぐ、リュシャグモの糸みたいにきれいなかみ!ガラスやのおじちゃんがけずりだしたみたいにととのった顔だち!フェラーリ親方がうった剣みたいに、りんとしたたたずまい!すごーい!かっこいい!ほれてしまうやろー!」

 人影は、シルヴァンのイケメンセンサーに引っかかったようである。

「こ、これ、シルヴァン!師匠に対して行儀よく」

 怒涛の勢いで思ったままを口に出すシルヴァンに、西の魔女のほうが慌て始める。

「あ、はい!はじめまして!モルシェンパン屋のいそうろう、魔ろうでシルヴァンといいます!このたびは、しゅぎょうよろしくおねがいします!」

「わたしは、神聖の森の大神だ。よく励めよ。ところで、西の魔女、その子どもが言っているのはどういうことだ?」

「……率直に言えば、大好きだということだな。これが好きな物に例えて褒めてるわけだから」

 聞かれた西の魔女は、どう翻訳したもんか悩んだ末、超意訳をやってのけた。

 もう少し意思疎通のはかれる褒め言葉で並べるのなら、朱金の瞳に、銀を紡いで糸のようにしなやかな髪、ガラスのような透明感と硬質感があるバランスの整った造形の顔、一振りの刀のような凛とした立ち姿の男前と言ったところである。

「なるほど、好きか……。よくわからんな」

「ししょう、だっこ!」

 いきなり言われ、戸惑いつつもシルヴァンを抱き上げる大神。そもそも、神狼クラスになると、魔狼のほうが近づいてくるようなことは絶対ないからだ。

 腕の中の子から香る甘い香りと古代竜の匂いに首をかしげる大神。

「ぼくも、しんろうになったら、イケメンになる?」

「西の魔女、イケメンとは何だ?」

「ああ、美男子のことだそうだが……」

 聞かれた方は、シルヴァンをしばし見て、率直に答えた。

「「……無理だろう」」

 シルヴァン、将来のモテモテ構想が、瓦解した瞬間であった。

「オ、オオオオオオゥ」

 大神は、腕の中で大泣きし始めたシルヴァンに目を見開き、どうしたらいいかと西の魔女の方に視線を向ける。

「こ、これ!シルヴァン!泣き止まぬか!」

 一向に泣き止まぬシルヴァンに、ほとほと弱る西の魔女と大神。

「神狼よ。すまぬが一度、村につれて戻る」

「うむ」

 大神からシルヴァンを抱き取り、慌てて転移魔法で村に戻った西の魔女であった。



「あれ!西の魔女様おかえりなさーい、って、え?シ……」

「モリスただいま!後でな!」

「オオオオウ」

「シルヴァン……?」

 ぽかんと口のあいたモリスを放置し、再度、パン屋まで転移魔法を展開する西の魔女。

「パン屋の娘!受け取れ!」

「あ、西の魔女様、お、おわわわ」

 店に入ってきた西の魔女にお帰りなさいと挨拶しそこね、放り投げられた泣きべそシルヴァンを、身体強化して抱きとめるアマーリエ。

「「「「え?シルヴァン?」」」」

 店にいた従業員もお客も、目がまんまるである。今朝早く、感動とまではいかないが、それなりに叙情的な別れをしたばっかりだからだ。

 西の魔女が忸怩たる思いを顔ににじませ、事の経緯を説明する。

「……この歳で、初の依頼不達成!やんぬるかな!」

 歳のせいか、はたまた動揺したせいか、古語まで飛び出る西の魔女。

 店の中にいた者は、口を押さえて慌てて店の外に出たり、庭に出る。そしてそのまま、このあとフォローするアマーリエとシルヴァンを慮って、必死に声を抑えて笑い始める。

「……みんなずるいなぁ」

 本当は、一緒に笑いたいアマーリエ。

 しかし、ここで笑うとシルヴァンが拗ねてややこしくなるため、絶対に笑うわけにはいかないのだ。我慢のせいで、腹筋がねじ切れそうである。

「オウオウオウ」

「シルヴァン?」

 腕の中のシルヴァンを、揺すってあやしながら声をかけるアマーリエ。

「ビズっ、うう、りえたん?」

「シルヴァンさ、かっこいいよ?お店手伝ってくれたり、依頼ちゃんと達成して、みんなに喜んでもらったり。男前だよ?」

「ウグッ、でも……」

「シルヴァン!ギャップ萌えだよ!」

「ズズーッ。ギャップ萌え……」

 泣き止み、考え始めたのを見て、次を叩き込みに入るアマーリエ。

「あんまりイケてない男の子が、ここぞって時に男前な行動したら、萌えるじゃん!イケメンなのに残念行動してみ?マイナスギャップになるでしょ?大丈夫!シルヴァン、みんなにモテモテじゃん!」

