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ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第2章 お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだぞ!
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 ベルン以外が心置きなく楽しんだ食事会は、ゲオルグが支払いを終え解散となった。流石に懐にまで打撃を与えるのはかわいそうだろうというゲオルグの心遣いでもある。

 南の魔女におやすみのキスを右の頬にブチュリとやられて、とどめを刺されたベルンはそのままダリウスに背負われて宿まで帰っていった。

 お年寄り組はすぐに自室に戻り、気持ちよく夢の世界に。カクさんとスケさんは交代で睡眠に入る。

 南の魔女はお肌の手入れと言って、シルヴァンにアルギスの護衛を頼んで部屋に戻っている。

「ね、アマーリエ。ダンジョンの穀物を今持ってるかい?」

「アイテムバッグにおにぎりいれてますけど」

「おにぎり?」

「はい。ダンジョンの穀物を調理して作った食べ物です。食べてみます?」

「いいの?」

「お腹いっぱいだとあんまり美味しく感じないかも?」

 そう言われたアルギスがお腹を撫でて腹具合を確かめる。

「……いっぱいあるのかな?」

「アルギスさんなら二口程度の塊ですね」

「食べてみるよ。後、兄上にも送ろうと思うのだけど?」

「いいですよ。ちょっと待って下さいね」

 ごそごそと肩掛け仕様のアイテムバッグをあさって、塩むすびの包を取り出すアマーリエ。

「はいこれ。ただの塩味です。ゆっくり噛むと、米の甘みも出ます」

「ありがとう」

 二包み渡されたアルギスは、一つの包みを開けて三角形に握られた塩むすびを取り出してかぶりつく。

「……ん、塩のほのかな味と……これがコメの味?ほんのり甘いね。なにか欲しくなる感じ」

「まあ、ごはんの友は人それぞれありますけどね」

「ごはんのとも?」

「あ。あー米が美味しく食べられるおかずってことです」

 余計なことをまたうっかり言ってしまったと内心で焦るアマーリエに気づかず、アルギスが次の言葉を発する。

「ふーん。あ、リジェネがついた。微量だね」

「いっぱい食べても効果は上がらないんですよね。あくまでちょびっとつくだけです」

「そうなんだ」

 旅の途中で、いっぱい食べたらリジェネの効果が高くなるのか試した、アマーリエと銀の鷹だった。

「ダンジョンの魔力に晒されるからそういう効果がつくのか、普通の土地で育ててみないとよくわかんないですよね」

「うんうん。いろいろ試したいね。まあでも、別に効果がつかないコメでも麦が育たない土地でも育てられるなら助かるよ」

「そーのあたりはダンジョンで生育環境良く見てきてくださいね。後、帝国ぐらい国土が広いと案外生えてる場所もあるかもしれませんね」

 うっかり、水の多い温暖な土地じゃないと難しいかもと言いそうになってぐっと堪えるアマーリエ。

「そうか!ダンジョンで生えてる場所と似たような場所なら生えてる可能性もあるか」

「はい。あくまで可能性ですけど」

「ありがとう、アマーリエ。本当に助かるよ」

「どういたしまして。役に立ってるのかどうか、全然実感わきませんけど」

「知恵は大事だよ。その知恵を活かすのは私達の仕事だ。だからこそ、政を司るものは賢者を尊ぶんだよ」

「はぁ、賢者ですか。(どっちか言うと私は隠者よりなんだけどなー)頑張って、ない知恵絞ってみます?」

「ぷっ。疑問形なの?アマーリエは面白いねぇ」

 ニコニコと機嫌のいいアルギスの態度に、肩をすくめるアマーリエだった。

「あんちゃんにも言われましたが、それ女の人に対する褒め言葉じゃないですからね」

「わかっているよ。これは君に対しての褒め言葉だ」

「なんだかなぁ」

「リエは美人だのかわいいだの言われても、響かないでしょ?」

「パンが美味しいと言ってもらえるのが、一番ですね」

「でしょ?なら、面白いは私や兄上の君個人への感じ方だよ。君と居ると楽しい」

「はぁ」

「一緒にいてつまんなかったり、殺伐としてるより良いじゃないか」

「……色々お察ししますって、言っておけばいいですか?」

 一瞬浮かんで消えたアルギスの暗い表情に、言葉を濁したアマーリエだった。

「うん。ちょっとへこんだけど、ここに来ることが出来てよかった。兄上に感謝しなきゃいけないね」

「はぁ、あんなに落ち込んどいてですか」

