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生き返りゲーム  作者: ナレソメ
17/17

最終話〜一期一会〜

 

 *1*


 地国の居酒屋で、ノブとイイジマが帰ったあとも二人は残って飲み続けていた。


 ヒデとトク、すなわちカミヤとエンマ部長はしばし無言で酒を交わしている。そしてエンマ部長は静かに口を開いた。


「お前、彼が目覚める前に現世に行っただろ?」


 カミヤはその言葉にビクっと一瞬背筋を伸ばし、誤魔化すような笑顔をした。


「アハハっ!バレちゃいました?」


 エンマ部長はカミヤの様子に呆れ、大きな鼻息を漏らしながら話した。


「全くお前と言う奴は…。生き返った者にここの記憶を残してはならんと言う決まりを忘れた訳じゃないだろう?」


「アハハ、すんません。でも、彼にはここで過ごした記憶が必要だと思ったんです。ここで出会えた人物が、彼を変えました。俺も、もう彼に自殺なんかして欲しくないし、頑張って生きて欲しいんすよ。」


 二人はまた黙り込んで酒を飲み続けた。


 しばらくして、エンマ部長はまた大きな鼻息を漏らし、口を開いた。


「…まぁな。お前の言う事は分かる。彼にはここであった出来事を忘れさせるには少々酷な話かもしれん。だがな、決まりを破るのは容認出来ん。」


「…はい、すみませんでした。」


 カミヤは俯いて小さく言った。それは親の言う決まりをを破って叱られている子供の様な素振りで、半ばふて腐れている感じでもあった。


「そういう時はな、俺に一言え。」


 エンマ部長の言葉に、カミヤは顔を上げた。そしてそのエンマ部長の顔にはいつものような笑顔が戻っていた。


 それを見たカミヤは、ほっと胸を撫で下ろし笑顔が綻んだ。


 気を良くしたカミヤはエンマ部長に高い酒を奢った。


「ところで、一つ気になっていたんですが。ジュンさんはどうなっちゃったんですか?まさか、木になっちゃいました?」


 エンマ部長は大きく笑い、グイッと奢って貰った高い酒を飲み干した。


「アイツはな、ちゃんと生き返ったぞ。」


 その言葉にカミヤは驚いた。


「えっ?ジュンさんも?ど、どうしてです?」


 カミヤの問いに、エンマ部長はゆっくりと話をした。


「まぁな、アイツも良く頑張ったし、元々地国(ここ)へ来るような人間でもなかったのだ。本当は心の優しい子だったんだよ。だからな、特別ボーナスとして生き返る選択をくれてやったのだ。だが、やはりアイツが生前悪事を働き、人を殺した事実は変わらん。それを踏まえ、ある条件を受け入れるのであれば現世に戻してやっても良いと言ったのだ。」


