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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第3章 パン屋さんの朝は早いのです
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 高級宿屋をでたアマーリエは、満天の星空を見上げる。

「スモッグがないし地上の星もないから、どこの空も星がいっぱいだ。月明かりで十分歩けるや。しかし、こんな日が落ちてから外を一人で歩くのってこっちで生まれてから初めてかも」

 皆が顔見知りの村の中で何か起こすアホが居ないため、アマーリエが独り歩きしても問題ないのだ。

「こんばんは~」

 考え事をしながら広場まで来たアマーリエが、目の端をよぎった人影に声をかける。しかし、人の気配はない。思わず周りを見渡して確認するアマーリエ。

「……ん?気のせいか?ずっと、誰かが側に居たからなぁ。あーあ、久しぶりに一人かぁ。あ、シルヴァン戻ってきたらどうしよ?」

 アマーリエはシルヴァンを家の中で飼うか、外に小屋建てて飼うかか悩みながら、パン屋にたどり着く。

「……まだ寝るには早いかな。最後の村でもらった小豆であんこ作るか」

 二階に上がって、アイテムボックスから小豆の袋を取り出して厨房に入る。

「水で洗って、まずは一回茹でてっと」

 生活魔法で水を出して、小豆を洗い、その水を消す。鍋に小豆を入れてさらに水を出して火にかける。

「う~ん。ダンジョンにもち米もあるのかな?」

 アマーリエは厨房の台に帳面を広げ、やることや疑問を書き出していく。鍋の様子を時々見ながら、今後の優先順位を決め、ある程度の余裕を持たせて店の運営計画と実生活の方の計画をたてる。

「最初に茹でるのはこれぐらいかな」

 鍋の湯を消して、鍋の中の小豆をさっと水で洗いまた水を消す。鍋のみ浄化をかけて、鍋の縁についた豆のアクを取り新たな水をたっぷりいれて火にかける。相変わらず小器用な生活魔法の使い方をするアマーリエだった。

「ムフフ、あんこ~。どら焼きも作ろうかな?」

 沸騰した後は、弱火に落として水が減り始めて豆が出るようになるとさし水をしながら豆を煮上げる。

「どれよさそうかな?」

 箸で豆を摘んで感触を試す。

「善き哉善き哉♫」

 お湯を消し、必要な砂糖を三回に分けて弱火で煮はじめる。熱で豆から水分が蒸発していくのだが、焦げないように好みの硬さにするためここからは鍋から目を離せない。

「水飴を練り込んでっと、塩は隠し味程度」

 前世では時々塩が隠し味になってないあんこも多々あって、これじゃないんだよなっと思う事もあったアマーリエ。

「あんこに塩ってわかるほど入れるって納得がいかないのよね、私としては」

 好みは様々なので否定するのは気が引け、出されたら食べてはいたが、なるべく出されないようタイミングを外す努力はしていた。そのあたりが日本人だよなぁとしみじみ思うアマーリエ。

 海外に修行に出てはっきり好みを口に出す人の多さに、そして味になれると前言を翻す態度に、だからくだらない喧嘩が減らないんだよと内心で呆れていたものだった。もちろん前言を翻すのが多いタイプは言葉を知らない、もしくは使い方が下手だと思ったので、不味いじゃなくて、初めて食べる味だって言えと諭したのも懐かしい記憶だ。味覚と言うものがどういうものか教えて、味の幅を広げさせたこともある。

「それを思うと、領都の人は新しい味に貪欲だよな。はじめての味でも何度か試すしなぁ」

 領主一族もそこに雇われている料理人もちょくちょくモルシェンのパン屋へ通ってきていたから、上がああなら下も習うのかなとアマーリエは思う。実際の所は食べるものを選り好みしていたら、飢えてしまうという経験があったせいなのだが。

