【勘違いなさらないでっ! 外伝 ~それぞれのお正月~ 】
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!!
アリアンローズ有志作家によるお年玉企画!
涼風先生、お誘いありがとうございます!!
今年もマニエ様からお誘いがきた。
エンバ子爵のご友人が北の領地で、シャポンの『温泉リョカン』なるものを真似て『温泉ホテル』を経営しているので、一緒に行きましょうよというもの。
しんしんと雪が積もるゲレンデをバックに、三階建ての洋館が三棟、半円を描くように建ち、その後ろには天然温泉を引き込んだ個室がいくつも立ち並ぶ。
シャポンでは一般的だが、ライルラドではとてもめずらしい露天風呂というものもその一角にあり、藁と青竹からなる頼りない壁で囲まれている。
貸し切りで一度入った時に見上げた満天の星空は、おもわず息をのむ程の神秘的な美しさがあったのを覚えている。
さっそくいつものようにアン、そしてティナリアと専属メイドのリリーを連れて冬のバカンスを楽しみに訪れていたのだが、急な天候の荒れでマニエ様の到着が遅れることに。
スキーはわたくしも大好きなスポーツなので、楽しみたいからと今年は新年ギリギリまで滞在することにした。
ちょうど父もお兄様も王城でのお仕事が忙しく、母からも新年の祝いはすこし日数をずらすから楽しんで、と言われていたの。だからちょっとくらいの天候の荒れだって気長に待っていた。
でも、――待っていたら、待っていない客までやってくるなんて。
★★★
毛皮のマフラーに前合わせの厚手のロングコート、生地の間に綿が入ったズボンのスキーウェアに着替えて真っ白な雪の斜面を滑る。
痛いほどに冷たい風が口元を覆うマスクや、メガネの隙間から入り込むが、それが逆に心地よい。
「あぁっ! 爽快だわ」
滑り降りて後ろの斜面を振り返る。
「「きゃあー♪」」
楽し気な声をあげて、ずいぶん下の位置からティナリアとリリーがソリに乗って降りてくる。ちなみにアンはマニエ様からの連絡を待つため、部屋で待機している。
「ティナリア。もっと高い位置から滑ってはどう?」
「あら、お姉様。わたくし十分高い位置からチャレンジしていますわよ?」
「もっと高い位置から滑れば、それだけ長い間滑っていられるじゃない?」
「ふふふ。そんな高い位置からだと声が持ちませんわ」
ころころと笑うティナリア。
どうやら滑っている間に発声していることも楽しいらしい。
「声は出さなくてもいいんじゃなくて? のどに悪いわ」
「ふふふ。楽しむときに思いっきり楽しんだほうがいい、とおっしゃったのはお姉様ですわよ。どうせ新年なんて退屈なだけですもの。のどが痛めば寝ておりますわ」
確かにそう言ったわ、と口を閉じると、ティナリアの後ろでリリーがソリの位置をなおしている。
「ティナリアお嬢様ぁ! もう一度お滑りになりますかぁ?」
「ええ、お願い! それじゃあ、お姉様。行ってまいりますわ」
軽やかに、とはいかないものの、新雪が積もった中を急いで行ってしまう。
あーあ、またあんな低い位置から滑って。
でも楽しそうだからいいわね、とわたくしももう一度滑ろうかと方向を変えた時だった。
ワンワンワン!
元気のいい犬の声と雪上を滑るソリの音がした。
「!」
そりに乗っている人を見て、おもわず目を見張る。
……あ、アシャン様??
御者と思われる男性が巧みにそりを操り、ティナリアのそばへと止まる。
ティナリアはアシャン様はいくつか言葉を交わし、リリーとともにソリへと乗り込む。
「あ、お、お待ちくだ!」
「おぉっと!」
「きゃああ!」
急に横から誰かにぶつかられて倒される。
この! と起き上がり様ににらみつけ――硬直した。
「いやぁ、悪いな」
笑いながらわたくしのすぐ近くで雪まみれになっていたのは――サイラスだった。
「あ、さ、サイラス!?」
「いやあ、ここは初めてでな。悪かったな。けがはないか?」
「ないわって、そうじゃないわ! あなた何をしているの!?」
「マニエ嬢から、新しい観光事業についての手紙が届いたので来てみたんだが?」
ま……マニエ様ぁああああ!! あんまりですわぁああああ!