「その条件って、なんなんですか?」


 エンマ部長は更に大きく笑った。


「ハッハッハー!それはだな…。」


 エンマ部長はカミヤの耳元に囁く様に言った。


「…えぇーっ!?まさか、あのジュンさんがそんな条件を飲んだって言うんですか?し、信じられない。」


「でもな、ちゃんと全ての記憶は残してやったのだぞ。アイツも何やらまんざらでも無い様だったしな。ハッハッハー!」


 カミヤは信じられないと言った様な表情で、口を開けてポカンとしていた。


 だがそれよりも、ジュンが木にさせられなくて良かったと言う安心感も感じていた。


 こうして二人は深夜遅くまで酒を飲み交わし、その間に色々な思いを語り合って店を出て行った。


 エンマ部長と別れの挨拶をし、夜の街を一人、想いに更けながらポケットに手を入れたままカミヤは歩いている。


 そのポケットの中には、ギターのピックが一枚入っていた。


「イイロクちゃん、向こうでも頑張れよ。いつか、一緒にギター弾けるといいな。」


 カミヤはそのポケットの中のピックを、強く握りしめた。




 *2*


 商店街の露店でブレスレットを買った後、しばらく僕は歩き続けた。


 見た事のない古い雑貨屋や駄菓子屋、書店や街の電気屋などが軒を連ねており、先ほどの活気のある商店街とはまた少し違う雰囲気だった。


 すると、小さな看板が立っている古いリサイクル屋の様な店が目に入った。


 その看板には、”中古楽器”と白いペンキの手描きで書かれた文字があった。


 僕は興味本位で、半ば恐る恐るその中古楽器店に入った。カランとドアベルが鳴り、まるで一昔前の喫茶店の様な店内だった。


 その店内の奥のカウンターに、白髪頭で口髭を生やした店主の様な男性がいる。


 タバコを吸いながら新聞を読み、チラッとこちらを見て小さく囁いた。


「…いらっしゃい。」


 僕は軽く会釈をし、店内を見渡した。


 壁にはトランペットやサックスなどの管楽器、ガラスケースにはハーモニカやオカリナなども置いてあった。


 所々に古いレコードも並べてあったが、僕は店の奥に幾つかギターか置いてあるのを見つけ、誘われる様にそちらに向かった。


 そして、ある一本の白いギターの前で立ち止まり、それを見つめた。


「これ…同じだ。」


 そんな僕の様子に気付いた店主がタバコを揉み消しゆっくりと立ち上がった。


「1960年代のグレッチ・ホワイトファルコンだよ。世界一美しいギターとも言われてる。」


 僕はまだ、その美しいギターをじっと見つめている。何かに引き寄せられるかの様に、そのギターから目が離せずにいた。


「中古だけど、しっかり手入れしてあるから状態は良い。この年代でこれだけの物はなかなか見つからないな。」


 その店主の言葉を聞き、チラッと値札をみると、そこには思いもよらぬ値段が書いてあった。


「ろ、65万円…。」


 驚いた僕を尻目に、店主は特に気にもしない様に話した。


「これでも安くしてあるんだよ。どうだい、お兄ちゃん。触ってみるかい?」


 そう言って店主はおもむろにそのギターを手にして渡してきた。


 程よくズッシリとした重さに、手が震えた。


 よく見ると、小さな傷は所々あるがゴールドの金属部品などはしっかりと磨きあげられていて、まだ魂が宿っているかの様に思えた。


 その時、そのギターの魂の声が聞こえたのか分からないが僕の中で何かが動き出し、あろうことかとんでもない言葉を発した。


「あの、コレ下さい。買います。」


 その言葉に店主は特に驚いた様子も見せずただ優しく微笑んでいるだけであった。


 もちろん、65万円などの現金は手持ちに無いので、威勢良く買うと言ったにも関わらずどうしようか迷ってしまった。


「あ、あの…すみません。ちょっとお金をおろしてきます。」


 すると店主はにっこりと笑い、首を横に振りながら言った。


「このギターも、新しい宿主を探していたに違いない。お兄ちゃんも何か大切な思い入れがあるんだろう。だから代金はゆっくりでいいから、払える時に少しづつでも構わんよ。」


 なんと言う事か、これ程高価な物を見ず知らずの僕に無保証でこの様な事を言ってくれるなんて思ってもいなかった。


 だが店主はまた、ニッコリとして話を続けた。


「そう言えばお兄ちゃん、アンプは持ってるのかい?」


「い、いえ…まだギターも弾いた事無いので何も…。」


 すると店主はカウンターの奥から何やらスピーカーのついたボロボロの箱の様な物を取り出してきた。


「じゃあ、これも持ってきな。かなり古くてボロが来てるけど、まだちゃんと音は鳴るからさ。そのギターにはピッタリの真空管のアンプだ。」


 そう言って店主はその古くてボロボロの真空管アンプを手渡した。


 僕はそれを受け取り、あまりの重さにびっくりしたが持て無い重さでは無かった。


「こ、こんな物まで…ありがとうございます。でも、どうして僕に?」


 その問いに、店主はタバコに火をつけ大きく一服して話をし始めた。


「まぁなに、気まぐれだよ。特に儲けなんて考えて無いし、本当に欲しい奴に使って貰いたいってだけさ。そのギターや他の楽器、その他の全ての物にもちゃんと命がある。その命を無駄にしたくないってだけさ。お兄ちゃんなら、分かるだろ?」


