十六話〜それぞれの選択〜
*1*
壁の扉を抜けた先は、何千年も前の遺跡の様な場所だった。
ゴツゴツとした大きな石が規則的に積み上げてあり、表面には苔が生えていて、その隙間からは蔦や草木が無造作に伸びている。
その何とも言えない威圧感に、二人きりになってしまった僕は僅かな不安を覚えた。
こんな時に、権左ェ門がいてくれたら…と思う事は自然な事だろう。だが、その彼はもういないのだ。
「アンタ、大丈夫?正直、アタシも不安よ。でも、もう行くしかないわ。アイツの分まで頑張るのよ。」
ジュンの言葉に勇気付けられた様で、僕は一度大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
「はい、大丈夫です。何かあれば、僕が守ります。」
「あら、頼もしい。男らしくなったじゃない、アンタも。」
そんなやりとりが、その場の雰囲気を和らげる。まるで権左ェ門が今も傍にいる様だ。
そして僕とジュンはその遺跡の奥へと向かった。
石の階段を登り、時には支え合って背丈ほどの壁をよじ登り、足を滑らせたジュンを咄嗟に抱えたりもした。
遺跡は思いの外大きく、広かった。
時折壁画の様なものがあったり、大きな動物の白骨が転がっている。
しばらくそんな遺跡の中を進んで行くと、一部開けた場所に出た。
そこは現世でいうホールの様な場所であり、天井は無く真上から大きな太陽の光が差し込んでいて、所々石の柱の影が伸びていた。
そのホールの中央に石で出来た祭壇の様な物があり、太陽の光に照らされて白く輝いて見える。
僕とジュンはその祭壇の元に歩いて行った。
「これ、何でしょうかね。」
「アタシに聞かれても分かんないわよ。」
その祭壇には、装飾の様な物が彫刻されてあり、そこには雲に乗った人間が地上に向かって手を差し伸べる姿と、地中の穴から手を出している人間の姿があった。
まるで天国の住人が地国の住人と手を取り合おうとしているかの様な構図だった。
それが何を意味しているのかが、僕にはなんと無く感じ取れた。
「この彫刻、今の僕達みたいですね。」
そう言って、僕がその彫刻に手を触れた時、ゴトゴトと祭壇が振動し始めた。
「ちょっとアンタ!何したのよ!?」
「い、いえ!何もしてませんよ…多分。」
そしてその振動した祭壇の至る所からは小さな亀裂が走り、みるみるうちに崩れ去った。
その崩れ去った祭壇の元に、直径で約一メートル程の穴が開いていた。
恐る恐るその穴の中を覗くと、白いモヤが立ち込めてあり、よく見るとキラキラとしたダイヤモンドダストの様な物が白いモヤと混ざり合って渦巻いていたのが見える。
僕とジュンは小さく後ずさりし、その穴から離れた。
その時、僕の足元にある崩れ去った祭壇の破片の隙間から、何か地面に文字が書かれているのが見えた。
僕は祭壇の破片を足で払い除け、その文字を見つめた。
「ちょっとジュンさん、コレ…。」
ジュンが僕の隣に来て、その文字を目で読み始めた。
その文字は現代人でも読める言語でこう書かれていた。
”此の途を通る者 黄泉の國から舞い戻らん”
”通る魂一つのみとし 其れを破る者の魂 永劫に滅却の焔に灼かれる事と成ろう”
それを読んだ僕とジュンは、何も言う言葉が無かった。
つまり、ここがこの生き返りゲームのゴール地点で、この穴の中に入れば生き返る事が出来る。
しかし、この穴を通る事が出来るのは一人のみ。
つまり、生き返る事が出来るのは僕とジュンのどちらか一人だけなのだ。
しばらくの間、二人は何の行動もせずその場に座り込んで黙っていた。
どれくらいの時間、こうしているのだろうか。何も話さず、ただ隣り合わせで座り込んでいるだけ。時々ジュンの方をチラっと見ると、ジュンは遠くを見つめてボーッとしているだけだ。
先ほどまで真上にあった太陽も傾き、石の柱の影が細く長く伸びていた。
僕は権左ェ門の事を思い浮かべていた。
何故あの様な時にも関わらず、彼は笑顔でいられたのか。僕は別れの悲しさや寂しさに耐え切れず、涙を流して半ば自分を取り乱していたのに。
それが彼の強さだとしたら、僕の強さとは一体どんな物なのだろう。
そう考えて、無意識にジュンの横顔を見つめる。