「うっし、いいあんこ!一晩寝かすか」

 火を消してそのままコンロに鍋をおいて二階に上って、寝間着に着替える。

「明日もいい天気そうだし、厨房の魔道具類を試したら村のお店探検でもするかな……シルヴァンすら居ないってホント静かだわ。アルギスさんに貸しいっぱい付けてやるんだ」

 そうぼやいて、ベッドに潜り込んで三秒で寝付くアマーリエ。羨ましいほどの寝付きの良さである。



 村の雀がまだいびきをかいている頃。

「……パン焼くぜー」

 ムクリと寝床から起き上がったアマーリエ、寝起きがいいのも持ち味である。

「静かだ」

 着替え終わると髪を三つ編みにしてからひっつめ、三角巾とエプロンを着ける。なんだかんだ、旅の間は銀の鷹もいたし最後の二日はゲオルグ達もいて賑やかな旅路だった。

「はぁ、久しぶりに一人だ。前世含めて何十年ぶりだろうか」

 カーテンを開ければ、まだ朝焼けすらせず宵の星が瞬いている。ベッドを整え、アイテムリュックを背負って部屋を出たところであることを思い出す。

「あ、上に置いてるアイテムボックスにローレンで買った米入れっぱなしだ。どうしよ?まっいいか、あれは個人用だしな。あとはマチェット村とホーゲル村の小麦を一度買ってみなきゃね。これは明日の朝市の時に聞けばいいか。さてと粉を持ってこなきゃ」

 魔法光をともし、地下へ向かう。身体強化してから粉が入っているアイテムボックスを開け、種類別に分けてある粉の大袋を引っ張り出す。その後、小分け用の袋と粉スコップも取り出し必要な粉を入れてリュックにしまっていく。

「うーん。上にアイテムボックス置くスペースがあったら良かったのになぁ。やっぱ建て増しかねぇ。しゃぁない、後でそこは考えよ」

 実家のパン屋は厨房の奥に倉庫があって、材料や冷蔵庫代わり(熟成させる必要がある物を入れる)を置いていたのだ。

 小麦粉の大袋と粉スコップをしまうと、さらに隣のアイテムボックスから卵を取り出し、リュックに詰めていく。

「限界まで拡張したからかなり入るな、このリュック。まだいける」

 バターにミルク、砂糖に酵母と次々必要なものを放り込む。最初の三ヶ月分に必要だろうという材料を実家で用意し、領主の好意で送ってもらったのだ。

「後は揚げ物用の油っと。ジャガイモも入れとくか。ありがたいねぇ。最初は送ってもらったものを片付けるとこからのつもりでいたから全部キレイに整えてもらえて、すごく助かったよ。ダールさんに手伝ってくれた人用のお菓子でも送っとこ」