 僕はその店主の言葉に一瞬背筋が冷やっとした。だが、初めて会った僕の事を知るわけもないと思い、特に気にもしなかった。


「は、はい。分かります。」


「まぁ、せいぜい可愛がってくれよな。きっとそのギターも喜ぶだろう。」


 そして僕は、一度会釈をしその店を後にする事にした。


 その時、店主の口から思いもよらぬ一言が発せられた。


「そう言えば、そのギターはもう一本あったんだよ。つい最近、ずいぶんとチャラチャラした奴が買っていったんだ。でもそいつ、ギターの命の事をよく分かっている奴でな…。」


 僕はビクッとして何かが確信に変わったのを感じた。そして店主を見つめ、帰り際に一言だけ言った。


「きっとその人、今も遠い所で大切に弾いてますよ。」


「あぁ、そうだろうな。」


 そして僕は、ギターケースとアンプを両手に持ち、この店を出て行く事にした。


 カランというドアベルが鳴り、またゆっくりとドアが閉まる。


 ドアが閉まる隙間から、店の奥で店主がニッコリと笑いタバコを吸っているのが目に入った。


 閉じたドアをしばらく見つめ、僕はまたゆっくりと歩き始めた。


 その時、店から数メートル離れた所で一瞬だけ空気が重くなる様な感覚がした。


 僕はとっさに振り返り、先ほどの店の方を見ると、信じられない光景を目の当たりにした。


 それは、先ほどまで僕がいた店のある場所がポカンと更地になっているのだ。無造作に生えた雑草が伸び、”売地”と書かれた看板が出ている。


「えっ…うそ…どうして?」


 僕は訳が分からなかった。だが、確かに不思議な店ではあった。


 僕が生き返り、普段とは違う駅で降り、たまたまあの店を見つけ、カミヤと同じギターを手にする事が出来た。


 これは偶然か、それとも…。


 だが僕はそれ以上は何も考えない様にした。何故なら、それが偶然でも仕組まれた事でも、どちらでも良かったからだ。


 僕は一度この世から去った人間。別の世界で別の人と過ごした事のある珍しい人間だから、これくらいの事があってもおかしくない、そう思えたのだ。


 そうして僕は、不思議な(ゆかり)で手にする事となったエレキギターとアンプを持って、一人自宅アパートへと歩き出した。


 程なくして、僕の住むいつもの見慣れた街並みへと変わり、目先には自宅アパートの姿が見えてきた。


「ジャンとユーコ、元気にしてるかな。」


 二匹の猫の心配をしたが、よく考えてみると向こうの世界では何日も経っていたが、こちらの世界ではほんの数時間しか経っていないはずだ。しかも、普段よりも帰りが早い事に猫達は驚くだろうか。