真っ白な頬にツンとした鼻。真っ黒で綺麗な長い髪から耳の端がちょこんと顔を出している。
僕は何故か、その横顔に見惚れてしまった。そして彼女の夢を思い出した。
ジュンは生き返ったら、真面目に生きてシェフになりたいと言っていた。僕はあの時の顔を忘れた事はない。
普段のジュンとは違う、可愛らしく活き活きした眼差しで夢を語っていたあの顔を。その時、僕の体中の血が駆け巡って行くのを感じたのだ。
権左ェ門の様に強くなれる時があるとしたら、まさしくそれは今だ。
僕は思い切って立ち上がった。
何事かと言う様に、ジュンがキョトンと僕の方を見つめた。
「ジュンさん、僕決めました。僕は、ジュンさんの夢を叶えてあげたいです。」
ジュンもゆっくりと立ち上がり、お尻の埃を軽く叩いた。
「アンタ…。」
ジュンは冴えない顔をして、僕の方を見ているだけだ。
だが僕は何故か心がスッと落ち着くのを感じ、自分の決心を口に出し始めた。
「僕、ジュンさんや権左ェ門さん、そしてカミヤさんに会えて少しだけ変われた様な気がします。今まで大切な物って言ったら、僕の飼っている二匹の猫だけでした。でも、今はたくさんあります。ジュンさんや、権左ェ門さんの想い、カミヤさんの想いを無駄にしたくありません。だから、僕が今出来る事は権左ェ門さんやカミヤさんの想いを乗せて、ジュンさんの夢を叶えてあげたいって事です。」
僕は権左ェ門の様にニッコリと笑った。
自ら強くなりたいと願い、そして権左ェ門の様にカッコイイ男になりたいと思ったのだ。
「だからジュンさん、僕はここに残ります。ジュンさんがその穴を通ってください。僕はもう、みんなに会えて幸せでした。」
思わず涙が溢れてくる。
そしてジュンも、鼻をすすり涙を堪えている。
「こんな時だけでも、男らしくさせて下さい。ジュンさんに見合う男にはなれないかもだけど、せめて最後くらいカッコ良くありたいので。」
僕は泣き顔でニッと笑い、ジュンも泣き顔で可愛らしくニッコリと笑った。
「アンタ、カッコ悪いわ…ホント。でも、いい感じ。」
そしてジュンがモヤの立ち込める穴の傍に立った。
それを見て僕はある事を思い付き、急いでリュックの中をあさり出した。
そして、リュックの中からホテルで貰ったメモとペンを取り出し、ペンを走らせた。
「ジュンさん、コレ。僕の住んでる所の住所です。もし良かったら、僕の代わりに猫の世話をして貰えると助かります。
あ、部屋の鍵は大家さんに言って開けてもらって下さい。」
そう言ってそのメモをジュンに手渡した。
「ハイハイ、任せといて。心配しないでいいわ。」
「はい、ありがとうございます。ジュンさん。」
僕は少しだけ後ろに下がり、ジュンが穴の中に入るのを見送る事にした。
「それじゃあ、ジュンさん。お元気で。」
その言葉を聞いたジュンが、クルッと振り返り、僕の事を手招きして呼んだ。
「ど、どうしました?」
僕がジュンの元へ歩み寄ると、いきなりジュンが僕の胸ぐらを掴み、グイッと顔を寄せて来た。
そして、僕の頬に軽くキスをして耳元で小さく呟いた。
「ありがとね、イイロク。」
そう言った瞬間、ジュンが僕の胸ぐらを掴んだまま身を反転し、穴の方へ思い切り突き飛ばした。
「ジュ、ジュンさ…!?」
僕の体は一直線に穴の中へ落ちていく。
そして白いモヤとキラキラした物が僕の視界を遮って来る。
そのモヤの隙間から、一瞬だけジュンの姿が見えた。
ジュンは笑っていた。
今までに無いほど、美しい笑顔だった。
その笑顔を最後に、白いモヤとキラキラした物が僕の視界を完全に遮り、僕は意識を失った。
*2*
一人立ち尽くすジュン。
イイロクの姿が穴の中へ消えたのを見送り、もう一度その場に座り込んだ。
穴の中の白いモヤが消え、あろう事か崩れ落ちた祭壇が元どおりに修復し出した。
「もう、何が起きても驚かないわ。」
ジュンはクスッと笑い、空を見上げた。
「あの子、立派になったじゃない。」
そう言うジュンの手には、イイロクの住まいの住所が書かれたメモが握られていた。
ジュンはそのクシャクシャになったメモを開いた。
そこにはイイロクの住所ともう一つ、メッセージが書かれていた。
”美人シェフになってください!遠くから応援してます!”