がっくりと雪の中でうだれたわたくしに、サイラスは「大丈夫か? やはり頭を打ったのか?」と、大変失礼なことを聞いてくる。
キッとわたくしは顔をあげてにらむと、雪のついた手袋のままビシッと指さす。
「さっきアシャン様の犬ゾリに御者がいたわ! あの人はエージュ!?」
「いや。エージュなら支配人と話しに行っているが?」
「あなた何しているの!? あなたの仕事でしょ!」
「現場の楽しさを予備知識なし、普通の観光客として体感することも重要な仕事だぞ」
「……」
屁理屈にしか聞こえないが、わたくしはこれ以上言う気が起こらず口をつぐむ。
「さっきの御者がエージュじゃなきゃいいのよ。ティナリアを連れていったから聞いただけ」
「ああ、アシャンか。あいつはトランクに入ってついてきた。荷物確認したら増えていたからな。誰に似たんだか」
相変わらずのアシャン様ですこと。
「そう。とにかくわたくしバカンスの真っ最中ですの。邪魔しないでくださる?」
不機嫌にそう言うと、サイラスはわかった、と言って立ち上がり手を貸してくれた。
「コースはどこまであるんだ?」
「……上級コースはこちらだけど、あなたは『初めて』だからあちらがいいわよ」
ホテルに近いほうを指さすが、サイラスは首を横に振る。
「上級コースを見てみたい」
「……見るだけよ。滑れない人が滑って怪我でもしたら興ざめだわ」
「案内してくれるのか?」
「勘違いなさらないで! 迷子になられても困るからよ」
こうしてわたくしは、意外なことにスキー初心者だというサイラスを連れて上級者コースへ戻ってきた。
それが悪夢の始まりだとも知らずに。
身を乗り出して急斜面をのぞき込むサイラスに、わたくしは見ないふりをしながら何度も心の中で「危ない!」と悲鳴をあげていた。
初心者のくせに身を乗り出すんじゃないわよ!! この辺りは凹凸があってターンができないと絶対怪我するんだから!!
それでも一向に戻らないサイラスに、わたくしはイライラを募らせる。
「それじゃあここでお別れね。わたくし先に下に行くわ。あなたは先ほどの道を戻ってちょうだい」
それだけ言って、フンと顔を背けてわたくしは滑りだす。
と、すぐ後に背後に気配を感じた。
「!?」
気になって後ろをちらっと確認すると、初心者であるサイラスがついてきている!!
「ば、バカですの!?」
わたくしは叫んだ。
「あ」
ふらりとサイラスの体が揺れる。
サッと私の顔から血の気が引き、目が離せなくなる。
サイラス!?
怪我をする、という想定以上の悪い結果を想像し、思わず頭が真っ白になったわたくしへ、サイラスが叫ぶ。
「シャーリー、前を見ろ!」
え?
ワンテンポ遅れてハッと前を見ると、すでにわたくしの体のバランスが崩れていた。ぐらりと揺れ、膝に力が入る。どうやら凹凸に板をとられたらしい。
倒れる! と思った瞬間、わたくしは横に並走してきたサイラスに抱きとめられた。
転倒は免れたものの、サイラスもバラスを崩してコースを大きく外れていく。
どんどんスピードが上がりながらも、初心者であるサイラスはわたくしを支えたまま器用に滑っていく。
だが、いくらサイラスでもそこまでだった。
コースではない森の中は見通しが悪く、状況判断が難しい。今の位置すらわからない。
「「!」」
遠目に開けた場所が見えた。だが、そこにナニかある。
壁だわ。茶色?
「きゃぁああああああ!!」
目の前に迫る木の低い壁に、すごい勢いで突っ込んでいく。
でも、すぐにサイラスがわたくしの目を手で覆って、ぎゅっと力強く抱きしめらた。
バキバキバキ……!!
どっぽぉおおおんん!!
体に衝撃の痛みはなかった。サイラスが代わりに受けてくれたのかしら。
ただ、気の壁をなぎ倒す音のすぐ後に、わたくしの全身を熱いお湯とまとわりつく衣服の不快感が襲う。
ナニコレ!? お湯? 温泉!?