 そんな事を考えていると、既に自宅アパートの階段を上っている自分がいた。


 そして自分の住む部屋の階まで上がり、久しぶりの自宅のドアがいつもと変わらない様子で僕を迎えてくれた。そのドアの前にはきちんと”篠田”と書かれた表札があった。


 僕はポケットの財布から鍵を取り出し、簡素なシリンダー錠を解錠する。


 その音に気付いたのか、部屋の中から僅かながらドタドタとした音が聞こえた。


 僕がドアを開けた時、そこには当たり前だが元気な姿のジャンとユーコが出迎えてくれた。


 僕は嬉しさのあまり、玄関で二匹の猫を抱きしめながら少しだけ泣いてしまった。


「ただいま…ごめんよ…。」


 二匹の猫は何かを感じていたかの様に、僕の側からずっと離れずにいてくれた。



 *3*


 それから数日後、僕は仕事に復帰する事にした。


 いつもの時間、いつもの駅といつもの電車。今まで通り何も変わらない街並み。僕は相変わらず電車に揺られ会社へと向かっている。


 そして僕を乗せた電車は会社の最寄り駅に到着し、僕は他の乗客に紛れる様に電車から降りた。


 改札を抜け、会社までの道を歩く。その一歩一歩が、僕の緊張感を増していくのであった。


 もう既に、僕の自殺未遂という事が会社で噂になっている事だろう。理由はどうあれ、同じ職場の人間はさぞ働き辛い環境になってしまったに違いない。


 これは誰のせいでも無く、僕自身のせいだ。僕の弱さが、こうした結果を生んでしまった。だが、もう今は違う。これからは弱い自分を強くする生き方をして行くのだ。


 向こうの世界で色々な事を教わった。他人への想いやりや仲間の大切さ。そして何よりも、生きて行く為の強さを。


 ジュンや権左ェ門は、自分の身を呈してまで僕に生きるチャンスをくれた。


 彼らにはその強さがあった。だから僕も彼らの様に強くなり、これからの人生をしっかりと生きて行くのだ。



 その最初の関門が、まさに”今”だ。



 僕は会社のエレベーターで自分の所属する部署へと向かっている。運が良かったのか悪かったのか、エレベーターには誰も乗って来なく、直通で所属部署のある階へと到着した。


 僕は部署のドアノブに手を掛ける。緊張で少し汗ばんでいる手をズボンで一度軽く拭き、再度ドアノブに手を掛けて回した。


「…お、おはよう、ございます。こ、この度はご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳御座いませんでした。」


 僕は部屋に入るなりすぐに頭を下げ迷惑をかけた事に謝罪した。


 ギュッと目を瞑り、深々と頭を下げ続けていると、上司の声が聞こえてきた。


「篠田君、もう体調は回復したのかい?急に倒れるからびっくりしたよ。貧血だったみたいだね。ちゃんと飯食ってるのか?」


 僕は耳を疑った。上司の言葉の中に”貧血”というフレーズが出てくるとは思ってもいなかったからだ。


 僕はびっくりして顔を上げ、上司の姿を確認し、あたりを見回してみた。


 皆、特に変わった様子も無くいつも通り仕事をしている。


 確かに、あれだけの血を流せば貧血になる事は間違い無いであろうが、そう言った訳でもなさそうだ。本当に貧血で倒れた事になっている様だった。


 それを確信したのが、あの同僚のデスクの上あるマグカップを見つけた瞬間である。


 確かにあの時は、マグカップを落として割ってしまい、その破片で僕は自ら自分の手首を切ったのだ。


 だが、どういう事かそのマグカップはヒビ一つ入って無く、しかも割れる前と同じくらいの使用感もあった。


 つまり、あのマグカップは一度たりとも割れてない。割れていないという事は、破片を手にする事も、それを使って手首を切る事も出来ないという事なのだ。


「ほら、そんな所で立ってないで早く座ったらどうだい?」


 上司の言葉にハッとし、僕は急いで自分のデスクへと向かった。


 皆特に何もなかった様にしているが、一体どういう事だろう。僕はあの時、確かにトイレで手首を切った。そして、そのまま病院へと…そこで僕は気付いた。


 トイレで血を流していた僕を見つけたのは…?そしてその僕を病院へ搬送してくれたのは…。


 そう、それはこの会社の誰でも無く、まさしくあの”彼”だったのだ。


 考えてみれば、こちらの世界に戻って来てからも不思議な事が幾つかあった。


 商店街の露店、消えた中古楽器屋、そして今ここで起きている事。


 何かはハッキリと分からないが、今でも向こうの世界との繋がりを少なからず感じる。そう思えたのもの、このブレスレットのせいかもしれない。


 強いて言うならば、この僕のブレスレットはこの世には存在しないものだ。だがこうして今もここに存在している。つまり、完全に向こうの世界との繋がりが途切れた訳ではないのかも知れない。


 そう思えた時、不思議と心が落ち着いてきた。だがそれは、また向こうの世界に戻りたいとか、名残惜しいとか、そう言ったものでは無く、向こうの世界の彼らの存在を感じられるからである。