「あの子…バカね…。」
そのメモに、二、三粒の雫が垂れて文字を滲ませた。
「お前も変わったな、ジュン。」
ジュンの背後から男の声がしたが、ジュンは振り返らず、その場で返事をした。
「まぁね、アタシだって良心くらいは持ち合わせてるわ。」
その声の主は、エンマ部長だった。
「まさかお前が人の為に自分を犠牲にするとはな。なかなかいい物を見せてもらったよ。ハッハー!」
ジュンは涙を拭い、エンマ部長の方へ振り向いた。
「で、あの子はまだ死んでないんでしょ?」
意表を突いたジュンの言葉にエンマ部長は目を見開いて大きく笑った。
「ハッハッハー!もう気付いておったのか!さすが、勘の鋭い小娘だな!」
そのエンマ部長の様子に、ジュンは大きくため息をつきながらも、穏やかに微笑んだ。
そしてエンマ部長がゆっくりと話し出した。
「彼、イイロク君はずっと生死の狭間を彷徨っていた。それをカミヤが見つけてな、彼にまだ生きる意志があるかどうか確かめたいと言って来たのだ。そこで、この生き返りゲームに参加させてみたと言う訳だ。」
「あのカミヤが?」
エンマ部長は小さく頷き、話しを続けた。
「あぁ、そうだ。カミヤは天国の番人でありながら彷徨う魂の管理人でもある。そして偶然にも若い彼を見つけて、ずっと彼を見守ってきた。そこでお前達とチームを組ませて、彼がこれからどうするのかを見てきた。ゆくゆく先で彼は仲間の存在を意識し、人間らしさを取り戻して来た。そして、とうとうここまで来た。もちろん、お前があの穴を通れば生き返る事が出来た。彼もそれを望んだ。だが、お前は最初から決めていたようだな。彼を生き返らせるという事を。」
エンマ部長はジュンに熱い眼差しを送った。
それに対し、ジュンは照れ隠しの様に目を逸らした。
「さぁね、急に気が変わっただけよ。で、アタシはこれからどうなるのかしら。まぁ、もうこの際木にでも何にでもなるわよ。」
ジュンの様子を見て、エンマ部長はまた大きく笑った。
「ハッハー!そうヤケになるな。ここまで辿り着いたボーナスとして、お前には特例を出してやる。」
「特例?何よそれ?」
ジュンは何だかよく分からないと言った表情でエンマ部長に聞き返した。
そしてエンマ部長はゆっくりと話し出した。
「そうだな…お前にはもう一度ワシの元で働いて貰うか、もしくは条件付きでの生き返りを許可してやるぞ!その条件をお前が気に入るかは別としてだがな。ハッハー!」
「条件…付き?」
エンマ部長は腕を組み、ウンウンと頷き笑っていた。
*3*
僕は意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。
そこには見慣れない天井と、何かの電子音。そして輸血用のパックが目に入った。
「ここ…どこだ…?」
ふと左手首に痛みを感じたので、そちらに目をやると真っ白な包帯が巻かれているのに気付いた。
それを見た瞬間、記憶がフラッシュバックの様に頭を駆け巡った。
「そうだ…僕はあの時トイレで…。」
そう呟いた時、若い女性の声が耳に入った。
「篠田さん?大丈夫ですか?先生ーっ!先生!篠田さんの意識が戻りました!」
ーー篠田?あぁ、篠田!僕の名前だ!僕の名前は篠田祐樹!