「モテモテ?」

「ああ、シルヴァンは村のみんなにモテモテだな」

 西の魔女もここぞと援護射撃する。

「モテモテ!」

 シルヴァンの機嫌が治ったところで、西の魔女とアマーリエは視線を交わし、手早くシルヴァンの受け渡しを行う。

「では!改めて行ってくる!」

 長居は無用と西の魔女、さっさと店を出て、村の中の移動に転移陣を展開させ始める。

「シルヴァン!修行頑張るのよ!男前でしょ!」

「頑張ってな!」

「頑張れよー」

 顔のひきつる皆に応援されて、神聖の森に向かったシルヴァンであった。見送った人々が、頬をピクピクさせながら店の中に戻ってくる。

「みんなして逃げるとか、ずるいですよ!」

 戻ってきた人達を見て、文句を言いつつも、吹き出しそうなアマーリエ。村の衆とにらみ合うが、口元は完全に笑うのをこらえて歪んでいる。

「「「「いやー、プッ、ブフッ、ブハハハハハ」」」」

 村の衆も、我慢しきれなかった分だけ、笑い声が大きくなる。

「ハー、村の子も見習いに出て、泣いて帰ってくることはあるが……」

「グフッ、そうそう、あれが出来なかったーって、ブフッ」

「親方に叱られたとかな、グフフ」

 そこでみんな堪えるように間があくが、お互いに見合ってその言葉を吐き出す。

「「「イケメンになれないからって!」」」

「「「「「ブハハハハハハ」」」」」」

「ヒーッ、ぶれないな、シルヴァンは」

「モテモテって!」

「西の魔女様えらい目にあったな!」

「はぁ、おかしい……」

 そのまま暫く笑いの続く店の中。新たに来た客は、何がそんなに面白いのか尋ねて、笑いの渦に引き込まれる事になる。なんだかんだ、正午の鐘が鳴るまで、パン屋から笑い声が絶えることがなかったのだ。

「そういや、黒紅様は?」

 いつもシルヴァンと一緒にいるはずの黒紅が見当たらず、相棒が居なくてしょげてるのかと村の人がアマーリエに尋ねる。

「あれ?ミルチェおばあちゃんから聞いてない?」

「糸紡ぎのおばばからか?」

「そうですよ。噂早いのに珍しい。黒紅ちゃんなら、生まれてくる卵用のおくるみ作るって、村一の職人のところに順番に弟子入りすることになったんだよ、住み込みで。でも、今は確か、素材獲ってくるとかで、ダンジョンに潜ってるんじゃないかな」

 黒紅から、生まれてくる弟妹(まだどっちか不明)のためになにかしたいと言われ、思い浮かんだのが前世のゆで卵カバーだったアマーリエ。

 それってどうなんだというツッコミがでそうだが、口に出したのはおくるみだったのでセーフとしたい。

「「「「なんとま」」」」

「世界一のおくるみ作るんだってさ」

 黒紅が、職人にそう言ったせいで、職人も本気になってしまい、最高の素材を獲ってこられるんだから獲ってこいやという話になったのだ。

 ちなみに、職人はまず糸の素材を作る人、糸を紡ぐ人、布を織る人、染める人、型を決める人、縫う人とかなり細かに分業されているのだ。

 アマーリエは、衣料系の知恵者が現れなかったのか、生きる方に必死でそこに余裕を割けなかったかだろうなと判断している。いずれ誰かが紡績機械や織機を作るんだろうなーとぼやっと考えている。

「「「「ほー、で?」」」」

「で?」

「いや、何の素材を取りに行ったのかと」

「さあ?わたし、ダンジョンの衣料素材なんて全然知らないですし」

 興味が向くか必要に迫られるかしないと、エネルギーをよそに向けないのがアマーリエである。この世界機能性ブラもスキャンティーなパンツもないが、アマーリエ、欠片も気にしなかったのだ。前世でそういう時代(乳バンドな頃)もちょっぴり生きていたので。

「あ、そうか。パン屋さん、食い気一筋だったな」

「聞いたわたしらが悪かった」

 目だけ笑ってる、真顔のふりで謝る村の衆に、売られた喧嘩は買いますよと顔に出すアマーリエ。

「ええ、食い気だけなんで。美味しいものは、ホントは一人でこっそり食べたいんですよね!」

「「「!?」」」

「みんな留守だし!一人で美味しいもん食べてやんぞー!」

「チョッ!?パン屋さん!?」

「アマーリエさん、私なんにも言ってない!」

「こら!ブリギッテ!抜け駆けすんな!」

 ワイワイ、新たな美味しいものについて大騒ぎになる村の衆であった。






今年は、コロナのせいで家に居る小さな子も多いのか、保育園に行きたくないと泣き叫ぶ子をみてないのよ。(自分も外に出てないし)

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― 新着の感想 ―
[一言] 西の魔女、リエちゃんナイスフォロ。 どうなりますか。 餌付けされて早々に一緒に帰ってくると見た。
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