 僕にとっては人生を変えてくれた掛け替えのない大切な人たちだ。きっとこれからの僕の生き方をどこか遠くで見ていてくれる。そんな気がしたのだ。


「僕、頑張ります。」


 そして僕は今で通り、いや、今まで以上にこの日の仕事を頑張る事にした。


 ちょうどこの日は月末の書き入れ時で仕事の量は多く、定時で終わる事が出来なかった。


 同じ部署でも数人が仕事に追われ、残業を強いられていた。


 ふと壁の時計を見上げると、時刻は既に21時を回っており、皆の顔にも疲れが溜まっていた。


 その時だった。同じ部署ながら一度も話した事がない先輩が僕に話しかけてきた。


「なぁ、篠田。お前あとどれくらいで終わる?」


 僕は咄嗟に顔を上げその先輩の事を見た。


「あ、すみません。あと一時間程で終わると思います。」


 その先輩は、軽く鼻息を漏らしてを差し出してきた。


「仕方ないな。ほら、手伝ってやるから少しよこせ。そうすりゃ早く終わるだろ。」


 僕は驚いた。まさか一度たりとも話した事のない先輩が僕の仕事を手伝ってくれるという事に。だが、同時に心の底から嬉しかった。それ以上の何でもない。嬉しかったのだ。


「あ、あの…ありがとうございます。」


 そして先輩は僕の仕事の半分を自分のデスクへと持ち帰り、仕事を始めた。


 そしておよそ三十分後、先輩が僕の元へやって来て完璧に仕上がった仕事を持って来てくれた。


「ほら、出来たぞ。お前はどうだ?」


「あ、すみません。あと少しで終わります。手伝ってくれて、ありがとうございます、先輩。」


「まぁ気にすんな。所でお前、終わったら少し時間あるか?飯でも食って帰ろうぜ。」


 僕はその言葉に、胸が苦しくなる程嬉しさを感じた。同時に、キーボードを打つ手が震え、目頭が熱くなってきた。


「ど、どうした?急に。あ、何か用事があるんだったらいいんだぜ。」


「いえ、行きたいです。あの、ありがとうございます。」


 そして僕は残りの仕事を手早く片付け、先輩と共に駅前の居酒屋で夕食を取って帰る事にした。


 先輩はビールを二つ、焼き鳥や肉豆腐などを幾つか注文し、タバコに火をつけた。


「お前、普段あまり喋らないよな。」


 その言葉にドキッとしたが、何故だか今は色々と話したい気分であった僕はその後自分から話し始めた。


「えぇ、まぁ。昔から人と話すのが苦手で。でも、もうそう言った性格を変えようと思うんです。こうして先輩が食事に誘ってくれるのも、凄く嬉しいです。」


「そうか、そりゃ良い事だ。じゃあ、今日は色々と篠田の事を聞かせてもらおうかな。」


 先輩も少し気分が良くなったのか、その後もビールをニ、三杯飲み僕も同じく飲み続け、その日は深夜遅くまで色々な事を語り合った。




 *4*


 それから数週間、僕はまた真面目に働いた。


 先輩を始め、少しずつ同僚とも話す機会や食事に誘われる事も増えてきて、半ば充実した暮らしを送る事が出来ていた。


 だが、僕にはまだ心の何処かにチクチクと残る物があったのだ。そう、それは向こうの世界で別れたジュンの事である。


 あの別れの後、彼女はどうなったのだろうか。本当に木になってしまったのか。


 僕は時々彼女の事を思い出す。あの綺麗な黒い髪に、ツンとした鼻。白く美しい肌に真っ黒なアイシャドウ。


 この世界に戻って来てからも、彼女の様な美しい女性に会った事はない。いや、美しい女性は沢山いるのだが、やはりジュンと比べてしまうと、僕には霞んで見えてしまう。


 時々夢の中に現れては、すぐに消えていなくなってしまう。何故だか分からないが、その日の朝はとても寂しい気分になったりもした。道行く先の街路樹を眺めたりして、もしかしたらこのどれかの木の一本がジュンだったり…と、思ったりも。そんな日々が続いていた。