まだ少しだけ意識が朦朧としていたが、僕は生きてる事を実感した。
ここは病院で、僕は輸血を受けている。でも、誰が僕を?それだけが分からなかったが、今はまだ深く考える事が出来なかった。
「おぉ、篠田さん。良かった。もう大丈夫ですよ。あ、私はこの病院の医師の工藤と申します。」
僕はゆっくりその声の方へ目をやると、白髪混じりの男性がニッコリと笑っているのが見えた。
「あぁ、先生。僕は、どうしてここに?」
その問いに、工藤医師はゆっくりと優しく答えた。
「篠田さん、あの時偶然同じトイレに入って来た男性社員があなたの事を見つけて、すぐに救急車を呼んでくれたんですよ。あと五分でも遅かったら、あなたの命はありませんでした。」
まさか僕の事を救ってくれた人がいたとは思いもしなかった。だが、今はその男性に素直に感謝したい。そしてまだ、生きていると言う事に。
「あの、その男性はなんて言う名前か分かりますか?」
僕の問いに工藤医師は難しい顔をした。
「いやぁ、通報してくれた男性の名前まではちょっと…。あ、でもコレを預かっています。意識が戻ったら渡してくれと頼まれて。」
そう言って、工藤医師は白衣のポケットから白い小さな洋型の封筒を取り出し、僕に渡してくれた。
「何ですか?これ…。」
その白い洋型封筒はしっかりと糊付けされており、少しの膨らみを持っていた。
僕はゆっくりその封筒を開け逆さまにすると、中からは革製のブレスレットとギターのピックが出てきた。
僕はそのブレスレットを手に取った瞬間、何故か無意識に涙が溢れて来た。
そして、全てを思い出した。
僕は一度死んだ。そして天国に行き、イイロクと言う名前を貰って、ジュンや権左ェ門と共に生き返りゲームに参加したのだ。
最後の記憶は、ジュンの笑顔だった。
「ジュンさん…権左ェ門さん…。僕、生きてます…ちゃんと生きてますよ…。」
涙が止まらない。そして、その封筒の中には小さな手紙も添えられていた。
”お前は一人じゃない。だから、しっかり生きろ。イイロクちゃん。”
その手紙のメッセージを見て、更に涙が溢れ出てきた。
「カミヤさん…ありがとう。ありがとうございます…。」
僕はブレスレットとピック、そしてカミヤが残してくれた手紙を固く握り締め、もう二度とこんな事はしない、そしてみんなの分までしっかりと生きて行く事を誓った。
*4*
数日後、カミヤとエンマ部長は地国の居酒屋にいた。
生き返りゲームも無事に終わり、軽い打ち上げの様な感じで酒を飲み交わしていた。
「それにしても、トクさん。今回の生き返りゲームはなかなか素晴らしい物でしたねぇ。ボク、何だか彼らに会えて幸せな気分ですよ。アハハハ。」
「ハッハー!そうだな!ワシも同じだ。まさかあのジュンがあそこまで変わるとは思ってもいなかった。そして何より、このゲーム始まって以来、一度たりともクリアする奴はおらんかったからな。ところでヒデ、”あの人”にもここへ来る様にちゃんと声を掛けたんだろうな?」
「もちろんですよ!まさかこのゲームの主催者を呼ばないなんてそんな事有り得ませんよ!アハハハ。」
しばらく二人は酒を飲み交わしながら歓談していると、店の戸がガラガラと音を立て一人の中年女性が入って来た。
その姿を見つけて、カミヤは手を振って合図をした。
「こっちこっちー!ここですよー!イイジマさん!」
そう、店に入って来た彼女は天国の住人でありながら生き返りゲームの案内役をしていた中年女性のイイジマだった。
「あら!二人とももう出来上がっちゃって!ちょっとペース早いんじゃないかしら?」
そう言ってイイジマはコートを脱ぎ、二人の座る席に着いた。
「今回はお疲れ様です。無事に終わって何よりね。特にあの男の子、いい子だったから生き返る事が出来て私も嬉しいわ。ヒデちゃんもトクさんも、何だか今日はいつもより嬉しそうね。」
そう言って三人はもう一度乾杯をした。
「それにしても、”あの人”遅いなぁ。一体何してんだろ?まぁ色々忙しい人だから仕方ないんスけどねぇ。」
その時、勢いよく店の戸がガラガラと音を立てて、スーツ姿の男が店に入って来た。
その風貌は、スキンヘッドにサングラス、高級腕時計にブランド物のスーツを着こなし、いかにも悪そうで権力を持った様な感じであった。