 ふんふんと鼻歌を歌いながらリュックを担ぎ、厨房へ戻る。厨房全体に浄化魔法をかけた後、台の上に材料を並べ、道具を準備する。

「まずは試し焼き用かな」

 リーン系のパンの材料を用意する。

「セルガの小麦にイースト、大麦糖(モルトエキス)、塩に水と」

 まとめた生地をボールに入れ濡れふきんを掛けて第一次発酵させる。

 アマーリエは次のパンの粉を用意する。

「フライヤーの様子も見るからあんドーナツ!」

 リッチ系になる揚げパンの生地の材料を用意し、ミキサーに放り込む。様子を見ながら生地が仕上がったので取り出し、生地をまとめてボールに入れ第一次発酵させる。

「次は~、バターロールの生地を作るか」

 せっせと作業を熟し、ベンチタイムを取って、二次発酵まで移っていく。オーブンの予熱を始め、今度はカスタードクリームを作り始める。

「さて、予熱も大丈夫っと。まずはオーブンの把握のためにこの試し焼き用から」

 拳の半分ぐらいに丸めて二次発酵させた生地をガス抜きしてさらに丸めて天板に並べていく。オーブンに入れ、最初スチーム焼成し、その後オーブン焼成する。

 オーブンと焜炉の前を行ったり来たりしつつ、次のパンの成形を始め、カスタードをバットに流して冷却魔法をかける。

「ああ、一人でやるって大変かも~。でも弟子なんて取ってる場合じゃないし。はぁ、オーブンの方はどうよ」

 焼き上がりを確認して、天板を順に取り出し冷却棚に並べる。

「おお、かなりいいオーブンね。どの棚も焼きムラもないし、焼き上がりに差がないわ。さすが!おっちゃん達!いい仕事してるね!」

 その後、次々と色んなパンの生地を作っては焼いてを繰り返し、フライヤーであんドーナッツを作った後は、いったん台と道具をきれいにして整頓する。

「自分のご飯も自分で作んなきゃなんだよなぁ。三人で回してたから回ってたけど、家の方大丈夫かな?お父さんとお母さん、弟子を雇うって言ってたけど回るかなぁ?」

 ブツブツ言いながら、自宅用にクラムチャウダーを作り置きすることに決めたアマーリエ。

「今日はこのまま、パンの作り置きとシルヴァンと私の食べるものの作り置きを作ろう。どうせ、白の日で他の店も休みだろうし。ふぅ、本気でアイテムボックスがあってよかったよ。焼きたてのまま保存ができる!一週間の段取り考えてどう熟していくか決めないと。最初から無理はできないしな。あー売り子さんも雇ったほうがいいかな。色々やりたいけど、まずは一歩ずつだぁ」

 アマーリエは鍋を見つめながら、やることの多さにため息を吐いた。

「……マッシュポテトも作るか。他の野菜も茹でるだけ茹でといてアイテムボックスで保存すれば腐る心配はまずないしな。アイテムボックスまじ神様!よし、出してこようっと」

 アマーリエは地下へ野菜類を取りに降り、せっせとリュックに野菜を詰め込み始める。

「あーあ、醤油があったら煮物も作れんだけどな。頑張って魚醤だし。あー醤油と味噌まじ欲しい。もうこっそり麹室作るしか無いのか?」

 アマーリエはじっと地下を見回すが、転送陣が邪魔をしてそんなスペースが無い。

「……なんでここまででかいもん作るかね?ちょっとずつ送ってくれれば問題なかったろうに。ダールさんてどんと構えてるようにみえてせっかちな所あるからなぁ。絶対まとめて送れる大きさの魔法陣にしたなぁ。そもそも私これ、使えるのかね?」

 ブツブツ言いながら厨房に戻るアマーリエ。

「さてどんどん茹でるぜ」

 コンロ火口四つに鍋を大小用意して水と塩を入れて火にかけ沸騰させ、丸ごと茹でるものから鍋にそれぞれいれていく。その間に切る物は皮を剥いて切り、ザルに分けていれていく。

「ブロッコリーの茎と人参をさいの目に切って一緒に茹でて、マッシュポテトの半分に混ぜるか。カツオのサクがあるな。どうしよ。鰹節にするつもりだけど一個ぐらいほぐし身にしてもいいか」

 茹で上がったほうれん草を取り出し、一口大に切って水切りしてガラス瓶に詰めていく。リュックからカツオのサクを取り出し皿に置く。表面に塩を振りしばらく置いておく。

「あー、ラップが欲しい。こっちの魔道具屋さんと考えるか?タッパも欲しいなぁ。あ、保温マグと保温瓶も作ってもらってダンジョンの収集用に使ってもらおうかな?あ、それを報酬にしても良いのか?あー色々考えることが増えてくぜー」

 すべての野菜を茹で上げて普通のガラス瓶に詰めた後、冷却魔法をかけ一気に冷ます。

「カツオは水でたかな?よしよし、水分消去」

 カツオを鍋に入れ油をひたひたに注ぎ、潰したにんにくとローリエを入れて火にかける。

「マヨネーズ、マヨネーズ」

 卵とお酢と塩を用意し、ボールに卵を割り入れ、マヨネーズを作り始める。沸き始めたカツオの鍋を弱火にして中に火が通るまで煮る。

「あ!米酢も欲しいな。ワインビネガーはどうしても酸味がきついからなぁ。米酢のほうが雑味はあるけど味がまろやかなんだよね」

 なんだかんだで、ダールの悩みを知らないところで増やし始めるアマーリエなのであった。 

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