 そしてある雨の日の仕事帰り、僕はいつもの様に電車に揺られ最寄りの駅で降り、傘をさして駅前の通りを歩いて帰宅していた。


 駅前という事もあって、ここは人が良く行き交う場所だ。すれ違う人と傘がぶつかったりして、こんな雨の日は非常に歩きづらくなる。


 僕は通りを横断する為に大きな歩道橋を渡る。この通りには信号機や横断歩道が無い為、歩道橋には割と多くの人が行き交っている。


 なるべく傘同士がぶつからない様、僕は歩道橋の端の方を歩いていた。


 急ぎ足の人や、お喋りをしながら楽しそうに歩いている人、携帯で仕事の話しをしながら忙しそうに歩いている人。色々な人とすれ違う。そんな時だった。


 すれ違う人の後に、一瞬だがどこか懐かしくも強く印象深い香りが漂った。


 僕はその場で立ち止まり、急いで振り返ろうとしたが、あいにくの雨と人の多さですぐに振り返る事が出来なかった。


 苛立ちともどかしさが込み上げる中、僕は必死でその香りの後を追った。


 僕をこうまで突き動かしたのも、その香りがジュンの物と一緒だったからである。


 心臓の鼓動が早くなり、体が熱くなってくる。焦りか、それとも緊張か。上手く脚が動かず躓きそうになりながらも、人の間を縫っては来た道を引き返す。


 手が震え、脚も震え、終いには泣きたくなる程感情が込み上げてくる。


 会いたい。会いたい。会いたい。


 僕は強くそう願った。姿は見えなかったが、あの香りがジュンの存在を表していると感じたからだ。


 僕は初めての感情に戸惑いを隠せなかったが、今は何よりもジュンに会いたかった。ただそれだけで体が勝手に動いてしまう。


 これが、恋という物なのだろうか。


 もし会えたなら、あの時、あの別れの時に言えなかった言葉を言いたい。


 そう願い、必死で香りの後を追いかける。次第に香りが強くなってきた時、歩道橋の階段の少し手前で黒いパンツスーツ姿の女性を見つけた。


 顔は傘で隠れて見えないが、腰まで伸びた黒い髪が目に入り、僕の心臓の鼓動を更に早めた。


 そして、とうとうその女性のすぐ近くまで来た時、僕は無意識に叫んでしまった。


「ジュンさん!」


 その女性はピタっと立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


 僕もやっとその女性に追い付き、とうとう顔を合わせる事が出来る距離に来ていた。


 僕はその女性にもう一度声を掛けようとしたが、振り返った女性を見てその場で立ち止まってしまった。


「ジュンさ…。」


 驚きを隠せない表情をした彼女は、黒い髪に綺麗な顔立ちだったが、それはジュンとは全く違うものだった。


「…は、はい?ど、どうして私の名前を?どこかでお会いした事…ありましたか?」


 偶然にも、その女性の名前もジュンと言うらしく、名前を呼ばれたので立ち止まったに過ぎなかったようだ。


 僕は落胆と放心で、しばらく何も言葉が出なかった。そして、すぐに我に帰りその女性が人違いだった事を説明し、彼女に謝った。


「あ…いきなり、ご、ごめんなさい。ちょっと僕の知り合いに似ていたもので、つい…。ひ、人違いでした。ご迷惑かけて、本当にごめんなさい…。」


 僕の言葉を聞いて、その女性は軽く会釈をして歩道橋の階段を降りて去って行った。


 そんな彼女を見送り、僕はまたジュンがこの世にもういないと言う現実を突き付けられ、そしてそれを受け入れようとし、一人雨の中の歩道橋を逆方向に歩き出した。


 雨はまだシトシトと降り続け、時折街路樹から滴り落ちてくる大きな雨粒が傘を打ち、ボツリ、ボツリと響き渡る。


「そんな訳…無いよな。」


 僅かな期待だったが、それでも僕は嬉しかった。もう二度と会えないと分かっていても、心の何処か…いや、僕の心はジュンの事でいっぱいだったからだ。


 この世に戻れた事、そして今生きている事に満足でなければならないのだが、この気持ちだけはどうしようもならない。


 僕の初恋の相手が、既に死んでしまった人だなんて、虚しすぎる。そう思うと、思わず涙が溢れてきた。


 どれだけ大きな傘をさしても、雨粒は頬を伝い滴り落ちる。目の前が霞んで見えるのは、きっと雨のせいではないだろう。


 この気持ちを伝えたい人は、既にこの世にいない。いくら叫んだりして足掻いても、彼女は僕の前に現れる事は無い。その全てを受け入れて強く生きなければならないのだ。


 僕はブレスレットを一度見つめ、向こうの世界での事を思い出した。楽しかった事や悲しかった事、仲間と力を合わせて困難を乗り越え、そして別れた事を。


 その全てを無駄にし無い為にも、もう泣いてなんかいられない。僕に出来るのは、これからの人生をしっかりと生きていく事、そしてジュンや権左ェ門が木にならずどこかで幸せに暮らしていける様に願う事だ。