その男はカミヤ達の席を見つけると、大股歩きで寄って来た。
「遅れて済まない。少しヤボ用が立て込んでいてな。お前ら、もうずいぶんと飲んでるのか?」
「もぅ、ノブさん遅いっすよぉ!主催者のノブさんが来ないなんてあり得ませんからね!あ、先にみんなでいただいちゃってまーす!アハハハ。」
このスキンヘッドで強面の”ノブ”と言う男が生き返りゲームの主催者である。
「まぁいい。俺はまだ用事があるから少しだけ飲んだら帰るからな。」
そう言って、ノブと言う男は日本酒をグイグイと飲み始めた。
「えぇ〜、せっかくこうして俺たちが集まったのにですかぁ?」
「まぁ仕方ないじゃないか。お前と違ってノブさんはこの国の全てを管理しているんだからな。」
その様子を見ていたイイジマが、上機嫌で話し出した。
「でも凄いわよね、この三人は。誰もが知ってる”豊臣秀吉”それに”徳川家康”、そして”織田信長”なんだから。」
そう、ヒデと呼ばれているカミヤの正体は”豊臣秀吉”。トクと呼ばれているエンマ部長の正体は”徳川家康”。そして、この国全体のトップであり、生き返りゲームの主催者であるノブと言うスキンヘッドの男こそ、あの”織田信長”なのであった。
彼らは遠い昔、戦乱の世の中を生き抜きその時代の長となった者達だ。そんな彼らも世の運命には逆らう事が出来ず命を落とし、この地へやって来た。
その彼らも長きに渡り争い続けてきた己の過去を悔い病み、その生涯を終えた後、これから先の未来を少しでも良くして行こうと三人は心を入れ替え改めて結束し、この”生き返りゲーム”を企てたのであった。
死してなお、世を良くするであろう人間を見定め、そしてそれに合格した人間を生き返らせ新たな人生を歩んで行ける様にしたシステムだ。
では何故、一度死んだ人間を新たに生き返らせる事が出来るのか。その答えは簡単だ。
彼らは本当の”神”にその強い思いを嘆願したのだ。そして神はそれを受け入れただけの事である。だがそれには条件もあった。
その条件とは、この三人はいかなる事があっても生き返る事は出来ない。そして各々がそれぞれの役職に就き、死人や生死を彷徨う魂を管理する役目を果たす事であった。
それが彼らに課せられた使命であり、ここに存在する意味でもあったーーー。
ノブは酒を飲み干し、グラスを置いて話し出した。
「まぁ、今回は俺も良い思いをした。久しく感じていなかった友情という物を彼らに思い出させてもらった。そこで、この生き返りゲームは今回をもって廃止とする。今後はお前達の判断で生き返らせて良い者とそうで無い者を振り分けてくれ。俺はしばらくここを離れる。ヒデ、トク、そしてイイジマ。後は頼んだぞ。それじゃあ、俺は行く。また会える時が来たら、その時はここで集まろう。」
そう言って、ノブは席を立ってこの場を去る事にした。
最後に軽く右手を上げ、別れの挨拶をした。
「あら?ノブさんたら、珍しいものしてるわね。それ、どうしたの?」
「おぉ、これか。これはだな…。」
ノブは一瞬、顔がほころびサングラス越しに穏やか表情を浮かべ、そして去り際に笑って言った。
「拙者の一番大切な宝物だ!ガハハハっ!」
そのノブの腕には、革で出来た安物のブレスレットが大事そうに付けられていた。
*5*
僕は意識を取り戻した後、すぐに退院出来る事になった。
自宅アパートへ向かう中、人の行き交ういつも通りの駅に着いた。
あの閑散とした無人駅とは違い、活気に溢れた人々がやけに目立って見える。本来ならごく普通の光景なのだが、何故か人がいる事に珍しささえも感じてしまうのだ。
そして僕は、ゆくゆく人を眺めながら改札を通り各駅停車の電車に乗り込んだ。
平日の昼間だと言うのに、思いの外たくさんの人が乗車していて僕は吊り革を掴み立って乗っている。ふと、あの時の事を思い出し隣を見てみる。だが、そこにはジュンや権左ェ門の姿も無く、イヤホンをした学生とスマートフォンを操作している女性がいるだけだった。
こうして吊り革に掴まり電車に乗る際、これからも二人の事を思い出すのだろうか。
それは電車内だけでは無く、ホテルやレストラン、様々な所で二人との思い出が蘇りそうだ。