「大丈夫か!?」
「!?」
珍しくサイラスの焦った声に、ハッと我に返る。
白い湯けむりがはれて、ずぶ濡れの頭に冷たい風が当たる。
「え……お、温泉?」
「だな」
わたくしの左肩に腕を回したまま、横でサイラスがため息にも似た返事をする。
きょろきょろと視線で回りを確認し、ここがどこか分かった。
「ここ露天風呂だわ。確か『サクラ』という一番外側にある露天風呂」
「詳しいな」
「毎年貸しきって入っているの。ここだと周囲の場違いな大声すら聞こえないし」
「ふーん」
「そうだわ! サイラス、あなた怪我は!?」
「肩を打っただけだ。腕も動く」
「大変、すぐに処置しないと!」
あわてて立ち上がるが、めまいと強烈な寒さにブルッと震えがくる。
「バカ、濡れた服のままだぞ」
そう言ってサイラスが、ぐいっとお湯の中にわたくしを引き込む。
「ちょ、ちょっと!」
「俺は大丈夫だ。お前も今は気が動転して感じないだけで、どこかを打っている可能性がある。助けを呼ぼうにも、ここが露天風呂ならまだ準備中の時間だろう? まずは体を温めるのが先だ」
きりっとした真面目な顔で言われ、わたくしも「そ、そうね」と小さくうなずいて肩までお湯につかる。
ナニコレ、ナニコレ!? こんな状況想定外だわ!!
努めて冷静なように顔にださないまま、そっと横のサイラスを覗き見る。
サイラスは黙って目を閉じているが、わたくしの方に回された腕はそのまま。
「「……」」
き、気まずいわ。
温泉、といえばシャポンには男女共用というとんでもない温泉があるとマニエ様から聞いているわ。もちろんこの施設にはそんなものはないけど、エンバ子爵が『家族湯』という、親しい男女が貸切って入る個室案をだしていると聞いたわ。
平民はどうか知らないけど、貴族にはたとえ家族でも一緒に湯あみをするなんて習慣はない。
つまり、この状況はたとえ服を着ていようが、わたくしにとってとてつもなく非日常的な光景であり、恥ずかしい状態なの。
確かに助けは必要だけど――他人には見られたくない!!
アン! お願いよ今すぐ来てちょうだい!! もう、千歩譲ってエージュでもいいわ!
「おい、サルだ」
「え?」
祈っていたわたくしを、肩に回していた指で軽くつつく。
言われてサイラスの見ているほうを見れば、大小のサルがぞろぞろと近づいて来ていた。どうやらわたくし達が滑り落ちてきて、破壊してしまったところからやってきたらしい。
「「キキキ」」
「「キィイ」」
それぞれ小さくお互いに声を掛け合い、そっと手を温泉につけてとぽんと、小さなしぶきを上げてお湯につかると、そのまま目を閉じてホッとしたように表情を緩める。
サルの集団の中には子ザルも多く、母サルにしっかり抱きついて一緒に温泉に入っている姿はまた一段とかわいらしい。
「かわいい。もうちょっと近くに来てくれないかしら」
「ムリだろ。野生のサルだ」
好奇心で目を輝かせてサルたちを見つめていると、どうしてももっと近くで見たくなってしまう。
「ちょっとだけ近づいてみようかしら」
「やめとけ。あの数を怒らせるな」
「あら、ちょっとだけよ」
サイラスの忠告なんてフンと鼻であしらい、わたくしは肩までつかったままそっと進んでみた。
と、その時今まで至福を堪能して目を閉じていたサル達が、いっせいにわたくしの方へと鋭い目線を投げた。
ビクッとわたくしが固まると、サル達は怒ったように金切り声で鳴き始めた。
「「「「キキキィイイイイイ!!」」」」
「きゃああ!」
「バカ、来い!」
悲鳴をあげたわたくしを後ろからサイラスが抱きしめる形で引っ張り、先程よりもっと距離を取ると、ようやくサル達も安心して鳴くのを止めた。
その様子を見て、まだドキドキしているわたくしの右耳にため息がかかる。
「!」
ハッとして今の状況を理解したわたくしへ、サイラスは「お前なぁ」と呆れた声を出す。
「子連れの動物はどんな外見でも用心深いんだ。ウィコットだってそう。ウサギだってそうだ」
「……」
何を言えなくなって、わたくしは誤魔化すように口まで温泉に浸かる。
「おいおい。溺れるぞ」
グイッと、両脇の下から救い上げられる形で引っ張られる。
「……ヮㇽゕっっ」
「は?」
「……」
「なんだ?」
すぐ後ろから聞こえる声を聞いて、体中がざわざわする。
な、なんなのよ、コレはっ!!
「おい。黙ってどうした? 具合でも悪いのか?」
「!」
心配したのかどうか知らないが、さっきと同じように右耳のすぐそばで声がして――、もう、自分でも驚くほど大きな声が出た。
「わ、悪かったわね、面倒掛けてっ! と言っただけよ!! だけど、勘違いなさらないでね! わたくしは……」
「お、おい! 刺激するなっ」
かぽっとサイラスの手で口をふさがれ、何のことかと上目づかいで睨むと、サイラスは緊張した面持ちでじっとサル達のほうを見ていた。
サル?