 晴れ晴れした表情のアルギスに、アマーリエが少し苛立ちを込めてツッコミを入れる。

「ごめん。もうあそこまで落ち込まないよ」

「そう願います。なんかあっても、ちゃんとあんちゃんと話しあってくださいね」

「うん、ありがとう。そうするよ。手段もできたしね」

「んじゃ、私も帰ります。シルヴァン、アルギスさんのこと頼んだよ」

「オン!」

「それじゃ、良い夢を!」

「リエも。おやすみ」

 アマーリエは、シルヴァンにアルギスをしっかり守るよう頼んで、後ろ髪惹かれる様子で高級宿屋を出た。

 部屋に戻ったアルギスとシルヴァンに、南の魔女が話しかける。顔パック状態の南の魔女に出迎えられて、心臓が跳ね上がった一人と一匹だった。

「それじゃぁシルヴァン、アルギスさんをヨロシクねぇ。ほんと助かったわぁ。睡眠不足はお肌の大敵なんだものぉ、ゆっくり眠れて嬉しいわぁ。今日のあんたの主人ときたら、心臓に悪いことばっかり起こすんだものぉ。今日ぐらいゆ~っくり寝させてほしいの。あんたは主に似ちゃだめよぉ。そのままいい子でいてねぇ」

 こちらもダリウスと同じく、大人しく撫でられてくれる毛むくじゃらに、心がほっこりしている南の魔女だった。

「あははは。南の魔女様も、良い夢を」

「ええ、アルギスさんもねぇ。夜更かししちゃだめよぉ。シルヴァンもおやすみぃ。ベルン待ってて!夢で逢いましょうねぇ」

 そう言って投げキッスとウィンク一つくれて、南の魔女は続き部屋に引っ込む。夜中ベルンがうなされたかどうかは神のみぞ知る。

「むふふふ」

「ゥオン?」

 アルギスの不気味な笑いにちょっとそばを離れるシルヴァン。

「今から兄上とお話するんだ。リエは本当に良い主だね、シルヴァン」

「オン!」

「念話スキル!なんてステキなんだ!夢じゃない、現実にお話できるんだよ♫」

「ゥ~」

 踊り出し始めたアルギスを睨んでシルヴァンが唸る。

「え!?シルヴァン!?どうしたの?」

 南の魔女の夜更かしはだめ命令をしっかり受け取ったシルヴァンはアルギスの服の裾に噛み付くとさっさともう一つある続き部屋のベッドへアルギスを引きずって行く。

「……ちょっとだけ?ね?ね?兄上も心配してると思うんだ!ね!だからちょっとだけ!明日の朝食に好きなもの頼んであげるから!ね、お願い!あの月があそこまで来たらやめるから、ねね?」

「オン」

 シルヴァンを一緒のベッドに引き上げて、ひたすらお願いするアルギスに、シルヴァンは渋々取引に応じることにした。

「ありがとう~、えっと、転送陣とおにぎりを用意してっと」

 アルギスはベッドの宮付きフレームに転送陣とおにぎりの包を置くと、ぽすんとベッドに寝っ転がってシルヴァンを抱え込んで念話をはじめた。

『兄上!兄上!今よろしいですか?』

『ああ、大丈夫だ。もう落ち着いたか?』

『はい!』

『そうか。良かった』

『……兄上のお心を疑うなど本当に私は愚か者でした」

『何も言わずそなたを一人にしたのだ。心が弱っても致し方あるまい』

『必ず腹心を作り、迷わず兄上を支えられるよう精進いたします。シルヴァンにも認めてもらわねば』

『シルヴァン?ああ、あの娘の魔狼か。それに認めてもらうとは?』

『シルヴァンに認めてもらえたらテイムスキルが生えるのです!』

『は?』

『私も、シルヴァンのように利口な子を得てみたいのです』

『いや、ちょっと待て。テイムスキルが生える?意味がわからんのだが?』

『テイム条件の上位認識による服従でテイムスキルが生えるようなのです。ちなみに私は生えませんでした』

『……そのような話聞いたことがないぞ?そもそもテイムされた魔物が主人以外に服従を示した話なぞ聞いたことがないぞ?』

『そうなのですか?』

『一体全体どうして、そういうことになったのだ?』

『銀の鷹のベルンとダリウスが、シルヴァンに服従を示されてテイムスキルが生えたという話を聞いて、私もシルヴァンと見つめ合ったのですが、尻尾を振られるだけだったのです』

『……そなた、確かその魔狼に護衛されておったのだったな?』

『はい……。アマーリエに弟分として認識されてると断言されてしまいました。南の魔女様も東の魔女様もゲオルグ翁も翁の護衛二人もあっさり服従を示されてテイムスキルが生えたのです』

『つまり何か?アマーリエは己の従魔が他の者に服従を示すのを許したのだな?』

『……そういうことになるのでしょうか?』

『ならば、他の上位者にテイムスキルが生えた理由がわかる。普通のテイマーは自らの従魔が他の者に服従を示すようなことを許すことなどないからな。そういう状況がまず起こり得ないのだ』