そんな事をぼんやり考えると、少しだけ寂しい気持ちになってしまう。
こうして今、生きているだけでも嬉しい事だ。だけどやっぱり、素直な気持ちで言うならば、二人に会いたい。そう思うのは普通だと思う。だが、これから僕はこの世界でもう一度頑張って生きて行かなきゃならない。頑張って働いて、頑張って友達を作り、幸せに暮らしていく事がジュンや権左ェ門、そしてカミヤへの恩返しだと思っている。
そう思うと、少しだけ元気が出てきた。決して寂しくなくなった訳では無いが、皆の顔を思い出すと心が温かくなるのだ。
「みんな、ありがとう。僕は元気にやって行けそうです。」
一人、電車に揺られ思わず笑顔が溢れる。周りから見れば変に思われるだろうが、そんな事はもう気にする事もない。
そして僕は、降りる駅の一つ前でこの電車を降りた。
「今日はゆっくり歩いて帰る事にしよう。」
普段とは見慣れない駅の様子に、何だか少しだけ旅に出ている気分になる。改札口の方向も最寄り駅とは違う。駅の構内に貼られているポスターや看板、天井の蛍光灯の明るさや床のタイルの色も。
僅か隣の駅の事だが、よく見るとこんなにも違っている。普段は気にもしなかったが、こうして違いを感じ取る事の楽しさや新しい発見が、何故が楽しかった。
そして僕は改札を出て、線路沿いの小さな商店街を通って帰る事にした。
お昼時ともあってか、その商店街は程よく賑わっていた。軽く辺りを見渡してみると、古い呉服屋があったり、小さなレコード屋、コンビニや総菜屋など小さいけれど様々な店が所狭しと並んでいた。
僕は何だか小腹がすいたので、その総菜屋でメンチカツを買って食べ歩いた。
よく考えてみれば、こんな事をするのは初めてで少し童心に帰った様な気分だ。そして何より、揚げたてのメンチカツがとても美味しかった。
しばらくこの商店街を歩いていると、先の方にある小さな露店が目に入った。僕はその方へと足早に向かい、その露店の前で立ち止まる。
そこには手作りの民芸品の様なものがごちゃごちゃと無造作に並べてあり、僕のと似た様な革で作られたブレスレットを見つけた。
「ドレデモヒトツ、五百円ダヨ。」
その露店の店主は外国人なのか、それともハーフなのか分からなかったが聞き取れる程度の日本語で話しかけてきた。
そして僕は、思わずその売り物のブレスレットを手に取る。
じんわりと胸の奥が熱くなるのを感じ、またあの時の事を思い出した。
「あの、すみません。このブレスレット、三つ…いや四つください。」
このブレスレットは友情の証。だから、カミヤの分も入れて全部で四つなのだ。
「アリガトゴザイマス。ヨッツダカラ、二千円ダネ。」
僕は財布から千円札を二枚取り出し、その店主に渡した。その後店主は四つのブレスレットを無地の小さな紙袋に入れ、僕に渡してくれた。
それを受け取ろうと手を差し出した時、いきなり店主が僕の腕を掴んで来た。
「痛っ…、な、なんですか?」
店主は目を丸くして、僕の手首にあるブレスレットを見つめている。
「コレ、ドコデカッタ?」
その店主の問いに、僕はなんて答えていいのか迷ってしまった。
「えっと…これは、その…。」
すると店主は僕の腕をゆっくり離し、少しだけ黙り込んでしまった。だが、そのあと僕の方を見て小さく喋り出した。
「コレ、四年前二死ンダ兄サンガ作ッテタモノト、スゴクニテルヨ。」
僕はその言葉に背筋がツンとするのを感じた。何故ならば、この僕のしているブレスレットは死後の世界で買ったものだからだ。そしてこの僕のブレスレットは恐らく、この店主の死んだ兄が向こうの世界で作っていた物だろう。
それに、この露店と同じ様な店で買ったのだ。これは何かの運命かもしれないな、と僕は思った。
僕は気を使い、半分嘘をついた。
「ず、ずっと前に露店で買ったんです。でも、多分あなたのお兄さんが作った物だと思いますよ。いえ、きっとそうです。」
その店主は僕の言葉を聞いて、潤んだ目で見つめて来た。
「ソレ、大切ニシテクダサイ。」
僕はその店主に、満面の笑みで応えた。
「もちろん、これは僕の大切な宝物です。ずっと大切にしますよ。約束します。」
僕はそうして、この露店を後にした。