 その願いが叶うかは分からないが、きっと良い方へ事は進むだろう。そう思うと、少しだけ元気が出てきた。


「よし、帰ろう。」


 僕は先ほどよりも少しだけ力強く歩き始めた。そして小雨の降る中、僕の住むアパートが見える所までやって来た。僕はアパートのエントランスへと小走りで向かった。


 エントランスにたどり着き、急いで傘を畳むとふと、隣に何かの気配を感じた。


 そちらに目をやると、ちゃっかり雨宿りしている綺麗な黒猫がポツンと座ってこちらを見ている。


 その黒猫は、まるで昔飼っていて黒猫のミミとそっくりの猫だったのだ。


「ミ、ミミっ!?…な訳ないよな。」


 よく見ると毛並みも良く、そして首輪を付けていたので何処かの家の飼い猫の様だった。


「飼い猫かな…あまり人を怖がらないみたいだし。ほら、おいで。」


 僕はその場に屈んで手を差し出してその綺麗な黒猫を呼び寄せた。


 だが、その黒猫はプイッとそっぽを向き一向にこちらに来る気配はない。仕方なく僕の方からその黒猫に寄ってみた。


「お前さん、何処のコかな?ここら辺じゃ見かけないけど…?」


 近寄ったその時、黒猫の首輪を見た瞬間僕の心臓が張り裂けそうになった。


 その黒猫のしている首輪は首輪では無く、まさに僕のしているブレスレットと同じ物だったからだ。


「ど、どうして…キミは…。」


 そしてそのブレスレットの首輪に、小さな紙切れが折り畳んで挟まっているのに気付いた。


 僕は震えた手でその紙切れを取り出し、ゆっくりと開く。


 その紙切れには僕の字で、僕の住所が書かれ、最後にジュンに宛てた一言のメッセージが滲んだ跡を残して書いてあったのだ。


 思わず黒猫の方を見ると、何処か懐かしい様なキッとした目で僕を睨んでいた。


それはまさに、ジュンそのものの様に見えた。


 僕の心臓はまた早く鼓動し、感情が溢れ出るかの様に涙が流れていた。


 その涙が流れ落ち、僕の書いたメモの文字が更に滲む。


 気が付くと、黒猫は僕の傍に座っていてじっと見つめていた。


その時、時間が止まった様に雨が止んだ。


 僕は黒猫を抱きしめる。


 艶のある黒い毛からは、ほのかに良い香りがした。



ーーずっと会いたかった。




ーーだから、今こそ伝えなきゃ。




ーー伝えなきゃ。




 たった数文字の、初めての言葉。



 その数文字の言葉が、僕の心の奥底からやっと出てきた。


僕は大きく息を吸い、そしてゆっくりと、しっかりと、あの時言えなかった本当の気持ちを伝えた。






「ジュンさん、大好きです。」







「…そろそろ、離して貰えないかしら?ったく。」








最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。


最終的に、ジュンが条件付きで生き返る事が出来たと言う、その条件が猫として生まれ変わり現世で新しい人生(猫生?)を送ると言う結末でした。


この話の”生き返りゲーム”とは、生き返る為を目的とした競技ではなく、参加者それぞれが本当に大切な物を見つけ、苦難を乗り越え、そして生きる希望を見出すと言う事が本当の目的でした。


これは単なる小説や映画、ドラマやアニメの中の話ではなく、現実に生きる私達にも親密な関係にあります。


誰かと出会い、誰かと別れ、その中で生まれる希望や絶望、その全てを受け入れ生きていく事が人生だと作者は考えております。


この物語を読んで頂いた読者の皆様の心が少しでも、いえ、一分一秒でも穏やかな気持ちになってくれれば、幸いです。



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