『アマーリエだから起きたということですか?』

『ああ。可能性としてはそういうことだろう。ふむ。皇国でテイムスキルを増やすことも可能になるな。検討の余地がある……』

『……ではシルヴァンが私を認めてくれたら、鞍替えもあるでしょうか?』

 アルギスにキラキラした視線を向けられたシルヴァンは首をかしげる。

『さあ、どうであろうな?それだけ周りにテイムスキルを生やさせては居るが、シルヴァンは誰を主と認めているのだ?』

『なんだかんだ、アマーリエだと思います』

『では、そういうことなのであろう。そなたはテイムスキルが生えるように精進して、そなただけの従魔を持つことだな』

『はい。そう致します。あ、兄上。兄上はファウランド王と仲がよろしいのですか?』

『そなたは、あまり覚えておらぬか?よう、あれに遊ばれて居ったぞ?』

『そうなのですか?』

『ああ。あの頃、我らに身近な幼子はそなた一人であったからな』

『ゲオルグ翁も私のことを知っているようでした』

『翁の息子、前バルシュテイン辺境伯フリードリヒは我らの学友だ。共に学び、遊んだ仲だ。バルシュにも行ったことがある。そなたはフリッツに襁褓(むつき)を替えてもらったことも有るぞ』

『え……』

『そなたが三つになる頃までは三人で育てたようなものだな』

『……そうだったのですか』

『三人して自身の子が生まれる前の予行演習ができてよかったのと前ファウランド王に笑われたものよ』

『……私には育ての親がそんなに』

『いや、そこまで感謝するほどのものではないからな。あくまでもそなたを育てたのはこの私だからな!』

『……兄上?』

『……スマヌ。少し取り乱した。それで、ダンジョンの穀物の方はどうだ?』

『あ、兄上。送るものがあります。転送陣の用意をお願いします』

『わかった』

 アルギスはベッドから起き出して、転送陣を広げておにぎりの包を置き魔力を流す。キラキラと魔素が輝いておにぎりの包が消える。

『届いたぞ』

『米を調理したおにぎりというものです。塩で味付けされていますが、ゆっくりよく噛むとその穀物の味がします』

『ふむ。少し待て……穀物の甘みと塩が程よい加減だな。麦とは違った香りもある』

『はい。十分パンの代替になると思われます』

『確かに。リジェネもついたな、僅かではあるが無いよりも遥かにマシであろうな』

『はい。まずは、ダンジョンに採集に行くことになるかと思います。採集した場所の状況と採集した物をそちらに送りますので帝国内でも生えている場所がないか確認願いたいのですが』

『ふむ。すでに帝国内で生えている可能性も否めんか』

『はい、アマーリエに指摘されました』

『あの娘か……視野が広いのだな』

『はい。あの娘が手に入れば帝国ももっと繁栄すると思うのですが』

『やめておけ。あれはあの地にあって、自由に飛ぶ鳥であるがゆえに人に幸せをもたらすのだ。カゴに入れてしまっては、何の魅力も持たなくなるようなものだ。翁やファウランド王が抱え込まぬのはそういうことだ』

『至らず、すみません』

『いや、わかれば良い。ただ、あの娘が帝国を見てみたいと言うならば連れてきてやれば良い。自由に見せ、あれが思うところを述べるなら、おそらく帝国に少なからず変化を与えることができるであろう』

『わかりました。アマーリエが来たくなるようにします』

『頼む。あとダンジョンに潜るのであれば無理はするな。人に任せられるところは任せるようにな』

『はい。南の魔女様と銀の鷹が護衛に付きますので安全かと。穀物が取れるのはそれほど深い階層では無いそうですし』

『そうか』

『栽培についてもアマーリエや銀の鷹のファルが手伝いを申し出てくれていますから時間はかかるでしょうがふみゃ』

 シルヴァンが前足でアルギスの口を抑えたのだ。

『これ!いかがした?』

『シルヴァンに口をふさがれました。夜更かしはだめとの南の魔女様に言いつけに従ったようです』

『な、主人以外の言うこともきくのか?』

『優先順位はあるようですが、その場で一番強い人の言うことを聞くようですね、ってもうちょっとで終わるから』

 まだ終んないの?と前足でお腹をぽんぽんされ苦笑を浮かべるアルギス。

『なんだ、催促されておるのか?』

『あ、すみません』

『良い。なかなか優秀な護衛だな。今日はもう遅い、また明日の晩に連絡してきなさい。良い夢を、アルギス』

『はい。おやすみなさい、兄上』

「終わったよ~、シルヴァン。さ、寝ようか?」

 長年の夢だった毛玉を抱えてベッドで共寝することを叶えたアルギスは、幸せそうに夢の中に堕ちていった。

 早朝、お腹の空いたシルヴァンのボディプレスを顔に受けて目を覚ますところまでが一通りのお約束である。

皆様、良いお年を!

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