が、どうしたのかしらと、わたくしも目線をサル達へ向かわせて――血の気が引いた。
「「「「「……」」」」」
サル達が一様に不機嫌そうに目を細めて、わたくし達をじっと睨んでいる。
「……ぁ、ごめんなさい?」
「なんで疑問形なんだ」
サルと向かい合ったまま、背中がごしにこそこそと言いあったのが、さらにいけなかったみたい。
「「「「「キキィイイイイイイ!!」」」」」
「「!!」」
サルは襲いかかったりしてこなかったけど、かなり怒っているのがわかるくらいの奇声を上げた。
あまりの声の迫力に、わたくしはおもわずサイラスにしがみ付いて目を丸くして動けなくなってしまった。
――ぃいぃいいいいやぁああああああああ!!!!
わたくしの心の絶叫は天高く響くこともなく、真っ白な世界に飲み込まれる。
サルの大騒ぎに人がかけつけて、人とサルの悲鳴がさらに響き渡り、その後アンとエージュが呼ばれて助け出された――と、聞いたわ。
★★★
「まあっ! お姉様とサイラス様がご一緒にお風呂!?」
喜色を帯びたティナリアの言葉に、わたくしはキッと向かいに座るサイラスをにらむ。
「勘違いされるようなことを言わないでっ!」
「わかった。『服を着たまま一緒に風呂に入った』」
しれっと一ミリも悪びれることなく言ったサイラスを見て、ティナリアとアシャン様は目をキラキラさせている。
わたくしは怒りに震える拳を握りつつ、地を這うかのような低い声でサイラスを呼ぶ。
「サァ~イィ~ラァアスゥウウ! お待ちっ!!」
近くにあったクッションを思いっきり投げるが、そこはサイラス。ひらりとかわして濡れた髪のまま部屋を逃げ回る。
わたくしもアンの制止を振り切り、逃げるサイラスを追いかける。
「お、お待ちくださいシャーリーお嬢様! まだ御髪が濡れております!!」
アンがふわふわのタオルを持って、あわててわたくしを追いかける。
あきらかにサイラスはからかって逃げていたけど、ここは一発叩かなきゃ気がすまないわ! とわたくしは追いかけて、追いかけて……。
――熱を出した。
★★★
ふてくされた顔で天井をにらんでいると、籠を持って入ってきたアンがベッドの横にやってくる。
「シャーリーお嬢様、おとなしく寝ていてくださいね。あ、サイラス様から……」
「会わないわよ!」
「いえ、そうおっしゃるだろうから、と。こちらのリンゴを」
「リンゴ!? 病人扱いして!」
「いえいえ、アップルパイにしてお渡しするように、と」
「……」
「お好きですよね、アップルパイ。今頼んでまいりましたので」
「……シナモンは多めがいいわ」
「かしこまりました」
なぜか嬉しそうに微笑んで、アンは注文を伝えに部屋を出て行った。
素直に受け取ったわけじゃないわ。すでにアップルパイを作らせているのなら、それを捨てるなんてもったいないじゃない?
そうよ。勘違いなさらないでね、サイラス。もったいないから食べてあげるだけなんですからっ!
☆【同時刻、別室にて】☆
エージュはあきれたように深いため息をつく。
「滑れない、とおっしゃったのですか?」
「いや、特に何も言っていない。ただ、ここは『初めて来た』とだけ言っただけだ」
くつくつと笑いをかみしめるサイラスを見て、エージュはもう一度深くため息をつく。
「知りませんよ、ウソがばれても」
「隠すつもりはない。ただ、ちょっと考えればわかることだと思ったら、面倒見のいい一面を見せてくれたので、そのままお世話になっただけだ」
「そうですねぇ。我が国は武力派遣をしておりますし、当然雪上訓練も冬季には行っておりますからね」
「ま、そういうことだ。おかげでいい新年が迎えられた。今年こそシャーリーにうなずいてもらおうと思う」
「その前にシャナリーゼ様に追いかけられそうですが」
「それはそれで楽しいもんだ」
ははは、と愉快そうに笑うサイラス。
翌日すっかり熱が下がった病み上がりのシャナリーゼに、館内所狭し、と追いかけられるはめになった。
読んでいただきありがとうございます。
皆さまどんな新年をお迎えでしょうか。
どうかこれからもよろしくお願いいたします!!